忘却の隠者

しゅら

プロローグ


待ちに待った新作MMORPG『Fate Online』の正式サービスが、開始された。ハイクオリティな絵や音楽が高く評価され、サービス開始前から大きな注目を浴びていた。PVを見ただけでは神ゲーとも言える出来栄えだった。

多くのネトゲ廃人が、今日この時を待っていたはずだ。


もちろん、俺こと佐伯 隆一もその中の一人だ。何ヶ月も待ち、遂に今日この日を迎えた。その為、今日はいつもより足早に学校から帰宅し、まだかまだかと、パソコンの前に座って数時間の時を待った。

因みに、俺は18歳の高校3年生だ。高校では特に部活には加入せず、家へ帰り次第、直ぐさまパソコンを立ち上げネットゲームに取り組んだ。基本的に食事、風呂以外の時間を全てネットゲームに費やした。

自らをネトゲ廃人と豪語出来るレベルには到底およばないが、3年もの時間を費やした成果があり、凡人と比較対象にはならない。



俺はマウスを動かし、忘却の隠者の公式ホームページページを開いた。

ID、パスワード等の設定は簡単に済ませ、すぐキャラクター作成に取り掛かった。


「名前は...サエキっと。容姿は、黒髪の黒目。身長は175cmくらいで良いかな。さてさて次は、クラスだな。」

クラス。言い方を変えれば職業とも言う。初期クラスは剣士、射手、盗賊、魔術師、聖職者の5つと少ないが、一定レベルに達することで2次クラス・3次クラスへと上位転職が可能だ。また、この他に特殊クラスが存在し、初期クラスを選択した際に選択したクラスとは異なる希少なクラスが生まれる事がある。


「実はもう決めてたりするんだよな-、これが。」

と俺は盗賊と書かれてある箇所をワンクリックし、これでキャラクターの作成は完了した。本当にこれで良いですか?という確認メッセージを了承すると、画面にはゲーム開始という文字が表れた。

しかし、ゲームは開始されるどころか画面は次第に闇に包まれていき、画面全体が染まったその時、俺の意識はそこで失われた。



随分と長く、寝ていた気がする。体が怠い。

あれ、俺いつの間に寝たんだっけ。忘却の隠者の設定を完了させて、ゲームを開始させた所までは覚えてる。でも、そこからの記憶が何も無い。


そんな事を考えていると急に光が差し込み、俺はその思い瞼をゆっくりと開いた。

そこには大勢の人が慌てふためき、「ここは何処だ!」と大声を上げている姿があった。何処も彼処もそんな状態で、俺は辺りを見渡しても現状の理解には及ばなかった。確認が出来ても、ここが何処かの街であり、多くの人数が一斉に集える広場だということだ。また、はっきりとした人数は分からないが、大きな広場をも埋めてしまう程多くの人が居ることは分かる。


ここで突然、ピコンという通知音のようなものが鳴り響いた。通知音が鳴ったのは俺だけではなく、辺りにいる者全員の音が重なった事で音がより大きく聞こえた。

通知音が届いてから、自分の右下にあるメニューと書いてある欄の上に、1件と新しく記された。俺は、恐る恐るメニュー欄に人差し指を触れさせると、メッセージが自分の前に表示された。

『Fate Onlineの世界へようこそ。

信じられないかもしれないけど君達は今、ゲームの世界に居る。

現実に戻るためには、このゲームを攻略する必要があるよ。因みに、攻撃を受けた場合、君のその肉体自身に、本物の痛みが来るよ。何も無理をしろと言っている訳じゃ無い、安全に居たければこの街で平和に暮らして誰かのゲーム攻略を待てば良い。モンスターは指定区域の出現率しか出来ないから、街を襲ったりする可能性は無いよ。どう過ごしていくかは自分次第。それじゃあ頑張ってね-。』


口ではなく文字だったため迫力は無かったが、意味合いを考えると、非常に恐ろしい内容だった。俺が、メッセージを読み終わると周りも丁度読み終わったようで、今のメッセージに不審感を抱いて様々な声が飛び交っていた。


だが、俺はメッセージは嘘ではないと考えた。というか冷静になれば、その結論に至る。


まず右下に表示されてあるメニュー欄、現実でこんな高性能な仕組みを実現可能なはずが無い。ゲームの中といった非現実的な世界だからこそ可能な事だ。

そして何より、今の自分達の姿が一番それを物語っている。ある者は剣を持ち、ある者は弓を持ち、ある者は杖を所持していた。しかもキャラクター作成の際に、選択したクラスが扱うであろう武器だけがあった。


どういう原理に基づいてかは分からないが、これは冗談なんかじゃない。

『俺達は今、ゲームの中に居る。』




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忘却の隠者 しゅら @syura214

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