第2話 発見された何か

 岡本浩太は、琵琶湖大学伝承学部アメリカ

伝承学科の2年生でもうすぐ丁度二十歳にな

る。去年の12月にあまりにも衝撃的な体験

をしてしまったので、新学期が始まっても何

か物足りなさを感じていた。若さゆえに恐怖

体験が逆に自信につながったようだ。


 講師の綾野と一緒に綾野と伯父である岡本

優治の共通の恩師、帝都大学の橘教授の告別

式に出席した後、彦根市内のアパートに戻っ

た。実家は静岡の掛川にあるのだが、志望学

部の関係で琵琶湖大学を選び、一人暮らしを

しているのだ。


 浩太の父、敏次の一つ違いの兄が帝都大学

は免職処分になってしまった岡本優治になる。

これからの生活をどうするのか、父の敏次も

心配していた。実家はお茶園を営んでおり、

学者になってしまった長男の優治の代わりに

次男の敏次が継いでいる。実家を継ぐときは

兄弟の間でかなり揉めたと聞いているので、

いまさら、伯父が父を頼ってくるとは思えな

い。父の敏次は今では特に気にしていないよ

うなので、伯父から折れて話しをすれば、き

っと力になってくれるはずなのに、いまだ何

の連絡も無い。橘教授の告別式で浩太が逢っ

た時も心配するな、と言うだけだった。


「由紀子伯母さんのこともあるし無理しなけ

ればいいのに。」


 伯父の気持ちも判るがそうも云っていられ

ないとも思う浩太だった。


 梅雨に入って特に面白いこともなく過ごし

ている浩太にその話しを持ってきたのは、仲

間内では調子者で通っている桂田利明だった。

同じ伝承学部の二年生である。桂田は実家が

奈良県なので、浩太と同じアパートに一人暮

らしをしている。


「それでさ、今度そこを掘ってみようってこ

とになったらしいんだ。」


 得意になって話している内容は、桂田がバ

イト先で仕入れた話だった。


 彦根市内にとある旧家があって、そこを今

度取り壊して建て替える話しが持ち上がった。

図面の打ち合わせも終わり契約も済んで引越

しも終わり、いざ建て替えるために古くなっ

た家を取り壊していた時のことだった。在る

筈の無いコンクリートが出てきたのだ。


 取り壊した旧家は戦前に建てられたものだ

ったが、それほど価値のあるものでもなく、

保存状態も良くなかったので、単に取り壊す

ことになった。この地下にコンクリートの床

のようなものが出てきたのだが、住人は誰も

知らなかった。明治のころから住み続いてい

る旧家で、戦前に火事で全焼して建て替えら

れたものなので、当時の住人はもう全て故人

になってしまっているのだが、後を継いでい

る今の住人は何も聴かされていなかった。


 ところが出てきたコンクリートは比較的新

しいものらしく、どう考えてもここ数年以内

のものなのだ。専門家も首を捻る事態で、地

方紙ではあったが先日新聞の記事にもなった。

岡本浩太は全く知らなかったのだが、桂田の

バイト先のコンビニエンスストアのオーナー

の知り合いの家なので、多少詳しい話を聞け

たらしい。


「それで今度そのコンクリートを壊して調べ

てみることになったらしいんだ。」


 上から見るとただのコンクリートの床が出

てきただけのように見える。ところが、上に

たっていた家よりも下から出てきたコンクリ

ートの方が新しい。後から地下を掘って差し

込んだとは考えられる筈もない。


「なあ、明日の朝から壊すらしいから見に行

ってみようぜ。」


 綾野先生の講義が朝からあったのだが、浩

太も興味があったので、桂田と同行すること

に決めた。


 翌朝、原チャリ(原動機付き自転車)で現

場に着いたとき、丁度パワーショベルが動き

出したところだった。


「なんだが、大きな騒ぎになっているみたい

だな。」


 野次馬だろうか、大勢の見物客で周辺はご

った返していた。浩太と桂田も同類だが。


 桂田がバイト先のオーナーを見つけて少し

見やすいところへ移動した。


「オーナー、おはようございます。」


「おう、桂田君か。見に来たんだな。今日は

遅番だったから、ここが終わったら店の方に

入ってくれよ。」


 徐々にコンクリートが捲られて行く。コン

クリート自体の厚みが1m近くあったようだ。

そして、その下から、なにか空間が現れ始め

た。


 周囲から


「おおっ。」


 というようなざわめきが起こった。何が隠

されているのだろうか。


「おうい、何か出たのかぁ。」


 現場監督風の男がパワーショベルを操作し

ている男に大声でさけんでいる。


「後藤さん、なんかねぇ、おっきな穴みたい

ですよ。」


 パワーショベルの男が応えた。コンクリー

トの下から出てきたものはなんと大きな空洞

だったのだ。


「なんでこんなところにコンクリートで蓋を

された穴が開いてるんだ?」


 桂田はさすがに脳天気なことばかり云って

いる普段とは違う様子で浩太に問い掛ける。


「なんか、やばい事にならなけりゃいいけれ

ど。」


 浩太は自らの経験からこの世の中に途方も

無い恐怖が実在することを知っている。この

穴についても、どうも嫌な予感がしてならな

かった。


「綾野先生を連れて来よう。」


 浩太は綾野の意見が聞きたかった。詳しく

調べてみないことにはなんとも云えなかった

が、穴の深さは想像を絶するものらしい。小

石を落としてみても底に落ちた音が何時まで

たってもしない。50mぐらいまでロープを

下ろしてみたが底には届かなかった。


 後で聞いた話だが、大阪のどこかの大学か

ら調査に来る事になったらしい。琵琶湖大学

は新設校なので、あまり地元でも信頼が無い

のか。というか、地質学者がいない、という

ことなのだろう。


 浩太はさっそく大学に行って綾野を探した。

綾野は自分の講師控え室に居た。


「岡本君、今日はサボったね。まあ、若いん

だから多少仕方ないとしても、遊びも程々に

しとかないと。あんな経験をして、気が抜け

ているのは私も同じなんだが。」


「先生、違うんです。ちょっと気になること

があって、そっちに行ってたんです。聞いて

ませんか、古い家の下にコンクリートの床が

あったって話。」


 綾野の言い分は半分以上当っていたのだが

浩太は話を逸らしてしまった。


「ああ、新聞にも載っていたからね。それが

どうかしたのか。」


「そのコンクリートを割って調べるっていう

んで、桂田と二人で見に行ってたんです。そ

したら、底が見えないほど深い穴が出てきた

んですよ。何かあると思いませんか?」


「何かって何があると云うんだ。」


「だから、古きものどもの巣とか。」


「君の発想は飛躍し過ぎだな。そんな話がそ

うそう転がっている訳が無いだろうに。私も

アーカム財団の非常勤顧問に任命されてから

今日まで、その手の情報は一切入って来てい

ないんだから。」


 綾野にはそれが不満、と謂うような口ぶり

だった。クトゥルーの復活を阻止してから半

年以上が経っている。その間、何の活動もし

ていない自分が、何か取り残されているよう

な気持ちになっているのだ。


 その辺の気持ちはほぼ同じ経験をした者の

立場として正確に理解している浩太だったの

で、綾野をこの話に巻き込む自信はあった。

浩太は綾野と一緒に穴の中へ調査に行く方法

を見つけるつもりでいるのだ。そのへんは、

アーカム財団や綾野自信の人脈を最大限に利

用する魂胆だった。

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