【side A】ミラーボール・サテライト
鉄骨が浮かび上がる高い天井、丸く輝く大きなミラーボール。プラスチックカップに入ったべたつく甘い酒に真夜中どこからともなく現れる人、また人。
初めてクラブに行ったのは中学生、13歳の時だ。もうすぐクローズを迎える芝浦GOLDは、当時早い時間ならばエントランスフリーで、その頃クラブのIDチェックはまだ厳しくなかったから私はラストまで毎日のように通い詰めた。
閉店までの一週間、毎日通い詰めれば友達ができて、私はその時に友達って簡単に作れるものなんだ、と知った気がする。行きたいところに行けば当然趣味や気分が合う相手がいて、そうしたらさらっと簡単に仲良くなれる。
友達なんていらないと思っていた。一生、私にはできないと思っていた。
けれど、私は夜遊びの場で、初めてこのことを知った。
現実はどこでも作れると。行ってみたいと思うところに行けば、当然ながら会いたいと思っていた人に会えると。
子どもには家と学校しか居場所がない。もともと学校が嫌いだった私は、小学校四年生に転校をしてからいよいよそれに拍車がかかり、中学生になり家庭のごたごたで引っ越しや転校をしてからは完全に学校に行けなくなった。
その中学校の三年間は、大人になって小説を本気で書き始めるまで私にとって人生で一番辛い時期だった。小説を本気で書き始めた時、その辛さが中学生当時の時を超えて何だか嬉しかったほどだ。中学生の頃は自分でいたい場所もやりたいことも選べなかったけれど、今はできる。なのに、こんなに辛いことを自分で選んでる。それだけ、私は文章を書きたいんだ。
自分の持つそれでもやりたいという気持ちと、あれより辛いことは二度とないと思っていた時期を超える辛さに、人生は自分が思っていたよりもずっとずっと大きなものなのだ、と思って、私は何だかすがすがしくなった。今、振り返ればある意味で超絶なマゾヒストの発想でもあるな、と思う。けれど、私は、自分で何かを選びたかった。行きたいところに行ける、いたくない場所にはいなくていい。多分、私が何かにこだわっているとしたら、この二つで、このこだわりが生む不自由さも最近気付いてきたのだがそれは別の話だ、話を戻そう。
ミラーボールに照らされた夜遊びの場は、私が初めて行けた「行きたくて行けた」場所だった。詮索も正義がなく、あるのはただこの夜を楽しみたい気持ちだけの人が集う場所は、今思うと海の中に似ている。魚たちは勝手気ままに珊瑚の間にひそんだり、イソギンチャクと戯れたり。飽きたらわっとその場所を離れ、いつの間にか全ては波にさらわれていく。
夜が明けた頃のフロアに残る、倒れたグラスやウィッグ、踏みつぶされた誰かの上着、服やメイクから落ちたスパンコールやラメ。疲れた体を引きずりながら駅までの道を歩き、ぎゅうぎゅう詰めの電車を横目で見ながら真逆の方向のホームに立つ。今日もまた、と挨拶を交わした誰かのことを思い出しながら。
それから、夜遊びにはまった私は高校もアクセスの良さで選んだ。夕方から授業が始まる定時制高校。家からは自転車で30分、渋谷、西麻布、六本木までは20分ほど。学校よりもクラブに通い詰めた。そして、今でも、その頃に夜遊びの場で知り合った人々と縁が続いている。行きたい場所に行くことは会いたい人に会うことでもあり、また、自分がいたい場所にいることでもある。夜遊びの場でそれを見つけたのはなかなか褒められたものではないかもしれないけれど、私にとっては事実そうである。
財布にあるのはエントランスフィーだけ。氷の溶け切ったグラスを持ち、朝まで何時間も粘っていたその頃の自分を振り返ると、お小遣いを握り締めて駄菓子屋に行く子どものようだったと思う。まだ甘いカクテルしか飲めなかったその頃の私はメロンリキュールを使ったメロンボールやブルーキュラソーを使ったチャイナブルーを飲んでいて、帰り際には舌が緑や青に染まっていた。そんなところも、駄菓子屋に通い詰める子どものようだ。
家や学校以外の居場所という意味では駄菓子屋もクラブも同じようなものだ。私にとって、その場所は、ある種のサテライトスペースだった。
そんな話ももう20年も前。一昨年、久しぶりにそのクラブのDJやスタッフに会ったら変わってないと言われた。
あの場所がなかったら、私が10代の頃の懐かしい話ができる場所はほとんどなかっただろう。
移り変わりの激しい夜の世界でその店はまだ健在だ。今度、東京に行ったら顔を出してみたい気もする。今は頼むこともない甘いカクテルを頼んで、懐かしい曲をかけてよ、なんて言って。
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