淡い。

ピグマリオ

第1話

泡い。


ようやく探していた曲が見つかり、私は早速購入しまして、携帯電話の着信音に設置致しました。これは非常におめでたいことで御座います。

シネマの世代という、映画をお勧めして放送する番組がありまして、その冒頭に流れている曲に大変心惹かれたました。カッコ良く、何処か古臭いのですが、80年代の古き良きアメリカを思い出させてくれるような曲で、聴いた瞬間に、おお、これは名曲だなあ、と確信致しました。しかし、残念ながら曲名が書かれておりませんでしたので、何と名のついた曲なのかが分かりかねました。当然、私はガックリしてしまいましたが、便利な世の中に産まれた特権、検索すればどうせすぐ見つかるはずだ。と高を括って検索を始めました。しかしどうゆう訳か、どう工夫して検索しても手掛かり一つ見つからないのです。引っ掛かりもしなかったのです。こうなってはもう仕方がないので、両親に番組を見て、聴かせ、この曲を聴いたことはないのか?と尋ねました。そうしますと、父親の方が、ああ、これは確かに聴いた覚えがあるぞ。と返事をしましたので、私はもうすっかり舞い上がってしまい、で、なんの曲なんだね、なんの曲なんだね、とまくし立てるように再度尋ねました。すると父は頭をポリポリ、困った顔で、いやあ、それが忘れちまってね。と答えやがるもんですから、私はもう手の打ちようなしと判断し、舌打ちの後、捜査を断念致することにしました。

私の友人に丸尾という野郎がいます。同じ卓球部の同期なのですが、野郎なので詳しくどのような人物か説明しても誰も喜ばないでしょう。ですから具体的な詳細は省きとう御座います。なぁに、大丈夫です。女の子の詳細はあとでたっぷり入れてありますから、どうかご安心を。とりあえず、丸尾という人物を例を挙げて説明すれば、阿呆、という二文字で済む奴ということになりますね。いえいえ、そんな事は全く重要では無いのです。まあ、兎も角にも、丸尾という野郎がいましてね、つい先日、丸尾と飯を食いに行きました。自称鯛飯でございます。何でも京橋駅付近に鯛飯屋が出来たと言うもんですから、ホンマかいな、と思いわざわざ電車に乗って足を運んだという具合であります。何せ、この丸尾、大変な大嘘付きでございまして、私は以前にもうっかり騙されてしまった経験があるのです。なんでも三年間も騙されに騙され続けていたもんですから、彼に関しては全く信用が御座いません。いえ、別に私が阿呆故に騙されたというわけでは無いんですよ。しかし、まさか三年間もモンスターハンターをやっていると嘘をつき続けていたとは思いませんでしょう。どうやら攻略本を見ていちいち受け答えしていた様子です。阿呆なのは丸尾の方で御座います。

さて、その丸尾が進める鯛飯屋へと着きましたところ、鯛飯という和風料理の癖にまるでラーメン屋のような軽い雰囲気の外見をしていたので、私は早くも丸尾に疑惑の目を向け、おい、丸尾、これ鯛飯屋ちゃう、ラーメン屋や。と言ってやりました。すると、いやいや違う違う。これは鯛飯屋なのだ。反論を申しますので、私は渋々ながら鯛飯屋( 仮 )の店内へと潜入致しました。 店内には鯛飯屋( 仮 )であるはずなのに何故かロックンロールが流れおり、ますます疑惑が確信へと近づくばかりです。いやもう、どう考えてもラーメン屋なのです。店内をグルリと見渡した後、注文をするためメニュー表を手に取り、見てみると、そうです。やはりラーメン屋なのです。鯛飯屋(仮)は鯛飯屋(嘘)へと変わり、ラーメン屋( マジ )へと進化を遂げました。疑惑が確信へと変わったのです。

しかし、ここで奇跡が起きました。

深いため息を付き、私が、丸尾よ、この一連の嘘に何の意味があったのだ?と説教を始めようとした瞬間の出来事で御座いました。店内に流れているセンスの悪い曲が次の曲へと切り替わり、恐ろしく聴いた経験のある曲が流れ始めたのです。ええ、そうです。例のアレですよ。例の曲で御座います。私は飛び上がりました。実際に飛び上がりました。椅子何か、当然倒しましたよ。検索しても出ない、親に聞いてもわからない、テレビ局に聞けど、すいません。そうゆうのはちょっと…と返答され答えにならなかったあの曲が!あの曲が今目の前にある!

私は叫びました。

『店長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

丸尾のこの世の終わりか?と言わんばかりの衝撃に震えた顔が見えましたが、そんな事はどうでもよい。店長もこの世の終わりか?いや、店の終わりか、と言わんばかりの衝撃に震えた顔をして、はい、なんで御座いましょうか、私が店長に御座います。と酷くかしこまったぎこちない姿勢で登場して参りました。

その店長、随分と整った顔立ちをしていまして、スタイルなんかもう、なんていうのですか?その、ボン、キュッ、ポンというやつですな。俗に言う、人妻の雰囲気を纏った綺麗な方で御座いました。生まれてこのかた真面に女子という生き物と接したことのない私ですが、女友達一人居ない私ですが、やはり大人な女性の雰囲気のお陰か、いつもの吃りまくり、噛みまくり症候群も発症することなく、すんなりと質問に移ることに成功致しました。

『店長殿、一つお伺いしたい。今、流れている曲は何と名の曲であるか?』そう尋ねました何処、店長殿は少し、果てな、と表情をしたものの、やがてクレームでは無い事を悟りかなりホッとした様子で、この曲は”JOY TO THE WORLD”です。いい曲ですね。とニッコリ微笑んでいたので、私もニッコリ微笑んで、ありがとう。本当にありがとう。味噌ラーメン一つ。と返答してやりました。

味噌ラーメンを食い終わり、丸尾に合掌をし、丸尾と別れた後、私は電車に乗り込みました。出来れば準急に乗りたかったのですが、少し疲れていたので、まあ、たまには普通も悪くはなかろう。と判断し、普通列車に乗って帰ることにしました。休日の昼であるにかかわらず、車内はガラガラであったため、難なく席を確保する事が出来、席に座り、まず私はiPhoneのiTunesを開いてJOY TO THE WORLDを早速購入して、後はもう当然のようにJOY TO THE WORLDを着信音に設定致しました。大満足です。非常におめでたい事で御座います。お陰様、あまりの満足感から私に睡魔が襲ってきたので、駅までの時間を寝ることにしました。時間にして10分ほどなので、iPhoneのアラームをセットし、腕を組み、まぶたを閉じました。音はコオロギの鳴き声と相場は決まっています。リリッリリッリリッと、とても美しいのです。

瞼をを閉じて、少しウトウトしてきた頃、不意にラインが鳴りやがりました。そういえば、突然のライんっの音にびっくりしますよね。びっくりして一体沿ったい、誰からのラインなのかと思い、確かめてみました。はてな、と思いましたが、どうやら女性からのラインの様でございます。なんでも、とある用事でウチの近所まで来ているので一緒にお茶でも飲みまないか、といった内容でありました。その女性は、私が所属しているらしい剣道部の先輩だそうで、所謂、歳上のお姉さんで非常に美人だと脳内再生されました。もう一度言います。歳上のお姉さんです。そんな美人からのお誘い。つまりはデートです。デートなので御座いますよ。当然断る訳はありません。いえ、野暮な事は気にならないでいただきとう御座います、どの駅で降りたのか、なんと名前の付いた店かというのは、それほどに拘る何処では無いでしょう。もうこの際正直に言いってしまいますが、実は全く覚えていないので御座います。しかし何を食ったのかなどのぼんやりしそう部分はそりゃぁもうはっきりと覚えております。何せ、ラーメンを食った後でございましたから腹がパンパンのまま無理して奮闘しましたので記憶に焼き付いたのでしょう。さて、今や思い出せぬ駅に着きまして、まず私は棒立ちになり、とりあえず駅のホームを見渡してみました。すると、三メートル程先に此方に手を振る、それはもうスレンダーで格好の良いお姉さんが目視されました。元気よく手を振る先輩に負けじと私も元気よく手を振っていましたが、何方も手を振るばかりで一向に接近致しません。耐え兼ねた先輩は手を振るのを止めて、私に近付いて参りました。

『小林君、お久しぶり。』

しまった、これは失礼。申し遅れました。ワタクシ、小林 優と申します。スグルと読ませます。以後お見知りおきを。では気をとりなおしてもう一度。

『小林君、お久しぶり。』

ええ、お久しぶりです。いえ、お初にお目にかかります。と私が申しましたら、先輩は悪戯笑顔で、やあねえ、小林君は冗談が上手いんだからあ、と私の背中をバンバン叩いて笑っておられました。mk5で御座います。しかし、こうして接近的に接近してきたとしても、女性の方は全然そのつもりはないというパターンが殆どでして、うっかり惚れてしまい爆発してしまう事件が頻繁しているようで御座います。いえいえ、最も、ワタクシ、この小林優はそもそも接近してくださる女性が存在しません故、爆発する可能性は低く存じ上げます。どうかご安心を。

さてさて、先輩はまだ昼ごはんをお食べになられていらっしゃらないようでして、小林君、昼ごはんは食べた?食べて無いよね?ね?と可愛い顔して迫ってくるもんですから、私はもう沸騰直前のヤカンのような顔をして、ええ、もちろんです。昼飯など、ラーメンなど食べたりするはずがありませんよ。とうっかり自信満々に返答してしまいました。すると先輩はいつもに増して可愛い顔で、そう、じゃあ丁度良かったのね。実はオススメのお店があるの。と言い、私の袖を引っ張りはしゃいでおりました。

改札を出て、今や思い出せぬ駅を出ると、目の前に商店街が有りまして、余り大きくないのですが、古風といいますか、情緒があるといいますか、何にせよオンボロな商店街であったことは間違いないですが、大体、電気が付いて居ない時点で商店街としての儲けの程は大まかに予想はつきます。おかげ様で、私には怖いくらいに薄暗く、酷く不気味に写ったので御座いました。商店街をしばらく進みますと、遠目から見ても随分と目立ち、薄暗い店揃いの中に特別異彩を放つカラフルな店が一つ、堂々と構えてありました。どれ程カラフルかといいますと、よくディスカバリーチャンネルなんかで紹介されているアマゾン奥地に生息している毒蛙の皮膚の色のように気持ちの悪いカラフルさで御座います。最も、具体的にどのような色が塗られていたかなんてことはもうさっぱりでなのです。いえ、いえ、いえ、二度も繰り返して言わせて頂きますが、どうか野暮な事は気になさらないで頂きとう御座います。そこは重要ではありません故、勘弁してくだされ。ただただカラフルであったと理解して下されば良いのです。一瞬、まさか先輩のオススメの店がこの明らかに他とは違う雰囲気を放っているまるで毒蛙の皮膚ような意味の分からない店なのではないかという考え、いや、不安が頭を貫通しましたが、そんな不安は直ぐに打ち消し、まさか、まさかあの可愛くて綺麗で素敵でスタイル抜群の先輩がこんな、店内で毒蛙や毒蛇なんかを喜んで飼っている頭の可笑しい店長が経営していたしてもなんら不思議ではなさそうなヘンテコリンな店に、この愛すべき後輩を連れて行く訳があるまい。と修正を加え、先程の恥ずべき思想は藪の中、森の中、あの子のスカートの中に埋め、沈めて、破棄してやりました。しかしながら現実というものは尽く人間たちの願望を外れた宝クジチケットの如く意味の無いものに変えてしまいます。マーフィーの法則というものがありましてね、{失敗するものは絶対に失敗する。}でしたかな。ええそうです。私の細やかな願望とほんの少しのスパイスはものの見事に失敗してしまいました。大外れで御座います。

さて、先程の地点から数メートル進みますと、徐々にその問題の店に近付いて参りました。こころなしか、先輩の足取りが例の店へと向かっているような気がして、私は今にもヘナヘナになって倒れて、オモチャ屋に居座る八歳児ごとき精神状態になってしまいそうでハラハラしてしまいました。しかし、本当にそんな精神状態になってもらわれでもすれば、きっと私は生きていけないので、もうこの際ハッキリさせようじゃねえか、と意を決して、先輩に尋ねてやりました。店から二メートル時点で、私は店の方向に指を差し、先輩、もしや、まさか、そんな、先輩のオススメの店というのは今私が指を指している店なのでしょうか?とおずおず尋ねましたところ、ええそうよ。よくわかったわね。と小さい顔を横に傾げて返事をされました。どうやら、あの分かりたく無くともわからざるを得ない程、一際目立つ例の店が先輩の言う、オススメなのです。そうと分かれば後は覚悟を決めて入りましょう、毒蛙が出てこようが毒蛇が出てこようが味噌ラーメンが出てこようが、ああ、美味い美味いと言って喰ってやろうじゃねえか。と決心し、そうですか。やはりそうですか、いやあ、さすが先輩、見る目があるなあ。と冷えた汗をダラダラ流しながら答えました。顔が気持ち悪いくらいに冷たく感じて、まるで体温が無くなってしまったんじゃないかと思う程、心神喪失寸前ではありましたが、やはり先輩の手前、女性に恥をかかせる訳にはいきません故、先輩、はやく入りましょう。僕、楽しみだなぁ。あはは。と威勢の良いキザな台詞を吐きました。すると先輩は大変、ご満足なご様子で、でしょう?でしょう?と、またも私の袖を引っ張り大はしゃぎ。そして遂に、店の前までやって来てしました。やはり近くで見ても毒蛙の皮膚のような店でしたね。(遠くから見れば毒蛙の皮膚ですが、案外、近くから見れば普通の店なんじゃないかという期待が無かったかと言えば嘘になります。)

先程、早く入りましょう。と言ってしまった手前、私はドアの前に立つや否や、威勢よく扉を開けてやりました。一般的に、この様な場合は、やはり店内の様子などを詳しく描写しなければなら無いと思うのですが、何とも書く必要が無いといいますか、貴方達もよく見る光景といいますか、ですから、店内の様子は貴方達の記憶を頼りに、なるべく短い言葉で表現したいと思います。

唯の古臭い、喫茶店で御座いました。それ以上でもそれ以下でも御座いません。

外装とのギャップにただただ呆然とする私を他所に、先輩はきびきびとした歩みで窓際の雰囲気の良い席を確保し、店員さんが、何名様ですか?と尋ねる前に、二名です。特性カレーを二つお願いします。と、勝手に注文してしまいました。私に選択権は無かったようです。今だ入り口で棒立ちになり、勝手に注文されたことで少し不機嫌になりかけていた私でしたが、先輩の果てし無く可愛らしい手招きのせいで、我輩の辞書には不機嫌という文字は無い。と言わんばかりにご機嫌な笑顔で席に着く事にしました。生まれて初めての、女性との相席で御座いました。

ここのカレーはそんなにオススメなのですか?と私が問うと、先輩は私の問一を無視して、妙な事を尋ねてきました。前にもあったよね、小林君とこうして喫茶店に入ってたの。覚えてる?そう言って先輩は両手の手のひらを顎に置いて、じっと私の顔を見つめました。私は少し困ってしまいました。何故ならそんな記憶は何処にも無かったからです。記憶の中を八の字に飛び回りましたが、そんな記憶は何処にも無いのでした。しかし、そんな事はどうでも良いのです。どうでも良かったのです。だから私は答えました。懐かしいですよね。本当に懐かしいです。そう答えました。大嘘で御座います。私は嘘付きです。ですが先輩は凄く満足した顔で、そうか、そうか、と頷いてくれました。そんな事をしている間にカレーがやって参りました。色が真っ黒なカレーでした。その黒さからはイカ墨の色合いを連想させられ、私は独断でイカ墨カレーなのだと納得していました。先輩は聞こえるか、聞こえない位の小さな事で、頂きます。と言い、割り箸を割りました。しかし綺麗に割れなかったみたいで、先輩は私に不満気な表現を見せ、ねぇ、小林君、割り箸、綺麗に割れなかったよ。と口を尖らせて言いました。その表情は何処か、悲しいような、先輩が遠くにいるような。そんな事を考えてしまうよな表情でした。 私はとても悲しくなって、カレー、早く食べましょうよ。と言って、自分も割り箸を割りました。私の割り箸はとても綺麗に割れていたので、先輩が、よっ、お見事、と言って一人で笑っておられましたから、何だが可笑しくなって、私も笑いました。そしてまぶたを閉じます。音はコオロギの鳴き声と相場は決まっているのです。リリッリリッリリッと、とても美しいのです。




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淡い。 ピグマリオ @pigmario

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