第2話 郁子の事情
光輝は郁子に連れられて廊下を早足で歩いていく。
思えば女の子と手を繋ぐなんて随分と久しぶりの気がする。そこにロマンチックな雰囲気なんて無かったが。
郁子はずんずんと先を急いでいく。
廊下を歩きながら彼女は事情を説明してくれた。
「わたしは闇の者と戦うハンターなのよ」
「へえ」
作り話だろうか。光輝は適当な返事をする。郁子は気にせず話を続けた。
「長い間平和が続いていたから、わたしももうハンターとしての自分の役目を果たすことは無いかと思いかけていたんだけど、奴らが来るのも時間の問題だったわけね」
「ふむふむ」
「どういうわけか奴らはあなたを狙ってるみたい。本当に心当たりはない?」
「うん、って言うかその奴らは今どこに?」
「振り返らないで。今は急ぐことを考えて」
「うん」
郁子は焦っている様子だった。光輝は狙われていると言われても何か被害を受けたわけでも見えたわけでもないから実感が湧かなかったが。
「うかつだったわ。こんなことなら先生に剣を渡すべきじゃなかった。着いたわ」
郁子は職員室の前で立ち止まった。光輝も立ち止まる。
「うおっ」
そして、郁子は光輝のびっくりするような勢いで職員室のドアを開けた。
「ドアは静かに開けなさい!」
先生に注意されるのも無理はない。郁子は動じなかった。
「今は緊急事態よ。のんびりしている暇はない」
「すみません」
あやまる気の無い郁子に代わって光輝は先生にあやまった。変な問題児としてのレッテルを張られたくはなかった。
郁子は光輝の手を引いたまま職員室を通り、机に立てかけてあった剣を手に取った。
すぐに戻ろうと光輝は思ったのだが、郁子はあろうことかそれを鞘から抜いて数回振った。
白刃が舞う。
職員室のみんなが迷惑そうに見る。郁子は満足気だった。
「これがあれば奴らに勝てる!」
「はいはい、分かったから早く戻ろうね。すみませんすみません」
光輝は彼女の背中を押してみんなにあやまりながら職員室を出た。
廊下に出て光輝は周囲を確認する。変なカラコンを付けられて敵の姿が見えるようになったという話だが、その姿は見えない。
「いないな」
「まだ教室にいるのかもしれないわ。行きましょう」
「おう」
郁子は再び早足で教室へ向かう。
光輝はもうどうでもいい気分で後をついていった。
二人はドアの窓から教室の様子を確認する。
教室では元の授業が行われていた。敵の姿はやはり見えない。
どうしようかと光輝が思っていると、郁子は体勢を低くして素早くドアを開けて中へと転がりこみ、剣を構えて周囲を伺った。
「敵はどこ?」
それを人に訊ねてどうなるというのだろうか。光輝は呆れ、生徒達はそれぞれに噂しあい、先生はため息をついていた。
「早く席につきなさい」
言われて光輝は席につく。郁子はまだ周囲を警戒していたが渋々と自分の席に戻っていった。
休み時間、郁子は見慣れない大きな通信の機械を机の上に乗せてつまみを回していた。難しい顔をしている。
光輝は話さないようにしようと思っていたのだが、隣の席だし、やっぱり気になって訊いてみた。
「凛堂さん、何やってるの?」
訊ねると郁子は真面目な顔で真面目な眼差しを向けて答えた。彼女は真面目だ。それは光輝も分かっている。
「闇の者が現れたことを本部に連絡しようと思ったの。でも、長いこと使っていなかったから上手く繋がらなくて。このポンコツめ!」
彼女の手が機械をバンバンと叩く。
「そんな大きな物を学校に持ってきたの?」
「逆よ。大きな物だから学校のロッカーに置いてたの」
「へえ」
どうやら家では使ってなかったようだ。家で通信することになったらどうするのだろうと気になったが、気にするだけ野暮なことかもしれない。
通信は彼女の個人的な用事だ。彼女が何とかすればいいだけのことだ。誰かに迷惑が掛かることでもない。
でも、郁子があまりに悪戦苦闘しているものだから、光輝は一つの提案をすることにした。
「僕の携帯使う?」
「携帯?」
郁子は光輝の差し出した携帯をまじまじと見る。まさか携帯を知らないわけではないだろうが。彼女が訊いてくる。
「これ使えるの?」
「使えるよ!」
使えなければ携帯を持っている意味が無い。
何だか馬鹿にされてる気がしてきたが、彼女は真面目だ。それは光輝も本当に分かっている。郁子は携帯を受け取った。
放っておくといつまでも眺めてそうだし、しまいには通信機と同じように叩きそうなので、光輝は使い方を教えることにした。
郁子は言われるままに操作して電話を掛けた。
「もしもし……おお、繋がった!」
「ああ、繋がったね」
びっくりした顔を見せる郁子の反応を適当に受け流し、光輝は彼女に電話の続きをするように促した。
彼女は神妙な顔をして内緒話をするように机の上に伏せて小声で電話を続けた。
相手からの声を聞いて返事をしているようだ。
「はい、はい、そうです。分かりました。じゃあそういうことで」
通話を終えて郁子は携帯を返してきた。彼女は興奮と驚きの眼差しをしていた。
「これは魔法なの?」
「いや、ただの携帯だけど」
「人類の文明はここまで進化してたのね」
「いや、凛堂さんも人類だし、ずっとここで過ごしてたよね?」
「わたしは闇の世界の住人なのよ」
「でも、一年生の時からこの学校に通ってるよね?」
「その前は闇の世界に住んでたのよ」
「闇の世界の人間が闇の世界の者を倒してるの?」
「人間も同じでしょう? 自分達の不始末は自分達で片づけるものよ」
「そういう設定なんだ」
「信じてないようね」
郁子は立ち上がった。光輝を見るその瞳には確固たる強い信念があった。
「今からわたしのパワーをお見せするわ。コンタクトを付けた今のあなたならこのパワーが見えるはずよ」
「このカラコンそろそろ取りたいんだけど。もう敵いないんだよね?」
「駄目よ。敵はいつまた来るか分からないわ。今はわたしのパワーを見なさい。はああああ!」
凛堂さんは気合いを入れた。そして、自信に溢れた顔をして訊ねてきた。
「どう? わたしのパワーが見える?」
「うーん、頑張ってるのは見えるかな」
「微妙な反応ね。まだまだ上げるわ。たああああ! どう?」
「うーん、まだまだかな」
「まだまだ? くっ、馬鹿にして!」
「いや、馬鹿にしてるわけじゃ」
「見てなさい! おおおおお! ごほっごほっ」
「分かったから席につこ。みんな見てるし」
「な、何で驚かないの?」
「何でって……」
言われても困ってしまうのだが。郁子は何かに納得したようだった。
「なるほど、やはりあなたはただ者ではないのね」
「いや、ただ者だけど」
まだ何か言いたいことはあったが、先生が来たので会話はそれでお開きとなったのだった。
その頃、教室から出ていった闇の悪魔は主の元に戻っていた。
「そう、ここに彼がいたのね」
報告を受けて黒いドレスの少女はニヤリと笑った。
「引き続き監視をしなさい。手を出す必要はないわ。それはこちらで手を打っておくから」
命令を受けて悪魔は飛び立つ。少女は青い空を見上げて手下の悪魔を見送った。
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