第50話 「素顔のままで」 妖怪「レタッチ」登場



    1


     心の闇にとらわれて 出口の見えない人がいる

     天狗の力の少年が 来たりてこれを焼き払う

     てんぐ探偵只今参上 お前の心の悪を斬る



 内村先生の人脈をたどって、またも「依頼」が持ち込まれた。

「今度はどんな事件?」

 シンイチは依頼人の写真を先生に見せられた。うつっているのは、会社で撮られたOL姿の渡良瀬わたらせ塔子とうこ、二十六歳である。

 彼女のフェイスブックから落とした、同僚と昼休みのランチ中の写真を内村は見せた。

「先生もう分かってると思うけど、妖怪はデジタル写真にはうつらないよ?」

「知ってる知ってる。まずは何枚かの写真を見てくれ。これが最近彼女がネットにアップした写真だ」

 と内村先生は、紙焼きしたものを順に見せた。

「キレイな人だね。……ん?」

「気づいたか?」

「んん? ……なんか分かんないけど、何かヘン。んんー、違和感というか……」

 シンイチは言い淀んだ。自分の中の違和感をうまく言葉で説明できない。

「これが彼女の高校時代、大学時代、そして入社当時の写真だ」

 内村は時系列で彼女の写真を見せた。

「アレ? ……徐々に、顔が変わってる!」

「そう。少しずつ、少しずつ、変わっていってる。こうやって飛び飛びに写真を見ると、それが明らかになるだろ」

「……髪型は同じだし、化粧? ……整形?」

「それが違うんだ。コレ、俺が彼女を盗み撮りしてきた写真」

 内村先生は更にもう一枚の写真を出した。

「ん? ぜんぜん違うじゃん!」

 むしろ最初の一枚、彼女の高校時代の顔に近かった。肌が浅黒く、あかぬけない、バランスのあまりよろしくない、いわば味のある顔立ち。それが写真の中では、時を追うごとに、顔が白くなり、目が大きくなり、くっきりとし、ニキビやホクロが消え鼻が高くなり、エラが削られ、顔がほっそりし、唇の肉感が増し、肌がスベスベになり髪がサラサラになり……

「レタッチだ」

 内村先生は彼女の「病」の名を告げた。

「レタッチって?」

「フォトショップとかのデジタルソフトで、写真を加工するのさ」

「『修正』とかいうやつ?」

「そうだ。最近はスマホのアプリで自動でやってくれるやつもある。彼女は決して他人のカメラには写らない。自分のデジカメでしか自分を写さないんだ」

「それって……」

「自分で写真を修整する為だろうな」

「はあああ。修正って、そんな簡単に出来るの?」

「きっと何年もかけてレタッチ技術をマスターして来たんだろう。だから時を追うごとに、技術の進歩に比例して本当の彼女から離れていったんだ」

 シンイチは時系列に写真を並べてみた。サルが人に進化するような感覚が思い起こされる。

修正レタッチすげえ」

「真を写すと書いて写真。写真の定義が、デジタルによってよく分からなくなってきてるな」


 二人は、実際の彼女を見に行くことにした。物陰から、オフィスで働いている彼女を覗き見た。

「どうだ?」と、妖怪の見えない内村先生はシンイチに耳打ちする。

「ビンゴ。彼女の肩に、妖怪『レタッチ』が」

 妖怪「レタッチ」は、紫色の異常な顔だった。地肌の上に顔を真っ白に塗り、目が巨大化した、整形しすぎた女のような不自然な顔であった。



 シンイチは家に帰って、作戦を練ることにした。

「ネムカケ。レタッチってCGのこと?」

 駄目元で、遠野の知恵袋ネムカケに聞いてみた。田舎の居眠り猫がCGのことなんか知らないだろうと思っていたら、意外にもネムカケは博識だった。

「レタッチもCGも、コンピューターでデジタル写真を加工するという点では同じじゃな。レ+タッチじゃから、元のものに手を加える、という意味合いじゃ。CGはゼロから画像をつくる場合、レタッチは既にある画像をレ・加工タッチするという違いがあると考えると分かりやすいぞい」

「ネムカケ……CGにも詳しいの? 意外!」

「わしの愛読書は、月刊大衆文楽と、月刊CGワールドじゃぞい!」

「へええええ」

 ネムカケは、得意気になって解説を続けた。

「合成とは別々の写真を合成することじゃが、レタッチは元の写真を元の写真に合成するようなものじゃな」

「はあ」

「どんなことが出来るかを示したほうがよいじゃろうな」

 ネムカケは「CGワールド」四月号を持ってきて開いた。

「簡単なのは画調トーンの調整。全体や特定の所の、色や明るさを変えられる。肌を白くするには、肌の所だけ明るくしていく」

「高校の頃の写真は、やけに肌だけが白いんだ。そのときに覚えたんだね」

「簡単じゃからな。次は、特定の部位の変形。福笑いを想像するとよいぞ。丁寧に目を切り取って、ちょっと拡大コピーして元の写真の上に乗せると、まるで目が大きくなったようになる」

「へえ!」

「さらに細かく切り取れば、黒目だけ大きくすることも出来るし、タテ方向だけ拡大して白目を大きくし、その上に大きくした黒目を置くことも出来る」

「鼻を細くするのは逆にすればいいのか。拡大縮小の福笑いなんだね」

「そうじゃ。キレイに切り取らないとバレバレだから、レタッチはキレイに切る技術が不可欠なのじゃ」

「なるほど。それを徐々に覚えるのか」

「これを応用して、顔を細くしたりエラを削ったりも出来るぞ。輪郭を削るのはさらに技術がいる。膨らませるより、削るほうが難しいのじゃ。削ったところ、余った空間を、埋めなければならん。背景ごと歪ませるとバレバレじゃから、背景は背景、削った人物は人物、と完全に一回分離しなければならん。で、削って余った空間は、背景が続いているように元の背景を加工する。『から舞台ぶたいを作る』などと言う」

「はああああ」

「レタッチは元の写真から作るしかないから、実は加工するたびにどんどんおかしくなってくるんじゃ。情報が減ってくるからのう」

「?」

「肌のぶつぶつを消すためには、ツルツルの肌の部分を切り取ってきて変形して、上にかぶせる。つまりツルツルの部分がコピーされる。元の部分は消えるから、全体としては情報が減っている。これを繰り返すと情報が減っていって……」

「どうなるの?」

「全体にのぺーっとした、アニメっぽい不自然な顔になるのじゃな」

「あ……。最初に感じた違和感は、そんな感じだ!」

 ネムカケはファッション雑誌の何冊かを持ってきて、表紙のモデルを見せた。

「最近の女性雑誌の表紙は、実は皆修正レタッチばかりじゃ。ホレ、この女優は目の周りのシワを消して、肌全体も光り輝かせておる。ホレ、このモデルは首の肌を移植して二重顎を消し、エラを消して(背景の白バックを増殖させる。単色バックで撮るのは空舞台が作りやすいからだ)、脚を延ばしてウエストを細くしておるぞ」

「全身の整形も出来るのかあ……」

「要するに福笑いじゃからの。切って貼ってなじませて、じゃ。専属メイク、専属スタイリスト、専属カメラマンに加えて、専属修正係レタッチャーがつくのがいまや常識なんだと。昔の女優、たとえば出雲いずもの阿国おくになんかはそんなの無しに美人だったのにのう」

「じゃみんな嘘つきじゃん! 美人ばっかかと思ってたよ!」

「そうじゃ。その嘘こそが、心の闇なのでは」

「でもさ、実際に会えば写真とぜんぜん違う! ってなるよね? 整形ならまだ分かるけどさ、写真だけ整形するのはなんでだ?」

「ふうむ。そこが『現代の闇』なのかのう」

 闇は思ったより深い。女心のいまいち分からないシンイチは、ミヨちゃんに相談することにした。


    2


「フェイスブックとかネットの為でしょ?」と、ミヨはあっさりと答えた。

「なにそれ?」

「自分の写真を撮って、ブログとかツイッターとかインスタとかフェイスブックとかの、ネットにアップするのね。そこにはいろんな人たちがいて、互いに繋がってるわけ」

「その人たちに向けて整形してるってこと?」

「そうね」

「その人たちは友達より多いの?」

「多いから、そうしてんじゃない?」

「ばれなきゃ嘘をついててもいい、って感じか」

「たぶん」

「じゃさ、……現実より、ネットのほうが大事ってこと?」

 シンイチは時々本質を槍で刺すように、真芯に到達する。ネムカケは今日も感心した。

「その女、会ってみたい」

 とミヨは言った。

「私だって、妖怪『みにくい』の克服者なんだから」


 シンイチとネムカケとミヨと内村先生は、実際に塔子に会って話を聞くことにした。自分の肩の妖怪「レタッチ」を見せられた塔子は、これまでのレタッチをすべて認め、それが何で悪いのかと逆切れした。

「別に、誰に迷惑かけてるでもなし、どこが駄目なのよ!」

 シンイチは冷静に説得しようとした。

「でもさ、これを放置すると妖怪『レタッチ』は巨大化して、あなたの心を食い殺すんだ。悪いとか迷惑とかじゃなくてさ、あなたの心があなたを食い潰す。そもそもさ、なんで手間のかかるレタッチばっかすんのさ?」

「記録に残るほうが大事じゃない」

 と塔子は悪びれもせずに言った。

「今の私なんて、すぐに流れて消える。他人が私を見るのは、私の記録から見るでしょう? 『渡良瀬さんってどんな人? 写真見せてよ』よね? 誰も私なんか見ない。私の記録から、私がどうであったかを見るわけ。記録に残る私が、だから本当の私なの」

 ミヨがぶちきれた。

「ネットに逃げてんじゃないわよ!」

「はい?」

「現実の世界がここに確かにあるでしょ! この世界で決着つけなさいよ! なんかキモイのよ! 『もうひとつの世界で生きてる』かんじがさ! 人は写真とつきあう訳じゃないでしょ? 本物の人と人が、笑ったり喧嘩したりするのよ!」

「なんで子供に説教されなきゃいけないのよ? 写真をシェアする世界のほうが、私にとっては現実よ!」

「一生二次元の世界に閉じこもってろ!」

 喧嘩腰のミヨを、シンイチは後ろから羽交い絞めにした。

「ミヨちゃん! ケンカしに来た訳じゃないんだ!」

「だってなんか腹立つんだもん!」

「ミヨちゃんは『みにくい』をどうやって克服したの! それを話しに来たんじゃないの?」

「……美人だけどバカを沢山見たからよ! バカじゃ意味がないって分かったからよ! でもハナからこの女バカじゃん! 二次元世界で嘘つき続けてればいいんだわ!」

 とりあえず今日のところは出直すことにした。

 その夜フェイスブックに上がった彼女の写真をチェックすると、アップされていたのは3D写真だった。

「三次元にしてきやがったか……」

 ミヨは舌打ちした。

 シンイチは考えを口に出した。

「ミヨちゃんの時みたいにさ、かくれみので『理想の顔』に変身してもらえばいいんじゃない?」

「そんなの出来るの?」

「リアルレタッチ!」


    3


 翌日、シンイチとネムカケとミヨと内村先生は、再び彼女を訪ね、天狗のかくれみのを被ってもらうことにした。天狗のかくれみのは、姿を消す隠形おんぎょうの力の他に、変身する能力も備わる。

「自分のレタッチ後の『理想の顔』をイメージして! そうすればその通りになるよ!」

「……鏡見ながら変形させてっていい?」

「もちろん!」

 塔子は鏡を見ながら、自分を「レタッチ」しはじめた。

 まず、肌を白くした。ニキビやホクロや産毛や腋毛の剃り跡を、綺麗な肌を移植してなめらかにした。入念に入念にツルツルにし、ファンデーションで毛穴まで塗り潰したような、セルロイドのような肌になった。

 目を大きくし、目頭を切開して広げ、白目の面積が大きくなるので黒目を大きくしてバランスを取る。白目の血管も消す。涙袋を大きくし、隈を消し、まぶたも二重に。まつげをエクステさせて大きい目をさらに大きく見せる。アイシャドウを黒くし、ハイライトを足し、目全体を立体的に見せる。

 鼻を細く高くする。高さが幅より勝り、ヒレみたいになってゆく。唇をさらに厚く、ツヤを足してぷるぷるに。

 エラを削り、顎をシャープに。手足を細く、腰も細く、胸と尻は不自然に大きく。髪にも光が当たってないのにツヤを足す。それは恐らく彼女が写真でやっていることと、同じ段取りなのだろう。

「なんかさ」

 とシンイチはミヨに囁いた。

「宇宙人のグレイみたいじゃね?」

 ミヨは爆笑を我慢した。

「それが理想の顔だね?」と、シンイチは塔子に尋ねた。

「うん。マジで3Dで出来るとは!」と、塔子は人間のバランスを逸した異様な顔で上機嫌だった。

「じゃあ、リアル街を歩いてみようよ!」

「その前にフェイスブックにあげなきゃ!」


 「みにくい」の時と同じく、原宿へ出て歩いてみた。誰もが塔子を振り返った。「美しくて」ではなく、「ぎょっとした」ニュアンスだった。

 人の欲望は醜い。それが顔にかいてあるのだ。つまり彼女の顔は、妖怪そのものだったのである。


「おかしい」

 塔子は気づいた。

「なんで皆、化け物を見るような目で私を見るの? キレイでぽーっとなったり、美しさに嫉妬するんじゃないの?」

 不安の塊が彼女に押し寄せた。顔が歪み、その恐ろしい顔を見た若者は、恐怖にかられて逃げていった。

 彼女は大きなショウウインドウを鏡代わりに、さらに「レタッチ」を進めた。

「目を大きく! もっと! もっと!」

 顔の半分を目が占める。

「目が離れてる! もっと寄せなきゃ! 鼻はもうすこし上に!」

 まるで3D福笑いである。目が動き、鼻が魔女のように変形していく。妖怪「レタッチ」は、さらに膨れ上がってゆく。

「わかった! 赤石あかし希良々きららちゃんの目と山田やまだあおいちゃんの鼻と、泪沢るいざわセシルちゃんの唇を組み合わせれば最高の美人になるよね!」

 当代の美人女優やアイドルやモデルのパーツを塔子は言った。塔子の顔の上に、顔が上書きされてゆく。

吹田すいた明日可あすかちゃんの目のほうがいい! 小嶋こじまハナちゃんの左目だけほしい!」

 リアルモンタージュである。顔がくるくる変わって、シンイチもミヨも気分が悪くなってきた。

「わかった! 目を増やせばいいんじゃない!」

 塔子の目は四つになり、口は三つに増やされた。

「こうよ! きっとこうよ!」

 振り返って同時に瞬きする四つの目を見て、ミヨは恐怖のあまり失神した。


「おかしい…… 理想の顔が出来たと思ったんだけど」

 四つの目と三つの口を持つ塔子は、何をしてよいか分からなくなった。

「理想の顔になってさ、どうしたいの? 恋人ゲット?」

 とシンイチは塔子に聞いた。

「どうする、とか別にないわよ」

 と、もはやリアル妖怪と化した塔子は、深いため息をついた。

「……私は、誰からも好かれたいだけ」

「……女って大変だなあ」

 とシンイチは言った。

「レタッチも整形も、リアルかバーチャルかの違いでしかないよね。それ、嘘だよね」

「?」

「嘘ってさ、ひとつつくと、どんどん嘘を塗り重ねなきゃいけないじゃん」

「どういうこと?」

「『宿題やった?』ってお母さんから聞かれたらさ、『やったけど、学校に忘れてきた!』って嘘つくとするじゃない? でもカバンに入ってたの見つかってさ、『そのノートじゃない』って嘘ついて、『じゃどれ』って言われて『どこか分かんない』って嘘ついて、『じゃ先生に電話する』ってなって、『思い出した! 学校でやってノート忘れた』って言って、『じゃあ答え言ってみなさい』って言われて、『学校に取りに行く!』って嘘ついて、どんどん引き返せなくなるあの感じに、今、とても似てる」

「お前家でそんな嘘ついてんのか!」と内村先生は突っ込んだが、今はそんな場合ではない。

 ネムカケは落ち着いて評した。

「レタッチは嘘じゃ。嘘に嘘を重ね塗りしている。自分を良く見せたい心を、自分に合成し続けとるのじゃから」

「なるほどね。それがループしてるんだ」

「……」

 すっかり妖怪になってしまった彼女は、あとへの引き方を知らなかった。

「じゃ、本当って何よ?」

 その答えは、誰も分からない。


 さっき逃げていった若者が、仲間を連れてやってきた。カメラを構え、塔子を写真に撮ろうとした。

「妖怪だー!」

「妖怪だー!」

「ネットにアップしてやる!」

「現代の東京に妖怪出現!」

「やめてよ!」

「不動金縛り!」

 天狗のかくれみのの本来の力、透明になる力でこの場を退散した。


 一行は地下に降り、とりあえず地下鉄でこの場を去ろうとした。塔子は一番最初のバージョンの顔に渋々戻し、ホームで電車の到着を待った。

 腰の悪そうなおばあさんが、混雑するホームぎりぎりを歩いていた。急ぐ人をよけようとしてバランスを崩し、ホームから消えた。

 落ちたのだ。

「ヤバイ!」

 シンイチは天狗の面を被り、救出しようとした。

 それより先に中年男性が一人、走って線路へ飛び降りた。おばあさんを助けるつもりらしい。

「痛い!」

 おばあさんは悲鳴を上げ、立ち上がれない。男性は彼女をおぶり、ホームに手をかけて登ろうとした。が、腕力が足りないのか、足をかける所がないのか手間取った。

 警笛が鳴った。電車が見えた。ヘッドライトを明るく照らし、警笛を何度も鳴らす。

「そこのあなた! 手を貸して!」

 男性の一番近くにいたのは、塔子だった。

「引き上げて! 私は医者だ! 彼女、骨折してるんだ!」

 電車は迫る。

「早く!」

 なりふり構っていられなかった。塔子は必死で彼の手をつかみ、力いっぱい引き上げた。おばあさんがホームに転げる。男は自力でホームに上がり転がって、入ってくる電車から身をかわした。

 急ブレーキの音を立てながら、一瞬前まで彼らのいた空間を、巨大な質量が通過した。


 駅員たちがかけつけてきた。男は彼らに言った。

「大丈夫。私は医者です。彼女は骨折している。痛がってるので、痛み止めを処方してから外科へ連れていきます。うちの医院、すぐそこなので」

 おばあさんは、ありがとうありがとうと何度も言った。

 医者は塔子に礼を言った。

「ありがとうございました。偶然にも、こんな美しい女神が手を貸してくれるとは」

「えっ?」

 塔子は焦った。先ほどのどさくさで、天狗のかくれみのが脱げていたことに気づいたからだ。つまり、今の彼女は素顔すっぴんだ。

「美しくなんか。こんな不細工に何言ってるんですか」

「顔は関係ない。人助けをした、心の話ですよ。実は私、医者は医者でも、整形外科医なんです」

「えっ?」

「顔だけ取り繕う、表面的なことにしか興味のない、汚い心の女ばかりを今まで見てきた。うちのお客さんをそう言うのもなんですけどね。それに比べて、あなたは清い女神のような心の人だ。ほんとうの自分ってのは、顔じゃなくて心ですから」

「ほんとうの……自分」

「まじめな話、ひとめぼれしました。こんど食事に誘ってもいいですか? あ、フェイスブックとかやってます?」

「あ、やってはいますけど……」

「じゃあ友達申請とかしてもいいですか?」

「ひとめぼれって……私、手を貸しただけですよ?」

「顔なんてどうせすぐ老ける。整形メンテナンスのくり返しだ。でも、心や行動は、老けない。ほんとうのあなたは、行動したあなただ」

 その言葉で、彼女の表情が変わった。

「フェイスブックはあります。……けど」

「けど?」

「……故あって、これまでの記事全部削除します」

 かくして、彼女の心から妖怪「レタッチ」は外れた。


「不動金縛り!」

 シンイチは九字を切り、周囲に金縛りをかけた。シンイチは天狗の面を被ると天狗の力が増幅する、てんぐ探偵である。

「一刀両断! ドントハレ!」

 整形しすぎた顔の、醜くて不自然な妖怪「レタッチ」は、火の剣、小鴉の炎に巻かれて清めの塩になった。



 その後、二人は交際を始め、ツーショット姿がフェイスブックに時折アップされるようになった。

「なんか生き生きしてるね。前のレタッチ写真より全然いい」

 とシンイチは彼女の表情を見て言った。ネムカケは言う。

「CGやレタッチの弱点は、顔が固くなるのじゃ。やわらかくて生き生きした表情は、生身の人間にしか出来んよ」

「素直に笑うのが一番ってことか!」

「でも、それが難しいのよ。すぐ笑い方が分からなくなる」

 ミヨは、自分の経験を交えて言った。シンイチはミヨの脇をこちょこちょして、反射的に笑わせた。

「ホラ、笑うのなんて簡単だよ!」

「ずるい!」

 素直になるのは難しい。でも、一番簡単なことでもあるはずだ。



     てんぐ探偵只今参上

     次は何処の暗闇か







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