勝手にやってなさい【掌編~短編・連作】
みやのかや
ガイスター
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【登場人物】
サキ:24歳。システムエンジニア。ブラック企業で働いている。
マイ:24歳。在宅ワーカー兼サキの同居人。サキとボードゲームが好き。
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そこは1人暮らしには少し広いくらいの1DK。
部屋の角に大きめのベッドが1つ。床には毛足の長いラグが敷かれており、その上には足の短い丸テーブルが置かれている。
そのテーブルの上には白くて丸いコマと、青を基調とした四角いボードが広げられていた。
珍しく仕事から早く帰れたサキを迎えたのは、そんな風景と、1人の同居人。
「おかえり、サキ」
「ただいま……何してるの?」
「サキを待ってたの」
「そ、そうなの? 何かあった?」
「ガイスターをやろうと思って」
「えっと……ガイスターって、それのこと?」
「そうだよ」
「そっか……え、今からやるの?」
「うん」
「私、お腹すいてるんだけど」
「うん。私も」
「じゃあ、先にご飯にしない?」
「しない。ガイスターをやります」
「マイさん……なんか、怒ってますか?」
「怒ってない。あ、クッキーならあるよ」
「……じゃあ、一回だけね」
「うん」
ガイスターというゲームは二人で遊ぶボードゲームである。
6マス×6マスの四角形のボードの上に、おばけの形をしたコマを並べて遊ぶ。
お互いにコマを自分の陣地に並べてからゲームを始め、コマを交互に前後左右に動かしていく。
相手のおばけのいるマスに自分のコマが入ると、相手のコマを取ることが出来るのだが、コマには背中があり、その背中に赤いマークがあるおばけはハズレで、4つ集めてしまうと負けになる。
反対に青いマークのおばけを4つ集めれば勝ちになるので、相手のコマを取るか取らないかで悩む事になる。
他にも相手の陣地の両端に自分の青いオバケを持っていって勝ちを狙う方法もあり、シンプルな見た目とルールでありながら、奥深いゲーム性となっている。
「――というゲームです」
「へぇ。ちょっと面白そう。やってみようよ」
「うん」
「えーと、赤いオバケと青いオバケを4つずつ……よし、これでいいや」
「うん、じゃあそっちから動かしていいよ」
「よーし。じゃあこいつをここに動かすね」
「うん。じゃあ私はコレを、ココ」
「お、目の前に……じゃあ取っちゃえ……あらら」
「ハズレ。じゃあ、次はコレを、ココ」
「うーん、私も目の前に置こうっと」
「うん。じゃあ、それを取らないで、こっちに移動させる」
「あれ、取らなくていいの? じゃあどんどん進んじゃうよー」
「いいよ。どうせそれ赤だし。これをココ」
「……何で分かるの?」
「付き合い、長いから」
「それは私も同じだと思うんだけど……うわ、また赤だ」
「サキの事は何だってわかるから」
「あ、青、取られた……え、全部バレてる?」
「うん。これとこれとこれが青で、これとこれとこれが赤」
「……なんかズルくない?」
「ズルくない。サキだって私のことがわかってたら、わかる」
「まあ、そう……なの、かな……?」
「わからないサキが悪い」
「……やっぱり、怒ってない?」
「怒ってない。この青を取って、私の勝ち」
「えー……全然ダメだったね。マイ、すごいね」
「うん。で、私が勝ったから、お願いを聞いて欲しい」
「え? なに? いきなりどうしたの?」
「サキ、今の仕事、辞めて」
「……どういうこと?」
「ごめん。やっぱりウソ。私、怒ってる。サキ、今日、倒れたでしょ」
「な、なんで知ってるの?」
「村上さんから聞いた」
「あいつ……」
「サキに村上さんを怒る資格なんてない。怒ってるのは私。なんで隠そうとしたの?」
「言おうとは思ってたよ」
「思ってた、だけ」
「……」
「私はサキの事なら何だって分かる。ずっと見てきたから、わかる」
「だって、そんなん言ったら」
「私が心配すると思った? 迷惑がかかると思った? 倒れたことを黙っといて、いつか本当に危ない目にあった時、何も知らなかった私がどんな思いをするか、わかる?」
「…………ごめん」
「サキは昔からマジメで、頑張り屋さん。いつも他人の事ばっかり考えてる。そんなサキが大好きだったから、私は一緒に暮らそうって言った。そして、サキの事ばっかり考えてた」
「マイ……」
「サキが倒れたって聞いた時、心臓が止まるかと思った。今まで、がんばってるサキを応援しようって思ってた自分が、どれだけ甘かったか、わかった」
「仕事は……辞められない。私が抜けたらみんなに迷惑がかかるから」
「うん。わかってる。サキならそう言うと思った」
「ごめん。けど、こんな事がもう起こらないように気をつけるよ。それに、マイがそんなに私を心配してくれてたなんて気づかなかった。ごめん」
「ううん。大丈夫。わかってる。サキならそう言うって、思ってたから」
「ごめ……ん……あれ……なんか、急に……?」
「うん。効いてきたんだと思う。頭使うと甘いものが欲しくなるし、お腹が空いてればよく吸収されるし、シナモンクッキーにすれば多少の味も誤魔化せるから、いいかなと思って」
「え……それ、どう、いう……」
「おやすみ、サキ」
1人暮らしには少し広いくらいの1DK。
大きめのベッドと、丸テーブルの上に置かれたままのガイスター。
「自分の仕事」を終えて戻ってきたマイを迎えたのは、出かける前と変わらない風景と、大きめのベッドに横たわってこちらを睨んでいる1人の同居人。
「ただいま、サキ」
「マイ、今すぐこれを外して」
「ごめん。ちょっと待って。外したら、出て行っちゃうでしょ」
「さすが、私の事なら何でも分かるんだね」
「うん。で、サキはもう仕事に行かなくてよくなったから」
「……何をしたの?」
「ちょっと話をしてきた。労働基準法の話とか、私の親戚に色んな職業の人がいる事とか、私にとってサキがどれだけ大切なのか、とか」
「マイ……」
「クスリと手錠を使ったのは悪かったと思ってる。けど、こうでもしないとサキは仕事、辞めないでしょ」
「いや、もう、そういう事じゃなくてさ。私が辞めたら、みんなが」
「困らない。そう思ってるのはサキだけ。あぁ、また1人飛んだな。くらいにしか思ってない」
「でも、私は」
「サキだって今まで、そう思ってたでしょ」
「……」
「村上さんが教えてくれた。あそこはそういう会社だって。だから、サキは辞めた方がいいって。村上さんもお金を稼いだら辞めるって言ってたよ」
「……課長は何て言ってたの?」
「仕事中に倒れたのは事実だし、自己都合の退職なら問題ないって」
「あー、そう……そんなもんなのね……あー、もう、いいかぁ……私の負けだよ、負け。ゲームにも、この状況にも。マイがこんなに強いなんて思わなかったよ……」
「わかってもらえて嬉しい」
「はいはい。で、とりあえず、これ外してくれない?」
「……」
「マイ……?」
「サキ、何で私がここまでしたか、わかってる?」
「え? 私を心配してくれたからでしょ? やり方は飛んでるけど、まあ、それくらいは私にもわかるよ……って、何でジリジリ近づいてくるの?」
「何で、心配したと思う?」
「それは……マイがいい子だから……?」
「うん。わかってた。サキならそう言うって、わかってた」
「えっと、何か、目が怖い。なんか目が怖いから!」
「私は、サキに私のことをもっと知ってもらいたい」
「うん。私も今回改めてそう思ったけど……ちょ、なんかすごい近くない?」
「気のせい」
「いや、え、ちょっと、どこ触って、おい、こら、ちょ」
「大丈夫。私が一番サキの事をわかってるから」
「え、あ、ちょ、あ、あーーーっ!」
勝手にやってなさい
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