第12話 再びエミリスさんと遭遇

「マヒロー。早く行くよ!」


 もたもたと草を引っこ抜く俺に、フィーネが苛つきながら声を荒げる。もうすぐ日が暮れる。早く帰らないと暗くなってしまう。


 俺とフィーネはこの日受けたギルドの依頼達成のため、森の中で薬草を採取していた。

 手際よく薬草を採取するフィーネに対し、薬草と雑草の区別がつかない俺は懸命に雑草ばかりを引き抜いていた。


 籠いっぱいに薬草(と雑草)を採取し、ギルドへと帰る。薬草と雑草の選り分けに一時間ほどかかったが、150ギルを受け取ることが出来た。


 どうやら1ギルが前の世界の百円ほどの価値らしい。


 まる一日薬草を採取して約一万五千円ほどの収入と考えると、薬草採取は割のいい依頼かもしれない。(あとから知ったが、俺が採取したものはほとんどが雑草で、俺がとった分の薬草は3ギル分しかなかったそうだ)


 ギルドを出たあと、ミミカ経営のコンビニに寄ってフィーネのローブを25ギルで買う。


 シーツの布だとフィーネのゴブリンの姿を隠すには心もとなかった。


 さっそくローブを着させると、一メートル弱のフィーネの姿を真っ黒な布がすっぽりと覆い、頭にはフードを被った姿になった。顔の部分は両目だけが覗いていて、口元は隠している。フードの隙間からくりくりとした可愛らしい丸い目で俺を見て、「似合う?」とフィーネは言った。


 端から見たら五歳くらいの女の子を連れているように見えるかもしれないが、フィーネは十六歳だそうだ。


 薄暗くなるまで薬草(雑草)の採取に明け暮れていたため、とにかく腰がいたい。一日中、中腰でひたすら草を抜いていた。早くどこかの店に入って座りたい。腹も減ったし、夕食は何にするかな、なんて考えていた。


「フィーネ、腹減ったよな。どこかで飯にしようか」


 ミミカのコンビニで飯を買っても良かったが、どうせならこの世界の食糧事情も知っておきたかった。


「じゃあ森に戻って角うさぎでも狩って食べる? 丸焼きにすると美味しいよ」


 なんて身もふたもないことをフィーネは言う。


「せっかく街にいるんだ。飯屋くらいどこかにあるだろ。金ならいっぱいあるし、贅沢に行こうぜ」


 いっぱいというほどでもない。残高125ギルだ。

 コンビニを出て街をぶらつく。

 すると会いたくない人に出会ってしまった。

 夕方の薄暗い通りでもきらびやかな鎧を纏う存在はひときわ輝いていた。


「よう、『スキル持ち』の少年。街に入れたのか」


 俺の腹を蹴り飛ばした女騎士、エミリスさんだった。


「昼間は腹を蹴り飛ばして悪かったな。私に対して無礼なことを言ったお前が悪いんだぞ」


 笑いながら言うエミリスさんに、俺はまた腹を蹴飛ばされないように身構える。


「エミリスさん、こんばんは。ひどいですよ……。俺は本当におならの臭いを消すことができるんですよ……おならをしてもらえば、すぐわかるんです」


「まだ、私を愚弄するのか、少年。私は人前でおならなどせん!」


 口元を引きつらせながら、エミリスさんは腰に差している剣の柄に手をやる。が、すぐに平常心を取り戻す。


「まあ、いい。今日のところは勘弁してやる。ガキを連れているようだしな。昼間お前が去ったあとゴブリンが現れたらしい。街への侵入を許すなんてことはないだろうが、充分に気をつけるんだぞ」


 それを聞いて、俺とフィーネは顔を見合わせる。


「そういえばゴブリンはお前のような少年と行動を共にしていたらしい。何か情報があれば街の警備兵に伝えるように。私は二、三日ここに滞在したら王城へ帰るからな」


「エミリスさんは城から来たのですか?」


「ああ、聖女様がこの街に来られるというので、ちょっと顔を見たいと思ってな」


「聖女様?」


「なんだ知らんのか。『聖女ミミ様』だ。まあ、私も噂だけで実際にお会いしたことはないがな。見目麗しいお方だと聞く。明日この街に到着されるそうだ」


 ん? ミミ? ミミって言ったのか? なんか似たような名前を最近どこかで聞いたような気がする。どこで聞いたのだろうか? うーん、思い出せない。ミミ……。ミミか……。


「てっきりお前も聖女ミミ様が目当てでここに来たと思ったのだがな。お前のような若者が続々とこの街に集まってきている。まあ聖女様のお披露目は明日だから、今日のうちに街に来ているような奴はよほどの熱狂的な信者だろうな」


「そういえば街を歩いてるのは若い人ばかりですね」


「ああ、聖女様の信者の数は日を追うごとに増えていて、王家でも少し問題になっているほどだ」


「エミリスさん、聖女様にはどうすれば会えるのでしょうか? 明日教会でも訪れればいいのですか?」


「いや、明日の夕刻に中央広場にお越しになると聞いているぞ。立ち話も何だから、飯でも食いながら話そうか。そこの女の子も腹が減っているのではないか?」


 エミリスさんはフィーネを見た。エミリスさんにはゴブリンだと気が付かれないようにしなければならない。


 フィーネはよほどお腹が空いているのか、エミリスの問いかけに、こくこくと頷きながら応える。


「うん、うん、おなか空いちゃったよ。おいしいものが食べたいな」


「よし、お嬢ちゃん、今日は私がごちそうしよう。もちろん少年、お前もだ。この先にうまい肉を食わせてくれる食堂がある。バーグを食ったことはあるか?」


「バーグ?」


 初めて聞く食べ物の名前に、俺とフィーネは首を傾げる。


「知らないのか。絶品だぞ、バーグは。おごってやる。私について来い」


 そう言うとエミリスさんはくるっと反転して歩き出す。

 腹が減っていた俺達は、さっそくエミリスさんのおすすめだという食堂へと向かった。

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