第12話 一時環幼女(ジョーレイニヒッカ・ガール) その3
「ちょっと!怜斗!?こんなの無理よ……!」
しかし私の声は怜斗に届くことはない。
バファルゼアルの突進をどうにかかわすことに集中しているようで、もしこの声が届いているのだとしても、返答する余裕はないだろう。
何度も何度も方向転換やフェイントをかけてくる猛獣の動きをほんの紙一重でかわしていた怜斗と斗月だったが、ついに回避が追いつかなくなって。
怜斗の胸板に対してまっすぐ、垂直に突き立てられた鋭いツノが……。
「がはぁっ!!」
「嫌っ………………!」
思わず目を背けて……さっきまでの態度とは真逆、手のひらを返したように私は怜斗たちに背を向けて駆け出した。
痛々しくて、見ていられなかった。怜斗の悲痛な断末魔が、ずっと、ずっと、延々と鼓膜を叩き続ける。
「だ、大丈夫じゃから!これはゲーム!ゲームなんじゃからっ!!」
「こんなにリアルだとその判別が無くなってくるのよ!」
「いやいや、ワシみたいなニワトリが声優ボイスで喋ってる時点で、リアリティの欠片もないじゃろ!?」
「ジェイペグみたいなこと言い出したわね、キーピー……」
そうだ。血は出ない。
あんな鋭く尖ったツノで、あんな速度で、あんな重量で突進されたら、普通に考えて次の瞬間にはスプラッタな猟奇的映像がお送りされることになるのだろうけど。
現状のルールでは、ツノで貫かれた『痛み』は感じるが、ツノで貫かれることによって生じる『外傷』は全く残らないのだ。
血が吹き出て、臓物がグチャッと出て……そんなちょっと想像しただけでその場で卒倒してしまいかねない外傷は全く生じない。ただ、その尋常じゃない痛みはしっかりと感じる。
「……考えようによっては現実よりもタチ悪いんじゃないの?」
「まぁ、ネトゲで四肢分裂なんて嫌じゃろ?」
「四肢分裂するような痛みを感じるのも嫌なんですけど!」
「痛みを感じない設定にしてしまうと、地の文が書きにくいですからね」
「ちょっと、今の誰よ!?」
「この世界の神様じゃよ。敬う必要は一切ないがな」
……と、とにかく逃げなきゃ。
怜斗にせっかく反則技を使って逃がしてもらえたんだから、それを無駄にするわけにはいかない。私は死に物狂いで走って、来た道を戻り、ようやく1階と2階を繋ぐ階段の前にまで戻ってきた。
「極論、一番安全なのは、怜斗たちが戻ってくるまでずっと、この階段を上ったり下りたりすることじゃな」
「階段まではモンスターは追ってこられないって仕組みだったわよね……」
あの2人が、勝てる希望の薄い戦いで頑張っている中、私一人だけがこのような安全地帯で、まったく生産性のない現状維持の安全策にとどまっていていいものなのかとも思ったが……。
それでも、無駄にモンスターに襲われて、せっかく逃がしてもらったのを無駄にしてしまうのが一番ダメだから。
私はその安全策を採用し、階段をゆっくりと降り始めた。
#
「……怜斗と斗月、まだ戦ってるのかしら」
階段を何十回上り下りしたか、もう忘れてしまった。
たぶん10分は経ったと思う。
いくら強敵とは言っても、ネットゲームのダンジョン内でザコ敵との戦闘が10分以上も続いたら興ざめだろう。勝ったにしろ負けたにしろ、そろそろ戦闘が終わっているはずだ。
私はもう一度だけ階段を往復して、さっきバファルゼアルに襲われた、長い長い一本道の奥を、恐る恐る覗いてみた。
怜斗たちが勝ったなら2人が、負けたなら倒れた2人とバファルゼアルがいる。
しかし……。
「…………そんな……?」
長い長い廊下の奥には、怜斗も、斗月も、バファルゼアルもいなかった。
ただ、何か……この距離ではよく分からないが、何かが落ちている。
確認しに行ってもいいけど、この長い廊下を今の身体能力で走るとなると、ちょっと時間がかかるだろう。その間はずっと、後ろから敵に襲われる危険がつきまとうことになる。
だけど、もしかしたら怜斗たちが私を置いて逃げざるを得ない状況に陥って、置き土産として、1人でもダンジョンを徘徊できるように役立つアイテムを置いていってくれたのかもしれないし……。
調べに行くか、ここで愚直に延々と階段を上り下りし続けるか。
どうしようか…………?
「……いつまでも待ってるなんて、やっぱり性に合わない!」
助けられてるばかりじゃ終われない。
ひょっとしたら、今の私のような状態にされて困っているかもしれないし、「足でまといになるだけだから何もしないでおこう」なんて思考停止的な選択は、ゼッタイ嫌だ。
私は意を決して……もし後ろから敵が追いかけてきたら逃げ場のない、一本道を、今出せる限界の脚力で走り出した。
「だばっ」
そしてコケた。
自らのあまりに酷い出オチっぷりに軽く欝になりながらも、なんとか起き上がり、もう一度、今度はちゃんと、足がもつれないように気をつけながら走り出す。
普段の1歩に、2歩半くらいを費やす。
走っているつもりなのに、全然進んでいる気がしない。まるで高速の動く歩道を逆走しているような。
ずっとその場で足踏みをしているだけのような、いつまで経ってもたどり着けないようなもどかしさ。いくら長い廊下とはいってもせいぜい120メートルくらいのものを、もはや永遠、無限に走り続けているような悪夢。
普段と体が違うだけで、こんなにも感覚が変わるのか。小学校の校庭トラック1周より短いぐらいの距離を、永遠と錯覚してしまうほどに。
疲労感はないが、心境はマラソン完走後。
ようやくたどり着いた長い長い廊下の奥には。
「……水晶玉と、段ボール……?」
「ああ、『転送珠』と『スネークボックス』じゃな」
「転送珠はまだいいとして、スネークボックスって名前はヤバくない……?」
「転送珠は、ダンジョンで使うと、この階のランダムな座標点にワープすることができるぞえ。スネークボックスは……まぁ想像つくじゃろうが、これの中に隠れていればモンスターに見つからないで済む」
「どっちも、役場でもらった『冒険者応援セット』に入ってたっけ」
つまり、この2つのアイテムが示すのは……。
「怜斗たちはバファルゼアルと戦闘してたけど、ヤバくなって、転送珠を使ってワープして逃げた。それで私を1人にしちゃうから、『スネークボックスを活用して隠れて進め』というメッセージを残した……ってことかな」
「おそらくな」
「どっちみち、1人で行くしかないってことね。……ん?」
来た道の方から、何かの影が動くのが見える。
…………バファルゼアルだ。
「か、夏矢!幸いまだこっちには気付いてない、早くスネークボックスの中に!」
「う、うん!」
私は素早くスネークボックスを持ち上げ、滑り込むようにその中に入った。
……ボックスに空いた穴から敵の様子を伺う。きょろきょろと徘徊しているみたいだが、こちらに気付いた様子はみられない。
というか、比喩でもなんでもなく、頭の上に『?』が出ているようだけど……。
「あの『?』は、こちらに気付いていないことを示してるんじゃ。普段は見えないが、スネークボックスに入って『潜伏モード』中の時は目視できる」
「気付かれたらどうなるの?」
「頭の上の『?』が『!』に変わる」
「まんまじゃないの!」
とりあえず、息を殺して敵が去っていくのを待つ。
見つかるな見つかるな見つかるな見つかるな見つかるな見つかるな。どっかいけどっかいけどっかいけどっかいけどっかいけどっかいけ……。
必死の念が通じたのか、頭の上に『?』を浮かべたまま、バファルゼアルは曲がり角の向こうへと去っていった。
ホッと息を吐き、段ボールを外して、今度はゆっくりと来た道を歩く。
「このトシになって『だるまさんが転んだ』をやる羽目になるとは思わなかったわ……」
「年相応じゃろ、今は」
「……ニワトリにまでイジられるなんて、もうホント最悪だわ」
曲がり角の向こうから敵が出てくるのが見えたら、すぐさまこれを被って隠れればオールオッケー。
スリルはすごいが、そんなに難しいことでもないだろう。
やることは『かくれんぼ』『だるまさんが転んだ』といった子供の遊びと何も変わらない。それこそ、今の状態の、子供の私でもカンタンにできるような。
歩く。
歩く。
敵の影が少しでも見えたら、スネークボックスの中に隠れる。
「……よし、行ったかしら」
同じ個体なのか、バファルゼアルがこの階にいっぱいいるのかは分からないが、けっこうな頻度でのそのそと角から出てくる。
その度にスネークボックスを使ってやり過ごし、ようやく私は、階段の前まで戻ってくることができた。
階段と長い廊下、しかもその先は行き止まり。
ダンジョン攻略としてはまったく進捗のない現状にちょっと溜息が出そうになる。
と……また前方から何かがやってきた。
「隠れてやり過ごせばいいだけの話よね……っと」
もはや流れ作業と化してきた、敵を目視して段ボールを被るという一連の動作。
またバファルゼアルかしら?と、覗き穴から様子を伺う。
予想通り、シルエットはバファルゼアルそのものだが、なんとなく全体的に赤っぽく、赤色のペンキをぶちまけたような、乱暴なまでの赤の配色だ。
「…………ん?なんか色が違うわね」
「なっ……!?」
単なる色違いかなと思ったが、敵の姿を見たキーピーが、いつになく驚いた声をあげた。
「おかしい……!何が起きてるんじゃ……?」
「ただの色違いじゃないの?」
「バファルゼアルに色違いなんていないんじゃよ!」
「………………………………え?」
「色違いのバファルゼアルなんてデータは、このゲームには組み込まれていないはずなんじゃ!元からデータのないものが出てくるわけがない……!」
つまり……。
『バファルゼアルの色違い』などというデータはゲームのプログラム内に存在しないはずなのに、何故かそれが今、目の前に現れた……ってこと?
概念が存在しないのに、事象だけが起こった。
原因がないのに、結果だけが見えた。
……何か、今までにはない危機感を感じる。
「夏矢、気をつけろ!こやつは……ゲームのルールに縛られない可能性がある!」
「どういうこと……?」
「データがないのに、現れたということは……このモンスターは、『不正なもの』ということになる。ないとは思うが、ハッキングでデータが書き換えられたかして、不正にこのゲームの中に現れたんじゃ」
「不正にゲームの中に現れた……だから、ゲームシステムを無視して行動してくるかもしれない、って、こと…………?」
覗き穴に、再び目を戻す。
キーピーの話を踏まえて、もう一度この『色違いバファルゼアル』を観察してみると、たしかに、他のバファルゼアルと比べて挙動があきらかにおかしい。
さっきから……悪く言えば挙動不審、良く言えば人間のように、その場を行ったり来たりウロウロ徘徊するように歩いている。他のバファルゼアルはいかにもゲームのザコ敵って感じで、直線的な動きだった。
「………………………………………………あっ」
観察していて、それに気付いて、青ざめた。
この色違いバファルゼアルが『ゲームシステムを無視している』という、一番決定的で致命的で、恐怖を駆り立てられる証拠。
頭の上に、『?』も『!』も出ていないのだ。
「本来、潜伏モード中は、すべての敵の上に『?』か『!』が出る」
「………………」
「これは……マズいな」
得体の知れない危機に、覗き穴から目を背けたくなる。
だけど、目を離してはいけない。今以上に危険が高まるだけだ。
観察を続けていると、また、気付いてしまった。
データが存在しないとか、頭の上にマークが出てないとか、そういうことに気を取られすぎて気付けていなかった、もっと優先すべき『危険』に。
さっきからずっと、こっちを見ていることに。
《そんなハコに隠れて何してんだァ?》
「ひっ…………!?」
《いひひひひひひひひひひひひひひひひひっ、いひひひひひひっ……》
ひどく汗が出てくる。
凶悪なまでの下衆笑いと共に、徐々にこちらへ迫ってくる。バファルゼアル特有の半端ない移動力はまったく使わず、ノロノロと。
《オレはAIなんかじゃねぇ、れっきとしたニンゲンさ》
「…………!?」
ニンゲン、って言った?
ゲームの中に人間が入っている……私たちみたいなのが、他にもいるってこと?だけど、どう見たってこいつはバファルゼアルだし……。
迂闊に段ボールの中から動けないでいると、そいつはまた気味の悪い笑い声を出した。
《困惑してるな?分かりやすく言ってやると、中身がニンゲンなのさ。アバターがバファルゼアルってだけで、操ってる中身はニンゲンってこと》
「…………?」
《一種のコスプレさ。だから……》
覗き穴から見える視界全体が、急に真っ赤に染まった。
ふと……小学生の時によくお遊びでやっていた、『意味が分かると怖い話』のひとつを思い出す。
自分の部屋と隣の部屋を隔てる壁には小さな穴が空いていて、そこを覗いてみると、いつも決まって『赤一色』なのだ。
なんとなく不気味なので、気になって管理人さんに訪ねてみた。
「隣の部屋の人は、赤がお好きなのでしょうか」と。
しかし、管理人さんは非常に言いにくそうに、これだけ言った。
「あなたの隣に住んでいる人は、病気で目が赤いのです」と。
…………さて、自分を『ニンゲン』と名乗ったこの色違いバファルゼアルは、どんな目の色をしていたっけ。
ガチガチと歯がぶつかる。
危機感が、現実逃避を許してくれない。
赤色は、急に細くなった。
《バファルゼアルになりきって、プレイヤーを殺さなくちゃなァ?》
ぞわっと全身の毛が逆立つのを感じるよりも先に、段ボールを捨てて一目散に駆け出した。
ちょうど階段のすぐそばなので、それを利用する。
これを使えば、モンスターは階を越えて追ってくることはできないから、確実に撒くことができるはずだ。
心臓がうるさい。転げ落ちそうになりながらも、ドタバタと階段を駆け下りる。
だが――。
《いひっ》
「は……!?」
背後からまた笑い声が聞こえたかと思えば、後ろから腕を掴まれた。
振り向くと、色違いバファルゼアルは、いつの間にか立ち上がり、二足歩行をしていた。
真っ赤なバッファローが、二足歩行で追いかけてきて、幼い私の腕を掴んでる。
…………子供の時に見た、支離滅裂な怖い夢のようだ。
ギャグであってほしい。
なにかのドッキリであってほしい。
怜斗たちの悪ふざけであってほしい。
希望的観測は目の前の赤い牛の笑い声の前に塵と化し、絶望的未来に染められた。
《いひひひひっ、いひっいひひひひひっ》
「離して……!あんたニンゲンなんでしょ!?なんでこんなこと……!!」
《ニンゲンだからだよ。知ってるだろ?俺みたいな性癖を持ったやつのこと、なんて呼ぶか、さァ。いいひひひひひいいいひひいひいひふいっひいひひひいはひひ》
「ひっ……!!」
《あぁ、本来なら死刑されてるものを、こうやってまた『オンナノコ』と触れ合えるなんて、幸せだなァ、いひひひいわひひわわえへへへへっひひひひいいっぃぃひひいひひいーひひひひひひひひっいひっ》
「嫌っ!!嫌ぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあああ!!」
ここはゲームの世界なんでしょ!?
おかしい、こんなの……!なんでこんな目に遭わなくちゃいけないのよ!?
怜斗たちは今の私の『子供の外見』をさんざんネタにしていたが、もはや今、あれはネタなんかではなくなってしまった。
死ぬ。
今まで感じたことのない恐怖と気持ち悪さが、悲鳴となって喉から爆発した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
《大人しくしやがれェッ!!》
バファルゼアルが、腕を振り上げる。
……ゲームの中で死んだら、リトライできるんだよね?
…………でも、こいつは、モンスターじゃなくて、ニンゲン。
………………私は、何をされるんだろう。
考えるのが、怖い。
私はこれから起きること全てを諦めて、目を瞑った。
《いひひひひひひっ、いちひししししひひひひひいいいいいいぃぃぃひひひ……》
…………。
………………………………。
…………………………………………。
………………………………………………………………………………?
何も起こらない……?
閉じた目を恐る恐る開く。
バファルゼアルは、私の手を掴み、腕を振り上げたままの状態で、固まっていた。顔だけが辛うじて動き、ひくひくとほほ肉を痙攣させ、、さっきとはうってかわって焦りの表情を浮かべている。
《な…………に……が……!!》
「キーピーが呼んでくれたんだ。遅くなって悪いな」
「あ…………!!」
涙が溢れ出す。
小さい頃……それこそ、今ぐらい小さかった頃、大きなデパートで迷子になったときに、両親が迎えに来てくれた瞬間、安心してどっと涙が溢れた。
認めたくないけど、そいつの顔は、今一番見たかった顔で。
門衛怜斗が、バファルゼアルの後ろ、階段の1段上に立っていた。
「今しがたレベルアップで覚えた新しいスキル、《影の結界》だ。敵の影を踏めば、5秒から8秒、その敵の動きを止められる」
《て、てめェ…………!!》
「そしてっ!」
《なにっ!?》
いきなり階段の上から斗月が飛んできて、バファルゼアルの下段に降り立つ。
「『ボイルリング』!」
斗月の持つ2つのヨーヨーが炎を纏う。
それを器用に結び合わせてバファルゼアルに向かって投げる。激突した瞬間、炎はバファルゼアルの体毛に全て燃え移り、ブーメランのように手元に戻ってきた火の消えたヨーヨーを、斗月が綺麗にキャッチする。
《がぁぁぁああぁぁぁあああぁぁああああッ!?》
「バファルゼアルの弱点は『炎』。どーだ、めちゃくちゃ熱いだろーよ!」
苦しみもがくうちに、振りほどくように私の手が外れる。
「うわぁぁっ!?」
「危ない!!」
勢いよく投げ飛ばされるような形になり、宙を舞う私の体を、ジャンプした怜斗がお姫様抱っこみたいな姿勢で受け止めてくれて……。
…………って。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ぎゃぁぁぁぁ!!耳元で叫ぶな!子供の叫び声ってめっちゃ周波数高いんだぞ!」
着地と同時に、怜斗は私を下ろして、上からスネークボックスを被せた。
「危ないから、それ使ってダンジョンの外まで逃げろ!俺たちもこいつをどうにかしたらすぐに行く!」
「……分かった、頑張って!」
「当たり前だ!」
何もできない歯がゆさをどうにか振り切って、足手まといにならないためにも、私は必死に逃げる。
「負けないで……!」
#
夏矢ちゃんの姿が見えなくなったのを確認して、俺は木刀を一振りし、ロリコン野郎……もとい、色違いバファルゼアルに向かって突きつけた。
《てめェら……許さねぇ、許さねェ……!!おぉぉおおおおぉぉおお……!!》
「許さねぇのはこっちの方だ!」
「そうだ!あんな幼女を襲いやがって、条例に引っかかったらどうしてくれるんだよコラァ!」
「斗月、そのネタもういいから」
《いひっ、いひひひひひひひひひっ……男になんか殺すイミもねェが、こんなにムカつくコトされちゃあ、やり返さねェわけにはいかないよなァッ……!!》
「馬鹿かお前は」
攻撃モーションに入るのを見るまでもない。俺は突き立てた木刀で、木刀の影と敵の影を繋げて踏み、影の結界を発動させた。
《く…………クソが!!》
「斗月、やれ」
「はいはい」
ボイルリングが今度はクリティカル判定で命中し、色違いバファルゼアルは火だるまになって階段を転げ落ちる。
俺も続いて階段を飛び降り、どてっ腹に木刀をねじ込む。
《ぎゃあああああああああああああああァッ!?》
「本物のバファルゼアルより弱いなんてな……とんだ見掛け倒しだ」
《た……頼む、見逃してくれ!!俺はまだこのゲームの世界でやりたいことが……》
「…………ふぅん。じゃあ尋問に答えてもらおう。お前は自分のことをニンゲンとか本来なら死刑されてるとか言ってたみたいだけど、名前は?あと職業と自分の情報を教えろ」
《……サワヒロタカシ。死刑囚だ》
「なるほどな。じゃあ殺せ」
「『ボイルリング』」
《約束が違ギニャァァアアアァァァァアアアァァァァッ!!》
バファルゼアルは炎上し、他の雑魚モンスターと同じように消滅した。
ネットで実名を晒せば炎上するってことくらいの常識は知っとけよな。
「さて、一旦街まで帰るか」
「ダンジョンは諦めるのかよ?」
「アイテム使いまくったり、だいぶ無理しちまったからな。夏矢ちゃんもあんなだし、30分後くらいに夏矢ちゃんの子供化が解けたら、またアイテムとか装備とか体勢を整えて挑もうぜ」
「しゃーねぇか……」
あのロリコン野郎は弱かったが、他のザコ敵に苦戦しまくって、割と満身創痍だからな。斗月のガッカリする気持ちもわかるが、これ以上進んでもあっけなく倒されて終わりだろう。
1階の地形はある程度把握しているので、夏矢ちゃんの待つ入口へと戻る。
「ダンジョンの各階にいる敵の数は最初から決まってて、ダンジョンを出るまで復活しないから、割と安心して進めるよ」
「そりゃ助かるな」
「……………………」
「あん?どうした怜斗?」
「いや……さっきのロリコン野郎さ、自分のこと、『サワヒロタカシ』って名乗ったよな?」
「ははは、どうせ嘘だろ。ニュースで話題になったばっかりじゃん、その名前」
幼い女の子4人に性的暴行を加え殺した最悪の殺人鬼、澤洋貴。
つい1週間ほど前、最高裁判所の判決により死刑が確定したというニュースが流れていた。現在は死刑執行を待つ身のはずだ。
裁判員制度で死刑判決が下った珍しい判例として、かなりの注目を集めて報道されたニュース。バファルゼアルを操っていた人間がふざけて名乗る名前としては、ありそうなところだけど。
「……んー、まぁこの類いのイタズラはよくあることだしなぁ……」
「厨二病の一種だろ?そういえばいたなぁ、普段クラスでは大人しいのに、ツイッターのアカウント名は『ドナルド・ギャスキング』とかにしてるヤバい奴」
「100人以上殺した強姦殺人鬼の名前を、よくもまぁSNSで使えるよな」
「そんなもんだよ、サイコパスって言われて嬉しがるみたいな心理さ」
「………………………………」
夏矢ちゃんに向かって手を伸ばすあの目は、なんとなく、俺が今まで関わってきた人たちとは全く違うギラギラしたものがあって……本当に、ただの不謹慎なイタズラなんだろうか?
妙にモヤモヤとしたものを胸に感じながら歩いていると、ようやくダンジョンの入口まで戻ってくることができた。
「扉を開いて外に出ちゃうと、『クリア失敗』になっちゃうけど」
「仕方ないよ、また後で出直すってことで」
「無理は禁物ってな」
ちょっぴり残念ではあるが致し方ない。
俺は扉を開いて外に……。
「ミャミャミャミャ!」
「きゃぁぁぁぁぁっ、もう、離れてよぉぉぉ!!」
『……………………』
扉を開くと、幼女がヌルヌルとしたスライムにいじめられていました。
「てめぇコラ、世葉から離れろ!!」
「条例にひっかかったらどーするッ!!」
「だからそのネタやめろっつってんでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
こうして、俺たちの一回目のダンジョン攻略は、『戦略的撤退』という結果に終わったのだった。
……え?オチ?
ねぇよんなもん!
#
――同時刻
――某拘置所・特別面会室
「頼む、もう一回俺をゲームの世界に入れてくれ!!」
「…………実験命令も無視して幼い子供に手を出したばかりか、何の見せ場もなく倒されるような者に、2度目のチャンスがあるとでも?」
「てめェ、俺が何人殺ったか知ってんだろ!?てめェも殺されてェかァ!?」
「女子供しか殺したことのないくせに……卑怯者の犯罪者が威張るな、少しは立場を弁えろ。お前からのギブを求めずに私が一方的にテイクしてやってるということを忘れるな」
「ぐゥッ…………!」
「……どちらにせよもう用済みだ。独房で大人しく死刑を待っているといい」
「なッ……!?約束が違う!!」
「先に約束を違えたのはお前だ」
「そっちの世界で生かしてくれるんじゃなかったのかよ!?待て、待ちやがれ!!まだハナシは終わってねェんだよォォォォ!!」
「看守さん、夜中にこんな声で騒がれては他の者も迷惑でしょう。悪いが私は帰るから、黙らせておいてくださいますか」
「………………はい」
「嫌だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「……さてと、戻ったら、彼女の状態を確認しなければな」
男は、ノートのページをめくり、サラサラと何か書き記した。
今回の実験の結果と、また、サンプルが計画外のことを起こしてしまい、ほとんど役に立たなかったことを、自分でも少し笑ってしまうほど愚痴っぽく。
男は、ノートを閉じた。
男は、また違うノートを取り出し、浅いページをめくった。
「津森論子さん。……この計画の実験サンプルとして、現時点で一番適合している」
男は、迎えに来た車に乗り込んだ。
車は、夜の闇に消えていった。
夜は、まだ始まったばかりのようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます