霊魂入替えで異世界行ったら不死な魔導師の身体でした-迷宮塔の魔法使い-
しゆ
第1話 幻影都市の魔法使い
日本の上空に、都市の幻が見えるようになって半年ほどが経つ。
最初は蜃気楼とされていたが、それが次第に見える機会が増え、今では夜中でさえオーロラのように宙に浮かんでいる幻。
どこかの都市のようにも見えるが、解析が進むにつれ、地球上にある建造物では無いという結論と、それがその時々で光景を変えるに至っては、あれは蜃気楼ではなく超常的な現象による幻だと言われるようになり、連日、マスコミを賑わせている。特に、全国各地で違う都市の風景が見られるにつれ、朝や夜の情報番組では「今日の幻影都市」なんて観察コーナーが設けられるほどだ。
現在、深夜2時。東京霞ヶ関にある某K省庁舎屋上。
俺は夜空に浮かぶ幻影都市を眺めていた。
今日の風景は空高い尖塔が一本見えるだけだ。向こうも夜なのだろうか。しかし、尖塔の周りには紫雲が取り巻き、稲光が頻繁に瞬くことによって塔の姿がこちらにも見える案配である。
国家公務員なんてちまたに騒がれる程の厚遇は
悔しいからもう一度言う。毎日夜中まで仕事しても残業代は一切出ない。
ブラック企業も真っ青な職場実態も、キャリアは基本給が高いし2年我慢すれば地方に栄転だ。しかし、国家二種、本省係長の俺、神木真吾は34歳独身。基本給も高くなく、残業代は出ないし、自由時間が全然ないから婚活も出来ない。
そんな訳で俺は息抜きに屋上に出てきたわけだ。正直、定時以外に無給で拘束される以上、これはサボりでもなんでもない。
「あ~、あれが異世界なら行ってみてえなぁ」
霞ヶ関に来るまでは余暇時間も結構あったので、ファンタジーなオンラインRPGを結構やってたのだ。
そんな1年前を懐かしみ、何とも知れぬ幻影都市へ憧れとも言える視線を飛ばしていると。
ぞくり、と何か得体の知れない感覚が身体を襲った。
『なんだ?! 見られている?!』
その感覚に戸惑っていると、次に、幻影都市に写る尖塔の一角から、サーチライトのような光の束が放射された。それが、方向を変え、真っ直ぐとこちら目掛けて進んでくる。光速ならば一瞬のはずが、ゆっくりとこちらに向かって伸びてくるそれを、俺は呆然と眺めているだけだったが、次に気付いたときには光に包まれて、俺は意識を失った。
雷光と紫雲渦巻く尖塔、ラウィーネルスタンの塔。メルージャ大陸の中でも有数の
大抵の大魔法使いと呼ばれる者達は、研究命題としてより深い知識、世界の真理を求め、その結果、神々の領域を目指し始める。
生物は進化し、霊命体を経て精霊となる。さらに、土地や属性、そして惑星の縛りから離れると神霊、いわゆる高次元霊命体となる。
ラウィーネルスタンもこの研究をしており、研究に必要な時間を稼ぎ、なおかつ霊命体に近づくために、人の身を捨て
人為的に自らをアンデッド化し、永遠に近い時間を得た生命体、
しかし、
そのため、力のある魔法使いは住居に迷宮を設定する。それは、侵入者に対する防犯対策であり、侵入者の装備や魔力の調達の為であり、研究に必要な素材を迷宮から抽出する為でもあった。
度重なる神々の妨害にうんざりしていたラウィーネルスタンは、新しい取り組みを今まさに実行しようとしていた。
半年ほど前から発生している次元浸食。二つの平行世界において、惑星軌道の条件により重力震が世界を超えて発生しそうなのだ。その前兆として、空にはここ最近、異世界の風景が常に映し出されている。
ラウィーネルスタンはこの機会に、肉体を放棄して霊魂のみで異世界へ行き、この世界の神々が手出し出来ない異世界で、今後の研究や知的好奇心の探求を続けようと考えていたのだ。
勝手の知らぬ異世界である。念のため、異世界でもこの
まずは探索魔法を使い、視覚を元に、異世界目掛けて“魔法の瞳”を飛ばしてみる。
魔法は成功し、ラウィーネルスタンの脳裏には異世界の音や光景が広がった。
夜なのに、街の灯りが非常に多い。幾重にも立ち並ぶ角張った塔。それらの中に細かく光る灯りや、塔の頂上や横で光る板。異世界の文字らしきものが光っている。
道には土なんて無く、等間隔で灯りが点いており、馬の居ない馬車のようなものが無数に目を光らせながら走っている。それらの走る音や警報のような音などが臨場感と共に伝わって来る。
“魔法の瞳”は実際に機能し、これは、異世界に侵入出来る事と、異世界にも魔法元素があるという事の証明になった。
幸先が良いと思いつつ周囲を観察していたラウィーネルスタンは、続いて思念波を拾い上げるべく“魔法の瞳”を操作した。異世界に生きる生物がどのような思考を持っているのか、広く浅く収集しようとしたのだ。
無数の雑音のような中から、適当に抽出して声を大きくしてみる。
『あ~、あれが異世界なら行ってみてえなぁ』
それは、思いがけない思考であった。なんと、向こう側からこちら側に興味を持つ者が居るとは。
“魔法の瞳”は異世界の塔の屋上にたたずむ1人の男を捉える。塔の最上に居ると言うことは、あの男は異世界の魔法使いなのだろうか? 先程の思考からするに、まだ腕前は未熟のようであるが。
ラウィーネルスタンは突如閃き、異世界への旅立ちの手順を若干変更した。“魔法の瞳”を目標に次元回廊を展開し、件の異世界の男の元へそれをつなげる。そして、
『ナギウス、ナギウスよ!』
『はい!ナっちゃんです!』
若い、と言うか子供のような思念が返事する。ナギウスは長年、ラウィーネルスタンと契約を交わして仕えてくれていた家妖精だ。思えば、この娘と別れるのも寂しいものではあったが、自分の後釜が生まれるのであればその心配も不要で安心出来る。
『ナギウスよ、予定を少し変更する。異世界に丁度良い者が居ったので、儂はまずはその者と身体を交換して異世界へ行くことにした。それゆえ、儂の身体の安置処置は要らぬ。変わりの者の世話を頼む。本人が望むとあれば、力を付けさせよ。儂の遺産を担えるとお前が判断したら、儂の後継者として良い』
『ちょっと! ルス爺! 急に何言い出すんですか!?』
『向こう側の身体があった方が、知識を吸収しやすいし魔素に関わらず行動も出来そうじゃてな』
『せっかく、臭い身体封印しようと思ってたんですけどぉ!』
『フォッホッホ! 書斎を隅々まで勉強すれば、代替えの肉体創成にもたどり着くだろうよ。 しっかり導いてやれば、悪臭問題は解決するじゃろう』
『しょうがないなぁ・・・・・・で、向こうから来る人はなんてお名前です?』
『ふむ・・・・・・カミキシンゴと言うらしい。それ以上詳しい事は身体に入らないと判らぬな。ともかく、これで儂は行くとしよう。ナギウスよ、長い間世話になったな』
『全くです。最後までナっちゃんと呼んでくれないルス爺なんて、異世界行ったら幼女に懐かれて困りやがれです。』
『フォッホッホ! 最後まで毒舌じゃの! では、またな』
ラウィーネルスタンの魔法が発動し、二つの世界が次元回廊でつながれた。ラウィーネルスタンと神木真吾の魂が肉体を離れ、お互いの位置を変えるべく次元回廊の中を走り出し、途中ですれ違う。そして、神木真吾の肉体に宿るラウィーネルスタンの魂。
ラウィーネルスタンは神木真吾の身体の動きを確かめるべく手足を動かしながら、その肉体に蓄えられた知識を浚い始めた。
「ふむ、ここが異世界か。日本・・・・・・東京・・・・・・霞ヶ関。なんじゃ! こいつは奴隷のような環境におったのか!? しかし、国の中枢に近い仕事のようじゃな。これならばこの世界を覚えることに便利であろう。まずは、自由時間を得るためにもこいつの仕事を理解するとするか。」
ラウィーネルスタンは久しぶりの肉体の感覚を確かめつつ、真吾の記憶にある仕事場へ向かうのであった。
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