アーカーシャ・ミソロジー4

キール・アーカーシャ

第1話

 第4話 死の行進


  かつての敗戦は、

ヤクトに戦争放棄を

強いた。

  次なる敗戦は、

ヤクトに生存放棄を

強いようとしていた。


 ・・・・・・・・・・

 霊峰フィシア山はラース-ベルゼに完全に占領されていた。

 一帯は第01特殊機械化-連隊を中心に制圧されており、あちこちからは炎と煙が覗えた。

 通常、機械化部隊は歩兵部隊に装甲車や戦車を配備して、

より機動的な戦いを可能とした部隊である。

 対して、この特殊機械化部隊は、装甲車や戦車も有しているが、何よりの特徴は文字通り、部隊員の肉体が半ば機械化されている事であった。

 強制的な肉体の魔導機械化は国際法で堅く禁じられているが、ラース-ベルゼはこれを無視して極秘裏に、肉体を機械化させた部隊を準備していた。

 彼らはラース-ベルゼの特殊部隊でも最高峰を誇り、圧倒的な火力支援もあり、フィシア山に在りしヤクト教導隊を粉砕した。


 そして、同連隊長にしてレベル7能力者であるザイン・ノーネーム大佐は、捕えたヤクト教導隊員の拷問を一通り終えて、

無機質な動きで仮設の尋問部屋から出てきた。

 ザインは顔のほぼ全てを機械的なマスクで覆っており、さらに両目は機械化されており、肺からマナを吸収する為、呼吸器を接続していた。(これは対毒ガスの効果もあった)

 彼の全身には赤黒い魔力供給官が張り巡らされており、それらが彼の魔力を底上げしていた。もちろん、それらが無くともザインはレベル7級の実力を有していた。

 

 ザインの-くぐもった呼吸音が、夜のフィシアに響いた。

 同伴する副官などは、ザインが何を考えているか全く分からず、戦々恐々としていた。ザインは恐怖こそが支配であると考えており、その矛先は部下にも向けられていた。

 下士官達はザインを狂信的に信奉していたが、隊の政治将校や参謀や副官などは、ザインの狂気を恐れ、従っていた。

 ザインは無神論者であり、唯物論者であり、科学信奉者であった。彼を支配しているのは法律や道徳では無く、彼にしか分からない脳内ルールのみだった。神罰や地獄をも恐れぬ彼は、何者も恐れておらず、その行動に歯止めは無かった。

 

 すると、連絡員が駆けて来て、ザインに通信した。

 ザインや機械化兵の一部は魔導無線を有しており、短距離ならば暗号通信で会話が可能だった。

 機械化されていない副官らにも分かるように、ザインは説明した。

ザイン『用意が出来たようだ』

 彼の簡潔な言葉に、副官達は口で答え、敬礼した。

 

 装甲車を降りたザイン達の前には、工兵達の慌ただしく動く姿だった。

 ザインの視線の先には、フィシア山の祠(ほこら)と社殿(しゃでん)があった。

 これらにザインは容赦なく爆弾を仕掛けさせていた。

ザイン『爆破せよ』

 『ハッ!』との言葉と共に、工兵隊長は起爆装置のスイッチを押した。次の瞬間、爆音が響き、歴史誇るフィシアの祠(ほこら)と社殿(しゃでん)が粉みじんと化した。


 神宿る地を破壊され、精霊達は悲痛な叫びをあげるも、それは機械化されたザイン達には届かなかった。

 震え上がる副官達にザインは告げた。

ザイン『俺はかつてラース-ベルゼ南部のティレト地方へと派遣された。そこには6000を越える山岳寺院があった。

    そのことごとく全ては我らラース軍により破壊されたわけだが、その内の1000の仏殿を俺が破壊した。

    今、二つが新たに加わったわけだ』

 と、宗教的施設の区別もつかぬザインは告げた。

ザイン『さて、諸君。かつて、大戦時に、我らが副首都ナインにて、ヤクト軍は大    量虐殺を行った。そこでは我らが

    同志が数十万も酷(むご)たらしく殺されたと言う。

    とはいえ、諸君等も知っての通り、人間を殺すと言うのは思ったよりも面    倒な事だ。

    銃で確実に撃ち殺すには弾薬が相当に必要だ。

    ナイフや銃剣など一人や二人を殺せば血糊(ちのり)で使えなくなる。

    首を絞め殺すなど面倒な事、この上無い。

    当時のヤクト軍は物資も乏しく、どうやって大量虐殺を行ったのか俺は興    味があった。

    ヤクトの愚か者どもは、副首都ナインでは虐殺など起きて無く、実行犯は    ラース軍の鞭(べん)衣兵(いへい)で同じラース人

    を殺したなどと宣(のたま)っている。

    あり得ぬ話だ』

ザイン『俺は一つの結論に至った。

    もっとも簡単に人を殺す方法、それは生き埋めだ。

    これならばスコップと人員さえあれば可能なのだ。

    古代においても、始祖皇帝アルカナインの祖父に仕えた将軍バキは、40万    人もの敵兵と敵市民を生き埋めにして殺したと言う。

    数こそ少なけれど、これを俺は見習った。

    愚かなティシア人を俺は数万名は地中に埋めてきた。

    これこそが最も証拠隠滅できる手段でもある。

    仏僧どもは土を掛けられながらも念仏を唱えていた。

    それが俺には心地よかった。

    宗教の撲滅こそが、宗教対立を消滅させ、世界平和に繋がるのだからな』

ザイン『さて、諸君。次はヤクト人の番だ。

    何名を用意した』

兵士『1000名であります』

ザイン『よし、今すぐに生き埋めにしろ』

兵士『ハッ!』

 こうして、すぐ近くに捕えられていたフィシアの神官や巫女を含む民間ヤクト人1000名は、窪地(くぼち)に突き落とされ、土を掛けられ、生き埋めにされていくのだった。

 これをザインは無機質に見つめていた。

 しばし時間が経ち、地中のヤクト人達は死の沈黙を告げた。

ザイン『さて、次だ。・・・・・・世界平和の為(ため)にもな』

 そして、ザインは次なる目標に向かう為、装甲車に乗り、場を後にした。何せ、フィシア山には少なくない数の祠(ほこら)や社殿があるのだから・・・・・・。

 

 後に、ザインとロータ・コーヨは死闘を繰り広げる事となる。

 その時こそ、ロータ・コーヨがレベル7級能力者と認められる瞬間であり、ヤクトに運命の導きが付けられる時なのである。

 しかし、それは未だ先であり、イアンナの死線がロータには

待ち受けていた。


 ・・・・・・・・・・

 ラース-ベルゼに占領された、ヤクトの首都エデンでは、

市街レジスタンスが活動をしていた。

 そのリーダーであるヤクト人は仮面を付けていた。

 彼の名はヴィクター。元公安の人間で、そのカリスマをして、バラバラになりがちなレジスタンスをまとめていた。

 

 すると、部下の女が入って来た。

女「イアンナで開戦。状況は不明」

仮面「森林パルチザンは間に合ったか・・・・・・」

女「しかし、相当に熾烈(しれつ)な戦いのようでして、例の作戦に

  皇子殿下達は間に合うのでしょうか?」

仮面「さぁな。それでも、やるしかない。あの・・・・・・ヤクトが

   誇る共鳴-結界塔を破壊せねばならない」

 と、呟(つぶや)いた。

女「しかし、とうとう-ここまで来ましたね。色々と有りすぎましたが」

仮面「そうだな・・・・・・。その通りだ・・・・・・・」

 そして、彼は回想にふけった。


 3月07日 ラース-ベルゼ軍、首都エデンを占領。

      ゲットーにヤクト人を封じ込めだす。

   14日 封じ込め、最低限は完了。老病者は秘密裏に軍に

      殺される。また、一見-健常者に見える糖尿病患者  

      や透析患者も、インシュリン投与や人工透析などの治療を受ける事が      出来なくなり、次々に倒れ、抗いようのない死に至った。

   15日 ラース-ベルゼ軍のみでの統治は不可能と悟った-

      社会統一党はヤクト評議会を作り、ヤクト人によるヤクト人の管理を      一部、認める。

      議長はアルバート・クライン。彼は元々ヤクトの社国党議員の税制-調      査会長。

   16日 ヤクト人が次々と栄養失調で倒れ出す。ゲットー

      では食料配布がなされていたが、一日の食料の

      カロリーは183キロ・カロリー。人が生きていく上で、最低でも一日       1500キロ・カロリーは必要であった。

   17日 ヤクト評議会の要請により、食料配布が増やされる。しかし、この時      のカロリーも、わずか一日、353キロ・カロリーであった。

   18日 新聞が活動を再開。親ラース-ベルゼの新聞社が

      選ばれる。この時、ゲットー内の管理はヤクト人

      の警察が行った。ただし、彼等は民族的にはラース-ベルゼ人であり、      在ヤクト・ラース-ベルゼ人であった。彼等はヤクト国籍か永住権を有      していたが、同じ国家に所属するはずのヤクト人を憎んでおり、ラー      ス-ベルゼ人以上に、ヤクト人に厳しく当たった。

      さらに、不衛生な環境からか、ゲットーで病気が蔓延(まんえん)しだ       す。


   19日 市街レジスタンスが活動を開始。しかし、彼等の

      暗殺対象はラース-ベルゼ人ではなく、裏切り者の

      在ヤクト・ラース-ベルゼ人達だった。

       これには理由がいくつかあり、大きなモノとしては、ラース-ベルゼ      の人間を殺すと報復が怖ろしかったからであった。

   20日 市街レジスタンス、警察機構と連携し、武器を

      大量調達。警察の中にも良心の呵責(かしゃく)に耐えられない者が多く      居た。

       この頃、在ヤクト・ラース-ベルゼ人は多少の

      虚(むな)しさを覚えていた。何故なら、どれ程、ラース-ベルゼに尽(つ)      くそうと、本当のラース-ベルゼ人は

      決して彼等を同志と見なそうとしなかった。

       むしろ、本家のラース-ベルゼ人は彼等を温室の

      ヤクトで育った-こずるい奴くらいにしか思っていなかった。彼等が本      国の兵役に参加していなかったのも、ラース-ベルゼ人のシャクに触る      ところだった。そもそもラース語もロクにしゃべれない在ヤクト・       ラース人を同志として認めるなど有り得ない話なのだ。


   21日 在ヤクト・ラース-ベルゼ人に対する食料配布が

      大幅に減らされる。これに、在ヤクト・ラース人は絶望する。結局、      彼等を祖国が受け入れる事は

      無かった。ヤクトでは確かに、彼等に対する差別は多少はあったが、      本国の彼等に対する仕打ちは

      それ以上だった。

       彼等の夢は破れた形となった。

   22日 都市浄化が始まる。ゲットーを含め、清掃が始まる。この為、新聞紙      や段ボールなどが路上に存在しなくなり、戦争で家を失った多くの路      上生活者が凍(こご)え死ぬ。不幸な事に、大地と大気のマナの乱れで、      エデン周辺は寒波に覆われていた。

      この頃には、ゲットーでは餓死者が発生し出す。

   23日 そして、本格的なレジスタンスが開始される。

      この時、既に合わせて30万人以上が死亡したとされる。行方不明者は      100万を越えていた。

 

 ゲットーでは、あちこちで煙が上がっていた。

 それを送り火だった。なけなしの灯油で遺体を焼き、弔(とむら)っているのだった。

 ただし、哀(あわ)れな事に路上生活者は、その火で暖(だん)をとっていた。

 そんな中、人々はトラック車に家畜のように詰められていった。

ラース軍人「おらッ!さっさと、入れッ」

 そして、人々は強制労働に駆り出された。

 その中には子供も居た。

教師「お願いだ。子供達は、どうか。評議会が発行した、

労働免除書もある。ほら」

軍人「うるせぇッ」

 そして、軍人は銃でヤクト人の教師を殴った。

 強制だからこその強制労働なのである。

大勢のヤクト人をすし詰めにした車は去って行った。

 教師は鼻血を吹き出しながら、地面にうずくまっていた。

 周囲の人々は反ラース-ベルゼと見なされるのを怖(おそ)れ、見て見ぬふりをしていた。

 すると、怖れずに彼に手を差し伸べる者が居た。

 その者は、少し長めで横分けの髪をした整った顔立ちの青年であり、それでいて目立たない落ち着いた雰囲気を有していた。

教師「あ、ありがとう。君は?」

青年「私はリッド。リッド・ギュンターと申します。こちらは

   アブリノ・ポートです」

 と、リッドは後ろに居るメガネの長身の男を紹介した。

 この男は朗らかな様相をたたえており、何処(どこ)か人を惹きつける魅力を持っていた。

 アブリノは軽く頭を下げた。

教師「そうか。はぁ、ひどい世の中だよ。本当に・・・・・・」

リッド「治療をします。付いてきて下さい」

 そして、リッドは教師を連れて行った。


 そこは大衆食堂の裏だった。

教師「驚いた。この時期に食堂が?」

リッド「ほとんど、調味料入りのお湯ですよ。それに、わずか な野草を入れてるだけで。今じゃ、その野草すら無い。

    皆、仲間と歓談する為(ため)に来てるようなモノですよ」

教師「なる程・・・・・・」

 

 そして、リッドは教師に手当を最低限、施(ほどこ)した。

教師「いや、助かったよ。ああ、自己紹介がまだだったね。

   これは失礼した。私は」

リッド「ソーマ先生ですよね。存じております」

教師「き、君は一体・・・・・・」

リッド「ソーマさん。私達は貴方を信じ、お話いたします。

    私達は、ご察しの通り、レジスタンスです」

教師「レジスタンス・・・・・・」

リッド「私達は様々な方の協力を取り付けたいのです。そして、

    ソーマさん。貴方は、ヤクト評議会の議長である-

    アルバート・クライン氏と親交があられるとか」

教師「あ、ああ・・・・・・」

リッド「クライン議長を私共(ども)に紹介して頂けませんか?」

教師「いや、しかし・・・・・・。彼は穏健派だし・・・・・・」

リッド「それでも構いません。お話だけでも、させて頂きたいのです」

教師「・・・・・・分かった。これも運命(さだめ)かもしれない。丁度、明日、

   私が今、運営を任せられている孤児院に、アルが、いや、

   クライン議長がいらっしゃる。その時でよければ」

リッド「感謝します、先生。それで、何時頃になるのでしょうか?」

教師「予定では午後3時だ。ただし、彼は少し早めに来るかもしれない。真面目な男だからな」

リッド「分かりました。午後3時ですね。場所は存じております。必ず、お伺(うかが)い致(いた)しますので」

教師「ああ。正直、私は暴力は嫌いだ。いや、嫌いだった。

   しかし、この現状、君達のような若者が出ても仕方が

   ないと思うよ。私自身は戦う勇気など欠片(かけら)も持ち合わせていないがね・・・・・・」

 そして、教師は去って行った。


 夜、仮面の男ヴィクターはリッドとアブリノの二人を招集した。

ヴィクター「さて、君達に任務だ。今夜の内に、タリアノ新聞社の編集長を殺して欲しい。彼は反ヤクトの言動をあおり、この国を崩壊させようとしている。

      さらに、数多くの密告をおこない、自分の元上司など、仕事仲間を無実の罪で処刑台に送り、現在の地位についた。これは許されざる所行だ」

リッド「了解。場所は?」

ヴィクター「彼の自宅だ。今、彼は妻と二人暮らしで、いや、

      正確にはペットの犬が居るが、小型犬で障害には

      なるまい。手口は普通に銃殺で。彼は能力者では

      無いから、それで十分だ」

リッド「了解」

ヴィクター「アブリノ、君も随伴だ」

アブリノ「承知してます」

ヴィクター「君にも、いずれ実行の任を与える事となる。覚悟はしておきたまえ」

アブリノ「了解」

 

 そして、夜道をリッド達二人の乗る車が進んだ。

リッド「ここだ」

 地図を確認し、リッドは車を止めた。

リッド「じゃあ、行ってくる」

アブリノ「ああ」


 リッドは華麗に塀を乗り越え、ダイヤの指輪で窓ガラスを音も無く切り、中に入っていった。

 数分後、銃声が3発した。

 そして、玄関から、リッドが走って出てきた。

リッド「出せ、出せ」

 二人は急ぎ、車で現場を後にするのだった。


 翌日、昼。

ヴィクター「昨日は、ご苦労だった。相変わらず、正確な仕事

      だな、リッド」

リッド「いえ、必要な事をしているだけです」

ヴァイクター「そうか、まぁいい。これから、クライン議長と

       面会するそうだな」

リッド「はい」

ヴィクター「まぁ、あまり期待はするな。彼は共産主義者だ。

      それも反戦論者だ」

リッド「分かっております。では、そろそろ時間なので」

ヴィクター「ああ。ヤクトに栄光を」

リッド達「ヤクトに栄光を」


 リッド達は軽自動車で孤児院へと向かった。

 この辺りは投げ出された車が放置されており(厳密には路上端に無理に寄せられており)、一線しか無く、しばしば対向車と道を譲りあう事になった。

 かなり早く出た二人だが、なかなか前に進めず、話に花を咲かせた。

アブリノ「なぁ、リッド。クライン議長は共産主義者って話だけど、そもそも共産主義と社会主義の違いって何だ?社会民主主義とかも、あるみたいだけど」

リッド「・・・・・・それは難しい質問だな。私は資本主義者だし、

仕事も極左が相手じゃ無かったし。ただ、質問に答え

るなら、初期の資本主義が理想とした《小さな政府》

の夜警国家に対して、共産主義は既存の国家権力を

死滅させて、全ての財産や生産手段を共有して、

無政府状態の中、全てが平等な世界を作ろうとする

思想なんじゃないか?究極の《大きな政府》とも言え

るだろうな」

リッド「一方で、社会主義はその途中段階とも言えて、私的な

財産や企業の生産は認めるが、それを制限・撤廃させ、

社会的な平等を築こうとする思想じゃないかな?

これも《大きな政府》だろうな。

社会民主主義は資本主義を多少は認めて、それでも少

しずつ理想に修正していく思想とも言えるかもな。

でも、ここまで来ると修正資本主義と大差ないな。

ただ、正直な所、どの思想も実際は境界が曖昧で、

左翼は-ころころと無節操に別の左翼思想に染まった

りする。だから、真面目に区別しても仕方ないんだよ。

まぁ元々、共産・社会主義なんてものは、国民を平等

には出来るけど、それは国民を総貧乏状態に出来ると

いうだけに過ぎない。社会のシステムとして破綻して

いるし、それは歴史が証明している」

リッド「人間なんてものはサボる生き物で、どんなに頑張って

も同じか大して変わらぬ賃金だったら、まともに働く

わけが無い。

政府が全ての金を管理すれば、必ず賄賂や横領や私的

な流用が横行して、資本主義なんて比べものにならな

い程の貧富の差が生まれる。

意味の無い政府役職が次々に生まれ、天下り組織の数

も際限なく増えていく。無駄だらけの国家が生まれる。

だけど、左翼はそれを認めたがらないから、何とか頭

を捻って方法を考え、その結果、別の左翼思想に移っ

たりするわけだ」

リッド「そうじゃなくて厳格な左翼思想の持ち主も居るけど、

そういう奴に限って、同じ左翼同士で微妙な主義主張

の違いで、殺し合ったりする。《革なんとか派》同士が

殺し合うなんて昔は良くあったみたいだし。

こういう奴が居ると左翼全体の数が減るんでいいんだ

けど、テロとか平気で起こすから壷毒(こどく)みたいな奴とも

言えるな。

ちなみに、この手の奴は大抵の場合、理論武装するか

ら頭が非常に良い上に、実行力もあるから、敵に回す

と厄介な事、この上ない。やっぱし困ったモノだよ」

アブリノ「なる程。じゃあ、旧与党の社国党はどの立場なんだ?」

リッド「正直、それは微妙なんだよなぁ。一応、社会主義なんだけど小さな政府を    目指してたしなぁ。税金はしっかりとってたし、福祉には力を入れてたけ    ど。

    結局の所、軍事費を削減したかっただけなんだろうな。

    反リベリスの左翼主義者が烏合の衆で集まった政党か

    な。だから、《隣の議員は違う左翼思想です》、なんて

    事もままあって、互いに寛容なタイプの左翼集団だっ

    たと言えるだろうな」

アブリノ「ふむふむ」

リッド「まぁ、何度も言うけど私は左翼思想には詳しくはないから、あんまし深く聞かないで欲しいなぁ。

とはいえ一つ言えるのは、左翼は右翼より危険と言う

事だろうな。左翼に比べたら右翼はまだ話が通じる。

ただ、悲しむべき事に、左翼の人でも良い奴が時々、

居るんだ。

寛容なタイプの左翼の場合、ボランティアやったりと

かしてさ。まぁ、その手のはデモに参加して、ヤクト

軍の訓練とかヘリ配備とかを邪魔しようとしたりする

けどさ」

リッド「厳格なタイプの左翼の場合、本当に国や社会を憂いて

いて、可哀相な過去を持っている事もある。まぁ、親

が金持ちで反発して極左になる奴も居るけどさ。

全てが全て左翼が悪い奴なら、取り締まるのも楽さ。

でも、中には良い奴も居るから、協力者も現れるし、

警察側も左翼思想に染まって逆スパイになったりする

し、でも究極的にはどんなに理想を叫ぼうとも、左翼

思想は歴史が証明している通り、上手くいかないんだ

けどな・・・・・・」

 さて、付け加えるならば、共産主義を始めて提唱したメルキスの考える所の社会主義と資本主義とは野蛮人と文明人に-たとえられるかも知れない。

 中世が終わり近代が始まった頃に-それは顕著だ。

野蛮人の狩猟民族や漁労民は貧しい。彼らは働ける者ならば誰もが働き、女・子供・老人・虚弱者の為に食料をとってくる。

しかし、彼らはあまりにも惨(みじ)めなほどに貧しいため、窮乏(きゅうぼう)のあまり食い扶持(ぶち)を減らすために虚弱者や老人を打ち殺し、時には遺棄(いき)したりして子供さえ殺してしまう。

 彼らは必死に働き、真面目である。だが、彼らは貧乏だ。

 一方、文明人は怠惰(たいだ)と言えよう。文明人の多くが生産に直接関わっていないのに、きちんと食べていける。

 しかも、生産の消費量は非常に多い。

 余った多くの食料が適当に捨てられる事もザラである。


 このような事は野蛮人からすれば、ありえない光景であろう。

 だが、文明国家は野蛮人に比べて、比べものにならない程の生産物を有するので、いくら消費量が多くても問題はない。

 文明人の間では貧富の差が生まれるが、最も貧しい階層の人さえ、彼が勤勉で倹約ならば、野蛮人の長(おさ)が獲得しうる便益品や必需品を、いや-それ以上を享受する事が出来る。

 働かざる者-食うべからず、とは言うが、文明人では本当に働かない者が居ても、食っていけたりする。野蛮人で-そのような者は即座に殺されるだろう。

 しかし、そのような働かざる者が、哲学者になり、宗教者になり、芸術家になり、時には学者になり、とんでもない発明をしたりする。

 そうすると、文明人と野蛮人の間の差は益々(ますます)-広がる。


 野蛮人は文明人を憎む。自分達の方が遙かに厳しい環境を生き、厳しく自らを律し、厳しい人生を送っているのに、傲慢(ごうまん)に怠惰に生きる文明人の方が良い生活を送っている。

 だから、野蛮人は文明人を襲う。文明人の食料や必需品を奪い、時には文明人の築いた国家を戦争で支配してみたりする。

 しかし、あまりに文明に浸ってしまうと、野蛮人は蛮性を失い、その精神的・肉体的な力も弱まり、崩壊していく。


 すなわち、これが社会主義と資本主義の関係である。

 社会主義は貧しく、しかし貧しく在(あ)りたく無いので、資本主義国家に寄生する。資本主義国家の築いた技術を不当に盗み、我が物顔で使う事しか社会主義国家には出来ない。

 彼らには自ら発明したり、生産する力が乏(とぼ)しいのだ。

 社会主義国家は寄生虫のように盗人のように生きるしか無い。

 全てが社会主義に染まり共産主義が実現した時、それこそが滅びの時であるが、それを彼らは知らないし、知ろうともしない。

 さながら、共産主義とは宿主すら殺してしまう細菌やウイルスのようなモノだ。それが世界を蝕(むしば)もうとしている。

 故に、資本主義国家は共産主義という疫病に対する防疫線を張り巡らす必要があった。


 しかし、何故、社会主義は貧しいのか。それを考える必要もあるだろう。

 その答えの一つは競争が無いからであるが、これに関連する答えとして分業があるだろう。

 分業とは生産性を増しめる最大の方法と言える。

 近代において、ピンを一人で作るならば、一日に20本も作れないだろう。ピンを作る工程は大衆の予想に反して複雑であり、針金を引き伸ばし、それを真っ直ぐにし、これを切り、これを尖らせ、頭部を付ける。頭部を付けるためには先端を磨く必要があるし、頭部自体にも数工程が必要だ。

 それぞれの工程には専門の道具が必要であり、全てを一人でやろうとしたら、その度に道具を変えねばならず、非常に効率が悪い。

 だが、それを10人で分業するならば、一日でピンを数万本は生産できた。10で割っても一人当たり数千本。

 一人だけで作る場合は20本も作れない。分業により何百倍も効率が増した事となる。


 分業は専門性も増させる。

 近代において、釘(くぎ)作りを考えるならば、様々な道具を作れる鍛冶職人と専門の釘職人ならば、その作業速度に大きな違いが生じる。

 優秀な鍛冶職人だとしても、釘専門でないのなら、彼は一日に釘を数百本も作れはしない。

 一方、大して優秀でなく若く経験の少ない釘職人が居たとしても、彼が釘のみを作り続けていたなら、一日に数千本を作る事が可能だ。

 その効率は十倍近く。これが分業の専門性による効率化である。すなわち、専門性は習熟を容易にし、習熟は非常な効率を可能にするのである。

さらに、才能や天分が備わっていれば、分業の力は増し増す。

 

 分業こそは《国を富ませる理論》と言えただろう。

 

 さて、分業が出来ない仕事としては農業があげられる。

 これはあまりにも複雑すぎ、かつ農作物の育成には時間が掛かるため、上手く分業が出来ない。

 故に、農家とは製造業者からすれば、非常に効率の悪い方法で仕事をしていると言えた。

 そして、社会主義とは言ってみれば分業の出来ない農作業であり、資本主義とは分業システムに則(のっと)られた製造業である。

 

 共産主義は競争が存在しない。故に、仕事量に差が出ると、マズイ。何故ならば、一日にピンを20本しか作れない者と、

一日に2000本を作れる者が同じ給料ではおかしいからである。

 一日にピンに頭部を千本つけられる者と、百本しか-つけられない者が同じ給料ではおかしい。

 なので、共産主義は分業を否定する。

 農業のように皆で作り、皆で収穫し、誰がどの作業に貢献したかが分からないようにする。

 分業してしまうと、より成果がはっきりと目に見えてしまうので、これを共産主義は拒む。


 たとえば、会社がある。そこには営業や企画や開発の部門があったとする。営業マンが居たとして、そこには貢献度がはっきりと出てしまう。

 企画や開発でも売れた商品・売れなかった商品として差が出てしまう。

 なので、社会主義国家では全ての者に色んな仕事をさせたりする。

 一人の人間が営業も企画も開発も担当したりする。

 時には農作業もして、皆の食料も作ったりする。

 そうする事で、才能が平均化する。企画が得意な人間でも、

営業が苦手だったりするので、全てをやらされると長所と短所が混ざり、成果が分かりづらくなる。

 なので、無能な者と有能な者が判別し辛くなる。

 そして、口ばかり達者な者ばかりが上に立ち、組織は腐っていく。商品が売れなくても、誰の責任か分からないので、誰も責任を取らず、なぁなぁで組織は存続していく。

 有能な者が現れても、その者に苦手な仕事をさせて、有能である事を自覚させず、他の無能な者と同じ給料で働かせる。

 互いに互いの足を引っ張り合い、泥沼に陥(おちい)っていく。


 これが研究開発なら、なおさらである。

 発明とは個人もしくは数名レベルの天才において成されるものであるが、特許とは膨大な富を生みうるものであり、社会主義においては、これを個々人の権利として認めるわけにはいかなかった。

 なので、天才の存在を社会主義は陰(かげ)で否定し、何か特許が

発明されても、それを研究所やプロジェクト全体の成果とし、

仮にそれが個人に大きく寄与するものだとしても、実質的に

本人個人で発明したとしても、特許権を与える事は決して無

く、発明者証という名誉と、わずかな恩賞が与えられるのみである。

 いや、真の共産主義ならば、恩賞すら与えられず、他の者と同じ給料や食料が配給されるだけなのだ。


 さらに特許とは怠惰な人間、すなわち怠け者から生まれる事も多い。

 かつて、ムハフリ・ポッターという少年が居た。

 当時の蒸気機関は半自動で、ピストンの上下する度に、ボイラーとシリンダーの通路を開け閉めしてやる必要があり、それに少年などの労働者が使われていた。

 この少年ムハフリは仲間と少しでも遊びたくて、ある細工を仕掛けた。彼はバルブのハンドルから他の機械部に引手やひもを取り付け、バルブが彼の助けを借りずに開閉できるようにしたのである。そして、彼はまんまと友達と遊んだわけである。

 後に、彼はこの発明をひもなどを使わずに済むように簡易化させて販売し、巨万の富を築いた。

さて、もし-この少年が共産主義国家に住んでいたらどうなるか?

 恐らくは、ズルをしようとしたとして、殴られ、罰を受けた事だろう。

 もちろん、現代の特許権保護の時代にも関わらず、その特許は無惨にも奪われ、政府が勝手に自分のモノとするわけである。

 そうなれば、誰も真面目に発明・特許なんて取り組まない。

故に、社会主義国家は特許開発が苦手であり、資本主義国家から特許を盗んで、勝手に無償で使うしかないのだ。

 共産主義の始祖メルキスの生きていた頃は、発明などの知的財産の重要性は一般に認識されておらず、それ故、共産主義の理論は現代社会における特許開発に関して対応できないのだ。

メルキスは自らの理論が生前の30年間で未だに通用する事を《この共産主義-宣誓における一般諸原則が今日においても、

全くにして完全な正しさを保有しており、個々の点を所々-直す必要はあるだろうが、この諸原則をいつ・どこでも適用しうるという事実は証明されている》と誇りにしていたが、結局の所、それから150年も経った現在においては、全く不合理かつ不条理な理論であると証明できたと言える。

 労働者の全員が平等な社会に生きるなら、誰も働かず、誰も生産しないわけである。怠惰が平等社会を支配する。

 いやいや、共産主義者はブルジョワ社会も《働く者が儲(もう)けず、儲(もう)ける者は働かない》が破綻していないのだから、我々の考える平等社会も破綻しないと反論するかも知れない。

しかし、ある意味で生産者と資本家が分業しているから、

《働く者が儲(もう)けず、儲(もう)ける者は働かない》という状況でも、

ブルジョア社会は破滅しないわけなのだ。

 これを共産主義的に統一すれば、怠惰な労働者を働かせる者が居なくなり、誰もが怠惰に浴(よく)し、生産性が衰(おとろ)え、飢饉(ききん)が起き、その社会は破綻(はたん)し、破滅する。

 それは、資本が無くなれば、賃金労働も無くなるというのと同じくらい自明の理である。資本主義が無くなれば、労働自体が怠惰に消え失せるのも同様に自明である。


 だが、人は言うかも知れない。

 それならば、労働者を監視して、怠けずに働かせる係を作れば良いと。すなわち、労働者を働かせる労働者を置けば良いと。

 そうなれば、《働く労働者》と《働かせる労働者》が出来る事になり、どうにも、労働者と資本家の関係に似ている気がするが、もう少し考えてみる事にしよう。

 そうなれば、《働かせる労働者》は有形力の行使が必要となる。

 何故ならば、人は他人の言う事なんて基本的に聞かないからである。口で何を言っても、人は怠ける生き物である。

 これが、資本家ならば、部下の労働者を首にするという選択をちらつかせる事により働かせるわけだが、共産主義の場合、

労働者は労働者でしかなく、他に所属できないので、首にする事は不可能となる。

 なので、《働かせる労働者》は《働く労働者》が働かなくなった場合、無理矢理に強制労働させねばならないのだが、その為には暴力をちらつかせて言う事を聞かせるしかない。

 つまり、《働かせる労働者》は有形力の行使、すなわち究極的には軍事力を有してないと意味がない。

 そして、《働く労働者》の方(ほう)は軍事力を持っててはいけない。

 何故ならば、同等の軍事力を持っていれば、反攻するからである。怠惰なのが個人ならば、数の暴力で対処できるかも知れないが、村・集団・組織単位で怠惰になる可能性は十分にあり、

それに対応するには軍事力が必須だった。

 とすれば、《働かせる労働者》とは《銃を持つ労働者》とも言え、《働く労働者》とは《銃を持たぬ労働者》とも言える。

 

 こうなってくると、両者の関係は資本家と労働家よりも酷くなる。何故ならば、資本家は減給したり首にする事でしか労働者を縛れないが、《銃を持つ労働者》は《銃を持たぬ労働者》に対して、身体を拘束したり、拷問(ごうもん)したり、本当に生首にする事だって出来るのである。

 人は腐敗するもの。

 絶対的な軍事力の差が労働者間に生まれれば、それをカサにして、貧富の格差は必ず生まれる。階級の格差が生まれる。

 《銃を持つ労働者》による恐怖政治が始まる。

 少しでも反抗的な態度の者は強制収容所に送られる。

 莫大な金額の汚職が起きても、大多数の労働者は文句を言えない。何故なら、彼らは銃を持たぬから。抗(あらが)う力を持たないから。

 これが現状のラース-ベルゼという社会主義国家と言えた。

 メルキスは階級闘争によって、ブルジョアジーを打倒し、

プロレタリアート独裁の為に団結を求めたが、現在における

ラース-ベルゼや各社会主義国は階級闘争によってブルジョア

ジーを倒す事には成功したが、自らが特権階級となってしま

った。

 すなわち、《銃を持つ労働者》である共産党員という貴族や

資本家のような特権階級が生まれ、《銃を持たぬ労働者》を支配

するという新たな階級(ヒエラルキー)を生み出した。

(ラース-ベルゼの社会統一党も共産主義を標榜(ひょうぼう)している為、

共産党の一種と言える)

 これはメルキスの望む所では無いが、メルキスの理論の内在する矛盾が顕現化したに過ぎない。


 共産主義、それは矛盾(むじゅん)と欺瞞(ぎまん)だらけの思想となる。

 だから、共産主義は分業が可能な製造業が苦手であり、故に資本主義国家に比べて著しく技術力・特許開発力に劣るのである。

 そして、製造業こそが現代国家の要(かなめ)なのだ。

 さらに、これからの時代、バイオ・テクノロジーの進歩と

技術革新に伴い農業すらも分業が可能になっていくのである。

 こうして、時代は資本主義国家の繁栄へと向かって行くはずだったが、ここに来て、社会主義国家の最後の反攻とも呼ぶべき戦乱が起きたのだ。


 話を二人のレジスタンス、アブリノとリッドに戻そう。

アブリノ「そっか・・・・・・。じゃあ、クライン議長はどのタイプの左翼-思想家なんだろうな?」

リッド「さぁな。会えば分かるさ」

アブリノ「それもそうだな」

 すると、対向車が全て通り過ぎたので、アブリノは車を発進させるのだった。

 

 リッド達は孤児院へ少し早く到着していた。

 念のため、アブリノは車に残っていた。

 すると、クライン議長は既に来ており、庭で院長である-

ソーマと話をしていた。

リッド「ソーマ先生」

院長「ああ、これはリッド君。アル、彼がそうだ」

 と院長は議長にリッドを紹介した。ソーマは旧友のクライン-議長をアルと呼んでいた。

クライン議長は旧友の社国党議員をほとんど皆殺しにされた事により焦燥しきっており、それでもラース-ベルゼを憎みきれず、現在の立ち位置でヤクト国民を守ろうとしていた。

彼はラース-ベルゼを信じたかったのだ。

アル「ほう、君が・・・・・・随分(ずいぶん)、若いな」

リッド「若くないと出来ない仕事です」

アル「そうか・・・・・・で、頼みというのは?」

リッド「はい。我々、ヤクト解放戦線を支持して頂きたいのです。もちろん、陰(かげ)ながら」

アル「支持・・・・・・か。出来ると思うか?君達は人殺しだ。まぁ、

   それに関しては、とやかく言うまい。この非常時だ。

   しかしだ、問題は、この先だ。今はラース-ベルゼも黙っているが、いずれ報   復をし出すだろう。そうなれば、

   関係ない一般ヤクト人まで巻き込まれる事になる。分かっているのか?」

リッド「分かっております。しかし、何もしなくても、私達は

    全員、殺されるんじゃ無いですか?」

アル「そうならないように-するのが、我々、評議会の役目だ」

リッド「ですがッ」

アル「ともかく、申し訳(わけ)無いが、協力は出来んよ。しかしだ。

   我々は立場は違えど、理想は同じと思う。我々は共に、

   ヤクトの復興を切(せつ)に願っている。そうだろう?」

リッド「はい。ですが・・・・・・残念です」

アル「なぁ、リッド君。少し、時間はあるかな?」

リッド「はい。一時間ほどなら」

アル「少し、他愛(たあい)も無い話しでもしないか?」

リッド「・・・・・・・はい」

 そして、二人は孤児院の中を歩いた。

 教室では子供達が元気そうに駆けて行った。

アル「見たまえ。子供達を。何と無邪気で精気にあふれる事か。

   彼等を見ると思うよ。この国も、まだ終わってはいないと。なぁ、リッド君。守っていきたいモノだな。この

笑顔を。なぁ」

リッド「ええ・・・・・・」

アル「どうしてかな、どうして、人は戦争を起こすのだ。私は

   常にそう自問し続けて来たよ。答えは出なかった。出なかったよ。欲望、執着と言ってしまえば簡単だろう」

アル「だが、決してそれだけでは無い。特に、民族、宗教が絡(から)んだ戦争は。私は無神論者だ。だが、歴史を見ると時々

   思うところがある。この世界には人知を越えた力が確かに存在していると。その超越的な何かが人々を狂わせ。争わせ、殺し合わせ、そして、コントロールしているのでは-ないかと」

リッド「神・・・・・・」

アル「怨霊とも言えるやも知れない。七十年前、ヤクトが殺したラース-ベルゼ人達の怨霊が復讐を遂(と)げに来たとも。

   ・・・・・・すまない。ばかげた事を」

リッド「いえ、だとしても、私は怨霊ごと叩き斬るまでです」

アル「強いな、君は。だが、リッド君。その恨みは戦いだけでは消えはしない。今、何を言っても君の心に響かないだろう。だが、戦争が終わり、真にヤクトが再興を遂げた時に、どうか思い出して欲しい。誰かを許す事でしか、

   憎しみの連鎖は消えはしないと」

リッド「・・・・・・忘れられはしませんよ」

アル「忘れろと言っているのでは無い。許すんだ。敵を」

リッド「・・・・・・戦争が終わり、生きていたら考えて見ます」

アル「ああ、そうしてくれ。君は-まだ若い。憎しみで人生を

   棒に振ってはいかん」

リッド「・・・・・・」


 そして、リッドは車に戻った。

アブリノ「どうだった?」

リッド「駄目だった」

アブリノ「その割には機嫌が良さそうじゃないか」

リッド「いや、色んな種類の考えの人が居ると思ってさ」

アブリノ「そりゃそうだ。出すぞ」

リッド「ああ・・・・・・」

 そして、アブリノは車を発進させた。

リッド「なぁ、アブリノ」

アブリノ「何だ?」

リッド「いや、何でも無い。上手く、言葉で表せそうに無い」

アブリノ「そうか。いつか、聞かせてくれ」

リッド「ああ・・・・・・」


 地下の司令室にリッド達は集まっていた。

ヴィクター「まぁ、仕方が無いさ。そういう時もある。さて、任務だ。標的はヤクト人の密告者の女、カッツだ。

      奴のせいでトルス地下支部が消えた事は君達も

      知っているだろう」

リッド「時間は?」

ヴィクター「3日後の昼間だ。彼女はゲットーのそばを訪れる」

リッド「それまで、他に任務は?」

ヴィクター「今は無い。体を休めていてくれ」

リッド「そんなッ、私は戦えます!どうか、任務をッ」

ヴィクター「落ち着きたまえ。焦っても仕方が無いだろう。

      ともかく、軽率な行動はくれぐれも慎むように。

      ・・・・・・返事は?」

リッド+アブリノ「了解」


 整備工場でリッド達は、呆然(ぼうぜん)とたたずんでいた。

リッド「やろう」

アブリノ「正気か?」

リッド「ああ。ラース-ベルゼ人の将校を殺(や)ろう」

アブリノ「よりによって、それか・・・・・・」

リッド「森林パルチザンは今も戦っている。銃と剣を手に。

    それに比べ私達はどうだ?」

アブリノ「まぁ、言いたい事は分かるが・・・・・・。分かった。

     協力するよ」

リッド「助かる」

アブリノ「ただ、最初は、なるべく小物にしよう。な」

リッド「だと、誰がいいか・・・・・・」

アブリノ「そうだな・・・・・・。そうだ、ラースの宣伝省に居る

     ジイさん-はどうだ。確か、軍人で名前は」

リッド「レーベン」

アブリノ「そう。オルト・レーベンだ。あいつなら、まぁ、

     階級は高いかもしれないけど、実際、あんまし大した奴じゃ無いだろ?」

リッド「かもな。よし、それで行こう」

アブリノ「で、いつやる」

リッド「思い立ったが今さ。今夜だ」

アブリノ「仕方ない。やろう」

 すると、一人の女性が工場に入ってきた。

整備員「すいません、ここは関係者以外、立ち入り禁止で」

アブリノ「ナージャ、来たのか」

整備員「お知り合いですか?」

アブリノ「馬鹿、俺の最愛の妻だ」

整備員「こ、これは失礼しました」

アブリノ「ナージャ、どうした?すまないな。でも、こうして、

     ラース-ベルゼの車の整備をするから、優先的に食料

     をもらえるんだ」

妻「ええ。分かってるわ」

アブリノ「それで、どうした?今日も多分、遅くなるけど」

妻「ええ。少し、話がしたくて」

アブリノ「内密の話か?」

妻「ええ・・・・・・」

アブリノ「悪い、お前ら。少し、外に行ってくる」

リッド「ああ」

 そして、アブリノと-その妻ナージャは車に乗って出かけた。


 アブリノは公園の前で車を止めた。

 公園では子供達が遊んでいた。

アブリノ「で、話って?」

 とアブリノは妻のナージャに話しかけた

ナージャ「単刀直入に言うわね。別れましょ」

アブリノ「へ?」

ナージャ「私、ラース-ベルゼの将校に見初(みそ)められたの。だから、

     貴方とは居られないわ」

アブリノ「そ、そんな。ラース-ベルゼの将校?う、嘘だろ?」

ナージャ「本当よ。ゲットーから出してくれるって。私を正式な妻にしてくれるって」

アブリノ「そんな・・・・・・。嘘だ・・・・・・。そ、それで君は本当に

     幸せなのか?」

ナージャ「ええ。子供も欲しいし」

アブリノ「・・・・・・。悪いとは思ってるよ。種なしで・・・・・・。

     でも、愛してるんだ」

ナージャ「ともかく、私は死にたくないの。このままじゃ、

ゲットーの人間は皆、死ぬわ。私は死にたくないの」

アブリノ「・・・・・・食料なら何とかする。命に代えても。俺の分なら全部やるから。頼むよ、そんな事、言わないで」

ナージャ「もう、止めてよ。そんな根性論、聞きたくないわ。

     大体、食料だけの問題じゃないし」

アブリノ「そんな・・・・・・」

 この時、アブリノは相手の男の名を聞こうかとも思った。

 しかし、もし聞いてしまえば、その男を暗殺してしまいたく

なるとアブリノは思った。そうなれば、それは私的な復讐であ

り、私怨(しえん)であり、大義から外れてしまう。

 さらに、ナージャの幸せを思うなら、男を殺さない方が良い

のかも知れない・・・・・・、そうアブリノは無意識の内に考えて居

た。

ナージャ「ともかく、さよなら」

 そして、ナージャは車を出て行き、扉をバンと閉めた。

 アブリノは打ちひしがれ、ハンドルに頭をもたれ掛(か)からせた。

 留(と)めようのない涙が、頬を伝い零れるも、それは外からは覗えなかった。

 この軽自動車は、かつて妻にせがまれて、なけなしの金で買ったものだった。

 車の運転役であるアブリノは飲酒が出来ず、妻がおいしそうに酒を飲んでいるのを正面の席で見ていたものだが、妻が喜んでくれるなら構わなかった。

 リベリス経済連携協定に伴い、軽自動車はリベリスの規格外とされ、どんどんと軽自動車税は上げられていったが、それでもアブリノはこの軽自動車を妻との記念として大切にしていた。

 軽自動車は妻との仲むつまじかった頃の思い出であり、象徴だった。

 今やアブリノには、その軽自動車しか残されていなかった。


 すると、車に搭載された特殊無線から声がした。

 気付けば、夕方になっており、子供達の姿は無かった。

アブリノ「はい・・・・・・こちらアブリノ」

 消え入るような声でアブリノは返事をした。

リッド『アブリノ?今、何処(どこ)に居る?夜になってしまうぞ。

作戦から降りるなら、それはそれで-いいが』

アブリノ「いや、リッド・・・・・・」

リッド『ん?どうした?』

アブリノ「やろう・・・・・・。ラース-ベルゼの軍人を殺しまくろう」

リッド『あ、ああ。まぁ、そのつもりだが・・・・・・。ともかく、

    一度、戻ってきてくれ」

アブリノ「ああ・・・・・・」


 リッドとアブリノは両手を塩水で浄(きよ)めた。それが、ヤクトの

清(きよ)めの作法だった。

リッド「行こう」

アブリノ「ああ・・・・・・」

 そして、二人は、ついにラース-ベルゼ人、暗殺へと向かうのだった。


 検問を欺(あざむ)いた二人はゲットーの外に出ていた。

変装したリッドは帽子を深々とかぶって、敷地内に侵入した。

 そして、いつものように窓ガラスを切り、部屋に入った。


リッド(さぁ、本番だ。今回は能力を使う必要があるかもな)


 通常の能力者が能力を使うと魔力痕が残る。

 この痕(あと)は決して消す事が出来ず、しかも個人を特定出来た。

 故に、能力者が能力による犯罪を行う場合、捕まる事を前提とした自爆テロ的に行うのだった。

 ただし、能力者の中でも例外は存在する。

 一つは人工能力者の一部であり、彼等は投与される薬の種類によって、魔力の色が変わる。

 もう一つはペルソナント系能力者と呼ばれる者達で、リッドが-それだった。

 その能力者は、疑似(ぎじ)人格を形成し召喚する事で、通常の魔力と違う魔力を使う事が出来た。

 つまり、普通に能力を使っている時と、ペルソナント系能力を使っている時で、魔力の色が変わるのである、


 ともかく、リッドは対象に迫っていた。

 リッドは扉を大きく開けて、銃を向けた。

 そこには一人の老人が居た。

老人「ふむ、予期せぬ客人だな」

リッドは老人に対し動けずに居た。

リッド(まずい・・・・・・この男、かなりの腕だ)

老人「どうした。座りたまえ」

リッド「・・・・・・。はい」

老人「さて、暗殺者君。恐らく、今、私達が戦えば、8割方、

   私が勝つだろう。しかし、こう年を取ると、あまり動きたくない。戦うにせよ、少し、話を聞いてからに-しないかね?」

リッド「・・・・・・ええ」

老人「銃を降ろしたまえ。そんな小口径の拳銃では、私は殺せんよ」

リッド「・・・・・・」

 リッドは言われるがままに銃をしまった。

老人「さて、私がレーベンだ。何か聞きたい事はあるかね?」

リッド「いえ・・・・・・」

レーベン「そうかね、それは残念だよ。君はプロパガンダを

     知っているかね?」

リッド「宣伝の事ですか?」

レーベン「まぁ、単純に言ってしまえばそうだ。だが、実際は

     愚かな大衆を望む方向に進める手段だよ。たとえば、

     我がラース-ベルゼでは幼い頃よりヤクト人がいかに

     クズかを叩き込まれる。そして、それを疑う事は許されない。そういう教育だ。ドラマもかつての大戦でいかに、ヤクト人が悪逆非道かを唄(うた)ったモノが

     ヒットするように仕向けてある」

リッド「そうして、仮想敵国を作り、社会統一党への不満を逸らす訳か。実際は社会統一党こそ、ラース-ベルゼ人を世界で一番-殺した存在だというのに」

レーベン「よく知っているな。そうだ。文化大革新で、一体、

     どれ程のラース-ベルゼ人が殺されたろうか。その数は百万や二百万では-きかないはずだ。

何千万か?それ以上か?

だが、その事を知っているラース-ベルゼ人は少ない。あまりに、少ない」

リッド「そう情報操作したんだろう?お前達、宣伝省が。歴史を闇に埋もれさせたんだ」

レーベン「そうだ。私もこの仕事に従事(じゅうじ)するようになり、早(はや)、

     二十年。いかに、非国民を生み出さないかに注力し

     てきたよ。それに比べてどうだ?ヤクトは。君達は

     愛国心の欠片(かけら)も持とうとしない。政府も持たせようとしない」

リッド「それがどうした」

レーベン「これが個人主義と全体主義の違いだよ。共産主義は

     全体主義だ。トップさえ万能なら、理想郷が作れるのだ」

リッド「国家主席のエルダー・グールの何処(どこ)が万能だ!」

レーベン「そう怒鳴るな。家内が起きてしまう」

リッド「・・・・・・所詮は理想論だ」

レーベン「かもしれない。しかし、私は理想を信じるよ。今、

     ラース-ベルゼでも大きな変革が起きようとしている。

     新たな時代が訪れようとしている。私は-その時を切(せつ)に願っているのだよ」

リッド「話は終わりだ。抜け。敬意を表そう」

 リッドは背中に疑似人格を召喚した。

レーベン「面白い能力だ・・・・・・。だが、私を甘く見るなよ」

 そして、レーベンはナイフを取った。

 さらに周囲の空間が歪み、リッドはレーベンの形成した亜空-間に閉じ込められた。


 アブリノは、ひたすら待っていた、

 すると、突如、大きなマナの乱れを感知した。

アブリノ(まずい)

 そして、アブリノは車を飛び出した。


 家の中へと入り、強い魔力を発する部屋にアブリノは入っていった。

 すると、そこには若く美しい女が居た。

 彼女はレーベンの後妻であり、軍人時代の副官だった。

 ただし、その実態は妻というより、秘書か愛人と形容した方が正しいやも知れなかった。彼女はレーベンと同姓を名乗る事も、《あなた》と呼びかける事も許されていなかった。

 それでも女はレーベンを誰よりも愛していると自負していた。


 女はナイフを取りだし、アブリノへと襲いかかってきた。

 アブリノは銃を取りだし、応戦した。

 しかし、あっけなく、やられて、組み抑えられた。

女「何者、だ。お前、は」

 と女は-たどたどしいヤクト語で尋ねてきた。


女「鼻、削(そ)がれたい?」

 との女の言葉にアブリノは震えた。

 すると、背後の亜空間が砕けた。

女[大佐ッ・・・・・・え?]

 亜空間の中からは血まみれのリッドと、首だけになり-胴体はミンチと化したレーベンの姿があった。

女[あ、あああああああああッッッッッ]

 そして、女はアブリノの事など忘れたかのように、リッドへと向かった。

 次の瞬間、リッドの疑似人格、ペルソナントが女の体を次々と殴打した。

 怒りに震え、魔力制御を怠(おこた)っていた女は成す術も無く、吹き飛んで行った。

リッド「退(ひ)くぞッ」

アブリノ「あ、ああ」

 そして、二人は急いで車に乗り込んだ。

 すると、屋敷の中から女の咆哮(ほうこう)が響いた。

 しばらく-車を走らせるまで二人の気が落ち着く事は無かった。


 二人は着替えを済まし、検問の警察の協力の下(もと)、ゲットーに戻って行った。

アブリノ「やった、やったな」

リッド「ああ、やってやった。ざまー見ろ。はは、ありがとうな、相棒」

アブリノ「ああ」

 そして、二人は握手を交(か)わした。


 翌日、二人はヴィクターに呼び出された。

ヴィクター「どういう事だッ、これは!」

 ヴィクターは新聞を投げつけ、机を強打した。

 そこにはレーベンの死が記(しる)されていた。

ヴィクター「リッド、これは貴様の能力だな!」

リッド「はい、私の能力です。強敵でしたが、動きに独特の

    癖(くせ)があり、何とか攻略が叶(かな)いました」

ヴィクター「そういう事を聞いてるんじゃないッッッ!」

 とのヴィクターの怒鳴(どな)り声に部屋は静まりかえった。

 すると、ヴィクターの腹心の部下とも言えた女性、イズサが口を挟(はさ)んだ。

イズサ「ま、まぁまぁ。二人は良くやったと、私は思うよ。

    正直、胸がすく思いだったわ」

リッド「イズサさん」

ヴィクター「ふざけるなッ。今回の報復にラース-ベルゼが何を

      して来たか分かるか?」

リッド「いえ」

ヴィクター「公安はヤクト人の女性や子供を逮捕した。適当な

      理由を付けてな。今朝の話だ」

イズサ「そんな。そんな話」

ヴィクター「私-直属の諜報(ちょうほう)員からの知らせだ」

リッド「そんな、そんな事が」

ヴィクター「お前達のせいだぞ。分かっているのか?ともかく、

      今回だけは大目に見よう。だが、次は無い」

リッド+アブリノ「はい・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・

ヤクト評議会は大騒ぎとなっていた。逮捕された女・子供の

家族が泣いて嘆願に来たのだった。

 そんな彼等をなだめ、議長のクラインは特務公安の幹部と

対面していた。彼はラース-ベルゼの中でも怖れられている男で、

同志すら容赦(ようしゃ)なく殺す男だった。

クライン「というわけでして、どうか釈放(しゃくほう)して頂きたい」

男「フッ。それは難しいね。君も分かっているだろう?」

クライン「そこを何とか。金なら用意します。とりあえず、

     これを」

 そう言って、クラインは札束の入った封筒を男に渡そうとした。

男「おっと、これは驚いた。清廉(せいれん)潔白と噂されていた君が

ワイロを用意しようとは」

クライン「人の命には代えられません」

男「だが、駄目だ。今回の例は完全に公のモノと化している。

  正式な手続きを踏みたまえ」

クライン「正式な手続き?」

男「そうだ。釈放には一人、十万レンを支払えば良い。そうすれば情状酌量の余地が認められるわけだ。いっておくが、

  通貨はレンだ。ヤクトの通貨は、ここでは意味を成さないからな」

クライン「・・・・・・貴金属や宝石でも構わないでしょうか?」

男「それはもう。我々も金(きん)は好きだよ。さて、では期限を決めようか。明日の朝、9時、ここにて支払いを済ませたまえ。

  支払った分の人数を釈放しよう」

クライン「あ、明日の9時ですかッ。そんな、せめて、数日、

     待って頂きたい」

男「明日の朝、9時だ。全員を生かしたければ、一億レンを

  用意するのだね」

 そして、男は去って行った。

クライン「一億レン・・・・・・。ヤクト通貨で15億リル・・・・・・。

     まずい、そんな大金、不可能だ・・・・・・。いや、今、

     ゲットーでは貴金属は意味を成さない。上手くやれば、もしかしたら」

 そして、クラインは金策に走るのだった。


老婆「お願いです。議長さん・・・・・・。これで、どうか娘を」

 そして、老婆は亡き夫より贈られた結婚指輪をクラインに

渡した。

クライン「必ず、助けます。必ず」

 

 いつの間にか、夕方となっていた。

クライン(まずい、足りない・・・・・・。どうすれば・・・・・・)

 それでも、多くのヤクト人の協力があり、3000万レン相当

が集まっていた。しかし、それでも約三分の一だった。

クライン(ともかく、走り続けねば)


 リッド達は沈鬱な顔で整備工場に立っていた。

 有線ラジオからは、クラシック音楽ワルキューレの救済が低音質で音割れ-しながらも流れていた。

 魔導ジャマーが軽度ながら散布されている状況ではテレビや通常のラジオは使い物にならなかった。

 整備工場にとって《ワルキューレの救済》は不謹慎ではあるが縁起の良い曲と言えた。このクラシックを掛けたドライバーはハイになって事故を起こしやすく、自動車-整備工場のお世話になりやすいのだった。そういう迷信があるのだ。

 ラース-ベルゼはクラシックの曲ばかりを選曲していた。

 同じような曲が延々と流れ続け、リッドは頭が狂いそうだと、

整備員に言って切らせた。妙な悪寒がした。

《ワルキューレの救済》は戦乙女が死者の魂を天上へと運んでいく曲だった。言わば死神の曲とも言えた。


 すると、そこにクラインが駆け込んできた。

リッド「クライン議長?」

クライン「はぁ、はぁ、すまない。金目の物を貸して頂けないだろうか?」

リッド「何があったんです?」

クライン「実は・・・・・・」

 そして、クラインは事情を話した。

リッド「馬鹿な・・・・・・」

クライン「頼む、彼等の命が懸(か)かっているのだ。

リッド「わ、分かりました。ともかく、家から金(きん)を持って来ます。どうせ、使う事も無いでしょうし」

クライン「ありがとう」

リッド「それと、仲間達にも呼びかけてみます。評議会に今夜中に届けに行きますから」

クライン「ありがとう。今夜は評議会館は休み無しだ」

アブリノ「あの、これを・・・・・・」

 そして、アブリノは左手の薬指から指輪を取った。

リッド「それって、いいのか」

アブリノ「ああ、元々、必要無くなった物だから」

クライン「すまない。恩に着る」

アブリノ「いえ・・・・・・。それに、俺達のせいなんです。すみません。すみません、議長・・・・・・」

リッド「アブリノ・・・・・・」

クライン「詳しい事は、あまり詮索しないでおこう。お互いの

     ためにも」

アブリノ「はい・・・・・・」

クライン「だが、私は君達を責めないよ。君達は間違っていない。間違っているのは、この社会だよ・・・・・・。

     ともかく、行くよ。時間が無い」

リッド「はい。俺達も急いで集めます」

クライン「助かる」

 そして、リッド達は金策に走った。


 彼等は必死に、必死に駆け回った。仲間達に頭を下げ、

知り合いの有力者に頭を下げた。

 そして、朝が来た。

 時刻は8時50分だった。

 クラインは絶望した面持ちで、約束の公安局の施設の前で

立っていた。

 すると、リッドが駆けて来た。

リッド「これ、これを・・・・・・」

 と、指輪を数個、渡した。

クライン「すまない。いくらぐらいに-なりそうだね?」

リッド「鑑定士は30万リル程だと・・・・・・」

クライン「そうか・・・・・・」

リッド「い、一体、いくら集まったのですか?」

クライン「7000万レン相当だ」

リッド「3000万、足りない・・・・・・。で、でも、これで、700人

    くらい助けられるんですよね」

クライン「・・・・・・選べと言うのか・・・・・・・人を」

リッド「議長、ここが正念場ですよ。なるべく、刑務所に耐えられなさそうな、子供を優先して、選ばないと」

クライン「分かっている・・・・・・。ここからは私一人で行くからここらで待っていてくれ」

リッド「はい・・・・・・」

 そして、クラインは緊張しながら、施設へ入っていった。

クライン「あの、公安のアクアマンさんと約束があるのですが」

 と受付の女性に話しかけた。

 すると、女性は嫌そうな顔でクラインを見た。

女性「受付は10時からですので」

クライン「そんなッ、約束は9時からで・・・・・・。大事な話なんです」

女性「・・・・・・。どうせ、無駄なのに・・・・・・」

クライン「え?」

女性「アクアマン副局長は現在、釣りに出かけています」

クライン「は?つり?」

女性「はい。魚釣りです」

クライン「馬鹿なッ、そんなわけあるかッ。何かの間違いだッ」

女性「いえ、事実です。第一、会って-どうするおつもりですか?」

クライン「それは、情状酌量(しゃくりょう)のために、金品を渡して」

女性「あー、めんどっちいなぁ。何で、私が説明しなきゃ、

いけないんだよ。あのねぇ、死んでんの。そいつら、

全員」

クライン「は?い、今、何と?」

女性「だ、か、ら。死んだっつってんの。ええと、ほら、これ。

   処刑記録。昨日の午後6時に、全員、処刑されたの。

   分かった?」

クライン「嘘だ・・・・・・アクアマンは私と約束をしたッ。そんな、

     嘘だ・・・・・・」

 と、クラインは力なく、両膝(りょうひざ)をついた。

クライン「女、子供だぞ。分かっているのか?それを千、千人も。どうしてッ・・・・・・・嘘だと言ってくれ、なぁ」

女性「あー、うっさいんだよッ、このジジイッ。大体、ヤクトの猿どもが、死のうと知ったこっちゃ無いんだよ。

   むしろ、数が減って、管理しやすくなったわ。あはは」

クライン「ううッ、ううううううッッッ」

 と、クラインは胸を押さえだした。

 彼の呼吸は乱れ、倒れかけていた。

女性「誰か、コイツをつまみだして」

 との女性の声に、警備員がクラインを連れて、扉の外へと

放り捨てた。それをリッドが受け止めた。

リッド「クラインさん」

クライン「ううッ、うううッ。ううううううッ」

 クラインは涙していた。

アブリノ「何だ?何があったんだ?」

 と、アブリノは震えながら呟(つぶや)いた。

 すると、クラインは自力で立ち上がり、家族の安否を待つ、

群衆に向かって、顔を向けた。

クライン「申し訳無い・・・・・・。救えなかった。一人も・・・・・・。

     一人も・・・・・・。昨日の午後に処刑されたと・・・・・・。

     う、ううううううッ」

 そして、クラインは泣き崩れた。

 その言葉を聞き、残された家族達は困惑し、事実を理解し、

泣き出した。

リッド「殺して、殺してやるッッッ」

 そして、リッドは施設に入って行こうとした。

アブリノ「やめろッ、リッドッ」

 とアブリノは背中から、リッドを押さえ込んだ。

リッド「放せッ、アブリノッ。奴等を殺すッ、皆殺しだッ」

アブリノ「今はマズイ。今やれば、議長やここの皆に迷惑が

     かかるッ」

リッド「ッ・・・・・・・」

 そして、リッドは、泣き崩れるクラインや人々に、目を向けた。

アブリノ「頼む、リッド、今は駄目だ。今は・・・・・・」

リッド「・・・・・・ああああああああああああああああッッッ。

    あああああああああッッッッッ!!!」

 とリッドは叫んだ。

握りしめられた-その手には爪が食い込み、血が垂(た)れていた。


 3月25日 ヤクト人の女性と子供、合わせて1000人が処刑される。容疑はテロ幇助(ほうじょ)(支援)であった。裁判も証拠も何も無いままに、郊外で彼女等(ら)は殺された。


 ・・・・・・・・・・

 リッドは憔悴(しょうすい)しきっていた。深い後悔と罪悪感がそこにはあった。

リッド(俺は・・・・・・間違っているのか?間違えてしまったのか)

 しかし、彼は知らない。そうして、敵を迷わせる事こそ、

特務公安のナンバー2であるアクアマンの策略であると。

 むしろ、この状況こそ、ラース-ベルゼの公安にとっては、嫌な状況であったのだ。

 しかし、リッドは-そこまで考えが至(いた)らなかったし、至(いた)ったとしても、ラース-ベルゼの要人(ようじん)を殺す元気は、今は無かった。

そして、リッドは居酒屋で酒を飲んだ。

 この時期でも、酒だけは存在していた。

 しかし、すかしっ腹(ぱら)に、度の強い酒は-こたえた。

 すると、一人の女性が入店してきた。

女性「隣、よろしいかしら」

リッド「え?ええ・・・・・・」

 そんな生返事をしながら-リッドは女性の顔を見て、戦慄(せんりつ)した。

 リッドは-おもむろに立ち上がり、ポケットの中の拳銃に手をかけた。

リッド「貴様は・・・・・・よく、おめおめと、ゲットーに顔を出せたな、カッツ!この裏切り者がッ!」

 リッドの顔と瞳は怒りに燃えていた。

カッツ「あまり人前で大きな声を出さないで頂戴(ちょうだい)。私は貴方に

   話があって来たの」

リッド「貴様と話す事など無いッ」

 そして、リッドはポケットの中で、拳銃の撃鉄を起こし、

いつでも発射できるようにした。

カッツ「誤解よ。私は裏切ってない。もう一度、言うわ。私は

    裏切ってない」

リッド「どういう事だ」

カッツ「何で私が、わざわざ殺されるかも-しれないのに貴方に

    会いに来たと思う?」

リッド「知るか。上からの命令だろう」

カッツ「違うの。真実を知って欲しいのよ」

リッド「真実だと?」

カッツ「ええ。本当の敵を・・・・・・」

リッド「本当の敵?」

カッツ「ええ。でも、ここでは言えない。お願い、二人きりに

    なれる場所に・・・・・・」

リッド「・・・・・・」

カッツ「お願い・・・・・・」

 とカッツは、うるんだ瞳でリッドを見つめ、言った。

 それは女性を良く知らないリッドには非常に効果的であった。

リッド「わ、分かった。付いてこい」

 と、平静を保(たも)とうとしながら、リッドは答えた。


 リッドの普段の住処に二人は移動していた。

リッド「で、真実って?」

カッツ「ええ。そもそも、リッド。貴方は密告者が組織に居ると思ってるでしょう?」

リッド「ああ。お前以外にも居るな。間違いなく。少しずつ、

    支部が襲われている。俺達は、それをただ-見ている

    事しか出来ない。だがッ、お前が-それを言うか?

    裏切り者の-お前がッ」

カッツ「落ち着いて。私は-はめられたの。私は情報を漏らしちゃ居ないわ」

リッド「信じられるワケが無い。お前が男なら、とっくに殺してる」

カッツ「あら、とんだフェミニズム(女性崇拝)の持ち主ね」

リッド「殺されたいのか?」

カッツ「殺すにしても、話を全て聞いてからにして頂戴」

リッド「手短にな」

カッツ「私が居なくなってからも、密告は続いた。それも、

    独立した支部が次々と。しかも、密告者は捕まらない。

    ねぇ、これって、どういう事だと思う」

リッド「知るか・・・・・・」

カッツ「ねぇ、リッド、本当は分かってるんじゃない?真実を」

リッド「黙れッッッ」

カッツ「それって、組織の上層部に裏切り者が居るって事じゃ

    ないの?」

リッド「黙れ・・・・・・」

カッツ「誰か、教えましょうか」

リッド「黙れ」

カッツ「その人の名は」

リッド「黙れッッッッッ!」

 そして、リッドはカッツを押し倒し、その首に手を置いた。

リッド「はぁ、はぁ、これ以上、俺を怒らせない方がいい」

カッツ「私は貴方が心配なの。リッド。私の様(よう)に、いつか貴方も奴に裏切られるわ」

リッド「・・・・・・ヴィクターか?」

カッツ「ええ」

 と、カッツはレジスタンスのリーダーの名を肯定した。

 二人の間に沈黙が流れた。

リッド「・・・・・・証拠は?」

カッツ「これを」

 そして、カッツは書類を見せた。

 そこには組織の内情が詳しく書かれており、ヴィクターの

サインが確かにされていた。

カッツ「筆跡は間違いないはずよ」

リッド「ああ・・・・・・分かるさ・・・・・・。長い付き合いだからな」

 とリッドは振り絞(しぼ)るように答えた。

カッツ「貴方とヴィクターはヤクトの公安の一員だったんでしょ?」

リッド「ああ、インテリジェンスのノウハウをあの人に教わったんだ・・・・・・」

カッツ「外事警察・・・・・・皮肉なモノね。ラース-ベルゼを見張る

    担当のヴァイクターが、内通者だなんて」

リッド「考えて見れば納得が行く。奴はラース-ベルゼ人を殺すのを極端に嫌がった。結局、ヴィクターはラース-ベルゼにとっては、いい駒なんだろうな。そりゃ、そうさ。

    上手く体制に影響しない奴を殺させて、レジスタンスをガス抜きさせ、本当に重要な人物を暗殺させない。よく考えられてるなッ!クソッ!」

カッツ「リッド。どうするの」

リッド「知るかッ。知るかよッ。何も考えたくない。何もしたくない。もう、疲れたんだ」

カッツ「そう・・・・・・。貴方は頑張ってるもんね。偉いわ」

リッド「やめろ、同情なんか」

カッツ「同情なんかじゃないわ。心から、そう思っているの」

リッド「うるさい・・・・・・」

カッツ「可哀想(かわいそう)に・・・・・・」

 と言って、カッツはリッドの頭を撫(な)でた。

リッド「うう・・・・・・うううう・・・・・・」

 そして、リッドは耐えられなくなり、カッツの豊かな肉体に顔をうずめ、泣いた。

 それをカッツは優しく、受け入れた。


 翌朝、二人は半裸でベッドの中に居た。

リッド「・・・・・・」

カッツ「起きたの?」

リッド「ああ・・・・・・一つ聞いていいか?」

カッツ「何?」

リッド「その資料、何処(どこ)で手に入れた?」

カッツ「私は二重スパイだったの。アクアマンの元で働いているわ。今でも。もっとも、上手く、肝心な情報は彼に

    入らないように-してるけど」

リッド「そうか・・・・・・」

カッツ「で、どうするの?ヴィクターは?」

リッド「・・・・・・今、決めた」

カッツ「ええ」

リッド「先にアクアマンを殺す。ヴィクターは-それからだ」

カッツ「え?ど、どうして?」

リッド「やっぱり、私はヴィクターを疑いきれない。でも、

    アクアマン、奴は完全なる虐殺者だ。奴だけは殺す。

    何があっても・・・・・・」

カッツ「そんな・・・・・・。無茶よ。そんなの」

リッド「奴はゲットーに普段、いる。殺しやすい」

カッツ「だからって・・・・・・」

リッド「君もヴィクターと同じか?結局はただのスパイなのか?」

カッツ「違う、私は」

リッド「なら、証明して見せろッ。アクアマンの今日の

行動予定は?何か、知ってるはずだろう?」

カッツ「それは・・・・・・。はぁ、分かったわ。今日の予定は」

 そして、カッツはアクアマンの予定を説明した。

リッド「なる程・・・・・・。しかし、昨日の今日だ。護衛は多いだろうな」

カッツ「それはそうよ」

リッド「カッツ、何とか出来ないのか?」

カッツ「・・・・・・それは・・・・・・」

リッド「このままじゃ、どうせ君も殺される。レジスタンスか

    ラース-ベルゼに。でも、もし、アクアマンを殺せれば、

    レジスタンスにだって戻れるだろう?」

カッツ「それは・・・・・・」

リッド「何か、策は?」

カッツ「ホテル・・・・・・」

リッド「何?」

カッツ「彼、昼間のホテルで、するのが好きなの。その時、彼、

護衛は下がらせるわ」

リッド「誘えるのか?」

カッツ「上手く行けば」

リッド「よし、それで行こう。で、護衛は普段、何処(どこ)に下がらせるんだ?」

カッツ「ホテルのロビーよ」

リッド「それは完璧だな。入り口に見張りは-たてないのか」

カッツ「ええ。そもそも、あの人自身が高位の能力者ですし」

リッド「能力者の驕(おご)りか。よし、やろう」

 そして、リッドは立ち上がった。


 リッドは先にホテルに回り、待機していた。

 そして、清掃員に化けて、辺りを-うろついていた。

 すると、アクアマン達と護衛達がやって来た。アクアマンの

隣ではカッツが腕を絡(から)ませていた。

 それを見て、リッドは胸が微(かす)かに痛んだ。

リッド(所詮(しょせん)は感傷さ。これは戦争だ。どうしようも無いんだ)

 と無理に自分を納得させた。

 この時点で、既にリッドは大きくカッツに-のめり込んでいた。


 ・・・・・・・・・・

 ラース-ベルゼの特務公安-局長であるアルボ・ロッズはヤクト

評議会に-ある重要な政策を示していた。

クライン「馬鹿な・・・・・・。そんな、それだけは・・・・・・」

アルボ「君に拒否権は無い。君はただ、この書類にハンコを押せばいいのだよ」

クライン「この書類にある隔離施設とは何です!5万のヤクト人

    を何処に連れて行く気です」

アルボ「なぁに、気にする事はない。天国のような場所だよ」

クライン「殺すと言うのですか?5万もッ。それに、どうして、

     どうして、孤児院の子供達までッ」

アルボ「人聞きが悪いよ、クライン君。まるで、私が彼等を

    虐殺するみたいじゃないか」

クライン「違うのですか?」

アルボ「さぁ、党次第ではないか。ただね、我等がエルダー・グール国家主席は子供が大の嫌いでね」

クライン「そんな事のために子供をッ」

アルボ「大体、昨日だって、いや一昨日か。大勢、子供が処刑

    されたではないか。いい加減、慣れたらどうかね」

クライン「あの子達は、それでもまだ、13歳を越えていた。

     それでも、あまりに-ひどいが・・・・・・。だが、今度の

     対象は十歳以下の子供達まで入っているでは無いか。

     赤子までッ」

アルボ「いいから、ハンコを押したまえ」

クライン「断固として-ことわるッ」

アルボ「おい」

兵士「ハッ」

 そして、兵士達はクラインの体を押さえつけ、その手に-

ハンコを無理に持たせ、書類に押させた。

アルボ「ご苦労様。フッ、フッハッハッハッハッ」

 そして、アルボは高笑いをあげながら部下を引き連れ、去って行った。

アルボ「女・子供を殺せばヤクトの血を根絶やしに出来るからな。エルダー・グール様もそれをお望みなのだ」

 と、アルボは呟(つぶや)くのだった。


 ・・・・・・・・・・

 孤児院の院長ソーマは、その書類を見て、震えを止める事が

出来なかった。

ソーマ「そんな、そんな・・・・・・昨日に続き・・・・・・。嘘だッ。

    頼む、何かの間違いだ。止めてくれッ。なぁ、子供なんだ。なぁ、頼むッ」

 と言って、ソーマは兵士に-すがりついた。

兵士「申し訳ありませんが、任務ですので」

 そして、兵士は後味(あとあじ)が悪そうに、去って行った。

 すると、女性の職員が、慌てて、ソーマの元へ来た。

女性「院長。どうしましょう・・・・・・」

ソーマ「従うしか無い。何事もない事を願って。今、彼等を

刺激すれば、その場で銃殺されかねん」

女性「はっはい。子供達を集めます」

ソーマ「ああ。ともかく、『兵士さん-の言う事をきちんと聞くように』、と伝えよう」

女性「はい・・・・・・」

 そして、ソーマ達は-やるせない思いで、作業に取りかかった。


 ・・・・・・・・・・

 ヤクト評議会-議長のクラインは一人、酒を注(つ)いでいた。

クライン「長かったな・・・・・・。あまりに、長く生きすぎた」

 と呟(つぶや)いた。

クライン「昔は若かったな。学生運動に身を投じ、ヤクト・

     リベリスの軍事同盟に反対をした。違法行為も平気で行った。若さ故(ゆえ)の愚かしさだったな・・・・・・。

     そして、社国党が与党となるように尽力し、さらにはヤクト内のリベリス基地-撤廃を主導してしまった。

     馬鹿だった。馬鹿だったよ・・・・・・。リベリスの基地

     さえ北にあれば、こんな事に成らなかったやも-しれないのに・・・・・・。なぁ、ソーマ。私は疲れたよ。

     疲れたんだ・・・・・・」

 そして、クラインは酒に粉薬を入れ、一気に飲み干した。

 薬が効き、クラインは眠るように倒れた。


 3月27日 ヤクト評議会-議長、アルバート・クラインが

      服毒自殺をとげる。さらに、5万人のヤクト人が

      イアンナと首都エデンを結ぶ街レクトへと、列車

      に次々と乗せられ、一時的に運び込まれる。


 ・・・・・・・・・・

 子供達は仲良く、行列を作り、歩いていた。

 しかし、中には泣き出す子も居て。ラース兵士を-いらだたせて居た。

ソーマ「みんな、歌を唄(うた)おう。そうすれば、怖くないぞ」

子供「院長先生、何の-お歌?」

ソーマ「みんなの大好きな歌だよ」

 との言葉に、子供達は何を唄うかを理解した。

 そして、ソーマと子供達は一緒に歌い出した。

子供達「ぼーくーたーちーは、みんな、いきてる」

子供達「ぼーくーたーちーは、いきて、いるんだ」

 との歌詞に、ヤクト語が分かるラース兵は、ギョッとした。

子供達「毛虫(けむし)だーって、モグラだーって、みんな、いきてる」

子供達「ネズミだーって、ヒツジだーって、みんな、いきてる」

子供達「みんな、なかよし」

 との子供達の歌声に、ヤクトの大人達は涙をにじませずには居られなかった。

 そして、ソーマと子供達は列車の前に着いた。

 子供達は順番に乗り込んでいった。

すると、一人の女の子が泣き出した。

女の子「いやッ、私、怖いッ。帰りたいよぅ」

ソーマ「大丈夫、大丈夫だからね」

 と、ソーマは優しく女の子の頭を撫(な)でた。

 女の子は女性職員に抱きつきながら、列車に乗り込んだ。

さらに、ソーマが乗ろうとすると、兵士がそれを止めた。

兵士「貴方は輸送の対象ではありません」

ソーマ「なら、私をこの場で殺せッ、その銃でッ」

とのソーマの言葉と気迫で、兵士はたじろぎ、何も言い返せなかった。

 そして、ソーマは兵士を押しのけ、列車に悠然(ゆうぜん)と乗り込んでいった。

 列車の扉は無慈悲(むじひ)に閉まり、列車は-すぐに発車していった。


 後に残されたラース兵士達は無言だった。

 一方、在ヤクト・ラース人の警官達は激しい後悔と罪悪感に

苛(さいな)まれていた。

警官A「なぁ、俺達がしてるのって、本当に正しいのか?」

警官B「言うな・・・・・・」

警官A「俺はヤクト人が嫌いだ。俺はずっと、ずっと、差別されてきて、クラスでも-いつも馬鹿にされてきた。でもさ、だからって、子供達まで殺す事はないんじゃ・・・・・・」

警官B「口を慎め。これは-ただの輸送だろ。まず、レクトに

    移して、その次にイアンナへと移す」

警官A「イアンナの植物プラント(工場)で殺すんだろ?」

警官B「まぁ、そういう噂だな。確かに、あそこは二酸化炭素を供給する管(くだ)が全体に張り巡らされてるから、毒ガスの処刑場としては最適だろうな・・・・・・」

警官A「そんな。かつての大戦での虐殺じゃあるまいし」

警官B「言うなよ。もう、俺達はラース-ベルゼ側に付いちまったんだ。仕方ないだろ?」

警官A「そりゃそうかも-しれないけど・・・・・・」

警官B「いずれにせよ、イアンナでの戦闘が完全に終わり、同-

地域の制圧が完了したら、イアンナへの輸送が始まるだろうな」

警官A「そうか・・・・・・」

 と警官Aは-やるせなく答えた。

警官B「どうして-こうなっちまったんだろうな。ただ、よりよい社会を目指してるだけなのに・・・・・・」

 との問いに答える者は誰もおらず、ただ風のみが吹きすさんでいた。


 ・・・・・・・・・・

 リッドの元に携帯のメールが入った。

 そして、リッドは-その部屋の前に立った。

リッド「ルーム・サービスです。お食事を-お持ちしに参りました」

 すると、『はい』という、カッツの声が聞こえ、足音が扉に近づいて来た。

 そして、扉が開かれるや、リッドは駆け込み、ベッドに居るであろう対象へと、疑似人格-ペルソナントを展開した。

 次の瞬間、リッドに魔力が直撃し、リッドは壁に打ち付けられた。

リッド「ガッ・・・・・・」

 リッドは敵の魔方陣に拘束され、壁から離れられなかった。

 すると、アクアマンが首に魔導機を付け、笑っていた。

アクアマン「無様だな」

リッド「な・・・・・・まさか・・・・・・」

 リッドは最悪な考えに思い至った。

 リッドはカッツの方に目をやると、カッツは悲しげに、

目をそらした。それで、リッドはカッツの裏切りを悟った。

リッド「嘘だッッッッッッッッ!」

 すると、リッドのマナで拘束は弾け散り、ペルソナントが

アクアマンを襲った。

 アクアマンは-それを華麗に避け、銃弾を放った。

 カッツは一瞬、遅れて、逃げ出した。

 狭い部屋にも関わらず、二人は床と壁と天井を巧みに使い、

互いの攻撃を避け合っていた。

アクアマン『チィッ。銃では遅すぎるッ』

 そして、アクアマンはナイフへと武器を切り替えた。

 一方、リッドは銃を抜き、アクアマンへと弾丸を放った。

 アクアマンはナイフで銃弾を弾き、リッドへと接近してきた。

 しかし、リッドの一撃がアクアマンへと決まり、アクアマンは吹き飛んで行った。

 これはリッドの誘いだった。銃使いには近づきたくなるのが、

ナイフ使いの宿命だった。ただし、リッドは完全な近接戦闘者

だった。

アクアマン(ば、馬鹿な・・・・・・。何だ、こいつは?ま、まさか、

      レベル7級だとでも言うのか?)

 アクアマンは絶対防御の中で思考した。

アクアマン「待て、待て・・・・・・。取引をしよう。今、この-

ホテルには大勢のラース-ベルゼ兵士が居る。この周囲の建物にもだ。さらに、高位の能力者も今の

魔力反応で駆けつけているだろう。だが、今なら、

君は逃げられる。さぁ、逃げたまえ。さぁ」

 次の瞬間、リッドはペルソナントで絶対防御を殴った。

 すると、絶対防御に亀裂(きれつ)が入った。

 さらに、何度も何度も結界をリッドは殴りつけた。

 ペルソナントの両拳はボロボロで、そのフィード・バックが

リッドにも現れて、リッドの両拳も痛々しい有り様だった。

アクアマン「やめろッ、この馬鹿ッ!じ、自分が何をしているのか分かってるのかッ、わ、私はッ。しかし、

何故、誰も来ないッ。ヒッ」

 すると、結界が粉々になった。

 凍れるような時の中、リッドのペルソナントの拳が次々と、

次々と、次々と、アクアマンの体に吸い込まれていった。

 そして、アクアマンの体はミンチと化しながら、二つ隣の

部屋まで、壁をぶち破り、吹き飛んで行った。

リッド「アンタの言葉なんか、信用できるか・・・・・・」

 そして、リッドはヨロヨロと歩きながら、部屋を出た。

 すると、そこにはメガネの男が居た。

 彼の周りには兵士達が倒れていた。

リッド「アブリノ・・・・・・」

アブリノ「やったな、相棒」

リッド「ああ、だが、お前。魔力を使って良かったのか?」

アブリノ「仕方ないさ・・・・・・。仕方ない・・・・・・」

リッド「でも、よく来てくれたな」

アブリノ「酒場で話を聞いてな。内緒で後を付けさせてもらった」

リッド「助かった」

アブリノ「それより、急げ。お前、一人なら逃げられる」

リッド「アブリノ、お前は?」

アブリノ「俺は魔力痕を残してしまった。恐らく、逃げれない。

     だが、逆に囮(おとり)になって、お前の逃亡を助けるよ」

リッド「・・・・・・」

アブリノ「さぁ、行け。あの女に、発信機を付けといた。大まかな位置なら、これで分かるはずだ。決着を付けてこい」

 と言って、アブリノは高性能-携帯を渡した。

リッド「ありがとう・・・・・・。また、会おう」

アブリノ「ああ、地獄でな」

 そう言って、アブリノは微笑んだ。

 リッドは名残惜しそうにするも、意を決し、走り出した。

アブリノ「全く・・・・・・馬鹿だな、俺も、あいつも。まぁ、いいさ。ほんと、お互い女運は無いな」

 と呟き、アブリノは屋上へと向かって行った。


 ・・・・・・・・・・

 周囲は、いつの間にか軍で固(かた)められていた

リッド(まずいな・・・・・・。これじゃ、出る事もままならない)

 すると、兵士達に念話が入り、彼等はホテルから出て行った。

 そして、何かが凍る音が上から響いた。

 圧倒的な冷気がリッドには伝わった。

リッド(何だ?これは一体・・・・・・と、ともかく、ラース兵は

    今、周囲に居ない。外にでよう。何とか、上手く)

リッド「大変だッ、上で戦闘が起きてるぞッ。早く、逃げろッ」

 とのリッドの言葉に宿泊客-達は我先にと逃げ出した。

 その人の波にまぎれ、リッドは上手く、ホテルを脱出した。


 ・・・・・・・・・・

アブリノ「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 アブリノの右腕は完全に凍り付き、音をたてて折れ、砕けていった。

 屋上は今、極寒の地へと一変していた。

 そこにはレベル7能力者であるアンナが悠然(ゆうぜん)と立っていた。

アブリノ「オオオオオオオオッッッッッ」

 と叫び、魔力で形成した槍で突進するも、それは氷の鏡で、

ただ砕けるのみだった。

 そして、アブリノの体は氷付けとなった。

 しかし、アブリノは魔力を全開にし、氷を打ち破った。

 それでも、彼の魔力は-そこで限界で、力尽き、倒れた。

アンナ[・・・・・・。うらやましいですよ。そうまでして、戦うべき信念があるのは・・・・・・]

 そして、アンナはアブリノの左手に手錠をかけ、連れ去った。


 ・・・・・・・・・・

 いつしか、日は暮れていた。

 リッドは小まめに休憩を挟みながら、カッツの後を追っていた。

 そして、ゲットーの一角の廃棄された化学工場に辿(たど)り着いた。

 何故か、頭の中には《ワルキューレの救済》が流れ続けた。

 かつてない悪寒が全身に響いた。

 リッドは怖れる事無く、中を進み続けた。

 すると、血の匂いが充満していた。

 そこにはレジスタンスのリーダー、ヴィクターが居た。

 その手には首だけとなったカッツが-つかまれていた。

 リッドは悪寒の正体を知った。怒りで視界が真っ赤に成ったかのような錯覚を覚えた。しかし、度を過ぎた怒りは冷静さを引き起こしていた。いや、相手がヴィクターで無ければ、すぐにでも殴りかかっていただろう。

 このような状況でも、リッドはヴィクターを疑いきれないのだった。彼が善人だと信じたかったのだ。

ヴィクター「リッドか。いいところに来たな。この女の死体を

      処理してくれないか?この隠れ家に、来やがって」

リッド「・・・・・・あんたが-やったのか?」

ヴィクター「ああ。密告者のカッツだよ」

リッド「・・・・・・ヴィクター、密告者は-お前の方だろう?」

ヴィクター「この女に何を聞いたかは知らんが、憶測でモノを言うのは止めておけ」

リッド「憶測?何故、私がカッツと会った事を知っている?」

ヴィクター「この女から聞いた。命乞(ご)いをする中な」

 すると、リッドはペルソナントを展開した。

ヴィクター「どういうつもりだ?」

リッド「分かった気がする。誰がスパイで誰がスパイで無い

    かを見破る方法が」

ヴィクター「ほう、何だ?」

リッド「迷った時は己(おのれ)の一番-最初の直感に従えって事だ。

    嘘付きは人を惑わしてくるからな」

ヴィクター「お前の一番最初の直感?俺を最初っから疑っていたのか?」

リッド「ああ。お前はクール過ぎた。正直、大っ嫌い-だった」

ヴィクター「フッ、子供じゃあるまいし」

リッド「子供の方が勘は冴(さ)えてるものさ」

ヴィクター「確かにレジスタンスでの私はクール過ぎたかも知れない。だが、リッド、お前とは公安時代からの仲だろう?」

リッド「そうだ。私が公安という闇の中で何とか、任務を遂行

    出来たのも、ヴィクター、お前のおかげだ。その点は

    感謝している」

ヴィクター「なら、その能力を消したらどうだ?」

リッド「だが、お前は当時から協力者を使い潰(つぶ)し、何人も、

    何人も自殺に追い込んだ。そりゃ、そうさ。自分の今まで信じていた組織を裏切らせるんだ。自殺したくもなる」

ヴィクター「それが任務だ。それが国益だ」

リッド「黙れッ。それにしても、やり口が、ひどすぎたんだよ。

    あんたはッ」

ヴィクター「なら、貴様のように、すぐに国外へ逃がせと言うのか?笑わせるなッ。一体、どれ程の金がかかったと思ってる」

リッド「金の問題じゃない。信頼の問題だ。協力者は命を張っ

    て公安に協力してくれた。でも、それに対し、お前は

    何を報いてやった。金は渡しただろうが、それだって、

    殺されたり、自殺してしまったら、意味がないじゃないか。協力者の幸せを願うのが、そんなにいけない事

    なのか?お前のやり方じゃ、いつか誰も協力しなくなるぞッ」

ヴィクター「黙れッ!好き放題-言いやがってッ。何様のつもりだッ。若造(わかぞう)がッ」

リッド「私は・・・・・・お前を信用しない。お前は嘘付きだ。最低の嘘付きだッ」

ヴィクター「それ以上の愚弄(ぐろう)は許さんぞッ。リッドッ!」

リッド「条件を出してやる。今すぐ、エデンから出て行け。

そうすれば、命だけは助けてやる。後は私が全て-

取仕切(とりしき)る」

ヴィクター「ふざけた事を言うなッ。何故、私がッ。気でも狂ったのか?」

リッド「狂ってるのかもしれない。でも、いいさ。さよなら、

    ヴィクター」

 と言って、リッドは魔力を高めた。

ヴィクター「この裏切り者がッ」

 と叫び、ヴィクターは全身の魔力を全開にし、リッドに襲いかかった。

 次の瞬間、肉の砕かれ、潰(つぶ)れる音が化学工場に響いた。


 今、床に倒れ満身創痍のヴィクターはリッドを見上げていた。

 そして、命乞いをしてきた。

ヴィクター「リッド・・・・・・お前は同じヤクト人を殺すのか?

      そもそも、私達は同郷だろう?

      血は水より濃し、という。

      お前に私を殺せるはずが無い」

リッド「・・・・・・たとえ、お前が私の兄妹や親族だとしても、私はお前を許さない。いや、血の繋がりがあるのなら、

    なればこそ、身内の恥として、お前を処断するだろう。

    諦めろ、ヴィクター。

    せめて、痛みなく殺してやる。

    それが私のお前に対する敬意だ」

 この言葉に、ヴィクターは怒りと共に残りの魔力を全開にし

た。

ヴィクター「この愚か者めがッッッ!」

 血を吐きながらヴィクターはリッドに襲いかかった。

 もし、ヴィクターを見逃していれば、リッドは後ろから殺さ

れていただろう。

 しかし、リッドはヴィクターの行動を完全に予測し、読み切っており、静かなる激情を込めて、疑似人格の拳を無数に叩き込んだ。

 ヴィクターの体は肉塊と化しながら、衝撃で亀裂する地面にめり込んでいった。

リッド「カッツ・・・・・・仇は取ったよ」

 そう愛し騙された女性の死体に対し、リッドは悲しげに告げるのだった。


 ・・・・・・・・・・

 地下司令部に血まみれのリッドが入り込んだのは真夜中の事だった。

 すると、ヴィクターの腹心の女性、イズサが駆け寄った。

イズサ「どうしたの、リッド。しっかりして」

リッド「話が・・・・・・ある。誰にも言えない話が」

イズサ「分かったわ。みんな、少し外してもらえるかしら」

 とのイズサの言葉に、レジスタンスのメンバーは二人以外、去って行った。

イズサ「と、ともかく、手当を」

リッド「必要無い・・・・・・これは全部、返り血だから」

イズサ「え・・・・・・」

リッド「私は・・・・・・ヴィクターを殺してきた」

イズサ「ヴィクターを・・・・・・」

リッド「殺した・・・・・・。何度も、何度も、ペルソナントで殴って、殴って」

イズサ「そう・・・・・・」

リッド「驚かないのか?」

イズサ「あの人・・・・・・裏切ってたんでしょ?」

リッド「ああ・・・・・・」

イズサ「貴方とヴィクターなら貴方を信じるわ」

リッド「どうして・・・・・・?」

イズサ「・・・・・・貴方は知らないかもしれないけど、ヴィクター

    のやり方に反発する者も多いのよ。それで、それと共にヴィクターが裏切ってる-ていう証拠も出てきてて。

    初めは何かの間違いにしか思わなかったけど、段々、

    それが本当なんじゃないかって思えて・・・・・・」

リッド「殺したくなかった・・・・・・」

イズサ「・・・・・・そうでしょうね。貴方は本当にヴィクターに

    なついて居たモノね」

リッド「若かったから」

イズサ「まだ、若いわよ。貴方は十分。でも、私達は駄目ね。

    偽(いつわ)りでも指導者が居ないとやっていけなかった」

リッド「・・・・・・私がなる。私がヴィクターを演じる・・・・・・」

イズサ「・・・・・・仮面をかぶり?」

リッド「ああ・・・・・・」

イズサ「確かに・・・・・・今の貴方が直接、リーダーをするよりも、

    ヴィクターを演じていた方が、年寄り達は納得するでしょうね。でも、リッド。貴方に、その嘘を付き通す覚悟と自信はあるの?」

リッド「正直、分からない。でも、やらねばならない」

イズサ「そう・・・・・・。私は最大限、サポートするわ」

リッド「ありがとう・・・・・・」

イズサ「いえ・・・・・・。なら、貴方-自身は死んだ事にしましょう。

    それでいいわね?」

リッド「ああ・・・・・・」

 

 そして、リッド・ギュンターはヴィクターの名を語る事となった。

しかし、因果(いんが)なるかな、ヴィクターの名はヤクトの公安にて、選ばれた者が継承する名であった。

 その名、その仮面を、図(はか)らずもリッドは受け継ぐ形となったのだった。

 そして、後に彼を中心にヤクトの諜報(ちょうほう)機関は再編される事と

なるのだが、それは-まだ先の話であった。


・・・・・・・・・・

 リッドはヴィクターを上手く演じ続けた。

 幸い、ヴィクターは元々、あまり人付き合いの多い方では

無かったため、リッドがヴィクターに成り代わってるとは、

イズサを除き誰も気付いて居なかった。

 もっとも、何人かは、以前までのヴィクターとの差異に、

わずかな違和感を覚えていたが、あえて何も言ってこなかった。

 リッドは指導者として非常に優秀であった。

イズサ「ヴィクター。レジスタンスへの参入-希望者が来たの」

ヴィクター「そうか・・・・・・。身元は?」

イズサ「それが、在ヤクト・ラース-ベルゼ人なの。これ」

 そして、イズサは資料を渡した。

ヴィクター「そうか・・・・・・」

イズサ「周りの皆は反対してる。そいつは結構、ヤクト人に

    厳しいタイプの在ヤクトの警官だったみたい」

ヴィクター「・・・・・・何か、情報は持っていないのか?」

イズサ「鋭(するど)いわね。持ってるみたいなの。どうも、先日の

    集団-輸送先に関して」

ヴィクター「レクトに移されている-という噂だが」

イズサ「ええ。それだけじゃなくて、いつイアンナへ輸送されるかも知ってるみたい」

ヴィクター「うさん臭いな。そんな事を、いち警察官が知っているとも思えない」

イズサ「ええ、そうね。でも、貴重な情報かもしれない」

ヴィクター「レジスタンスに参加を許してもらえたら、情報を

      渡すと?」

イズサ「ええ、そうみたい」

ヴィクター「それも、適当な話だな。真に虐殺を止めたいなら、

      素直に無条件で話せばいいものを」

イズサ「彼も悩んでるんじゃないの?ラース-ベルゼを裏切る事を」

ヴィクター「なる程・・・・・・。確かに、重要な情報を持つ者程(ほど)、

      出し渋(しぶ)るモノだからな」

イズサ「でしょ?どうする?会ってみる?」

ヴィクター「昼に私自身が会うと伝えろ。普段、使わない

隠れ家を用意してくれ。そこを会見場(ば)とする。

      そして、仮面をかぶった私の影武者を用意し、

      最低限の話を聞け。夕方に、私自身が本当に、

会う。だから、隠れ家を二つ使い捨てる事になるやもしれん」

イズサ「了解。手配しておくわ。でも・・・・・・」

ヴィクター「どうした?」

イズサ「ずいぶん慎重なのね」

ヴィクター「リーダーが死ぬわけには-いかない」

イズサ「そうね。なんか、本当にヴィクターって感じね」

ヴィクター「・・・・・・」

イズサ「ごめんなさい。じゃあ、手配するわ」

 と言って、イズサは去ろうとした。

ヴィクター「時々、声が聞こえるんだ?」

イズサ「声?」

 イズサは立ち止まり、振り返って答えた。

ヴィクター「ああ。ヴィクターの声が。特に夜になると」

イズサ「疲れてるのよ。もう少し、休んだ方がいいんじゃない?」

ヴィクター「かもな・・・・・・」

 そして、イズサは部屋から立ち去っていった。

 すると、リッドの脳に声が響いた。

『リッド・・・・・・リッド。分かっているのか?どうせ、これは

 罠だ。お前を、いや、ヴィクターを捕まえようとする敵の

 公安の罠だ』

リッド(黙れ、亡霊が・・・・・・)

『亡霊か・・・・・・。私は常々、言っていたはずだ。全てを疑え、

 全てを信じるなと。お前は-それを忘れてしまったのか?』

リッド(覚えている、覚えているさ・・・・・・)

『まぁいい・・・・・・。お前の運命は未(いま)だ暗闇の中、輝いている。

 まだ死ぬ運命(さだめ)でもなかろう』

リッド(私に死んで欲しいんじゃないのか?)

『何故?お前は私だ。私はお前だ。なぁ、リッド。いや、

ヴィクター・・・・・・』

 そして、声と気配は去って行った。

リッドは無言で目を閉じるのみであった。


 ・・・・・・・・・・

 結局、一度目の会見では何事も起きなかった。

 なので、レジスタンスは二度目の会見場の付近へ、対象の男を目隠しをさせて、連れて来た。

ヴィクター「尾行は?」

部下「ありません」

ヴィクター「周囲に異常は?」

部下「特にありません」

ヴィクター「ゲットーの公安や軍の動きに異常は?」

部下「いえ、ありません」

ヴィクター「下水の避難路は無事か?」

部下「はい、問題ありません」

ヴィクター「よし、通せ」

 そして、部下は一度、下がって、対象の男を連れてきた。

ヴィクター「私がヴィクターだ」

男「あ、貴方(あなた)が・・・・・・」

ヴィクター「で、情報を持っていると?」

男「あ、ああ。だが、今は話せない」

ヴィクター「何故?」

男「話せば、殺されるかもしれない。あんたらに」

ヴィクター「私達は味方には優しい」

男「俺は何人ものヤクト人を逮捕したんだ・・・・・・」

ヴィクター「みたいだな」

男「本当は、こんな所、来たくなかった。でも、子供達が、

  レクトへ輸送されて行った子供達が頭から離れないんだ」

ヴィクター「良心は有るようだな」

男「あ、当たり前だ。俺だって好きで、こんな事してるんじゃ

  無いさ」

ヴィクター「お前の事は調べさせて-もらった。幸い、公安の

      資料がわずかに、残っていてな」

男「こ、公安・・・・・・。ヤクトのか?」

ヴィクター「ああ。ガイル・ベーゼ。共革派の工作員の一人で

      同じ極左(ごくさ)の革中派の工作員を傷害し、逮捕される。

      ただし、被害届が出されなかったため、不起訴。

      後日、新型ヘリのパイロットにレーザー・ポインターを当て、逮捕される。しかし、政治的背景から-もみ消される。全く、よくやるな」

ガイル「うう・・・・・・ッ、必要だった」

ヴィクター「法治国家で違法行為は許されないだろう」

ガイル「レジスタンスと同じだ・・・・・・・と思う・・・・・・」

ヴィクター「全然違う。現在の状況は法治が行われていないと

      見なされるから、それを正すためには、多少の

      暴力的行為も必要となる。大体、パイロットの

      目を潰してどうするんだよ。墜落(ついらく)したら、それこそ危険じゃないか。これは、事故率の高い、新型

      ヘリを配備した事に対するデモとして行ったんだろうが、お前自身が危険因子じゃないか」

ガイル「・・・・・・反省してる・・・・・・」

ヴィクター「どうだか。私はお前と違って、本職の警官だったが、この世の中には息をするように嘘を付く人間

      というのが存在する。まぁ、大体、見分けは付くが・・・・・・」

ガイル「俺は本当に反省している。本当だ。馬鹿だった。

    信じていたんだ。自分の行為が本当に世界の為になる

    って」

ヴィクター「そうか・・・・・・。しかし、何だ-これ。自宅から、

      大量の合い鍵が見つかるって。どうやったんだ、

      これ?他人の家に入り放題じゃないか」

 とヴィクターは資料に目を通しながら言った。

ガイル「鍵屋に同志が居て・・・・・・・」

ヴィクター「あ、そう。平和になったら、鍵屋を取り締まらないとな」

ガイル「・・・・・・そんな事より、俺を仲間に入れてくれ」

ヴィクター「信用できると思っているのか?大体、私達は、

      お前達の大嫌いなヤクト民族だぞ」

ガイル「そ、それは・・・・・・。で、でも、同じヤクトに住んでいる同志だし・・・・・・」

ヴィクター「お前、ヤクト国籍を持っていないだろう?」

ガイル「そ、それは・・・・・・でも、永住権は持ってるし・・・・・・」

ヴィクター「何か、うさん臭いな。お前、本心を隠しているだろう?別に本音を言っても構わないんだぞ。お前、

      ヤクト人が嫌いだろう?でも、今回の件で、

ラース人をもっと嫌いになった。違うか?」

ガイル「それは・・・・・・」

ヴィクター「レジスタンスは真にヤクトに忠誠を誓った者のみが入隊を許される。だが、お前は中途半端だな。

      ヤクトにもラース-ベルゼにも属していない」

ガイル「俺だってッ、俺だってッ!どちらかに属したいさ。

    でも、出来ない。ラース語も出来ないから、ラースに

    も帰れない。大体、お前達が悪いんだ。お前達が大戦

    で俺達の祖先をヤクトに強制連行して働かせたから」

ヴィクター「それはそうかもしれないが、終戦時に祖国に戻らなかったのは、お前の祖先の選択だろう?」

ガイル「え?いや、それは・・・・・・」

ヴィクター「さらに、ヤクト国籍を取ろうと思えば取れるのに、

      取ろうともしないのは、お前自身の選択だろう?」

ガイル「出来ないさ・・・・・・出来るかッ。そんな事したら、親戚(しんせき)や仲間から-はぶられてしまう」

ヴィクター「在ヤクト特権が惜しいからじゃないのか?」

ガイル「それは・・・・・・それもあるが・・・・・・、ともかく、それが

    出来る雰囲気じゃないんだよ」

ヴィクター「だとしても、いつまでも、不法滞在者が存在し続けて居られるワケが無い。それは甘えだよ」

ガイル「結局、ヤクト人には分からないんだ・・・・・・」

ヴィクター「ヤクト国籍を取れば、お前もヤクト人だ」

ガイル「そうやって同化させようとするのか?ヤクト民族に」

ヴィクター「それは違う。確かに、ヤクトは単一民族-国家に

      近いが、別に国籍と民族は一致しない。当然の

      話だ」

ガイル「何が当然だ。名前だって、結局はヤクト文字を使わせられる。俺達の名前が踏みにじられる」

ヴィクター「・・・・・・それは表記の上で仕方ないと思うが・・・・・・。

      まぁ、確かにヤクトは他民族に対し、排他的な所がある。そう。ヤクト人は確かに、外国人に対し、

      差別的な所がある。だから、お前がラース民族で

      ある事を公(おおやけ)にして暮らせば、確かに、ヤクト人の中に溶け込むのは難しいだろう。だからこそ、

      在ヤクト人のコミュニティの中で偽りの安らぎを

      得ようとしているのかもしれない」

ガイル「ああ、そうだ。そうだよ。全部、お前達、ヤクト人が

    悪いんじゃないかッ」

ヴィクター「確かに、今のヤクト人には差別的な所がある。

      その非は認めよう。だが、お前達に非は無いのか?

      たとえば、お前達がヤクト国籍を得て、さらに

ヤクトに対し真に愛国心を持ち、その上で差別されたのなら、それは差別した人間が悪いに決まっている」

ヴィクター「恐らく、そういう者が大勢-現れたら、世論も動くだろう。だが、そんな話、聞いた事も無い。どうなんだ?差別と戦う覚悟はあったのか?お前達は

      ただ、自分達の都合のいい方へ逃げ込んでいただけじゃないのか?お前達は高らかに言うべきじゃ

      なかったのか?『民族と国籍は違う』と」


ヴィクター「だが、今のお前達は、ただ-わがままを言うばかり。

子供と同じだ」

ガイル「・・・・・・。遅いんだよ・・・・・・。いまさら、そんな事、

    言われても・・・・・・」

ヴィクター「情報を出せ。せめて、償(つぐな)いをしろ。安心しろ。

      殺しはしない。危害も加えない。約束する」

ガイル「・・・・・・レクトへ移送されたが、それは最終地点じゃ

    ない・・・・・・」

ヴィクター「レクトは中継点だと言うのか?」

ガイル「ああ・・・・・・目的地はイアンナの植物工場だ。そこで、

    毒ガスで皆殺しにするらしい」

ヴィクター「・・・・・・本気でラース-ベルゼは-そんな事をするつもりなのか?」

ガイル「み、みたいだ・・・・・・。俺は、調べたんだ。ネットや本で。最近、ラース-ベルゼのやってる事を信じられなくて・・・・・・。そしたら、ラース-ベルゼは他民族を平気で

    虐殺している最低な国家だって分かった。ウイルダでは平気で核実験を行い、ウイルダ民族の男を殺し、女を無理に犯しはらませ、ウイルダ民族を少しでも無くそうとしている。いや、他の少数民族に対してもだ」

ヴィクター「それは知っているが」

ガイル「ともかく、レベル7が二名、護衛に付いてるらしい」

ヴィクター「誰だ?」

ガイル「分からない。一人は女性だとか。新たなレベル7らしい」

ヴィクター「新たなレベル7・・・・・・」

ガイル「奴等はレジスタンスを誘っているんだ。レジスタンスが毒ガスで皆殺しにするのを阻止するためにやって来るのを待ち構えているんだ」

ヴィクター「だとしても、なら何故、その情報を公にしない?」

ガイル「そ、それは・・・・・・分からない・・・・・・」

ヴィクター「・・・・・・国際世論に波紋はかけたくないと言う事か?」

 そして、ヴィクターは考え込んだ。

ヴィクター(どうも矛盾してるな。誘っているならレベル7

能力者の存在は秘匿(ひとく)すべきだろうし・・・・・・。

      いや、もしかしたらラース-ベルゼでも今回の虐殺

      には意見が分かれているのかもしれない。だから

      こそ、情報がリークされたのか?出世争いも絡(から)んでいるのかもな。虐殺を成功させたい奴と、そいつを潰したい奴・・・・・・。今のラース-ベルゼなら、

      十分にあり得る話だ。しかし、もしそうだとすると、付けいる隙(すき)があるかも知れないな)

 とヴィクターは思考に至(いた)った。

ヴィクター(しかし、問題は正面から攻撃しても、レベル7に

      勝てるかは微妙だという所だ)

ヴィクター(とは言っても、虐殺を見過ごすわけにも絶対に

      いかない。冷静になれ。冷静に・・・・・・。まず、

      人を殺すには、それなりの手間がかかる。今の

      ラース-ベルゼは貧乏だ。なるべくなら、毒ガスで

      一気に殺したいだろう。つまり、イアンナへ輸送

      されるまでは安全な可能性が高い・・・・・・)

ヴィクター「イアンナへの輸送時期は?」

ガイル「イアンナで今、戦闘が起きてるんだ。それが収束したら、すぐにでも輸送するらしい」

ヴィクター「輸送するまでは虐殺は行わないんだな」

ガイル「あ、ああ・・・・・・。むしろ、最期の晩餐(ばんさん)的に食料が

    わずかに多めに振る舞われているらしい」

ヴィクター「・・・・・・やはり、虐殺に反対の者が居るのか」

 とボソッと呟(つぶや)いた。

ヴィクター「もうじき、国連の査察(ささつ)団が来るらしいが、それと

      虐殺の時期は関係ないのか?」

ガイル「本来、査察団が来る前に、虐殺を済ませてしまいたい

    らしい。でも、この時期じゃ、もう証拠を隠蔽(いんぺい)する

時間も無いだろうし、査察団が去ってからになるかも

しれない」

ヴィクター「なら相当な猶予(ゆうよ)があるんじゃないか?」

ガイル「分からない・・・・・・。全てはエルダー・グールが決める

    事だから。予定ではエルダー・グールは明日の正午頃に首都エデンに到着するらしい。そして、シルヴィス・シャインの処遇が決まるらしい」

ヴィクター「シャイン・・・・・・噂(うわさ)は本当だったのか」

ガイル「ともかく、何とかしてくれ。虐殺を止めてくれ。

    そして、願わくば俺にも協力させてくれ」

ヴィクター「・・・・・・。悪いが、どうする事も出来ない。ただ、

      ヤクトの正規軍に連絡は取ってみよう。レベル7

      相手じゃ分が悪い」

ガイル「そ、そうか・・・・・・。きっと、ヤクト軍なら、やってくれるよな」

ヴィクター「だといいが・・・・・・。ともかく、情報は確かに、

      ありがたく頂いた。だが、内通の危険がある者を

      組織に入れるわけにはいかない。以上だ」

 との言葉に、ガイルはションボリとした。

 すると、ヴィクターの脳裏に声が響いた。

『上手いじゃないか・・・・・・。よく情報を聞き出した。そうだ。

 この手の反社会性-人格者は孤独感を抱えている事が多い。

 だからこそ、狂った者同士、群れたがる。もっとも、それで も、その飢えが満たされる事は無いが・・・・・・。そんな奴等は

 理解される事を欲する。だからこそ、我々は相手を理解する

 フリをする必要がある。相手を受け入れるフリをする必要が

 ある』

『すると、相手はコロッと騙されて《自分の言う事を全部-

受け入れてくれる何て素晴らしい人なんだろう》と哀(あわ)れ

にも思うようになる。結局、我々は基本、相手の言葉を

受け流しているだけだ-というのに。

もっとも、肝心(かんじん)な時には話を誘導する必要があるが。

そして、お前は上手く、この男の信頼を得て、情報を

引き出した。素晴らしい』

『だが、これまでだ。これ以上は相手に引きずられる事となる。お前は甘い。甘すぎる。情を断て。さぁ、使い捨てろ。

 こいつは-もう協力者として必要無い。切れ』

ヴィクター(・・・・・・黙れよ・・・・・・。ああ、そうか・・・・・・。

      あんたのおかげで分かった気がする。人は全(ぜん)か無(む)

      かにしたがるんだ・・・・・・)

『何?』

ヴィクター(全てを無条件に信じるか、全てを疑い誰も信じないか。どちらかに偏(かたよ)ってしまう。だが、それじゃ

      駄目なんだ。心が壊れてしまうんだ。俺は信じたい。自分が判断した上で信じたい。それこそが、

      ヤクトの公安に必要だったモノじゃないのか?

      相手を駒じゃなく、人として扱う心が)

『・・・・・・好きにするがいい。それで破滅するも、また、お前の

 道なのだから。だが、一つ言っておこう。全ては国の為だったのだ。国の前では人など駒でしか無い。それでも、お前が違う道を行くのなら、それも構いはしない。それは果てなき苦渋の道だろうがな・・・・・・』

 そして、気配が消えていた。

 ガイルは黙って、うつむいていた。

ヴィクター「ガイル・・・・・・。ガイル・ベーゼ。お前を信じよう。

      前言は撤回だ。すまなかった」

ガイル「え・・・・・・?」

ヴィクター「私は、お前を信じたい。だが、それには条件が

      ある」

ガイル「条件?」

ヴィクター「見極めさせて欲しい。だから、任務を受けて欲しい。ガイル・ベー       ゼ。レクトにて、敵情を視察して来て欲しい。伝令員を送るので、       彼等に状況を逐一(ちくいち)、伝えて欲しい」

ガイル「ほ・・・・・・本当にいいのか?いえ、いいんですか?」

ヴィクター「ああ・・・・・・。この危険な任(にん)を果たせば、誰も-お前を疑う者も居      なくなるだろう。いや、居たとしても私が許さない。それで構わない      か?」

ガイル「は、はい。構いません。で、でも、本当によろしいん

    ですか?わ、私が同志でも?」

ヴィクター「同志じゃ無い。それは共産主義者の言い方だ。

      私達は仲間、そして、家族の事を同胞と呼ぶ。

      さぁ、同胞よ。共に戦おう。ヤクトの為(ため)に」

 そう言ってヴィクターはガイルに手を差し伸べた。

ガイル「はい・・・・・・はいッ・・・・・・」

 と言い、ガイルはヴィクターの手を両手で恭(うやうや)しく握った。


 ・・・・・・・・・・

 真夜中、ヴィクターは地下司令室で酒を飲んでいた。

イズサ「珍しいですね。お酒なんて」

ヴィクター「ヴィクターはよく飲んでたろう?」

イズサ「そうでしたね・・・・・・」

ヴィクター「・・・・・・それに酒を飲みたくなる日もあるさ」

イズサ「程々(ほどほど)にして下さいよ」

ヴィクター「ああ・・・・・・」

イズサ「正直、驚きました」

ヴィクター「彼を仲間にするのに反対だったか?」

イズサ「いえ・・・・・・どうしたものかと、思い悩んでいました」

ヴィクター「・・・・・・そうか。間違いだったのかな」

イズサ「分かりません。ただ、疑わしきを罰していたのでは、

    かつてのソルハイン戦のように成りかねません」

ヴィクター「ソルハイン・・・・・・。リベリスが唯一敗北した-

戦争・・・・・・。アーテシア戦でもリベリスは苦戦

したが、ソルハイン戦はその比では無かったと

いう」

イズサ「ええ。あの戦争で、リベリスは現地人のゲリラに襲われ、比較的-協力的な    部族の村も焼き尽くしました。

    その結果、全ての部族がリベリスを憎むようになりました・・・・・・」

ヴィクター「相手を信じるか・・・・・・。言う程、易(やす)くは無いな」

イズサ「ええ。でも、私達は信じますよ。彼を、ガイルを信じるのでは無く、彼を信じる貴方を信じるのです」

ヴィクター「ありがとう・・・・・・」

イズサ「いえ・・・・・・」

 二人の距離は自然と近づいていた。

 しかし、ヴィクターは顔をそらした。

ヴィクター「止(や)めておこう。アブリノが捕らわれ、拷問(ごうもん)されて

      いるかも-しれないのに不謹慎(ふきんしん)だ」

イズサ「・・・・・・ですね」

 とイズサは、少し名残惜(なごりお)しそうに呟(つぶや)いた。



 ・・・・・・・・・・

 話は半日ほど前にさかのぼる。

 ラース-ベルゼのレベル7能力者レヴィアはシャインに弱みを握られ、彼女の助命嘆願の協力を人々に取り付けていた。

 もちろん、人々の弱みを使っての事だった。

レヴィア(しかし、まだ足りませんね・・・・・・。仕方ない。もう少し、頑張りますか。あぁ、でも、どうして私が・・・・・・)

 そして、レヴィアは歩いて行った。


レヴィア「これはバルボス殿」

 とレヴィアはニュクスの巨兵バルボスに声を掛けた。

バルボス「これはレヴィア上級大尉-殿」

 とバルボスは答えた。

 バルボスは准(じゅん)佐(さ)に成(な)ってたが、ラース-ベルゼとニュクスでは政治的-序列が違うので、この階級差では同格と扱われていた。

 ただし、ラース-ベルゼ兵の中では、ニュクスの階級が-はるかに上の者に対しても、横暴に振る舞う者も多かったのは事実である。

レヴィア「バルボス殿。明日、エルダー・グール国家主席が

     参られます。そして、シルヴィス・シャイン、いえ、

     シャインの処遇が決定されるわけですが、いかが、

     お思いでしょうか?」

バルボス「いや、それは・・・・・・。何と言って良いか・・・・・・」

レヴィア「率直(そっちょく)に申(もう)されても構いませんよ。実は私共(ども)は

     シャインの助命嘆願を国家主席に申(もう)し上げよう

と思っておるのです」

バルボス「真(まこと)ですか?」

レヴィア「はい」

バルボス「おお。実は私としても、是非(ぜひ)、シャイン殿には助かって欲しいと願っておったのです」

レヴィア「では、いずれ機会も参りましょう。その時は是非、

     よしなに」

バルボス「はい。喜んで」

 とバルボスは力強く答えた。

レヴィア「しかし、国家主席にも困ったモノです。気まぐれで

     いらっしゃる。以前、罪人に恩赦(おんしゃ)を与えた時など、

     罪人の友人が切腹したのを見て、許したそうです。

     全く、切腹はヤクトの文化だと言うのに」

バルボス「・・・・・・切腹・・・・・・」

レヴィア「どうか、なされましたか?まさか、シャインの為に、

     切腹し、命を投げ出す者など居ますまい」

バルボス「・・・・・・・どうでしょうな・・・・・・」

レヴィア「では、失礼いたします」

バルボス「ええ。・・・・・・切腹・・・・・・」

 とバルボスは思い詰(つ)めたように呟(つぶや)いていた。

レヴィア(クッ、クフフッ。これは脈ありですかね。まさか、

     まさか、本当に、腹を切ってくれますかね?これは

     国家主席じゃありませんが、楽しみになって来ましたね)

 とレヴィアは内心、ほくそ笑むのだった。


 ・・・・・・・・・・

 レヴィアは続いて、元老院のエルダー・トリア和平統一委員-長の元を訪れた。

トリア「これは、これは、レヴィア大尉ではありませんか。

    何の用です?」

レヴィア「エルダー・トリア様。実は、お願いがあって参りました」

トリア「ほう、もしや、シルヴィス・シャインの件ですか?」

レヴィア「はい・・・・・・」

トリア「噂は聞きましたよ。何か、彼女の助命嘆願を様々な

    者達に請(こ)うていると」

レヴィア「そんな事は無いのですが。今、ニュクスとの関係が悪化するのはマズイのでは無いでしょうか?」

トリア「しかし、彼女は裏切り者ですしねぇ」

レヴィア「で、ですが」

トリア「フム・・・・・・。大体、私にとって彼女を助けるメリットが無いのですよ」

レヴィア「そ、それは・・・・・・。で、ですが、彼女のおかげで

     いい事もあったのでは?」

トリア「というと?」

レヴィア「ツヴァイ上級大尉と・・・・・・」

 とレヴィアは意を決したように言った。

 エルダー・トリアは、かつてツヴァイの尻を無理に犯してい

たのであった。

トリア「ほう、見てたのですか。最近のレベル7は少し、調子に乗っているようですね」

レヴィア「申し訳ありません。警備の為(ため)、各部署を確認していました」

トリア「いけ-しゃあしゃあと、よく言いますよ」

レヴィア「ですが、必要であったかと。病人に万一の事があったら-いけませんから」

トリア「ほう・・・・・・私を脅すと言うのですか?」

レヴィア「レベル7は一種の独立した権限を持ちます。いかな

     元老院の重鎮と言えども、国家主席の許可無く、

     レベル7に手を出す事は許されません」

トリア「手を出す・・・・・・ですか。別に傷害したわけでは無いの

    ですがね」

レヴィア「能力は精神状態に大きく依存します。故に、極力、

     精神的な傷を与えないように-するべきでは無かったのでしょうか?」

トリア「なる程、確かに不適切と言われても仕方ないかも-しれませんね。ただ、レヴィア大尉。あまり、元老院を舐(な)めない方がいい。死にたくなければ」

レヴィア「重々に承知しております。しかし、エルダー・トリア様。私は-ただ協力して頂きたいのです」

トリア「フフッ。シャインに何か弱みを握られましたか?」

レヴィア「そんな事は有りません」

トリア「フッ。まぁいいでしょう。レベル7に反発されても

    困りますし、一応、協力には善処(ぜんしょ)するとしましょう」

レヴィア「ありがとうございます」

トリア「下がりなさい。ただ、レヴィア大尉、少し見直しましたよ。最近、私の周りには、ご機嫌伺(うかが)い-しか居ませんからね」

レヴィア「光栄です。失礼いたします」

 と言って、レヴィアは敬礼し去って行った。

 


・・・・・・・・・・

 話はロータ・コーヨに移る。

 ライル川での死闘が幕を引き、夜が明けだしていた。

 予備陣地では負傷者が-うめき声をあげており、血なまぐさい

事となっていた。

 ロータは副長の一人であるタランの元へ見舞った。

ロータ「調子はどうだ?」

タラン「ええ。私は平気です。しかし、ホシヤミ君が・・・・・・」

ロータ「まぁ、彼が死ぬとは-とても思えないが・・・・・・。あまり、

    希望的な観測をするのも良くないからな」

タラン「はい・・・・・・」

 すると、ドリス軍曹がやって来た。

ドリス「ロータ・コーヨ大尉。偵察隊が奇妙なモノを発見しまして」

ロータ「もっと、分かりやすく具体的に言ってくれないか?」

ドリス「すみません。しゃべるロボットの人形を拾ったとの事です」

ロータ「待て・・・・・・よく分からないんだが」

ドリス「はい・・・・・・偵察員は最初、敵の能力か何かと思ったみたいなんですが、どうも、違うみたいで」

ロータ「しゃべると言ったな」

ドリス「はい。それが、妙な事にホシヤミと名乗っていまして」

ロータ「それを早く言え。何処だ?何処に居る」

ドリス「こ、こちらです」

 すると、タランも-がばりと起きだした。

衛生兵「ああッ、タラン中尉。起き上がっては駄目です」

タラン「心配無用」

 と言ってタランはロータ達に付いていった。

 

 そこには確かに、小さなロボットの人形が立って、何かを

しゃべっていた。

ロータ「ホシヤミ君?」

ロボット「あっ、ロータ隊長。それに皆さんも。いやぁ、

ご心配をおかけして、すみませんでした」

ロータ「・・・・・・本物なんだな」

ロボット「はい。好物は納豆です。あ、でも、この体じゃ

     食べれませんね」

ロータ「フッ、本当にホシヤミ君だな・・・・・・・」

 すると、タランが突然、泣き出した。

タラン「ううッ、良かった。本当に、良かった。ホシヤミ君」

ホシヤミ「あ、タランさん。どうも、どうも。いやぁ、困っちゃいましたよ。肉体がボロボロになっちゃって、首だけに-なっちゃって、仕方ないから近くに落ちてた

     オモチャのロボットに精神を憑依(ひょうい)させてみたんです。

     いやぁ、やれば出来るモノですね」

ロータ「・・・・・・ホシヤミ君」

 と言って、ロータはホシヤミを抱きしめた。

タラン「あ・・・・・・」

 とタランは、先を越されたという風に、声を漏(も)らした。

ロータ「ホシヤミ・・・・・・よく、よく戻ったな。よくぞ、戻って来てくれたな」

 とロータは目を潤(うる)ませながら、言った。

ホシヤミ「はい・・・・・・はい・・・・・・ロータさん。ただいまです。

     あれ、変だな。オモチャだから涙は出ないはずなのに、何で?」

 ホシヤミの目元からは確かに水が、わずかに零(こぼ)れていた。

 それは朝露(あさつゆ)であったが、ホシヤミの涙と言っても遜色(そんしょく)は無かった。

 そして、朝日の中、ロータ達の新たな戦いが始まろうとしていた。


 ・・・・・・・・・・

 一方、ボルドの副長、クラウは打ちひしがれていた。

 渡河作戦は成功したモノの、その代償は大きかった。

 この一夜で、ラース-ベルゼ兵士は500名以上、命を散らしていた。

 ボルドの大隊の約-六分の一が一夜にして失われた事となった。

 辺りでは遺体を次々と布でくるみ、包装していった。

 彼等は軍用トラックで運ばれ、イアンナ北部に用意されている、死堂で弔(とむら)われるのだった。

 神や霊魂を信じぬ共産主義者-達も、死者への敬意は払うモノであった。

クラウ(私の・・・・・・私のせいだ・・・・・・。私のせいで、彼等は

無駄に命を散らしてしまった。私は取り返しのつかない事をしてしまった)

 と思い、クラウは耐えきれずに嗚咽(おえつ)を漏(も)らした。

「泣くでないッ!」

 との声が後ろから-かけられた。

 そこにはボルドが勇ましく立っていた。

クラウ「ボルド准佐・・・・・・」

ボルド「泣くな、クラウよ。お前が泣いても、死者は帰って来ない。来ないのだぞ」

クラウ「それは・・・・・・そうですが・・・・・・」

ボルド「ふん。大体、何故、泣く必要がある?お前は任を果たした。渡河は成功した。後は奴等を追い詰めるだけだ。

    援軍も来るようだしな」

クラウ「はい・・・・・・」

ボルド「クラウよ。人は死ぬ。指揮官は-それを踏(ふ)まえねばなら

ない。だが、多くの指揮官は-それを忘れ、情をかけ、

    戦術を誤(あやま)る。クラウよ。今のお前が怯(おび)えているように」

クラウ「怯えている?」

ボルド「そうだ。元々、渡河作戦は早めに仕上げなければ-ならなかった。そもそも、アポリス隊がこちらに向かっている状況こそ、おかしいのだ。本来、我等だけで切り抜けねばならなかった。何故か分かるか?」

クラウ「い、いえ・・・・・・」

ボルド「確かに、アポリス隊を待ち、ロータ共(ども)を挟み撃ちにすれば、我等は圧勝するだろう。しかし、それでは駄目

    なのだ。そのような数に任せた戦いでは、この戦争、

    いずれ-どん詰まりを起こす。故に、これでいいのだ。

    分かったろう。ヤクトは手強いと。クラウよ、敵を

    あなどるな。神の如き俺でも、ロータには一目を置いている。もっとも、少しの油断があった事は認めるが」

ボルド「ともかくだ。これからだ。これからだぞ、クラウよ。

    お前は座学は出来るでは無いか。図上演習も俺程(ほど)では

    ないが悪くは無い。後は実戦を積むだけだ。クラウよ。

    勝利から学ぶモノは少ないが、敗北から人は多くを学ぶのだ。それを心しろ」

 とのボルドの言葉はクラウの心に染みいった。

クラウ「はい・・・・・・はい・・・・・・」

 と、クラウは目を拭(ぬぐ)いながら答えた。

ボルド「よし、では進撃だ」

クラウ「ちょ、ちょっと、待って下さい。まだ、そんな、準備が・・・・・・」

ボルド「うるさいわッ。敵も消耗しておる。今、敵を叩けば、

    まぁ、数百の死亡で我等は勝利する事、間違い無しだ。

    さぁ、行くぞ、クラウよ!」

 とボルドは目を輝かせながら言った。

クラウ「あ、後、半日でいいから、お待ちを。兵達は意気消沈しています」

ボルド「ぬぁにぃーーーーッ、貴様、俺に逆らう-つもりかぁぁぁぁぁ。ぬ・・・・・・ぬぅ・・・・・・・」

 すると、ボルドの首から血が少し、噴(ふ)いていた。

クラウ「ああ、衛生兵ッ」

 とクラウは叫ぶのだった。

 しかし、それでもボルドの部隊は数時間後に進撃を開始したのである。


 ・・・・・・・・・・

 アポリスの子飼いの偵察部隊-隊長アーナード(アーナ)は、追跡を再開していた。

アーナ(よし、近い、近いぞッ)

 すると、何かの影が見えた。

アーナ(何ッ)

 アーナは手信号で変異を部下達に知らせた。

 すると、それは現れた。

 狼の如き兜と鎧に身を包んだ者、ソルガルムが。

 アーナ達は一気に戦闘態勢に入った。

 しかし、アーナの部下達は次々と-その大剣で斬られていった。

 だが、アーナ達も伊達(だて)に汚れ仕事に手を染めているわけでなく、能力でソルガルムの大剣を錆(さ)び付かせ、使用不能にした。

 そして、三名が一気に襲いかかった。

 しかし、ソルガルムは-それを恐るべき速さで-かわし、拳を

一人の兵士に叩き込んだ。

 兵士は地面にめり込む程の勢いで叩き付けられた。

 さらに、もう一人、もう一人と、打ち倒されていった。

 そして、分隊が半数になった所で、部下達は散り散りに逃げ出して行った。

アーナ[あっ、こらッ、待てッ。お前等ッ]

 しかし、アーナの声も虚しく林に反響するだけだった。

 いつの間にか、小柄なアーナの前には、巨人の如くのソルガルムが佇(たたず)んでいた。

アーナ「あ、ああ・・・・・・た、助けて-くだせぇ」

 とアーナは本能的に助けをヤクト語で請(こ)うていた。

ソルガルム「お前達の指揮官に伝えよ。これ以上の追跡は無用。

      いたずらに死者を招(まね)くだけであろう、と」

アーナ「へ、へいッ」

 そして、アーナは必死に一目散に駆けだして行った。

 一方、ソルガルムは-それを見届けるや、子供達の元へと戻って行くのであった。

 

・・・・・・・・・・

 臨時首都アークにて、ビッグスとカーンは一晩中、いかに

リベリスを動かすかを考えていたが、結論は出なかった。

ビッグス「・・・・・・。起きろ、カーン」

カーン「ん、ああ。寝ちまったか」

ビッグス「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。レオ・レグルス閣下

の元へ戻らないと。色々と世話になったな」

カーン「ん?ああ・・・・・・。まぁ、何だ。また、困ったら来ると

    いいさ」

ビッグス「いいのか?」

カーン「ああ・・・・・・。ビッグス、俺は人間関係なんて、その場のモノに過ぎないと思っていた。一度、壊れた関係は

    そのまま放っておけばいいと思っていた。だが、少し、

    考え直したよ。世の中、そんな単純に割り切っちゃ

    いけないのかも-しれない。何て言うか、許す事も必要

    なのかも-なって」

ビッグス「ありがとう、カーン」

 そして、ビッグスは手を差し伸べた。

カーン「ああ・・・・・・」

 そして、カーンは-その手を握りかえした。

 すると、チャイムが鳴った。

 カーンの母が『はいはい』と言って、玄関へ向かうのが聞こえた。

 

 玄関が開くや、宅配便を装(よそお)った男達が家の中へと、土足で入り込んできた。

ビッグス「何だ?」

そして、男達はビッグスを見つけるや、襲いかかってきた。

男A「軍国主義者めッ、覚悟ッ!」

 そう言って、男はナイフを突き出してきた。

 しかし、ビッグスの反応は早く、一瞬で男を殴り気絶させた。

 それを見て、もう一人の男は逃げ出そうとした。

 しかし、次の瞬間、フライパンが顔面に直撃し、崩れ落ちた。

カーン「な、なんなんだ。それに、母さん?」

母「上手くいったわね」

 とカーンの母はフライパン片手に満足そうに答えた。

ビッグスは-その間に男達を縛り上げていた。

ビッグス「警察を」

カーン「ああ」

 そして、数分後、早くも警察が駆けつけて来た。


 ・・・・・・・・・・

警察「あの男達の身元が判明しました」

ビッグス「誰だ?」

警察「赤ですよ、赤」

ビッグス「左翼のテロリストか・・・・・・」

警察「そんな所です。気をつけて下さい。最近の左翼は大人しかったですが、それは-あくまで一時的に過ぎません。

   レオ・レグルスが武力で政権を奪取したのに応じて、

   極左(ごくさ)も武力行使を正当化しようと-しています」

ビッグス「今後は必ずSPを付ける事にするよ」

警察「ええ、それが-よろしいかと」

ビッグス「ところで、あの家の住民に、カーンや-その母に、

     護衛が付く事はあるのか?」

警察「いえ、確かに彼等が標的になる可能性も捨てきれませんが、そこに割く人員は警察にはありません」

ビッグス「そうか・・・・・・」

警察「ただ、付近の警戒を強化する事は出来ますが」

ビッグス「なら、そうしてくれ」

警察「了解しました」

 そして、警察官は去って行った。


 ・・・・・・・・・・

 ソルガルムに見逃してもらえたアーナードは何とか、森を抜け、主であるアポリスの元へ辿(たど)り着いて居た。

 アーナは恐怖のために、多大な魔力を駆使(くし)して走ったため、これ程に早く、アポリスの元に行けたのだった。

 アーナの報告を受け、アポリスは殺気だった。

 それを見て、アーナは逃げるように、その場を去って行った。

アポリス「・・・・・・森を焼け・・・・・・」

 とアポリスは部下に命じた。

部下「は・・・・・・?」

アポリス「森を焼けと言っている。奴等をあぶり出せ」

部下「しかし、環境破壊に繋がるのでは?」

アポリス「構わん。焼き畑のようなモノだ」

部下「はぁ・・・・・・」

アポリス「焼夷(しょうい)弾と火炎放射器を使用しろ」

部下「了解」

 そして、大規模な山焼きが開始された。

 周囲は煙が蔓延(まんえん)し、ラース兵士は咳(せき)を止める事が出来なかった。

 しかし、その煙を利用して、アポリスは昼間の進軍を行ったのだった。炎が燃え広がるスピードは進軍速度よりも早く、

進むべき道は煙で覆われていた。その為(ため)、上空から見えづらく、

ヤクトの爆撃機に攻撃されづらかったのである。

 結果、ラース兵は昼夜を問わず、強行軍をしいられるハメと

なったのであった。

 さらに、補給部隊は煙の中を行ったり来たりするので、肺を

やられる事となるのだった。

 しかし、このような事はアポリスにとっては日常茶飯事(さはんじ)であった。

 故に、アポリスが進む時、人はそれを『死の行軍』と呼ぶのであった。


 ・・・・・・・・・・

 遠くでは炎が燃えていた。

 ソルガルム達は、いち早く異変を察し、逃走経路をより北に

変更した。ただし、元々イアンナに向かっていたので、方向は

あまり変わっていなかった。

リーラ「いやぁ、危なかったねぇ。もし、巫女さんの言うとおりのイアンナの方向じゃなくて、南へ向かってたら、

    私達、みんな焼け死んでたんじゃないのかねぇ」

ソルガルム「かもしれぬ。しかし、これで-ますますイアンナへ

      向かわねば-ならなくなったな。何とかなると良いのだが・・・・・・」

リーラ「まっまぁ、そこは巫女さんを信じて、ね」

 とのリーラの言葉にソルガルムは微笑みを見せたかに見えた。


 ・・・・・・・・・・

 アポリスの放った火によって、イルナの山は焼けていた。

 その猛火は-ますます燃え広がり、山の南半分を焼き尽くそうとしていた。

 すでに大火は人の手を越え、超自然の猛威(もうい)と化し、山と-そこに住まう命を襲っていた。

 

鳥など羽の生えたモノは-まだ良いが、鹿やイノシシなど、

比較的-大型な動物は逃げ遅れ、炎に包まれていった。

 小型動物や昆虫は煙と炎で死していった。

 山は鳴いていた。悲鳴をあげていた。

 魔油(まゆ)による黒い炎が、さながら蛇のように山肌を蠢(うごめ)いていた。

 それは黒魔術の儀式にも見えた。

 黒い炎が贄(にえ)を焼き、術者に力を与えているのだった。

 霊的なる力を可視する者なら、今のこの状況に恐れおののいただろう。

 アポリスの周囲に-どす黒い瘴気(しょうき)が渦巻き、強大なダーク・

パワーが生まれつつある-のであった。

 通常の人間なら見えずとも気分を悪くするモノだったが、

汚れきったラース兵は多少の抵抗力があり、そこまでの体調

不良を引き起こす事は無かった。

アポリス(ソルガルムッ、ソルガルムよッ。さぁ、私は力を

     用意したぞ。さぁ。止めてみるがいい。私を。

     そして、我が軍勢を。止めれるモノならッ!)

 とアポリスは、黒い炎の如(ごと)き-魔力をあふれさせながら、思うのだった。


 ・・・・・・・・・・

 一方、ヤクトの旧首都エデンではエルダー・グール国家主席が到着し、盛大な出迎えが成されていた。

 軍楽隊がラッパの音を吹き鳴らし、女達は花をまき祝福した。

 そして、赤く血塗られたかのような絨毯(じゅうたん)の上をエルダー・

グールは尊大に進むのだった。

 その様子をレベル7能力者のレヴィアは緊張した面持ちで

見つめた。

 そして、エルダー・グールは王宮へと入っていった。


 ・・・・・・・・・・

 玉座でエルダー・グールは不遜(ふそん)に振る舞っていた。

 だが、誰もそれを咎(とが)められる者は居なかった。

 エルダー・グールは齢(よわい)90を越える-生ける伝説であり、一種の神格化が-なされていたのであった。

 彼は-かつての大戦でヤクトからラース-ベルゼを解放した英雄であり、その後のラース-ベルゼの繁栄を主導してきた。

 すなわち彼こそ、近代ラース-ベルゼ-そのモノと言って、

差し支(つか)えなかったのだった。

グール「フム・・・・・・。公安局長」

公安局長「はっはい」

 と局長は直立不動で最敬礼をした。

グール「・・・・・・」

 しかし、グールは何も言おうとしなかった。


 それに対し、公安局長のアルボは困惑していた。

アルボ(何だ?やはり処分を受けるのか?何せ、副局長の

    アクアマンが死亡してしまったのだから。いや、

正確には再起不能と言った方が正しいが・・・・・・)

グール「フム・・・・・・。少し、眠いな」

 とのグールの言葉に、アルボは気が抜ける思いだった。

グール「何だったかな・・・・・・。ああ、そうだ。バーサレオス君の事だ。彼を釈放(しゃくほう)したまえ」

アルボ「了解しましたッ!」

 と元気よく返事をした。

グール「フム・・・・・・少し、仮眠と取る事とする。他の罪人に関しては、その後で。ああ、そうだ。バーサレオス君は早急に元の地位に戻すように。以上だ」

アルボ「ハッ」

 

 ・・・・・・・・・・

 バーサレオスは釈放され、手荷物が返却された。

兵士「急ぎ、お着替え下さい。時期(じき)に国家主席がお呼びになられるかと」

バーサレオス「承知した」

 と言って、バーサレオスは個室にて、着替えを始めた。

 そして、服装に歪みが無いかをチェックしている最中(さなか)、

ノックの音が響いた。

バーサレオス「どちらさまかな?」

 すると、男の声が返ってきた。

男「私はバルボス・ベアボーンと申す者ですが、お話が」

 バーサレオスは、その名を聞き、急ぎ扉を開いた。

バーサレオス「これはベアボーン殿。御名(おんな)はラース-ベルゼにも

       響いておりますぞ。ニュクスの巨兵・・・・・・。

       直接、お目にかかれたのは、これが初めてですかな?何せ、私は-すぐに牢に繋がれました故(ゆえ)」

ベアボーン「はい。実は相談が-ございまして・・・・・・」

バーサレオス「私に出来る事なら何でも-おっしゃって下さい」

ベアボーン「シャイン殿の事なのです・・・・・・」

 その名を聞き、バーサレオスは大体の事情を察した。

バーサレオス「私としても、エルダー・グール閣下に彼女の

       助命を請(こ)いたいのですが、私とて恩赦(おんしゃ)を受けた

       ばかりの身。あまり、大きな発言は出来ないのです。極力、協力はしたいのですが」

ベアボーン「分かっております。しかし、バーサレオス殿は

      どのような手法をお使いになって、恩赦を勝ち取

      られたのですか?」

バーサレオス「私には友がおります。彼が何とかしてくれたのでしょう・・・・・・」

ベアボーン「カイザー将軍ですか・・・・・・」


バーサレオス「恐らくの話です。彼は-あまり自らの行為を

       ひけびらかしたり-しません。だから、たとえ

       私が本国に戻り、彼に礼を言っても、とぼけた

       フリをするだけでしょう」

ベアボーン「まさしく、騎士道ですな」

バーサレオス「そんな大それたモノではありませんが。しかし、

       カイザーに-これ以上-頼むのも気が引けます。

       私を救うだけで-すでに何らかの代償を払って

       しまっている気がするのです」

ベアボーン「それはそうでしょう。お気になさらず」

バーサレオス「ですが、何か私個人に手伝える事があれば、

       何なりと」

ベアボーン「実は・・・・・・私は-ある覚悟をして参りました。

      私の命を捧げ、シャイン殿の釈放を願おうかと」

バーサレオス「まさか、切腹なさる-おつもりで?以前、同じような事がありましたが」

ベアボーン「はい・・・・・・」

バーサレオス「しかし、それは-あまりに惜しい・・・・・・。貴方程(ほど)の人物を失うのは・・・・・・」

ベアボーン「いえ、いいのです」

バーサレオス「ゲスな勘ぐり-やもしれませんが、もしや、

       ベアボーン殿。貴公はシャイン殿を愛しておいでなのですか?」

ベアボーン「・・・・・・恥ずかしながら。ただ、この想いが報いら

      れる事がないであろう事は自覚しております。

      シャイン殿は高嶺(たかね)の花とも呼ぶべき方でありまして、とても私と釣り合うとは思えませぬ」

バーサレオス「・・・・・・それでいて、その覚悟なのですか」

ベアボーン「だからこそ、とも言えましょう」

バーサレオス「・・・・・・もしや、私への頼みと言うのは、介錯(かいしゃく)を

       仕(つかまつ)れば-よいのですか?」

ベアボーン「はい。私は聖堂協会-信徒なのです。故に、自殺は強く禁じられているのです。ですから、トドメをどうかバーサレオス殿、貴殿にお願いしたいのです」

 とのベアボーンの切実な言葉にバーサレオスは-しばらく無言を貫いた。しかし、ようやく重々しく-口を開くのだった。

バーサレオス「その役、確かに承りました。我が最高の剣技を

       もって、臨(のぞ)ませて頂(いただ)きたく存(ぞん)じます」

 とのバーサレオスの言葉を聞き、ベアボーンはホッとしたようであった。

ベアボーン「ありがとうございます。バーサレオス殿。剣聖で

      ある貴殿の剣技なら迷い無く、逝(ゆ)く事が出来るでしょう。しかし、自殺には変わらないワケですが」

 とベアボーンは何処(どこ)か寂しげに言った。


バーサレオス「それは違いますぞ。ベアボーン殿」

ベアボーン「と言われますと?」

バーサレオス「原書において、王国の初代国王は民族の誇りを

       保つ為、自害したとされているでは-ありませんか。これは一種の殉職(じゅんしょく)と解釈されていると聞きますが」

ベアボーン「なる程、それは初耳でした。なる程、それなら

      心置きなく逝(ゆ)く事が出来ます」

 と言って、ベアボーンは数回、頷(うなず)いた。

ベアボーン「しかし、よく-ご存じですな。流石(さすが)に教養が深く

      あられる」

バーサレオス「私は若い頃、道を探し続けました。真理と言っても差し支(つか)え有りません。そして、各宗教の本を隠れて読みあさりました。

もっとも、私は何分(なにぶん)、ひねくれ者ゆえ、信ずべき神は見つからなかったのですが・・・・・・」

バーサレオス「ただ、何というか、私は人には-その人自身の神が居るのでは無いかと思うのです。私は-その神

       、良心とでも言うのでしょうか、その神に従い生きようと思っては居るのです。

もっとも、この状況下、中々(なかなか)、思い通りに生きれませんが」

バーサレオス「話がそれましたな。ともかく、大任を確かに、承りました。しかし、本当によろしいのですか?一種の無神論者である私が-その役を承っても」

ベアボーン「いえ、実は聖堂協会と最も遠い方に頼もうと思っ

たのですが、思わぬ形で正解だったようです。こ

れも運命(さだめ)なのでしょう。私の最期を彩(いろど)って下さる

方は今となってはバーサレオス殿、貴公以外に考

えられません」

バーサレオス「何と嬉しい言葉か・・・・・・。しかし、ベアボーン殿。よろしければ、私の事はバレオスとお呼び下さい。短い時間となるやもしれませんが、

       最期くらい、交友を結びたいのです。いえ、

最期だからこそ」

ベアボーン「分かった。では、バレオス。俺の事は・・・・・・」

バレオス「どうした?」

ベアボーン「いや、俺の名はバルボスで、まぎらわしく-あるし。そうだ、じゃあ、俺の事はベアと呼んでくれ」

バレボス「ああ、分かったよ、ベア」

 と言って、バレオスは寂しげに微笑むのであった。


 ・・・・・・・・・・

 王の間では、エルダー・グールによる断罪が次々と成されていた。

 そして、一人の女性が連れ込まれた。

 その者、シャインは罪人であるにも関わらず、何と鎧と仮面を装着していた。

グール「ほう・・・・・・。随分(ずいぶん)とした格好ではないか・・・・・・」

 とグールは食い入るようにシャインを見つめた。

 すると、元老院の一員、エルダー・トリアが答えた。

トリア「彼(か)の者は一応にニュクスの筆頭騎士でありまして、

    しかも、ニュクス国民よりの信も篤(あつ)く、そうそう-

    無礼な真似をしでかすワケにも参りません。さらに、

    死罪とするにせよ、せめて、誇り高い中に殺すべき

でしょう」

グール「なる程。善(よ)い哉(かな)、善(よ)い哉(かな)。ただし、この者は真(まこと)に、

    ニュクスの筆頭騎士、シルヴィス・シャインであろうな?」

トリア「それは間違いなく」

グール「フム・・・・・・。ならよい。さて、シルヴィス・シャインよ。時間が無いので手短に参るぞ。貴様は己(おの)が罪状に

    対し、いかに抗弁(こうべん)をするか?」

シャイン「・・・・・・私は自らの罪を受け入れましょう。それが、

     ニュクスの為(ため)ならば」

グール「ほう、いいよるわ。つまり、お主の喪失は、ニュクスにとり、多大な損失と成ると言うか?」

シャイン「間違いなく」

グール「ほう、こうまで、はっきりと言いよるか。ここまでの

    尊大さ、逆に小気味よいわ。そうは思わぬか?」

 とのグールの言葉に、法務官や将校達は大げさに賛同した。

グール「さて、だが、いかな同盟国のニュクスとは言え、

    そうそう甘やかすワケにはいかん。いかんのだ」

 とのグールの言葉に対し、シャインは涼しい顔をした。

ベア「お言葉ですが、エルダー・グール国家主席殿」

 とニュクスの巨兵バルボス・ベアボーンは立ち上がり、

声をあげた。

 すると、議事進行係の公安局長アルボが憤ったように叫んだ。

アルボ「貴様ッ!国家主席殿に意見するつもりかッ!第一、

    今の貴様は一観客に過ぎん。発言権など有りはせぬのだッ」

 しかし、ベアは怯(ひる)まなかった。

ベア「お言葉ですが、私はニュクスの騎士を代表して、発言

   させて頂くつもりです。さらに、この発言をする事に、

   命を懸ける所存であります」

アルボ「なっ・・・・・・。だ、だからと言って」

グール「よい。言うてみろ、バルボス・ベアボーンよ。貴様の

    覚悟とやらを」

ベア「有り難き-お言葉・・・・・・。では、申します」

 と言って、ベアは意を決し、続けた。


ベア「私、バルボス・ベアボーンはニュクスの騎士を代表し、シルヴィス・シャイン筆頭騎士の恩赦を乞(こ)い願います」

 との言葉に辺りは-ざわついた。

ベア「さらに、その対価として、小官(しょうかん)の命を持って償(つぐな)わせて

   頂きたく存じます!」

 との言葉に、人々は感嘆を漏(も)らした。

グール「ほう、ほう、ほう。これは、これは。中々(なかなか)の覚悟では

    ないか。なる程、なる程。これは困った。まぁ、だが、

    本人が-そう言うからには仕方有るまい。なぁ、皆の者。

    ニュクスの巨兵バルボス・ベアボーンの命と引き換えとなっては、許されざるモノも許さざるを得まい」

 との言葉に、周囲の者は全て、頷(うなず)くほか無かった。

 また、レヴィアに弱みを握られている者達は、特に大きく頷(うなず)

いていた。

グール「さぁ、見せてみるがよい、バルボス・ベアボーンよ。

    そなたの血をもって、贖(あがな)いとなそうぞ!」

 と、エルダー・グールは立ち上がり、叫んだ。

ベア「深き恩情、感謝いたします」

 と言って、ベアは深々と頭を下げた。

 そして、ベアは-どっしりと床に座り込んだ。

 さらに、バーサレオスが無言で近づいた。

グール「ほう、介錯(かいしゃく)は-そなたか。バーサレオスよ」

バレオス「ハッ」

 とバレオスは簡潔に答えた。

グール「フッフッフッ、しかし、腹切りよ、腹切り。どうだ、

    シャインよ。お主の悪業の為に、清廉(せいれん)な騎士が命を落とすというのは。何か一言、申してみよ」

 との言葉にシャインは少し逡巡(しゅんじゅん)し答えた。

シャイン「ごめんなさい・・・・・・」

 と。

 その言葉に、満足そうにベアは頷(うなず)いた。

グール「ハッハッハ、随分(ずいぶん)と心冷たい女ではないか。いや、

    しかし、これ程の武人が命を捧げても惜しくない-とは

    一体、どれ程の美貌(びぼう)なのか?見せてみよ、シャインよ。

    仮面の端から見える様(さま)ですら、確かに、壮麗(そうれい)さの断片は覗(うかが)えるが、その実どうなのか?ワシは-この五十年、

    女でイケタ事は無いが、もしかすると、再び出来るやもしれん。さぁ、その仮面を外し、素顔を晒(さら)すが良い」

 とのエルダー・グールの言葉に男達は固唾(かたず)を飲んだ。

 シャインの素顔を直(じか)に見た者は、この中に-ほとんど居なかった。

シャイン「仮面は外さぬからこそ、良く見えるのです。私は

     国家主席を幻滅させたくは-ございません・・・・・・」

 とシャインは少し-しおらしく答えた。

グール「フッ、フッハッハ、上手く-かわしたモノよ。まぁいい。

    女などに-うつつを抜かすのも良くないしのう。フッ。

    さぁ-さぁ、見せて-もらおうではないか。その最期の命の輝きを。さぁ」

ベア「参ります・・・・・・」

 そして、ベアは小刀を取りだした。

 周りが-どよめき、シャインが-苦々しい表情の端(はし)を見せる中、

ベアはエイと一気に腹に短刀を突き刺した。

 さらに、間髪置かずに、バレオスは-その首を断ち切った。

 それに対し、シャインは首をかしげた。

王の間を鮮血が彩る中、人々は息を飲む事しか出来なかった。

 次の瞬間、世界は-ひび割れ、人々は正気に戻った。

グール「これは・・・・・・」

 見れば、ベアの首は繋がっており、ただし、その腹には短刀が突き刺さっていた。

グール「トリアよ、貴様の仕業か?」

 とグールはエルダー・トリアを鋭く見据(みす)えた。

トリア「余興(よきょう)はこれまでで-よろしいかと」

シャイン「幻術・・・・・・」

 とシャインは誰にも聞こえぬよう、呟(つぶや)いた。

グール「しかし、全くもって、素晴らしい腕前よ。誰も、あれが幻想と気付かぬとは。ワシも騙(だま)されたぞ」

トリア「ともかく、医者を。今なら、助かるでしょう。よろしいですか?」

グール「異論ない」

 そして、軍医が急いで、ベアを運んでいった。

 それを見届けた後、グールは口を開いた。

グール「シルヴィス・シャインよ。貴様の罪は此度(こたび)に限り、

許そうぞ。だが、次は有りはしない。それを、

ゆめゆめ心しておく事だ」

シャイン「多大なる恩情、感謝いたします」

 とシャインは跪(ひざまず)き答えた。

 そして、シャインに対する軍法会議は-あっけなく終了した。

 それに対し、シャインに脅されていた-レヴィアは胸をなで下ろすのだった。


 ・・・・・・・・・・

 ベアは病室で半ば眠っていた。

 しかし、バレオスが見舞いに訪れるや、起きだし、元気よく

しゃべり出した。

 それに対し、バレオスは不覚にも涙してしまっていた。

 そして、二人が歓談を楽しむ中、その人は訪れた。

シャイン「失礼します・・・・・・」

バレオス「これはシャイン殿。もう、よろしいのですか?」

シャイン「ええ。おかげさまで・・・・・・」

バレオス「しかし、よかった。本当によかった。さ、さ。

     どうぞ、こちらへ」

 と言って、バレオスは椅子を差し出した。

シャイン「ありがとう」

 そして、シャインは椅子に座った。

 その背後でバレオスは満足そうに頷(うなず)いた。

 一方、ベアは何を言って良いか分からず、ひたすら赤面していた。対するシャインも、緊張した面持ちで無言だった。

 すると、シャインから口を開いた。

シャイン「体は大丈夫?」

ベア「ええ。問題ありません。数日もすれば、傷跡も無くなる

   との事です」

シャイン「そう。それはよかった。でも、気をつけてね」

ベア「ええ。シャイン殿こそ、牢での生活は平気でしたか?」

シャイン「ええ。特に問題なかったわ」

 そして、二人は再び、無言となった。

 すると、シャインは仮面を-おもむろに外した。

シャイン「・・・・・・。ありがとう、バルボス(ベア)。貴方(あなた)の-おかげで助かったわ。貴方は命の恩人ね」

ベア「い、いえッ。そ、それ程でも・・・・・・」

 との二人のやり取りをバレオスは嬉しそうに見守った。

シャイン「・・・・・・バルボス(ベア)、本当にありがとう。貴方は

     私にとり、かけがえのない戦友よ」

 と少し悲しげに告げた。

 それに対し、ベアは寂しげな表情を一瞬、見せた。

 しかし、すぐに、微笑み-答えた。

ベア「ええ、私も-そう願います・・・・・・」

 そして、しばらく、あたりさわり無い話をして、シャインは

去って行った。

 すると、バレオスは困った顔をしつつ、口を開いた。

バレオス「よ、よかったのか?ベア?」

ベア「ああ・・・・・・いいんだ。あれで、いいんだよ」

 とベアは微笑み答えた。

バレオス「そうか・・・・・・。そうかもな・・・・・・」

ベア「ああ。きっぱりと断ってもらえた方が、まだ心が楽だ」

バレオス「そ、そうか・・・・・・。そ、そうだ。ラース-ベルゼの

女性でよかったら、紹介しようか」

ベア「いや、そういう気分ではないんだ」

バレオス「す、すまない。不謹慎(ふきんしん)だったな。と、ともかく、

     私も去るとするよ。しかし、生きてくれて、本当によかった。そう、私は思うよ。だから、くれぐれも

     体を大事に」

ベア「ああ。ありがとう、バレオス」

バレオス「ああ。じゃあ・・・・・・」

 とバレオスは気まずそうに病室を出た。

 そして、扉を閉めるや、ため息をついた。

 すると、部屋の中から、男泣きに-すすり泣く音がした。 

バレオスは悲しげに顔を歪(ゆが)ませると、その場を立ち去って

いくのだった。


 しかし、ベアの想(おも)いは-ある意味、報(むく)われると言えた。

 未来、シャインの最愛の妹を彼は-もらい受ける事となるのであった。二人は激動の時代にも関わらず幸福な家庭を営む事ができ、そのような運命が彼ら自身の意志で訪れた事をシャインは心から祝福した。

 

・・・・・・・・・・

 死体使い(ネクロマンサー)であるアポリスは能力により、ゾンビを生み出していた。腐臭まき散らすゾンビ達100体ほどが、先頭を進軍していた。

 辺りはヤクト軍が設置した地雷が置かれ、次々とゾンビは吹き飛んでいた。

 それをアポリスの副長であり参謀でもあるラゼルは他人事(ひとごと)の

ように見つめていた。

ラゼル(まぁ、ここらは放棄されたヤクト軍基地が近いですからね。しかし、ここを避けて通ると大幅な時間をロス

    してしまいますからね・・・・・・)

 すると、ゾンビ達が踏み切れなかった地雷が一般ラース兵に

炸裂(さくれつ)した。

 それは-まさに死の行軍であった。

 ラース兵は-おびえ、歩みが遅くなった。

アポリス「進軍速度が遅くなっているね」

ラゼル「了解。全軍、速足(はやあし)、前へーーーー進めッ!」

 と言って、号令を発した。

 そして、伝令が-あちこちで復唱し、進軍速度は元の速さに戻って行った。

 しかし、地雷原の中を進む事は変わらず、次々と前方では

爆発が起きていた。それでも、彼等は負傷者を無視して、進み続けた。

 すると、今まさに死んだばかりの兵士が-むくりと起きだした。

 それはアポリスの能力だった。

 そして、そのゾンビは生者と共に行進していくのだった。

 そんな異様な軍隊が今、まさにイアンナへと向かっているのだった。

 すると、うなるような音が空に響いた。

 それはヤクトの輸送機だった。

アポリスは上空に手をかざし、暗黒の思念を放った。

 黒く暗い霊的な力が輸送機を襲った。

 物理的な破壊力は-それには無かったが、精神的な作用が

それにはあった。

 そして、輸送機のパイロットは発狂しながら、操縦輪を

自ら引きちぎった。

 コントロール不能となった機体は成す術(すべ)も無く、墜落(ついらく)していった。

ラゼル「お見事」

アポリス「多大な魔力を消費してしまった。少し休むよ」

 そう言ってアポリスは装甲-指揮車の中へ戻って行った。

 それと共にゾンビ達は制御を失い、てんでバラバラな方向へ

行こうとしていた。

 それをラゼルは闇魔法で制御し、きちんと進軍させていった。

ラゼル「はぁ、あの人は-いつも面倒事(めんどうごと)は私に押しつけるんだから・・・・・・。この戦争が終わったら、転職でもしようかなぁ・・・・・・」

 と誰にも聞こえぬように、呟(つぶや)くのだった。


 ・・・・・・・・・・

 イアンナでは静寂が満ちていた。それは嵐の前の静けさにも

似ていただろう。しかし、このイアンナでの死闘も終局が近づいていたのだった。

 すると、ドリス軍曹が仮本部へと入ってきた。

ロータ「どうした?」

ドリス「それが不審者を捕らえまして」

ロータ「捕虜を取る余裕は無いぞ。交戦規定でも個々の投降は

    受け入れる必要-無いしな」

ドリス「それがヤクト軍服を着ておりまして」

ロータ「本物なのか?」

ドリス「何とも言えません。雰囲気は確かにヤクト軍人その者

    です。ですが、こっそりと、この陣地を偵察していたのです」

ロータ「そいつは何て言ってる?」

ドリス「自分は大隊付き小隊の所属だと」

ロータ「大隊付き小隊・・・・・・。大隊長の直属の部下か。何処(どこ)の大隊だ?」

ドリス「第二大隊との事です」

ロータ「第二大隊って・・・・・・。お前達の上位部隊じゃないか」

ドリス「はい・・・・・・」

ロータ「大隊長は逃げたんじゃ無いのか?」

ドリス「はい。そのはずなのですが・・・・・・」

ロータ「ともかく、話を聞こう。私が直接、聞く。抑制石で

    魔力は抑えてあるな」

ドリス「それはもう」

ロータ「じゃあ、行こう」

 そして、ロータとドリスは本部を出た。


 そこでは一人の男が拘束されていた。

ロータ「私がここの指揮官のロータ・コーヨ大尉だ」

男「自分はイン・ヤン少尉であります」

ロータ「ムガール系か?」

ヤン「はい。両親がムガール(Mugarl)からの移民であります」

ロータ「で、君は大隊付き小隊の小隊長か、何かか?」

ヤン「はい、その通りです。大隊本部付き小隊を任されて

   おりました」

ロータ「だとしたら、部下はどうした?部下は?」

ヤン「それが・・・・・・。信じてもらえぬでしょうが、私は大隊長

   と共に、イアンナに潜伏していたのです・・・・・・」

ドリス「いや、待って下さい。という事は大隊の残りは、未だ

    イアンナに残っているという事ですか?」

ヤン「いえ、残ったのは私と大隊長と他数名です」

ロータ「嘘だろう?」

ヤン「いえ・・・・・・。実は大隊長は負傷なされ、しかも、御自身 

   は残ると仰(おっしゃ)って聞かなかったのです」

ロータ「でも、軍上層部からは撤退命令が来てたんだろ?」

ヤン「はい・・・・・・。数部隊を残し、撤退するようにと。しかし、

   大隊長はそれを拒(こば)み、最期まで戦おうとなされたのですが、負傷なされ・・・・・・。そして、副長は-大隊長に正常な

   判断力が無い-と判断なされ、代わりに大隊を率(ひき)いて撤退

   なされて行きました」

ドリス「そんな裏事情が・・・・・・」

ロータ「そして、大隊長を見捨てられず、君と他数名が残ったと」

ヤン「はい。大隊長をお見捨てるなど私には出来ません」

ロータ「なる程。それで大隊長と君達はどうしたのだ?」

ヤン「残された部隊と合流しようとした所、大隊長の容体が急に悪化され、近辺に潜んで治療を施しておりました。

   もっとも、ろくな器具もないので出来る事はわずかでしたが・・・・・・。治癒魔法も万能ではありませんし」

ドリス「ロータ・コーヨ大尉。この方の言葉を信じられるのですか?」

ロータ「うーん、あんまり嘘ついてる感じはしないな。ただ、

    一つ気になる事がある。何故、今まで、こちらに接触

    してこようと-しなかった。何故だ?」

ヤン「それは大隊長の-お考えです。実は当初、大隊長の容体が

   安定なされたら、合流するはずでした。しかし、大隊長の容体は悪化するばかりで、今は小康(しょうこう)状態に陥(おちい)ってますが、ともかく合流する機会を少し逸(いっ)してしまったのです」

ヤン「さらに、どうも、残存部隊は新たな指揮官の下(もと)、ラース軍に対し善戦をしている事が分かりました。これは、

   ラース軍の魔導ジャマーの濃度が比較的-薄い事から、

   イアンナ南部にラース軍が至ってない事が推測された

からです」

ドリス「なる程、魔導ジャマーの濃度の計測も役に立つモノですなぁ」

 と呟(つぶや)いた。

ヤン「もちろん、魔導ジャマーの濃度は敵の偽装の可能性もありましたが、この状況下で-それをするメリットも敵には

   あまりありません。ともかく、私達は大隊の残存部隊が

   上手くやっている事を悟ったのです」

ロータ「それで?」

ヤン「なので、ここは下手に大隊長が表に出るより、もう少し

   様子を見ていた方が良いと、大隊長は判断なされたのです」

ドリス「なる程・・・・・・」

ロータ「しかし、こう言っては-なんだが、それなら始(はじ)めっから、

    大隊長も撤退していれば-よかったのでは?」

ドリス「ロ、ロータ・コーヨ大尉・・・・・・」

ヤン「返す言葉も-ございません。大隊長ご自身も仰(おっしゃ)っておりました。目標の原則を忘れ、優柔不断を成してしまったと」

ロータ「・・・・・・。悪かった」

ヤン「いえ。むしろ、そのように考える方(かた)が指揮官で安心いたしました」

ロータ「で、大隊長のそばに残った者は他に?」

ヤン「衛生兵が二名。さらに参謀(さんぼう)が一名であります」

ロータ「参謀・・・・・・」

ドリス「あれ?参謀って大隊に付いてましたっけ?」

ロータ「前は旅団以上への配属だったが、一年前のリベリスとの合同図上演習でボロ負けしたらしく、戦術・戦略家

    としての参謀をきちんと育てようと試みだしたんだ」

ドリス「なる程。しかし、参謀というと、どうしても、戦術家

    というより、高級将校というイメージが先につきますね」

ロータ「戦術家としての才能と、指揮官としての才能は必ずしも一致しない。指揮官で最も重要な能力はカリスマ性

    だからな。これが無いと、激戦においては部下が逃げ出してしまう」

ドリス「なる程・・・・・・」

ヤン「確かに、その通りでしょう。その参謀も戦術家としては

   優秀なのですが、あまり人の上に立って戦うタイプの方では無いのです」

ロータ「ともかく、会ってみる事にしよう。ただ、その前に、

    ホシヤミに軽く、頭を探らせろ。少尉、構わないか?」

ヤン「・・・・・・はい」

 と答えた。


 そこは小さめの植物プラントだった。

 ロータ達はその中へと入っていった。

 その奥に、大きめのテントがあった。

「誰か」

 との男の声がテントからした。

ヤン「私だ」

 と簡潔に答えた。

 すると、中から衛生兵が出てきた。

衛生兵「どうぞ中へ・・・・・・」

 そして、ロータは中に入っていった。

 そこには一人の負傷した中年の男が眠っていた。

衛生兵「少佐。客人が参りました」

 との言葉で大隊長は起きだした。

大隊長「君が・・・・・・指揮官か?」

ロータ「はい。ロータ・コーヨ大尉であります」

大隊長「何?あの狂戦士と呼ばれた・・・・・・。そうか・・・・・・・。

    それなら納得が行く。ああ、申し遅れたな。私が、

    ダンカン・セイン少佐だ。第二大隊・大隊長を任されていた」

ロータ「お目にかかれて光栄であります。少佐のご高名は伺(うかが)っておりました。今、思い出したのですが」

ダンカン「率直な男だな、ロータ・コーヨ大尉」

ロータ「はい。ですから、これ以上は出世できません」

ダンカン「ははッ。君はまだ若い。そう悲観する事もあるまい。

     ゴホッゴホッ」

衛生兵「少佐・・・・・・」

ダンカン「大丈夫だ。大丈夫。しかし、駄目だな。五十にもなると、能力も弱まる。もう少し戦えると思ったのだが・・・・・・。名も無き敵兵にやられたよ」

ロータ「戦場には往々(おうおう)にして有る事です」

ダンカン「そう言ってもらえると助かる。さて、ヤン少尉。

     よく、指揮官-殿を連れて来てくれたな」

ヤン「いえ・・・・・・それが。実は、陣地を探している途中で、

   拘束されてしまい・・・・・・」

ダンカン「はは、それ程、警戒部隊が優秀だったという事だよ。

     さて、ロータ大尉。頼みがあるんだ」

ロータ「はい・・・・・・」

ダンカン「そう警戒しないでくれ。私を除く彼等4人を貴官の

     隷下(れいか)に入れて欲しい。私はもう助からん。元々、

     体がおかしかったようだ。衛生兵に詳しく透視してもらったら、脳に腫瘍のようなモノがあるそうだ。

     ここが私の死に場所だろう・・・・・・」

ロータ「・・・・・・了解いたしました」

ダンカン「君は優しいな。何も言わずに、聞いてくれる」

ロータ「いえ、上官には従うまでです」

ダンカン「そうか・・・・・・。まぁ、それでもいい。それで、彼が

     参謀のアレン上級大尉だ」

 そこには長身で陰(かげ)のある男が立っていた。

アレン「アレン上級大尉です。階級は気にしないで下さい」

 と言って、アレンは自身の階級章を放り捨てた。

ロータ「・・・・・・つまり、私の参謀となると?」

アレン「そう-なりますね。まぁ、お気になさらず。色々と問題は-あるやもしれませんが、私が懲罰(ちょうばつ)を受けるだけですから。それに、ヤクト軍は軍法会議なども存在しない、

    軍であって軍でない組織ですから」

ロータ「確かに・・・・・・。だが、その時は私も懲罰を受けるのだろうな」

アレン「可能性は-ありますね」

ロータ「まぁ、元々、捨てた命。最期くらい好きにさせて

もらいますか」

 と自嘲気味に呟(つぶや)いた。

ダンカン「さて、話は-まとまったようだ。それで、もう一つ

     提案がある」

ロータ「何でしょう?」

ダンカン「ロータ大尉、貴官は今後、イアンナで玉砕するつもりかね?それとも、何とか安全圏と思われる南部へと逃げるつもりかね?」

ロータ「極力、イアンナで戦うつもりですが、最終的には空か

    ら脱出を計ろうと思います。私の部隊は元々、

戦竜部隊です。そして、私の竜マニマニは体を自由に

伸縮できます。つまり、かなり巨大化できるわけです。

もっとも、その場合、移動速度が遅くなり、敵の-

戦闘機などに捕捉(ほそく)・撃墜(げきつい)される危険が高いわけです。

制空権はどうも、ヤクトの方が有利みたいですが、

それでも厳しい所があるでしょう」

ダンカン「つまり、生き延びる気はあると」

ロータ「まぁ、生きれるモノなら。命を捨てた覚悟はしておりますが」

ダンカン「となると、負傷者はどうする?軽傷者ならまだしも、

     戦闘時に重傷者を運ぶ余裕があるのか?装甲車に乗

せるにしても限界があるのではないかね?」

ロータ「おっしゃる通りです。もう少し、装甲車があれば・・・・・・。

    ですが、見捨てるのも問題があるでしょう」

ダンカン「見捨てたまえ。ロータ大尉。重傷者は見捨てたまえ。

     全てを救おうとしても、全てを失う事になるぞ。

     これより君らが行おうとしているのは、対称戦では無く、非対称戦であると心得よ。

     ・・・・・・すなわち、ゲリラ戦だ。

     ゲリラ的な戦いをするのに重傷者を気づかっていたら、とても事を成し遂げられんぞ。

     自軍に比べ膨大な数の敵を相手にするのだ。

     何かを切り捨て犠牲にせねば、勝てぬとは思わぬのか?」

ロータ「本音を言えば、私もそうしたい所です。ですが、一度(ひとたび)

    それをすれば、私は部下の信頼を失うでしょう。何せ、

    私は元々、彼等の上官じゃありませんから。

    現に一度、それで信頼を失いかけています。

    そして、私はある史実を思い出しました。

    古代トゥランの三国時代にて、城の守備隊長が味方と敵が城門前で混戦した時に、敵が入ってこれないように味方を見捨てて門を閉めました。

これ以降、味方兵士達の誰もが守備隊長に見捨てられるのでは無いかと怯え、次々に脱走して、その結果、城は陥落しました。

同じ事が起きるような気がするのです」

ダンカン「それはそうだ。だから、私が罪を引き受けよう。

     私の命令で、私の護衛として重傷者を配置せよ。

     ただし、本人達の同意は必ず得よ。同意しなかった者は-それが助からない命でも、連れて行ってやれ。

     さらに意識が無く同意を確かめられぬ者も連れてくのだ。そうする事で、お前は兵士達の意志に反していない事となる。

     いいな、ロータ・コーヨ大尉」

ロータ「承知いたしました」

 と言ってロータは最敬礼をした。

これを見て、ダンカンは寂しげで、申しわけ無い表情を見せた。

ダンカン「ロータ・コーヨ大尉。君は生きねばならない。私達の分まで。いずれ、君は重傷者を見捨てるか否かの線引きを上手に引けるようになるだろう。しかし、それは辛いな。あまりに辛い。指揮官として最も悲しき判断だ。救えるものならば全て救ってあげたい。

     戦友とは兄妹であり、部下とは子供のようなものだ。

     我々は家族であり、それを見捨てねばならないのは、

     心を張り裂き、置き去りにするようなものだ。

     だが、君はそれを乗り越えねばならない。

     涙は見せるな。涙は瞳の奥に滲(にじ)ませるのだ。

     さながら、不動の王が衆生に対して見せる厳しくも優しく温かい眼(まなこ)のように・・・・・・」

ロータ「はい」

 涙をこらえながら、ロータは確かに答えるのだった。


 ・・・・・・・・・・

 イアンナで、ラース兵は勢いよく進撃を続けていた。

 ヤクト軍の陣地を攻撃した所、相手は-すぐに撤退をして、

陣地を放棄していった。

 さらに、目立った反撃も無かった。

ボルド「よし。この調子では、アポリスが来る前にはカタが

つきそうだな」

 そして、ラース軍は怖れるモノも知らない-かのように、

行軍していった。


 すると、伝令員が駆けて来た。

ボルド「何事だ?」

伝令「これより1km先に小規模の植物プラントを発見しました。地図にして、この位置です」

 と言って、伝令は場所を指し示した。

ボルド「それで?」

伝令「魔力探知の結果、内部に数名程の存在を確認しました」

ボルド「ふむ・・・・・・。外から-焼けばよい」

クラウ「待って下さい。対人兵器としての火炎放射器-等の使用

    は禁じられております」

ボルド「しかし、手榴弾などでは、心許(こころもと)ない。焼夷弾(しょういだん)は可能か?」

クラウ「それならば問題ないかと」

ボルド「よし、焼夷弾を打ち込め!奴等を窒息(ちっそく)させよ!」

 とボルドは命令した。


 ・・・・・・・・・・

 そして、非情とも言える作戦が実行された。

 外から焼夷弾が撃ち込まれ、建物は燃えだした。

 すると、建物が急に爆発しだした。

 その爆発規模は-あまりに大きかった。

小隊長「これは酷(ひど)いな・・・・・・。無理に突入しなくて正解だ。

    被害は?」

兵士「ありませんッ!」

 と兵士は怒鳴った。

 それ程までに、爆発の音は大きかった。

 しかし、次の瞬間、兵士達は新たな爆発で吹き飛んで行った。


 それを少し離れた所で、ヤクトの大隊長-ダンカンは見ていた。

 彼は決して助からぬ重傷者3名を囮(おとり)に使い、植物工場より少し離れた所に爆薬を設置していたのであった。

 幸い、肥料工場が近くにあったため、爆発物に困る事は無かった。

 遠くのラース兵達は何事かと集まってきた。

 そんな彼等を新たな爆発が襲うのだった。

 全てはダンカンの思惑(おもわく)どおりと言えた。

ダンカン(すまぬ・・・・・・。私も時期(じき)、逝(ゆ)くからな・・・・・・)

 彼の脳裏には、重傷者達の笑顔が映(うつ)った。

 彼等は囮(おとり)に使われる事を聞いてなお、笑顔で了承したのだった。


 すると、何かがダンカンに迫った。それはラース-ベルゼの

高位の能力者であると、ダンカンは悟った。

 ダンカンは負傷者とは考えられぬ程のスピードで、敵能力者に掴みかかった。

 そして、ダンカンは全身の魔力を解放し、周囲の爆薬と共に、

敵-能力者や多数の敵歩兵を道連れに、爆発していった。

 最後の瞬間、彼の頭に浮かんだのは妻と息子夫婦と幼い孫の、さらに散っていった部下達の姿だった。


 ・・・・・・・・・・

 爆発の音が遠く鳴り響いていた。

カポ「ロータ隊長・・・・・・」

 カポは眼を潤(うる)ませながら、ロータを呼んだ。

ロータ「言うな・・・・・・。今の内に歩(ほ)を進めねば・・・・・・」

 そして、ロータ達は新たな予備陣地へと足を進めた。

 ロータの脳裏にはダンカンとの最期の会話が蘇(よみがえ)った。


ダンカン「ロータ君・・・・・・。少し、私的(してき)な事を頼めるかな?」

ロータ「私に出来る事なら」

ダンカン「これを・・・・・・遺書だよ。こちらは家族全員に向けた

     モノだ。そして、こちらは息子へ向けたモノだ。

     ロータ君。ここを生き延びたら、これらを家族に

     渡してくれないか?」

ロータ「はい。生き残れたら必ず」

ダンカン「そうか・・・・・・。ありがとう。特に、この息子へあてた遺書は是非、届けて欲しい。ロータ君(くん)、君の手で」

ロータ「分かりました」

ダンカン「しかし、君はしっかりしているな・・・・・・。もし、私に娘が居たら、嫁にやりたいくらいだ」

ロータ「はは、光栄です。少佐」

ダンカン「やめてくれ、そんな他人行儀。私は何故かな。君を

     家族のように思いたいのだよ。すまないな、年寄りは-ぶしつけで」

ロータ「いえ、ありがとうございます。私は-あまり家族というモノを知らないので、とても嬉しいです」

ダンカン「そうか・・・・・・。ではな・・・・・・ロータ君」

ロータ「ええ・・・・・・父さん・・・・・・」

 とロータは-うっかりと口にした。

 ロータは幼い頃に両親を失っており、祖母に育てられた為、

父親というものを良く知らなかった。

ロータ「す、すみません・・・・・・。緊張のあまり・・・・・・」

ダンカン「いや・・・・・・いいんだ。息子よ・・・・・・」

 そう言って、ダンカンはロータを弱々しくも温かく抱きしめた。

 それに対し、ロータは顔を歪め、目に涙を浮かべた。


 回想を終え、ロータは軽く涙を拭(ぬぐ)った。

ドリス「大尉。これを」

 と言って、ドリスが綺麗な布を渡した。

ロータ「ありがとう・・・・・・」

 そして、ロータは布で目を再び拭(ぬぐ)うのだった。


 ・・・・・・・・・・

 イルナの森の北東で子供達とソルガルムは休憩(きゅうけい)していた。

 すると、ソルガルムの兜(かぶと)の目元とも言える部分から、雫(しずく)が

したった。

リーラ「ソルガルム・・・・・・泣いてるのかい?」

ソルガルム「ああ・・・・・・ああ・・・・・・そうなのかも-しれない。

      何故かな、胸が締め付けられるような哀(かな)しみが、

      あるのだ・・・・・・」

 すると、霊体の巫女アステルが現れた。

アステル「精霊達が嘆いております。ヤクトにとり、その霊的に偉大なる者が召(め)されたと・・・・・・。もっとも、人間の世においては、陰(かげ)に隠れた者のようですが」

ソルガルム「そうか・・・・・・。そうなのか・・・・・・。すまない。

      少し、一人で考えたいのだ」

 と言って、ソルガルムは遠くも近い、イアンナを見下ろすのだった。

 

ソルガルムとダンカンには遠い昔、確かな絆があったのだが、

この時、それを彼等は知るよしも無かった。


 ・・・・・・・・・・

 山岳地帯を-その者達は走っていた。

 すると、先頭を行くメガネの男アグリオが腕を上げた。

 それに対し、全員が動きを止めた。

 彼等はヤクトの森林パルチザンだった。そして、その中には

ヤクト国皇子、クオンも居るのだった。

アグリオ「小休止にしましょう」

 とアグリオはパルチザンのリーダーの男に言った。

 その男は南方系の美しい顔立ちをしていた。

 しかし、彼はヤクト国籍を有する歴(れっき)としたヤクト人であり、その魂にはヤクトの血が確かに継承されていた。

男「ああ。そうしよう。少し、飛ばしすぎたかもしれない。

  どうだい?皇子様。野暮(やぼ)ったい連中ばっかで」

 との男の言葉に、周りのパルチザンの連中は軽く笑った。

クオン「いや。特に何も。俺もそんな、堅苦しいの好きじゃないし」

男「はは。やっぱ、最高だな。皇子様」

クオン「あんまし、皇子様って呼ばれると恥ずかしいんだけど」

男「じゃあ、俺の事もリーダーじゃなくて、イースって呼んでくれよ」

クオン「分かったよ、イース。じゃあ、俺はクオンで」

イース「ああ。クオン。改めてよろしくな」

クオン「ああ」

 すると、イースの副長とも言える中性的な男がやって来た。

イース「どうした、ヴイ?」

ヴイ「イース。あんまし、皇族に不敬な事したら、駄目だから

な」

 とヴイは軽く微笑みながら言った。

 その姿は-あまりに美しく、そっちの気が無い男でも惚(ほ)れ惚(ほ)れ

する程だった。

イース「分かってるよ。しっかし、こう周りに綺麗な男ばっか

    だと自信を失うぜ」

クオン「はは。イースの方が俺より-ずっと格好いいと思うけど」

イース「クオンが言うと、嫌味(いやみ)が無いから-すごいよな」

クオン「そうかな?」

 すると、メガネの男、アグリオが近づいて来た。

アグリオ「ちょっと-いいですか?」

イース「ああ。どうした?」

アグリオ「今、測量したのですが、大体、地図において-ここらに我等は居ると思われます」

 と言って、アグリオは地図を示した。

イース「へぇ、結構、近づいてるじゃねぇか。こりゃ、

いよいよヤクト軍との合流も近いな」

アグリオ「その前に、先に出たファラウスとリグナラスとの

     合流を果たしませんと」

イース「ああ、そうだったな。しかし、大丈夫なのか?魔導

ジャマー下(か)じゃ、お互い探すのも一苦労だぜ」

アグリオ「問題ありません。我々、親衛隊は王位継承者の

     マナを遠方より感知するよう訓練されてますから。

     とはいえ、それなりの魔力を消費しなければ出来ませんが」

イース「そうか。なら、まぁ、安心だな」

クオン「・・・・・・」

ヴイ「どうかなされましたか?皇子?」

クオン「いや・・・・・・何か、嫌な気配が遠くから近づいて来ている気がするんだ」

イース「何?敵か?」

クオン「いや、そんなに近くじゃなくて・・・・・・南から暗黒が

    近づいて来ているんだ・・・・・・」

イース「よく分からねぇが、もしかして南からもラースの軍勢が押し寄せてきてるのかもな・・・・・・」

アグリオ「可能性はありますね。むしろ、私が軍上層部なら

     そうします・・・・・・。しかし、そうなると、困った事になりますね。脱出が相当、困難になります」

イース「だな。まぁ、山道に沿って、パルチザンの隠れ家に

    逃げる事は出来るだろうけど、追跡が怖いな」

アグリオ「ええ。ですが、見捨てるわけにも-いきませんし」

イース「まぁ、何とかなるさ。クオンも居るしな」

 とイースは明るく笑った。


 ・・・・・・・・・・

「南から敵の増援が来ます」

 とダンカンの参謀であり、現在、ロータの参謀であるアレンは告げた。


ロータ「何の根拠を持って?」

アレン「一種の勘ですかね」

カポ「確かに、オイラも-そろそろ敵に増援が来る頃だと思う」

ドリス「待って下さい。だとしても、それならば南方面の

    魔導ジャマーの濃度が濃くなっているはずです。今、

    制空権はヤクトが握っていると思われます。ラース軍の爆撃機が-ほとんど飛んでない状況からしても」

ドリス「そんな中、仮に南より敵軍が来ているとして、

魔導ジャマーの濃度が増えてないと言う事は、敵は

魔導ジャマーを使っていない事に成ります。それは

敵にとって自殺行為ではないのですか?魔導ジャマー

を使うからこそ、爆撃機は地上に対して狙いを付けづらいわけで-ありまして」

アレン「確かに、その通りかもしれません。ですが、ラース軍

    は一般兵の人命を軽視する方向にあります。まぁ、

    それが強みでもあり、弱みでもあるわけですが。

    さらに-ラース軍は隊長格を高位の能力者で占めています。これにより、多少の爆撃でも部隊の頭は残るわけ

    です」

ロータ「それで?」

アレン「特に、今、戦っているボルド隊も、人命軽視の方向に

    ありますよね?私は敵は現在、南方面に関しては偽装を施していると考えます」

 すると、元-大隊付き小隊-隊長ヤンが口を開いた。

ヤン「アレン参謀。もう少し、具体的な根拠が欲しいのですが」

アレン「これは申し訳(わけ)無い。ついつい、長口上(ながこうじょう)になってしまう

    のが私の悪い癖(くせ)でして。さて、ではもう少し具体的に。

    まず、私は魔導ジャマーの計測値をこの二週間近くの

    データを表にしました」

 と言って、アレンはノート・パソコンにデータを表示した。

アレン「こうして見ると一目瞭然(りょうぜん)であると思うのですが、

    この数日の魔導ジャマーの濃度は-わずかに落ちている事が分かると思います。まぁ、敵はどうも夜間に散布を施しているようなので、時間差で昼間は上がり、夜は下がる方向にありますが、一日を通してみますと、

    確かに、下がっているわけです」

ロータ「なる程。しかし、この量なら誤差の可能性もあるんじゃないか?」

アレン「それはどうでしょう。見て下さい。これは10日前の

    データです。この日と次の日を比べると、翌日の方が

    大きく濃度が上がっていますよね。これは、皆さん、

    散布した事のある者ならば、経験があるのでは無いですか?」

カポ「あ。オイラあります。濃度が一定以下になると、一定以上になるよう、いっぱい散布しましたっけ」

ロータ「確かに・・・・・・。離島で訓練したモノだ」


アレン「そう、つまり、このラインが恐らくラース-ベルゼでの濃度の基準値と思われます。このラインを下回って

    しまったら、急いで魔導ジャマーを継ぎ足すと」

 そう言って、アレンは画面に操作を施し、グラフに横線を

付けて見せた。

ドリス「なる程・・・・・・。しかし、こうしてグラフにすると本当に分かりやすいですね」

アレン「まぁ、手描きでも-いいのですが生憎(あいにく)、紙が少なくて」

ロータ「なる程。分かった気がする。一昨日から、このライン

    を下回ってるのに、魔導ジャマーの濃度を上げる気配

    が無い」

アレン「ええ。そういう事です。しかし、南からの援軍が来る

    のならば、話は簡単です。恐らく数日以内に、援軍が

    来る予定なのでしょう。そうすると、両軍の魔導ジャマーが重なり合うわけで、あまり散布しすぎると無駄になってしまうわけです。ラース-ベルゼは魔導ジャマーの技術に劣っています。あまり、無駄には出来ないのでしょう」

ドリス「なる程・・・・・・。南では偽装を完璧にしていても、北ではボロが出たわけですね」

アレン「ええ。北のボルドは-おおざっぱな性格のようですね」

ロータ「いや・・・・・・。俺は-あいつをよく知ってるが、あいつは

    そういう奴じゃ無い。恐らく、参謀とか補佐役がケチな奴なんだろうな」

 

 彼等は知らぬが、魔導ジャマーの散布の指示はボルドの副長、

クラウによるモノだった。こうして見ると、クラウは非情に-

足手まといな将校に見えるかも知れない。

 事実そうとも言えるのだが、彼は平時においては、官僚的な

側面において、非情に優れているのだった。

 しかも、根が良い人なので、部下達からは慕(した)われていた。

 軍上層部としては、クラウが補佐するからこそ、ボルドを

大隊長にした所もあったのだ。

 ただし、いずれにせよ、クラウは戦時においては、あまり

優秀とは言えなかった。

 そんな彼も-後に魔導アルマ乗りとしての才能を見いだしたりするのだが、それも-いくぶんか先の話であった。


アレン「ともかく、以上により私は敵が南より押し寄せて来る

    と想定するのですが、いかがでしょうか?」

ロータ「アレン参謀の言うとおりだと思う。皆はどうだ?」

カポ「オイラは正しいと思います」

ヤン「私はアレン参謀を信じます」

ドリス「私もです。しかし、参謀が居ると本当に違いますね。

    いえ、ロータ大尉の戦術も素晴らしいのですが、

    アレン参謀がいらっしゃると、より心強いというか」

アレン「それはどうも」

ロータ「さて、だとすると、我々は何処に陣取る必要があるかだ。もしくは、ここで撤退するか」

ドリス「・・・・・・私としては、ここで撤退するのも良いかと思いますが・・・・・・。アレン参謀は-どう思われますか?」

アレン「こう言っては-なんですが、私は-これはチャンスだと

    思います」

ロータ「というと」

アレン「敵は今、恐らく油断しているでしょう。もちろん、

    ダンカン少佐と一般兵達の尊い犠牲のおかげで、北の

    敵は-ひるんでいるでしょう。しかし、それも一時的な

    モノに過ぎません。むしろ、より一層、怒りに震えて、

    押し寄せてくるでしょう」

ドリス「ならば、いっそ、ここが引き際では?」

アレン「しかし、だからこそ、敵は単純に攻撃してくると思われます。もちろん、ブービー・トラップ等には十分、

    注意してくるかと思いますが。さらに、南の敵は-より

    油断している事でしょう。その隙を上手く突けば、

    この少数でも相当の痛手を敵に与える事が出来ると

    考えます」

ロータ「なる程。具体的には-どのような策を取る。イアンナ

南部に我々は居る。それも、南の下の下だ。陣地を

構築するにせよ、場所は限られている」

アレン「まず、イアンナという地形は隘路(あいろ)となっている事を

    確認する必要があります。隘路(あいろ)とは広義においては

出入り口が狭(せば)まっている地形で、必然的に敵味方が

そこを通る必要があるわけです。もちろん、山間部を抜けて通る事も出来なくは無いですが、戦車や装甲車は通れませんし、大規模な進軍も難しいわけで実質的に、その選択肢はありません」

ロータ「まぁ通常、遅滞行動(敵の進軍を遅らせる)の場合、隘路(あいろ)の外側、出口を出た所で待ち伏せするわけだが、今回は両方から来るわけで、どうしようもない」

アレン「まぁ、そもそも、何故、隘路(あいろ)の出口の所で待ち伏せるかと言いますと、この場合、敵は狭い出口を通るわけでして、味方はより広い方向から敵を向かいうてる

    わけです。たとえば、砲撃を浴びせるにせよ、集中して攻撃できるわけです。敵が密集しているぶん」

アレン「なので、敵も当然、それを想定してくるでしょう。

    しかし、それを逆手(さかて)に取るのです。つまり、あえて、

    隘路(あいろ)の出口付近の内側で待ち伏せるのです。ただし、

    一見、どちらに待ち伏せているか分からないよう、

    出口付近の内側と外側の両方に兵を分けておきます。

    この場合、内側を7、外側を3ぐらいにするのが、

    よいかと思われます」

ロータ「続けてくれ」

アレン「敵は今、こちらが-北と南で挟撃を受けようとしている

    事に-気付いている、とは思っていません。なので、

    先程も申しましたが、あえて、セオリーの逆の内側で

    守る事で、敵の意表を突けるのです」

ロータ「なる程。南の敵からしたら、たまったモノではない

    だろうな。外側から一気に攻めているはずが、いつの間にか追撃をしている内に、自分達が不利な地形に

    誘導されているわけだからな」

アレン「ええ。そして、北の敵も-とまどうはずです。敵から

してみたら、本来、警戒・偵察部隊-程度しか居ないと思っていたのに、予想以上の抵抗を受けるわけですからね」

ドリス「なる程。確かに、敵の意表を突けるのは大きいかもしれませんね」

ヤン「ですが、それだけでは厳しいのでは?」

アレン「それは小官も感じ入る所です。故に、皆さんの意見を

    聞かせて-いただきたい」

ロータ「しかし、これ以上となるとな・・・・・・」

カポ「あの、いいですか、ロータ隊長?」

ロータ「何だ?」

カポ「多分、北の敵は何とかなると思うんです。だって、今までだって何とかなってるじゃないですか。多分、今度-

戦っても、こっちは全滅しない気がするんです」

ロータ「続けてくれ」

カポ「でも、南の敵は何だか怖いんです。昨日、夢を見たんですけど、すごく怖い暗闇が襲ってくるんです。それで、

   木々が言うんです。気をつけろ、気をつけろって」

カポ「遠くに煙、見えますよね。あれって、南のラース軍が

   やったんじゃないですか?ひどいですよね・・・・・・」

アレン「確かに・・・・・・。南の敵は私達が思っている以上に、

    強大なのやも-しれません。もしかしたら、レベル7

    が含まれている可能性もあるわけで。少なくとも、

    魔導ジャマーを偽装してくるだけの知恵は兼(か)ね備えている・・・・・・。もしかしたら、真に注意すべきなのは

    南なのかも-しれません」

ロータ「しかし、北も軽視すれば手痛い目にあうぞ」

ドリス「あの、こうすれば-どうでしょう。部隊をさらに二つに分けて、片方で敵に奇襲をかけるのは」

ロータ「うーん。もう少し、兵力が多ければいいんだが、これ

    以上、兵力を分散させるのはなぁ・・・・・・」

ドリス「そうですか・・・・・・」

ロータ「いや、いい案だよ。それに、兵力を分散させておけば、

    最悪、どちらかは生き残るだろうし」

アレン「それはあるでしょうね。今の我等は一種のゲリラです。

    あまり兵力をひとまとめに-し過ぎると危険ではあります。しかし、今(こん)作戦においては、最初に外と内で二つに部隊を分けるわけでして、それ以上-分けるのは」

ドリス「それもそうですね・・・・・・」

ロータ「ともかく、何でもいいから意見が欲しい。皆、思いついた事を言ってくれ」

 とのロータの言葉を皮切りに、議論が伯仲(はくちゅう)していった。


 ・・・・・・・・・・

 ニュクスの筆頭騎士・シャインは上官であるノワールに呼び出されていた。

シャイン「シャイン大尉、入ります」

ノワール「どうぞ」

 との返答を聞き、シャインは入室した。

ノワール「シャイン。貴方の配属が決まったわ。貴方は首都

任務を命じられる事となったわ。所属は第四分隊よ。

     分隊長となるわ。ただし、ラース-ベルゼの憲兵と

     政治将校が貴方を見張るわ。さらに、貴方の心臓に

     レベル7能力者による針を埋め込むわ。もし、貴方が裏切るような真似をしたら、針は伸び、貴方の

心臓を貫くでしょうね」

シャイン「承知しました」

ノワール「それと、これは個人的な事だけど、例のお札(ふだ)は-もう

使わない方がいいわ。宗教的な術式は社会統一党の元では、使用を控えるべきよ。だから、私が預かっておくわ」

シャイン「了解」

ノワール「それで、貴方の心臓に無事、針が埋め込まれたら、

     正式に辞令が下される事となるわ。ちなみに担当者はレヴィア・イルクス大尉よ。彼女が実質的に貴方の命を握る事となるのよ」

 と、ノワールは告げた。


 部屋ではレヴィアとシャインが二人っきりと-なっていた。

シャイン「色々とありがとう。助かったわ」

レヴィア「フンッ。どういたしまして」

 少し不機嫌な表情を見せたレヴィアだったが、すぐに機嫌が良くなった。

レヴィア「フフ、中々、面白い事となったわね。シャイン。

     私の機嫌次第(しだい)で、貴方は死ぬのね」

シャイン「そうね」

レヴィア「でも、いいわ。今は殺さないで-おいてあげる。

     貴方がヤクト人を殺して苦しむ姿が見てみたい

     からね」

シャイン「御託(ごたく)はいいから、早く始めて-ちょうだい」

レヴィア「チッ・・・・・・。始めるわ」

 そして、レヴィアはシャインの胸に手を当て、魔力で構築された針を埋め込んで-いくのだった。

 

・・・・・・・・・・

 市街レジスタンスでは情報が錯綜(さくそう)していた。

 彼等は必死に、イアンナで行われる予定の大量虐殺を止める

方法を考えていた。

 レジスタンスのリーダーであるヴィクターも頭を悩ませていた。

ヴィクター「困ったモノだ。やはり、例の作戦で行くしか無いのかな・・・・・・」

 それに対し副官のイズサは答えた。

イズサ「共鳴結界塔の破壊ですか。確かに、今、共鳴結界塔の

    エデン・タワーはラース-ベルゼに利用されている状況

    です。これを破壊できれば、敵に相当の打撃を与えられるでしょう。

しかし、イアンナの虐殺とは無縁な作戦なのではないのでしょうか。いえ、一応の理屈は理解している-つもりですが」

 共鳴結界塔は一種のレーダー施設だった。

 魔導ジャマー下では、通常のレーダーは効かなかったが、

共鳴結界塔を通(とお)してだと、ある程度の探知が可能となるの

だった。

 さらに、共鳴結界塔の内部に探知能力者を置いて、力を増幅

させれば、かなりの遠距離(数十キロくらい)を念話する事が

出来た。ただし、その距離を念話させるには、受信側にも共鳴-結界塔が必要であった。

ヴィクター「共鳴結界塔さえ破壊できれば、ヤクトの空軍が-

相当に有利となる。ラース-ベルゼは結界塔の技術が低いからな。ましてや、侵略戦では新たに建造しなければ-ならないからな」

イズサ「それは-そうなのですが。まぁ、結界塔と探知能力者の

    組み合わせの恐ろしさは私も理解していますが、

    やはり、イアンナかレクトに直接、乗り込んだ方が」

ヴィクター「分かっているが、レジスタンスは-それほど戦闘力

      が高く無い。ただ、爆薬は大量に入手できた。

      上手く、結界塔に侵入できれば、爆破できるだろう。ただ、確かに、イアンナ虐殺を直接に止める

      手段で無いのも事実だ」

 すると、一人の男が入って来た。

男「レクトより、連絡です。例の在ヤクト人の・・・・・・」

ヴィクター「その呼び方は止めろ。彼はガイルという名前があるんだ」

男「失礼しました。ガイルよりの連絡です。レクトにおいて、

  連行者-達は比較的、良好な待遇を受けているようです。

  これはレクトの公安担当者の性格によるモノだそうです」

ヴィクター「なる程、敵にもマシなのが居たという事か」

男「さらに、レクトは首都エデンよりの念話での指示を待っている模様です」

ヴィクター「念話?伝令員は使わないのか?」

男「はい。共鳴結界塔を利用すれば、エデンからレクトへは

  ギリギリ念話が通じます。ラース-ベルゼは余分な手間を

  省(はぶ)いているようです」

ヴィクター「・・・・・・・分かった。ありがとう」

男「はい。これが詳細の報告書です」

 そして、男は書類をヴィクター渡した。

ヴィクターは、それに軽く目を通すと、満足そうに頷(うなず)いた。

ヴィクター「分かった。下がってくれ」

男「はい」

 そして、男は部屋を出て行った。

ヴィクター「どう思う?」

イズサ「これは、天啓(てんけい)でしょうか?やはり、共鳴結界塔は破壊

    せねば-ならないのでしょう。もし、破壊が成功すれば、

    レクトとエデンとの連絡は混乱を生じるでしょう」

ヴィクター「その隙(すき)にレクトを強襲すればいい。たとえ、

レクトでの作戦に失敗しても、イアンナへの輸送は遅れるはずだ」

イズサ「はい。ただ、問題は共鳴結界塔の破壊と、レクトの

    強襲を、ほとんど間を挟まずにやらねばならない事ですね。連戦では体力も魔力も厳しいでしょう。さらに、

    仮に両作戦が成功したとしても、連行された何万もの

    人々をどうやって安全圏へ移すのかが問題です」

ヴィクター「それでも-やるしかないだろう。たとえ、全員を

      救えなかったとしても、一人でも多く救う事に

      意味がある。このままじゃ、彼等は全員、虐殺されかねない-わけだからな」

イズサ「ええ」

 と、イズサは覚悟を持って答えた。


 ・・・・・・・・・・

 臨時首都アークでは官房長官のビッグスは困っていた。

 外務大臣の候補が居ないのだった。

 現在、七十歳の高齢であるミロンという老人が外務大臣に

就任していたが、腰痛のため辞任を申し出ていた。

 誰か軍人を新たな外務大臣に就けてもよいのだが、外務省とのパイプや外交の知識を持った人間は、レグルス配下の軍人には居なかった。

(厳密には、防衛省から外務省に出向した防衛駐在官という者達が居たが、彼らの多くが民政志向であり、レグルスの派閥に元々は属しておらず、むしろ反レグルス派とも言えたのである。

さらに、彼らは一国に平均で一人くらいしか送られておらず、

派遣された外国や在外公館の思想に呑み込まれやすかった。

本来ならば互いに見張り合う為(ため)にも、一国に最低でも二人以上は送るべきだったが、予算も人員もヤクトの防衛省には無かった。そもそも、防衛駐在官は諸外国の軍事情報などを集めるだけでなく、その国にて革命・テロ・誘拐などの有事が起きた際に、ヤクト本国とのパイプ役を果たす役割を担(にな)う。しかし、それが一人だと、病気・事故・事件に巻きこまれるなどした際に代わりが居なくなり、不適当であった。

いずれにせよ、防衛駐在官の多くはシビリアン・コントロールは正しく成(な)されるべきと考えている為、レグルスは彼らを全く信用してなかった)


 そして、ビッグスは旧友であるカーンの元へと訪れていた。

 カーンは襲撃事件から国防司令部で母親と寝泊まりしていた。

ビッグス「そういうわけで頼む、カーン。外務大臣になってくれ。頼むッ」

 と言って、ビッグスはカーンに向かって頭を下げた。

カーン「・・・・・・分かったよ」

ビッグス「え?いいのか?」

カーン「外務大臣になったらSP(護衛官)が付くんだろ?」

ビッグス「ああ、そりゃもう」

カーン「もう、この施設に缶詰(かんづめ)も飽(あ)きたし、よく考えたら、俺を首に追い込んだ外務省の連中に嫌がらせ出来るからな・・・・・・」

 と言ってカーンは暗く笑った。

ビッグス「そ、そうか。まぁ、何にせよ引き受けてくれて助かるよ」

カーン「ああ」

 すると、カーンの母のミリシャが顔を出した。


カーン「母さん、今、大事な話なんだけど」

ミリシャ「あのねぇ。お母さん、すっごく、いい事-思いついたんだけど」

カーン「そういう話は後にしてくれよ」

ビッグス「まぁまぁ、で、ミリシャさん。どのような話なんですか?」

ミリシャ「あら、ビッグス君は-うちの子と違って、素直な子ね」

カーン「で、話って?簡潔にな」

ミリシャ「前、リベリスの世論をどうしたら動かせるかって、

     話してたでしょ」

カーン「聞いてたのかよ・・・・・・」

ミリシャ「だって、前の家は壁が薄かったじゃない」

カーン「それで?何か思いついたのかよ?」

ミリシャ「そうなの。巨大掲示板の3チャンネルで今、話題なんだけどクオン皇子殿下、いらっしゃるでしょ?あの格好いい」

カーン「って、この-ご時世(じせい)に3チャンかよ・・・・・・」

ミリシャ「あら、この-ご時世だからこそよ。だって、情報統制

     で新聞もテレビも週刊誌も同じような事しか言って

     無いんですもの。ニュース速報系は確度は低いけど、

     多角的な情報を得る事が出来るわよ。まぁ、最近では、ここにも検閲が入ってきたけど」

カーン「言いたい事は分かるけど。で、どんな記事だったんだ?」

ミリシャ「それがクオン皇子が、首都陥落(かんらく)の日、子供達を助けたんですって。その子供達は母親がラース兵に殺されてしまって、絶体絶命の所を皇子殿下に助けて頂いたんですって」

カーン「へぇ、まぁ、子供がらみの話はリベリス人は特に、

いや世界共通で、皆(みんな)、好きだからな。でも、それだけ

    じゃ、弱くないか?」

ミリシャ「それだけじゃないのよ。皇子殿下は-その時、ラース兵士達に追われていて、それで子供達を逃がす為に、

     自身を囮(おとり)にして、子供達をヤクト兵士に託(たく)して、

     単身、戦いを挑んだそうなのよ」

ビッグス「それはグッと来る話ですね」

ミリシャ「でしょ!もう、ネットではクオン皇子殿下の話題で持ちきりよ。ただでさえ、皇子殿下は人気だったわけで」

カーン「なる程・・・・・・。それなら-いけるかもしれない。うん。

    ただ、その子供達の絵が必要だな。さらに、その兵士達の直接の証言も。これで子供達が可愛(かわい)ければ、最高

    なんだが」

ビッグス「よし、ともかく、その子供達を探そう。ミリシャ-

さん。そのヤクト兵士とは-どの部隊か分かりますか?」

ミリシャ「えーと、確か、戦竜部隊だったような・・・・・・」

ビッグス「ウェッジ!」

 と、ビッグスが言うと内閣官房-補佐官のウェッジが部屋に

入って来た。

 内閣官房-補佐官とは首席補佐官と呼ばれる職種であり、

内閣総理大臣の直属の部下であった。

 しかし、レオ・レグルスは首席補佐官を三名も置いたため、

やる事の無いウェッジはビッグスの秘書のような事をしていた。

ウェッジ「あ、はい。お呼びですか?」

ビッグス「急いで、情報を確認して欲しい」

 と言って、ビッグスは事情を説明した。

ウェッジ「分かりました。戦竜部隊ですね」

ビッグス「必ずしも-そうとは限らないが。いずれにせよ、あの日、エデンから民間人を連れて脱出した者達だ」

ウェッジ「それなら絞り込めるかと思います。状況によっては

     警察権力やサイバー防衛部にも協力をさせしょう」

ビッグス「頼む」

 そして、ウェッジは急いで部屋を後にした。

ミリシャ「一応、私もスレッド(ネット投稿板(とうこうばん))の書き込み

     からIPアドレス(ネットの住所のようなモノ)

     を割り出して、個人の特定を試みてみるわ」

ビッグス「出来るんですか?そんな事?」

ミリシャ「相手しだいね。まぁ、色々とあるのよ」

カーン「あまり深く関わらない方がいいぞ、ビッグス。帰って

    来れなくなるからな」

ビッグス「でも、掲示板の管理人に問いただせば、確実でしょうね」

ミリシャ「それもそうね。ただ、管理人って国内に居たかしら?」

カーン「ああ・・・・・・。脱税疑惑で海外に逃げたとか-かんとか」

ビッグス「いずれにせよ。お互い、やれる事をやりましょう」

ミリシャ「そうね」

カーン「おー」

 と、カーンは-やる気なさげに答えた。


 ・・・・・・・・・・

 第二戦竜-中隊に所属しているトゥスボーは悦(えつ)に入(い)ってた。

トゥス「おお、スレが伸びてるぞ。うん、うん。気持ち良い物

    だな、自分で立てたスレが人気になるってのは」

アール「お前、ほどほどに-しとけよ。ウィル隊長も心配して

    たぞ」

マロン「でも、よく分かんないけど、すごいねぇ」

トゥス「隊長は心配し過ぎなんだよ」

 すると、ウィルが部屋に駆け込んできた。

トゥス「あ、隊長、どうかしましたか?」

ウィル「ト、トゥスッ。お前、何かしたのか?内閣官房長官が

    俺達の事を探してるって」

トゥス「ええッ。国家反逆罪か何かで捕まるんですか?俺等?」

ウィル「わ、分からん。ともかく、急ぎ、国防司令部に向かえとの事だ。それが、車まで来てる。サージェン大隊長なんてスーツ着てたぞ」

トゥス「あの人、俺達を厄介(やっかい)払(ばら)いする気ですよ!そうに決まってますよ!」

アール「落ち着けトゥス。大丈夫だ。ちゃんと謝れば、きっと死刑は免(まぬが)れるはずだ」

トゥス「はぁ、俺は嫌だぞ。禁固(きんこ)刑も。全部、アール、お前が悪いんだ。わーん」

アール「俺が何したって言うんだよ・・・・・・」

ウィル「安心しろ、お前等(まえら)。お前等(まえら)の事は何があっても俺が

    守るからな」

トゥス「隊長ーーーーッ!俺、初めて、隊長の事、尊敬できた

    かもしれません」

ウィル「そ、そうか・・・・・・」

アール「骨は拾っておきますから安心して下さい」

ウィル「え・・・・・・ええ?俺、死ぬの?」

トゥス「さぁ、行きましょう、隊長」

ウィル「ちょっと、待った。急に腹痛が・・・・・・」

アール「我慢です、隊長。さぁ、勇気を出して」

 そして、ウィルは両手をトゥスとアールに掴(つか)まれ、連行

されていった。それに、マロンは-ひょこひょこと付いていった。


 ・・・・・・・・・・

 リムジンの中でウィル達は重苦しく沈黙していた。

 一方、彼等の上官のサージェンは鼻歌を歌っていた。

 そして、ウィル達は国防司令部へと連れてかれるのだった。

 内閣官房長官-室ではビッグスが待っていた。

 サージェンが軽い挨拶(あいさつ)をした後、本題となった。

ビッグス「君達が皇子殿下と接触し、子供達を救出したのは

     本当か?」

ウィル「は、はい!その通りであります!」

ビッグス「そうか。その子供達は今、何処に居るんだ?」

ウィル「確か、児童-養護施設に入っているかと思います。

    親権を巡って、親戚(しんせき)が争ってるらしくて」

アール「彼等の家は金持ちで遺産も多いらしくて、後見人

    となって、その金を管理したいみたい-なんです」

ビッグス「何とも浅ましい話だな」

トゥス「ですよねー」

サージェン「こら、トゥスボー。口を慎(つつし)まんかッ!」

トゥス「はいッ!」

 と、トゥスは元気よく答えた。

ビッグス「しかし、父親の方はどうしたんだ?」

ウィル「それが、行方(ゆくえ)不明(ふめい)でして・・・・・・。恐らく、首都エデン

    に居るんでしょうが」

ビッグス「父方(ちちがた)と母方の祖父母(そふぼ)は?」

アール「不幸な事に、全員、事故と病気で亡(な)くなっています」

ビッグス「そうか・・・・・・。早く、父親が見つかるといいが。

     その為(ため)には、リベリスの協力が必要なんだがな」

トゥス「とうとう、反撃開始ですか?連合軍ですか?」

サージェン「トゥスボーーーーーーーッ!」

トゥス「あ、すいません、すいません」

ビッグス「はは。そう堅苦(かたくる)しくしないでくれ。君達に協力して欲しい事があるんだ」

 そして、ビッグスは事情を適度に隠しながら話した。

ウィル「なる程、子供達の話を世間にアピールしたいと」

トゥス「でも、大丈夫なんですか?レオ・レグルス閣下って、

    大(だい)の皇族嫌(ぎら)いじゃなかった-でしたっけ?」

ビッグス「あ・・・・・・」

 すると、今まで無言だったカーンが口を挟んだ。

カーン「おい、どうすんだ?今更(いまさら)、無しは止(や)めろよな」

ビッグス「分かってる・・・・・・。しかし、どうしたモノか・・・・・・」

 すると、カーンの母-ミリシャが手を挙げた。

ミリシャ「あの、私、元々リベリス人だったんだけどね。

知り合いにリベリスのジャーナリストが居るから、

内緒でインタビューを頼むってのは-どうかしら?」

ビッグス「それで-いきましょう」

カーン「何だかなぁ・・・・・・」

ウィル「ええと、それで、私達は子供達を連れてくればいいんですよね?」

ビッグス「ああ。ウェッジ、ウィル君と共に、子供達に事情を

     軽く話し、いつでもインタビューが出来るように

     してくれ」

ウェッジ「了解しました」

ビッグス「それと、ミリシャさん。その知り合いのジャーナリストの方(かた)は、いつ頃、インタビューが可能となりますか?」

ミリシャ「彼女、ヤクト担当で。確か、今、丁度(ちょうど)-ヤクトに

     来てるわよ。急いで連絡するわ」

ビッグス「お願いします」

サージェン「フム・・・・・・。しかし、女神アトラの導きですな」

 と、サージェンは意味(いみ)深(しん)に呟(つぶや)いた。

ビッグス「ともかく、今、ヤクトは存亡(そんぼう)の危機だ。全員、力を

     貸してくれ」

 とのビッグスの言葉に皆は頷(うなず)くのだった。


 ・・・・・・・・・・

 リベリス合衆国には極秘研究所が、いくつも存在した。

 その一つ-ロンダギア研究所では、所長のホルンの下(もと)、数千人が働いていた。

 そこへ大統領であるルシウス一行が現れた。

ホルン「これはこれは大統領」

 ホルンはその目を怪しく光らせながら言った。

ルシウス「例のモノは?」

ホルン「実用化は問題ないかと」

ルシウス「それは聞いている。実際に見せてもらおうか」

ホルン「ええ。では、大統領。さらに、国防長官、並びに

各-大将の皆さん、どうぞこちらへ」

 そして、ホルンは案内をしていった。

 そこは広い広い部屋だった。

 複雑な機械が部屋の半分程を埋め尽くしていた。

国防長官「大統領。これが例の・・・・・・」

ルシウス「ああ。究極の通信機だ」

ホルン「量子テレポーテーション・通信装置です。これを上手 

    く使えば、光速を越えての情報通信が可能です」

空軍参謀「それよりも、魔導ジャマーの影響を受けないという

     特性の方が重要と思うがね」

ホルン「軍事的にはそうでしょう。しかし、科学的に見て、

実質的に相対性理論を越える理論の構築というのは

画期的な事なのですよ」

ルシウス「量子力学か・・・・・・。私も学生の時、学んだが、

さっぱりだったな」

ホルン「それはそうでしょう。あの当時の量子力学の教科書

    など、理論として適当すぎましたからね」

ルシウス「そうか。まぁいい。さっそく、見せてくれ」

ホルン「はい。しかし、多少の時間がかかるので、その間、

    原理を説明しましょうか?」

ルシウス「ああ。簡潔にな」

 それに対し、国防長官-以下は困った顔をした。

ホルン「そもそも、この世界は不確定でした。その状態は確率の波であり、あらゆる可能性が重なった状態なのです。

    そして、観測者によって初めて、ある状態が確定する

    のです。つまり、過去は観測されて初めて確定する

    のです」

ルシウス「なる程。いいじゃないか。人の力で運命が確定する

     とも言える」

ホルン「ええ。ですが、実の所、観測されて確定された状態と

    いうのも、完全に確定したわけではないのです。

    つまり、確定とは-ある状態の可能性が極めて高い状態

    であり、しばらく放っておけば、再び不確定な状態

    へと戻ってしまうのです」

ルシウス「だが、私達が見ているモノは覆(くつがえ)らないぞ」

ホルン「それは大きさが大きなモノは波動性が低いからです。

    素粒子は波動性が強く、一瞬で確定状態から不確定

    へと移行する事もあります」

ホルン「ちなみに、この目に見えない確率の波動を操るのが

    能力者なのです。つまり、能力者とは運命を操る者とも言えるやもしれません」

ルシウス「量子的な運命を操るか。素晴らしい」

ホルン「まぁ、それで量子テレポーテーションは二つの粒子の

    性質を利用するのです。この二つの粒子は互いに

    逆方向の回転を見せます。絶対に逆となるのです。

    この粒子を離して、それぞれを箱の中に入れたとします。そして、箱の中の-それぞれの粒子がどちらの回転をしているかは、誰にも分かりません。観測するまでは。まぁ、分かりやすく表と裏という事にしましょうか?」

ホルン「さて、片方が表なら、もう片方は裏なわけです。

    逆に片方が裏なら、もう片方は表です。しかし、何度も言いますが、片方を観測するまで、どちらが表で

    どちらが裏か分からないのです」

国防長官「わけも分からん・・・・・・」

ルシウス「つまりだ。この装置にコインが入っていたとする。

     それと対になるコインが、別の研究所に入っていたとする。そして、ここの装置でコインを投げて、表が出たら、別の研究所にある対のコインは裏になる

     という事さ」

海軍-参謀長「おお、電信のようですな」

ルシウス「まさしく、その通りだ」

海兵隊-参謀長「しかし、コインでは、送る内容を選択できないのでは?」

陸軍-参謀長「確かに・・・・・・」

ホルン「そこで、能力者の出番です。能力者は確率を変動させます。故に、表か裏、好きな方を選べるのです。

    ただし、ここで重要なのは、それは100%では無く、

    99.9999・・・・・・・%という事です」

ルシウス「まぁ、ほぼ確実なら問題ない」

国防長官「しかし、それでは一回、コインを投げて、観測した

     ら、もう使えないのではないのか?もしかして、

     また、対になるコインをそれぞれの場所に運ばなく

     ては-ならないんじゃないのか?」

ホルン「いえ、そうはなりません。一度、観測されても、時間を置けば、再び不確定状態に戻ります。特に観測する際に、100%では無く、99.99999・・・・・・%で確定させれば、残りの0.00000・・・・・・1%の確率が残ります。

    厳密には元々、100%での観測・確定は不可能ですが、

    これはあくまでイメージです。さて、残されたわずかな0.00000・・・・・・1%の確率、それはすなわち、壁に空いた小さな穴のようなものです。その穴を通って表か裏かの確率は浸透していきます。

そして、両者の確率は均一と化していき、不確定状態が再び生まれるのです。

さながら、箱にボールを入れて、そこに仕切りを入れて二つの区域に分けても、仕切りに穴を開けて振れば、どちらの区域にもボールは行きうるように。

片方の区域にボールがあると確定しても、箱を振れば、穴を通ってボールはもう片方に行ってしまい得(う)るように。

水面が波立っても、しばらくすれば水平になるように、

確率の波動とは時間と共に均一・均衡状態に戻ります。

だから、もう一度、いえ、何度でも、時間さえ置けばコインを投げられるのです。

なので結局の所、コインを何度でも投げれるわけでして、仮に表を出したいのに裏が出てしまっても。もう一度-投げ直す事が出来るわけですね」

参謀議長「うむ、よく分からんが、凄い発明じゃないか。歴史が変わるぞ。参謀-副議長にも見せてやりたいな」

ホルン「ただし、言う程(ほど)、簡単では無いのですよ。通常、観測

    すると、観測された粒子は変化してしまいます。そう

    なれば、対になっている-という性質も失われてしまう

    わけです。表と裏、それぞれの粒子が反対で無ければならないの-ですから」

ホルン「だから、ある程度の大きさの粒子で-それを行うわけ

    です。大きい方が観測の影響は少ないですから。

    もっとも大きいと言っても目では見えないレベルですがね。しかし、そうすると、対の粒子にするのが大変

    になるんですよ。実験でも、両方とも表になったり、

    両方とも裏になったりと、大変でしたよ」

ホルン「しかも、粒子が大きい分、中々、完全な不確定状態に

    戻ってくれなくて困ったモノですよ。まぁ、だから、

    能力者を使い、色々と操作するわけですが」

ルシウス「いずれは能力者-無しでも可能となるだろうな。

     もっともコストを考えれば、能力者を使った方が

     はるかに安上(やすあ)がりで済(す)みそうだが」

国防長官「コストは大事ですからね」

 すると、研究員が近づいて来て、ホルンにメモを渡した。

ホルン「送信が完了したそうです」

ルシウス「何と送ったんだ?」

ホルン「今、シュレイン研究所から結果が通常のネット回線で

    送られて来ます」

 すると、大画面に電信の長短符号(ふごう)-信号が羅列(られつ)されていった。

国防長官「な、なんて書かれているのですか?」

ルシウス「合衆国に栄光あれ・・・・・・と」

 と言って、ルシウスは薄く笑った。


 ・・・・・・・・・・

 ヤクトの国防-技術研究-本部の敷地(しきち)には軍用ヘリが音をたてて降りてきた。

 そして、中から兵士と女性二人が出てきた。

 それに対し、カーンの母-ミリシャは二人を出迎えた。

ミリシャ「リーネ!」

 と、ミリシャは旧友のジャーナリストの名を言った。

リーネ「ミリシャ!久しぶりね。でも、驚いたわ。軍用機の

お出迎えなんて」

ミリシャ「急いでたのよ。そちらは娘さん?」

リーネ「ええ。娘のベラよ」

ベラ「ベラです。よろしく-お願いします」

ミリシャ「あらあら。ヤクト語が上手ね」

ベラ「いっぱい、勉強しました」

 すると、官房長官のビッグスが進み出た。

ビッグス「ここはヘリの音でうるさいですから、どうぞ中へ」

 そして、彼女等は施設の中へ入っていった。


 応接間では一同が揃(そろ)っていた。

 ウィル達と子供達、さらにホームレスのヨルン達も正装して

やって来ていた。

 リーネとベラはカメラの調整をしていた。


 さらにヤクトの広報職員がレフ板(反射板)を持っていた。

 主役である子供達はウィル達に連れてこられており、綺麗に

着飾(きかざ)られていた。ただし、その服の色調は暗めで、どことなく

哀(かな)しげな雰囲気をただよわせていた。

 リーネはカメラを構え、頷(うなず)いた。

 それを見て、娘のベラはマイクを片手に、導入部分を語り出した。

 リベリス語が響く中、皆、息を飲んで見守った。

ビッグス(頼むぞ・・・・・・。この宣伝にヤクトの命運がかかって

     いるかも-しれないんだ)

とビッグスは心の中で祈った。

すると、リーネは腰をかがめて目線を子供達に合わせ、ニッコリと微笑んだ。

ベラ「ハイ、こんにちは」

子供達「こんにちは・・・・・・」

 と子供達は小さく答えた。

ベラ「そんなに緊張しないで。実はね、今日は聞きたい事が

   あって来たの。二人にとってはね、悲しい事だし、

   思い出したくないかも-しれないけどね、その話は

   とっても大事な事なの。だから、教えて欲しいの。

   あの日、3月7日と8日に何があったのかを」

 しかし、子供達は黙ってしまった。

ビッグス(駄目か・・・・・・。ここに来て・・・・・・)

 すると、第二戦竜-中隊のトゥスが前に出た。

トゥス「おいッ。何やってんだ!はなしゃ-いいだけだろうが!

    覚えてんだろ?クモに追いかけられた事とか」

 すると、兄妹の兄であるマルスは怒ったように答えた。

マルス「うっさい。お前のせいで、大変な目にあったんだぞ。

    お前が小さいクモを踏むから」

トゥス「なっ、このクソガキッ。せっかく、助けてやったのに」

アール「トゥ、トゥス・・・・・・。撮影中・・・・・・」

トゥス「あ・・・・・・。ど、どうぞ、俺に構わず・・・・・・」

 とのトゥスの言葉に、兄妹の妹のルーナは笑い出した。

ベラ「さて、と。気を取り直して。もし、よければ、教えて

   くれるかな」

 すると、妹のルーナが口を開いた。

ルーナ「あのッ、私達、皇子(おうじ)様に助けられたんです。怖い兵隊

    に囲まれて・・・・・・お母さん、私達を助けようとして

    撃たれちゃって・・・・・・ウウッ・・・・・・お母さん、お母さん・・・・・・」

 そして、ルーナは手で涙を拭(ぬぐ)った。

マルス「俺達、ラース-ベルゼの兵隊に捕まりそうになって、

    その時に、皇子様が来てくれたんです。ヒーローみたいに、敵をバッ、バッて-やっつけて」

ベラ「うんうん、それで」

マルス「それから、皇子様と一緒に街を逃げたんだ。そしたら、日傘を持った変な奴がやって来て・・・・・・」

 それから、マルスは必死に当時の状況をしゃべった。

 それを見て、ビッグスは成功を確信した。

 見ると、ヤクトの職員達も目を拭(ぬぐ)っている者も居た。

 カーンも珍しく、ただ頷(うなず)いていた。

ベラ「そっか、大変だったんだね・・・・・・。ヤクトの抵抗軍の人からの情報だと、クオン皇子殿下は今もエデンの傍(そば)で戦ってるって話なの。これについて、どう思う?」

マルス「俺も皇子様と一緒に戦いたい!早く大きくなって、

    ヤクトを守りたいッ!」

ベラ「そっか、ルーナちゃんは?」

ルーナ「お父さんに会いたい・・・・・・。エデンに居ると思うから」

 と、半泣きになりながら答えた。

ベラ「そう・・・・・・そうだよね。会いたいよね・・・・・・。二人とも

   今日は本当にありがとうね」

 とのベルの言葉に二人は答え、頭を下げた。

ベラ[以上、ヤクトでの子供達のリポートでした]

 とのベルの言葉が終わるや、拍手が自然と巻き起きた。

ベラ「ど、どうも・・・・・・」

 と少し照れた風に答えた。

 ホームレスの長(おさ)のヨルンは進み、ベラに深々と頭を下げた。

ベラ「ど、どうも」

ヨルン「ありがとう・・・・・・ありがとう・・・・・・。これだ。これだったのだ・・・・・・。これで、運命は変わる。この映像は

    世界を巡るだろう」

ヨルン「世界の誰もが皇子の名を知る。誰しも皇子の名を呟(つぶや)く。

    クオン・・・・・・クオン・ヤクト・アウルム殿下の-その御名(おんな)を。ああ・・・・・・風が吹く。南から北へ、猛(たけ)き風が。

始まるのだ、今、ヤクトの反撃が・・・・・・」

 と言って、ヨルンは涙を拭(ぬぐ)うのだった。


 そして、この映像はニュースとして放映されるや、瞬(またた)く間に

リベリス全土で話題となり、報道の嵐が吹きあれた。

 それは動画サイトに転載され、さらに全世界の人々の注目

する所となる。

 そうなるとヤクト皇族に関して、あまり深く触れようとして来なかった海外の報道機関も、報道せざるを得なかった。

 しかし、その事を当(とう)のクオン自身は知るよしも無かった。


 イアンナでは戦闘が始まっていた。

 その煙と銃声をクオン達は見聞きしていた。

クオン「行こう、皆(みんな)」

 とのクオンの言葉に頷(うなず)き、森林パルチザンは駆け出して行くのだった。



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アーカーシャ・ミソロジー4 キール・アーカーシャ @keel-a

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