第54話 戦いを観察する者たち
永久凍結山の中にいると言われただけで、急に周囲の温度が冷え込んだ気がした。この山にかつてあったと伝わる、神によって滅ぼされた国。その国民の亡霊たちが周囲にうごめいている姿が見えるようだ。彼らは亡霊になって漂っているのだろうか。それとも、亡霊のままこの場所で凍りついているのだろうか。
ガリュウがゆっくりと近づいてくる。コツコツという足音がやけに反響して聞こえる。
尻餅をついた状態の俺に、ミミカは屈みこんで抱きついてきた。俺は体を起こしてミミカを後ろにかばう。
先に殺すのは俺だ、俺にしろ。そう言わんばかりに体を張ってミミカとガリュウの間に入る。
手にしている緑のスキル玉を眺める。
オルマール共同墓地の地下で拾ったふたつ目のスキル玉。ひとつ目の赤い方は俺のスキルを拡張してくれた。
緑のこれはノーマルスキルの【ウェポン・ブレイカー】だ。名前通りに武器を破壊するわけではなく、攻撃力を最小単位の「1」にするだけ。一度使ったらチャージ時間が長いので、逃げ場のないこの場所ではまったくの役立たずだ。一度だけ攻撃を回避することが、いったい何になるのだろう。ほんの僅かな時間稼ぎにしか使えない。
ガリュウが眼前に迫る。俺かミミカ、どちらかの死が目前に迫っていた。考えろ。考えるんだ。俺にはまだ引き出していない力があるはずだ。俺はスキル玉をぎゅっと握りしめる。
そうだ。
二人の女性と一人の女の子の姿が浮かんだ。
女騎士、淫魔、獣人。
エミリスさん、カルニバス、ドリルだ。
まだこの三人と繋がっている。それにフィーネからだってさらに力を引き出せるかもしれない。
エミリスさん、カルニバス、ドリル、そしてフィーネ。頼む、力を貸してくれ。俺に。俺に力を。
一撃で一千万を超える攻撃力を手にするために。
ガリュウと向き合いながら俺は目を閉じる。体の中に流れる力の奔流に身を委ねる。たぶんそれは非常に短い時間の出来事だったのだろう。
俺は細い細い糸の中を辿っていた。狭く細いトンネルの中をどろどろに溶けた流体のようになって進んで行った。視界が歪み、緑と黒のまだら模様が流れていく。次の瞬間にはそれらが高速で流れていった。長い長いトンネルを猛スピードで抜けていく。トンネルを抜けた先に人がいた。誰だ。これは誰だ。エラント皇帝だ。そして周りにいるフィーネ、そしてカルニバス、ドリル。
エミリスさんがいない。下を見る。胸元が大きくふくらんだ真っ赤な騎士の鎧。そうか、これはエミリスさんの視界だ。
エミリスさんも含めた五人で何かを見ている。モニターのようなものだ。この世界に映像を映せる機械があるわけはないだろうから、何らかの魔法道具なのだろう。
そこには俺とミミカとガリュウが映っていた。永久凍結山にある部屋の様子が見て取れる。
五人はこの部屋を観察していたのだ。俺達とガリュウの戦いを見ていた。だから皇帝はタイミングよく魔石を使ってガリュウを封じ込めようとすることができたのだ。それはガリュウにスキルを使わせるための罠でしかなかったのだが。
その場の話し声も聞こえる。俺のことを助けるよう懇願するフィーネの声。それを拒絶するエラント皇帝。他に方法はないのかと詰め寄るカルニバス。ドリルは耳を垂れて指を咥えながら、俺達の姿にじっと視線を落としている。
「力を、俺に力を貸してくれないか。フィーネ、カルニバス、ドリル」
声はエミリスさんのものだった。だがそれはエミリスさんを通して放たれた俺の言葉だ。
「ゾゾゲ? もしかしてゾゾゲなの?」
ぴこぴこ耳を動かしながら、声の発生源であるエミリスさんに顔を向けた。
「ドーテーか。ドーテーなのか?」
「マヒロ? マヒロなの?」
カルニバスとフィーネが驚愕の表情を浮かべる。エラント皇帝だけが何か慌てたような困惑したような顔をしている。
こいつだ。こいつが俺達を永久凍結山へと送り込んだ。ガリュウを封じ込めてこれで終わったのだと思っているのだろう。
てっきり、そこから話しかけられているから慌てているのだと思った。非難でもされるのかと。助けてくれと懇願されるのかと。だが、そうではなかった。皇帝はもっと別の現象を恐れていた。
俺はエミリスさんを通し、さらに声を上げる。
「一人の力じゃガリュウを倒すのは無理なんだ。だけど、だけどみんなの力を結集すれば……」
「無理だな」
カルニバスがぼそっと声を吐き出す。
「お姉ちゃんは他のひとの攻撃力の正確な数値がわかるの」
「例えばここにいるドリルの攻撃力は一二万五千。この世界の英雄やフィーネに相当する。一方私はその半分にも満たない。仮にお前が世界中の人間から助力を得たとして、合計してもせいぜい数百万といったところか。お前は女としか繋がれないんだろ? どの種族も女の力はそれほど強くない。ゴブリンに至ってはメスの数それ自体が圧倒的に少ないのだ。ゴブリンはオスばかりが生まれるのだよ」
その話が本当なら世界中の人と繋がっても勝ち目がないってことだろ? じゃあ本当にガリュウを倒す手段がないじゃないか。いや、まだ繋がっている者がひとり残っている。
「そうだ、女神様だ。女神様から力を引き出せば……」
「女神様だって? お前はそんな女とも繋がっているのか。見境なく、繋がりすぎだろう。ドーテーよ、お前は本当に女好きなんだな。まあいい、なら私が女神とやらの能力を覗いてやろう」
「そんなことができるのか?」
「やってみないとわからん。まあ見てろ。覗きは私の最も得意とするところだ」
淫靡な笑みを浮かべ、悪魔のような黒い羽をバサッと大きく広げる。そのままカルニバスはエミリスさんの額に指を当てる。
「お前のラインを通して女神とやらにアクセスする。この世界の住人ならこれで覗けそうだが、女神とやらははたしてどうだろうかな……」
カルニバスは目を閉じる。しばらく待って首を振りながら言った。
「残念、ゼロだ。女神とやらの攻撃力はゼロだそうだ」
そうか、女神様の攻撃力は使えないのか。これで繋がる者たちの力を借りてガリュウを倒すことは不可能だとわかった。それにしてもカルニバスの能力には驚いた。
「すごいな、カルニバス。ラインを通してそんなことが可能なのか」
「ふふふ、悪用されないように注意をしろ。特にお前がそうやってラインを使っている時だ。そんな時に無防備になりやすいぞ」
それと同時だった。どんと机を強く叩く音が響いた。叩いたのはエラント皇帝だった。
「そうだ! だから早く接続を切れ! さもないと大変なことになるぞ!」
エラント皇帝の言葉は遅かった。皇帝の困惑はここにあった。こうなる事態を皇帝は恐れていたのだ。すでにガリュウの手は伸びていた。まさにその手が。
俺の顔、いや今はエミリスさんの顔だ。そこから半透明で黒い亡霊のような腕が三本にょろにょろと伸び出した。蛇のようにうねりながら、急速に動きを早め、フィーネ、ドリル、カルニバスの顔に掴みかかった。
三人の顔をぐいっと引き寄せる。三人の顔が近寄ってエミリスさんの顔に埋もれた。体ごと顔の中に引きずり込まれていく。三人が頭からずぶずぶと沼地に引き込まれるように呑み込まれていく。すぐに全身が呑み込まれ、足先も顔の中に消えた。エミリスさんの顔面が三人の人間を飲み込んでしまった。
その様子を皇帝は呆然と見ていることしかできない。その部屋から三人の姿が消え、皇帝とエミリスさんだけが残された。三人はエミリスさんの顔の中に呑み込まれてしまった。
緑と黒のまだら模様が高速で流れていく。
気がついた時にはまた永久凍結山にあるあの部屋にいた。さっきと違うのはフィーネ、ドリル、カルニバスの三人の姿がこの部屋にあること。
ガリュウがラインを通じて三人をこの部屋に引きずり込んだのだ。
「いらっしゃい。おもちゃが増えたね。これで退屈しないで済みそうだ」
残されている左腕だけを掲げて歓迎の意を示しつつ、ガリュウはいやらしい笑みを浮かべた。
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