DE/DC

時雨晃一

プロローグーー The year's at the springーー

「神は居るさ、ついでに言うと仏も居る」



耳に心地良い女の声。目の前には血の海。両の手に感覚は無い。


「あぁ、悪魔も鬼も居るぞ?ま、今のお前にとっちゃあ、そこの男の方がよっぽど悪魔かもな」




悪魔という表現では生温い。もちろん鬼でもまだ安い。


両親を殺し、私の両腕の骨を折り、今まさに妹を眼前で陵辱しようとしている者をそんな陳腐な言葉で表したくはない。


いっそ意識を手放してしまえれば楽なのかもしれないが、腕と殴られた頬の痛みがそれを許さないのだ。


滂沱の涙を流しながらそれを眺める事しか出来ない私の耳に、女神と紛う程の美声が舞い降りたのは十数秒前。


「神も仏も確かに居るさ。だがここには居ない、お前には気付いてない。神はただ崇めるもんだ、助けを求めるのはお門違いってな」


10歳の子供に突き付けるにはあまりに残酷な現実。しかしどうしてか、絶望は感じない。


「助からねぇなら破滅はどうだ?お前が破滅すれば妹は救えるかもしれねぇぞ。少なくとも今、命だけはな」


悪魔の囁きなんて、今時B級映画でもなかなかお目に掛かれない展開だ。


「選べ。選べば俺が力を貸してやる。ま、色々とやってもらう事もあるんだが……」


しかしなんと甘美で賢明な提案だろう。返答の仕方が分からないので、ひとまず頷く事にした。



「ヒハッ!選んだな。いいぜ、良い顔だ。今からお前と俺は運命共同体……死が2人を別つまで、ってな!!」


絶望は感じない、きっと声の主が事を済ませるだろうから。


恐怖も感じない、妹を救った後の事を考える余裕が無いから。




その時の感情を例えるなら……そう、ひとりでに天井まで跳躍する視界に似ていた。

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