ある日天(そら)から落っこちて
此花 しらす
第1話
『俺はなんで空を見上げているんだろう』
あたりは人工の光が一切見えない真っ暗なうら寂れた神社の境内、その一角に学生服を着た少年が望遠鏡を必死にのぞき込んでいた。
望遠鏡を覗きながら、水無月 蒼弥(みなつき そうや)は、ふとそんなことを考えた。物心ついた時から蒼弥は星を見上げていた。この夜空の先にはきっとまだ誰も見たことのない未知の生命体がいると、誰かに教えられた訳ではないがそう思い夜になるとずっと空を見上げていた。
『きっと、目に見えないほど遠くに僕たちと同じように意思を持った誰かがいるはずだ』
少し目が疲れたので、望遠鏡から顔を離し持ってきた水筒からコーヒーを注いでゆっくりと口に含んだ。
『今日はきっと会える。俺はここにいるよ』
確信めいた想いが蒼弥の中に浮かび。水筒を片手に雄大な夜空を見上げた。そこにはキラキラとまばゆく、吸い込まれそうな星々の海が広がっている。
ふと蒼弥の視線が夜空の一点で止まった。肉眼で捉えられるか、捉えられないかの距離にゆっくりと移動している光を見つけたのだ。
「あれは!!」
水筒が手から滑り降ち、それに構いもせずに蒼弥は望遠鏡を構えてその姿を追った。
望遠鏡を操作しながら蒼弥の心は今までにないくらいに踊っていた。
『ついに見つけた!』
光の動きが早く望遠鏡を合わせるために、夜空と望遠鏡とを何度も見比べる。
「衛生にしては早すぎるし、流星だったらとっくに消えてる……間違いない!…………!?」
いままで一定の速度で動いていた光が、一瞬ピタリと止まると反対方向に向かってゆらりと動いた。
「反転した!おーい、こっちだ!こっちにきてくれ!!」
蒼弥は望遠鏡を放り出して、光に向かって叫びながら、大きく手を振った。光はその声に呼応するように、左、右と揺れながら、その振れ幅を縮小しつつ、蒼弥の方へと向かってきた。
「そうだ、こっちだ。こっちにこい!」
さらに声を張り上げて、光に向かって絶叫する。最初は見えるか見えないかの光だったが、だんだんと朧気ながらその姿を確認できるようになってきた。
「円盤型だ!」
それはおわんをひっくり返したような形をしたテレビの特番などでよく見る形のUFOだった。それがもうほぼ肉眼で確認できるくらいの距離まで蒼弥に近づいて来ていた。そこまで来て唐突に蒼弥はいいしれない不安に襲われた。
『もし、目の前までUFOが降りてきたら自分はどうなってしまうんだろう』
TVや映画であればこのままUFOに引きずり込まれるか、中から宇宙人が出てきて捕まってしまうか。アメリカであれば、降りてきた宇宙人を銃で撃ち殺したという話も聞いたような気もするが、もちろん手元に銃なんてあるはずがない。
『逃げたほうがいいのか?』
本当にUFOはあった。それが確認できただけで今日はいいじゃないか。そう心のどこかで言う自分と、こんなことは二度とはないかもしれない。今逃げてしまえば、これから先UFOに会える機会は巡って来ることはない。そう思う二つの心が自分の中で葛藤していた。
『逃げたらそれで終わりじゃないか』
ほんの少しの差で、その場に居続けようとする心が勝り蒼弥はその場にとどまった。すでにUFOは蒼弥の頭上数十メートルの位置に来ており、しっかりと肉眼でその姿を捉えることができ、さらにシャボン玉のようにゆっくりとその高度を下げていた。
ピカリとUFOから発された光が蒼弥の体を包み込んだ。その光はUFOの底部から出ておりTVなどでよく見るUFOの内部に引きずり込まれる光に似ていた。だが、その光に包まれると蒼弥の心にさっきまであった、恐怖心というべき感情がすべて消え去った。その光はまるで、母親に抱かれているような心地の慈愛に満ちた暖かい光だった。
『あぁ、なんて暖かいんだろう』
光のなかで、しばらく夢のなかにいるような心地を味わっていたが、急にその光が消え去った。
まだ、夢の中にいるような感覚を残しながら、蒼弥が頭上を見上げると、そこにはさきほどの重力に逆らうようにゆっくりと降りてきていたUFOが、重力に飲み込まれたように自由落下を始めていた。
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