カラスなぜ鳴くの

カミノアタリ

第1話 ある朝

夫を送り出した後、自分も身支度をしてパートに出かける。妻サエコの週4日の行動パターンだ。玄関を出るときに大判のポリ袋を1枚持つ。今日はゴミ出しの日なのだ。

サエコら夫婦の住むマンションは各戸の玄関前にちょっとしたポーチが付いていてプランターなどを置くこともできるようになっている。小さい子供がいるなら三輪車や砂場遊びのおもちゃなども置けて便利だ。サエコも少量のハーブ類を育てている。しかし、そのポーチのかなりのスペースを占めるのはゴミ箱だ。

今どき、全国津々浦々、ゴミの分別収集を行っていない自治体はないのではないかと思うが、サエコの住む市も年々分別項目が増えている。分別のためにいくつか置いた同じ形のゴミ箱の一つを開ける。火曜日だから、ペットボトルやアルミ缶などの再生可ゴミの溜まった袋を取り出した。そして新しい袋をセットするのだ。

簡単なことだが、この作業をするたびに思うのは、なぜ自分一人がこういったことを担当しなければならないのかということだ。念を押すが、作業そのものは簡単なことだ。何曜日がどの種類のゴミ収集日なのかを覚えていさえすれば。


サエコが通路に出て門扉の鍵を閉めた時、鳥の鳴き声が聞こえた。


カァ~


カラスだ。最近カラスを見かけることが多くなったと思う。特に、カァーカァーとうるさく鳴くのはこの辺りのゴミ収集日のような気がする。それは生ゴミを含む可燃ゴミの日ばかりではなく、今日のような容器類だけを出す日も同じだ。カラスは何曜日が収集日なのか覚えているのではないだろうか。曜日の感覚は別にしても、何日おきかはわかっているに違いない。夫よりマシだ。つい先ほどもこんなやり取りがあったばかりだ。


「ねえ、ゴミ持って行ってくれない?」


夫が出かけようとした時、サエコは洗濯物を干しながら声をかけた。


「え?今日、ゴミの日なの?昨日出したばかりじゃないか。」


「昨日は可燃ゴミだったでしょ。」


毎週、いや、2日おきくらいでこんなやり取りをしなければならない。


「じゃあ、今日は何の日なんだよ!」


説明するのも面倒だ。何年たったら覚えるのだろう。


「いいわ、もう…」


バタンと閉まったドアの向こうで、夫は、じゃあ初めから言うなよ、とでも吐き捨てているのだろう。被害妄想などではないはずだ。サエコはイラついたまま家を出ることになる。

何人かの見知った住人に朝の挨拶をしながらマンションのゴミ置き場にたどり着き、サエコはゴミ袋を置いた。さあ、自分も出勤なのだ。ぐずぐずしてはいられない。駐輪場へ急いだ。

自転車をホルダーから引き出して何気なく空を見上げた。天気はよい。さっき干した洗濯物は夕方にはパンパンに乾くだろう。それだけでも主婦は幸せになれる。気分を立て直したとたん、頭上でけたたましくカラスが鳴いた。

はいはい、わかりました。あんた達はうちの旦那より学習能力があるのよね。無音で毒づいて、勢いよくマンション外周の車道にこぎ出した。


次の瞬間、またカラスの声がした。いや、それは最大音量のクラクションだった。変わったばかりの信号の青い光が視界いっぱいに広がった。


サエコが記憶をたどれるのはそこまでだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る