第2話 め、女神様!? あれ!? 女神様ですよね!?
真っ暗だ。
何も感じない。
浮遊感がある。
地に足がついていない。
深い海の底にぷかぷかと漂っているようで心地が良かった。ここは光が届かない深海の底だろうか?
だが、ゆっくりと、とてもゆっくりと白みが差してきた。
視界が少しずつ白く変わっていく。
何も考えずに、ただその様子を眺めていた。
視界が完全に真っ白になった。
眩しい。
誰かがいる。
誰だ?
「……須藤マヒロ。わかりますか? あなたはトラックに轢かれて死んでしまいました。マヒロ、あなたは死んでしまったのです」
甘く囁くような、耳障りの良い高い女性の声……ではない。
低いダミ声が聞こえた。目の前にいるのは美しさと程遠い、隣の家の笹山さんのおばちゃんにそっくり……、ふくよかな肢体で垂れ目の大口な年配の女性。でっぷりとしたお腹が重たそうで、椅子に座っているから余計にその腹が強調されている。
幻だろうか? 俺は目をこする。ごしごしこする。
「マヒロ、あなたは今から新しい世界へ生まれ変わります。もちろん、あなたが望めば、ですが。ただ、生まれ変わるにあたり注意事項があります。私が今から解説しますので、よく聞いてくださいね」
年増の女性の出現で一瞬思考が止まったが、もしかしてこれは待ちに待った異世界へ旅立つイベントではないか?
すると目の前のおばちゃん、いや推定女神はいわゆる本物の女神様。俺が学んだ資料には年増の女神なんていなかったが、単に俺の勉強不足なのかもしれない。こんな女神もいるんだ。こういったパターンもあるんだ。きっと。
「め、女神様でいらっしゃいますか?」
おそるおそる俺は口を開く。
「ええ、そうですよ。私は女神です。マヒロ、あなたが異世界に憧れていたのを私は知っています。あなただけではありません。大勢の若者が異世界に憧れており、私はたくさんの若者を送り出してきました」
ダミ声ではあるが、優しいときの母親のような慈愛にあふれた声だ。
「俺以外にもたくさんの人が異世界に行っているんですね。俺が今まで勉強してきたことは正しかったのですね。小説に書かれていたことは本当だったんだ!」
俺の言葉を女神は軽く首を振って否定する。
「いえ、小説は小説です。空想上の作り話です。でもいま目の前にいる私、そしてこれからあなたが向かう世界は実在しています。そこは剣と魔法の世界。小説で語り継がれてきた世界とは少し異なりますが、大きくは違っていないことでしょう。あなたは新しい世界で、新しい人間として生まれ変わるのです」
女神の話を聞いて俺の胸は熱くなる。
「なるほど、小説は誰かが作った話。まあ、そうですよね……。でも異世界は実在していた。本当にあったんだ。ということはやっぱり小説の内容のすべてが嘘じゃないってことですよね?」
「もちろん実在するからこそ、人間の潜在意識に働きかけて小説を書かせていたともいえます。あなたが小説から得た知識が役に立つこともあるでしょう。けっして無駄ではありませんよ。でも、知識より経験こそ重んじていただきたいのです。それに少しあなたに事前にお話しておきたいことがございます」
女神は伏し目がちに暗い表情を浮かべる。
「なんでしょうか?」
「私は今までに21,231人の若者を異世界へ送り出しました。マヒロ、あなたは21,232人目の転生人となります」
「そんなに多いのですか……」
女神は俺を見つめながら悲しそうな表情を浮かべ、一呼吸おいてから続けた。
「冒険の途中で命を落とす者もいましたが、二万人以上の転生人があちらの世界で生きていました。ところが最近、最近と言っても正確にいつのことかはわかりません。数カ月前か、数年前か。あちらの世界で何かが起きたようなのです。わたくしではあちらの世界の詳細まではわかりません。何人かの天使たちから話を聞くことができたのですが、どうやら私が送り出した転生人たちの多くが命を落としたようなのです。生き残りは数人かと思われ……」
女神の言葉は最後にか細い声に変わる。
「ほとんど死んでしまったってことか……。いったいどうしてそんなことに……」
「詳しくはわかりません。ですが、おそらく私が与えるスキルが原因なのかもしれません」
「スキル……ですか。どうしてスキルが」
「異世界では私が送り出した者を『転生人』、あるいは『スキル持ち』と呼んでいます。あなたにもこれからスキルを与えることになりますが、転生人同士で殺しあった場合、勝ったほうは相手のスキルを奪うことができるのです。それで転生人同士の争いが勃発した可能性があります」
「なるほど。多くのスキルを獲得しようとして転生人同士が争ったわけですね」
「ええ、おそらくは。現在確認できている転生人の生き残りは二人です。二人の他に生存者がいるかもしれませんが、まだ確認はできていません」
「ちょっと待って下さい。ということはその二人の獲得スキル数ってすごいことになってるんじゃないですか?」
「そうですね。そう推測されます」
「例えば、俺が異世界に行く時ってスキルはいくつもらえるんですか?」
「ひとつです」
「まじ?」
「大マジなんです。私にはそれしかできませんから。ですから……。マヒロさんは異世界に行くことをここでやめる選択も可能です」
異世界へ行くのをやめる? 異世界は俺の悲願だ。いまさらそんな選択ができるものか。でも、
「もし、やめたら? 天国へ行くとか?」
「……無になります」
「え?」
「無です」
「無って何?」
「存在が消えることと同義です。マヒロさん。あなたは生まれ変わることを望みますか? 望みませんか?」
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