第6話 恐怖の山

 エズダゴルに連れられて暫くはそれほど傾

斜の無い坂道を登ったり下ったりしていた。

小一時間ほど歩いただろうか、やがて傾斜は

緩やかな登りのみになってきた。ヴーアミタ

ドレス山の途中にツァトゥグアの棲む洞窟は

あるというのだ。


「それ、あそこがツァトゥグア様が棲んでお

られる洞窟の入り口じゃ。心して入るがよい

ぞ。」


「えっ、ご老人は一緒に行って下さらないの

ですか?」


「儂か?儂は駄目じゃ。齢数千年を数える妖

術師ではあるが、ツァトゥグア様の御前に罷

り出るほどの度胸は未だに得られないのでな。

ツァトゥグア様は怠惰な邪神とも言われてお

るが、それは正鵠を得ておるのじゃ。例えば

儂などがその営みを乱すようなら忽ち更にお

ぞましい地下世界へと落とされてしまうじゃ

ろう。お主達も十分に注意をすることじゃ

な。」


 妖術師エズダゴルはそういい残すとふっと

文字通り消えてしまった。


「どうします、綾野先輩。」


 橘助教授と綾野は二人の生徒を無事に元の

世界に戻す責任があると感じていた。ここは

異次元の世界、ヒューペルポリアなのだ。も

しかしたら、時代さえも超越した世界なのか

も知れない。


「戻る方法を探すしか無いだろうな。今来た

道を戻るとしても何処に続いているのか見当

もつかない。」


「綾野先生、ここはひとつ先に進んでツァト

ゥグアに対面するしか無いんじゃないです

か。」


 浩太はある程度腹を括っていた。道を開く

には先に進むしか綯いように思えるのだ。


「そう簡単に云うが、相手はツァトゥグアな

んだぞ。旧支配者の中でも特に得体の知れな

い存在なんだ。」


「その、ツァトゥグアとかいうのは一体何の

ことですか。」


 橘助教授も桂田もその辺りの知識は持ち合

わせていなかった。


「ツァトゥグアとはC・A・スミスによると

サイクラノーシュから来た旧支配者のひとり

(?)で、ヴーアミタドレス山の地下洞窟に

幽閉されていると言われている。サイクラノ

ーシュとはムー・トゥーランにおける土星の

ことらしい。ただ私は鵜呑みにはできないと

感じているんだが。それと四大要素の分類と

しては地の精とされているんだが、それもど

うだかと思うね。土星、洞窟というアイテム

によって後から付けられた可能性が高いと思

っているんだ。いずれにしてもツァトゥグア

そのものについての言及は余りにも少ない。

スミス以外は無い、といってもいいくらいな

んだ。私の調査・研究の対象もクトゥルーの

他の旧支配者についてはナイアーラトホテッ

プのみが封印されていない関係もあって、そ

のふたり(?)以外は殆ど進んでいなかった

のが現状なんだ。」


「先生、講義している場合ではないのじゃな

いですか。」


「悪い悪い、つい夢中になってしまった。そ

れにしても洞窟に入るのか、もと来たと思わ

れる道を引き返すのか、決断しなければなら

ないことは確かだな。どうする橘。」


「ここは私の専門分野じゃないですから。先

輩の意見に従いますよ。私ももっと祖父にそ

の辺りの話を聞いておけばよかったと後悔し

ています。先輩と祖父の会話にはなかなか入

り込む余地が無かったから、あんまり興味は

無かったのですが、そんな非現実的で空想的

な話を大の大人がどうして真剣に話せるのだ

ろうって何時も不思議に思っていたものでし

た。今ごろ事の重大さに気付くなんて、なん

と知恵が浅かったことか。」


「そう落ち込むことはないよ、だれだってこ

んな話が現実にわが身に降りかかって来るな

んて想像もしないだろうからね。ラヴクラフ

トはただの恐怖小説家だと思っている輩や、

その存在自体知らない人が大勢いるのだか

ら。」


「そうですよ、日本クトゥルー学会の会員の

大半はただの恐怖小説愛好家ですから。危機

感をもっているのは綾野先生や無くなった橘

教授の他にはほんの一握りでしたから。僕も

伯父のことがなければ、ただの一ファンの域

を出なかったでしょう。」


 三人の話に桂田はついて行けなかったが、

生来の楽天家である本領を発揮して提案した。


「とりあえず、そのツァトゥグアとやらに会

って見ましょうよ。道が開かれるのは大体そ

ういう勇気ある行動の結果である場合が多い

でしょう。冒険小説の鉄則ですよ。」


「おいおい、小説と一緒にしないでくれよ。

でも浩太も桂田も同じ意見なら、当ってみる

しかないのか。」


「砕けてしまうかもしれませんけどね。」


 四人は意を決して洞窟の奥へと進んでいく

のだった。

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