第39話 ミミカとマヒロの戦い

「マヒロ、よく聞いて」


 ミミカが俺にだけ聞こえる小さな声で話しかけてくる。


「今かなりやばい状況なの。目の前のゴブリンをゴブリンだと思わないで。知能の高い人間以上の存在だと思いなさい」


 俺は静かに頷く。


「たぶんこいつらは私達が来ることを知っていて待ち伏せた。たぶんフィーネちゃんに持たせた手紙で知ったんだろうね。私達を殺すつもりなら姿を見せずに陰から攻撃したはず。こうして五人だけ姿を見せるということはそのことに意味があるの」


「どういうことだ?」


 俺は聞き返す。


「説明なんかしている時間はない。自分で考えて。やつらは知能が高い上に強い。人間以上に。私達のアドバンテージは彼らにはない転生人特有の特殊能力。陰に一二体隠れていることが察知されていることを奴らは知らない」


 五体のゴブリンは俺達の出方を伺っている。そのことが罠を張っているとの証拠だといえる。


 俺はなんとか頭を絞るように考える。

 俺達の前に五体のゴブリンがいる。俺たちが取る戦略は三つか? もっとも可能性が高く、ゴブリンが想定しそうなのが後方へ走って逃げること。


 当然そこに待ち伏せがいるのだろう。何体いるんだ? 俺達の背後には最も多く配置していることだろうから四体程度だろうか。


 二番目の方法としては俺とミミカが左右に展開し、五体のゴブリンを挟み撃ちにする方法。ゴブリンからしたら標的が左右に別れることで一瞬の混乱が生まれる。


 しかしこれこそゴブリン側が想定の範囲に入れそうな手段だ。左右にわかれた俺達の後方にゴブリンが潜んでいる可能性が高い。


 つまり左右にゴブリンが隠れている可能性がある。


 一番素直な対応は俺とミミカでまっすぐ突っ込むこと。しかし武器を持たない俺からしたらこの方法はあり得ない。ゴブリン側からしたら五体が左右に別れて挟み撃ちし、さらに五体の背後に何人か残していてそれらも襲ってくる。そんな展開か。


 俺達の真後ろに四、左右にそれぞれ三、そして目の前の五体のさらに後ろに二といったところか。


 包囲されていることは確かだろうから、最もその包囲が薄い部分を狙うべきだ。


 つまり最善策は左右のどちらかに俺とミミカの二人が向かう。


 隠れている三体程度を相手にすることが最小のゴブリンと対峙できる選択肢だ。


 では右か? 左か? 当然左だ。


「ミミカ、左だ」


「なんでわかるの」


「ミミカが言ったんだろ。やつらは転生人の能力を知らないって。人質が左にいる」


「ふん。そういうこと」


 俺とミミカは目で合図をして同時に左に走りだした。たぶんこの行動はゴブリンの想定外だったのだろう。ゴブリンは「待て!」とだけ叫ぶ。目の前の五体のゴブリンは反応が遅れていた。


 俺が先頭、ミミカが一歩遅れてついてくる。


 俺達の目の前で進路を塞ぐように、隠れていた二体のゴブリンが草の中から姿を現した。予想と反して一体少なかった。いや予想通りか。


「ミミカ、その後ろだ」

「了解」


 ミミカが大きく一歩を踏み出す。その先にいたのは俺。そしてミミカの行動、これは完全に俺の予想の範囲を超えていた。ミミカは俺の背中を踏み台にして飛びやがった。


 ミミカは前方の二体のゴブリンを飛び越える。俺は地面に突っ伏す。


 二体のゴブリンは上空のミミカを見上げる。結果として俺はゴブリンの視界から消えたわけだが。


 ミミカが飛んだその先にいたのはさらに二体のゴブリン。


 飛び上がったミミカはそのままそのうち一体のゴブリンの脳天からロングソードを突き刺した。もう一体のゴブリンは猿ぐつわを噛まされたフィーネ。


 ミミカはすばやくロングソードを抜き、フィーネの猿ぐつわを切った。続けて縛っていたロープを切断する。フィーネは自由になるとすぐに魔剣を生成した。


 ミミカとフィーネは息を合わせるように、ミミカが飛び越えた二体のゴブリンに向かう。フィーネは魔剣を、ミミカはロングソードを構え、振り向きかけたゴブリンを両断する。


 ミミカに踏み潰されて地面に突っ伏していた俺をフィーネが拾い上げ、すばやく反転してその場から走る。隠れていた九体のゴブリンも慌てて姿を現したがもう遅い。最初の五体と合わせて一四体のゴブリンに追いかけられるが、俺達はゴブリンの包囲を抜けて逃げ出すことに成功した。


 ゴブリンの包囲は二段構えだった。俺達がどの方向に逃げても、どうゴブリンに向かっていっても俺達はゴブリンに背後を取られたり、挟まれる陣形だった。


 そして万が一、俺達の抵抗が強く、劣勢になったとしてもフィーネという人質を取っていた。これが二段目の仕掛けだ。しかし今回はそれがゴブリンにとって仇になった。その人質の存在をこちらが感知していたからだ。


 俺とフィーネは細い糸で繋がっている。帝国内にあったフィーネの反応が明らかに帝国の外にあったのだ。その場所にフィーネがいると確信していた。


 こうしてゴブリンの包囲を突破することができた。


 ゴブリンの姿が見えなくなり、俺とミミカはホッと胸をなでおろす。もうここまでくれば安全だろう。


 しかし完全に想定外だったことがある。ゴブリンの包囲網は実は三段構えだったことだ。


 最後の構えは俺達を完全に仕留めること。それこそ完全に。


 失敗のない、確実な方法で。


 ゴブリンが追ってこないことを確認した俺達は油断した。


「とりあえずラミイちゃんと合流しよう。なるべく早くここから離れましょう」


 逃げ切ったと安心したミミカはフィーネに背を向けた。フィーネはそっとミミカの背後に歩み寄る。


「フィーネ、何をして……」


 俺の声を待たずに、フィーネはミミカの右肩を剣で貫いた。鞘へしまおうとしていたミミカのロングソードは手から滑り落ちる。フィーネが剣を抜く。ミミカの肩から血が溢れだす。ロングソードが地面の上で跳ねる。


 苦悶の表情を浮かべながらミミカは振り向く。


「どうして、フィーネちゃん……」


 肩を押さえながら痛みに耐えかねてミミカがその場に崩れ落ちる。フィーネは悲しい目をしていた。


「マヒロ、ごめん」


 フィーネは俺の首の後を手刀で叩いた。俺は気絶してその場に倒れこんだ。

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