第9話 ユー・ガット・クレイジー・メール その2

 夏矢ちゃんの元へ辿り着くまで20分というところか、俺は観念して夏矢ちゃんにメール送信チャレンジを決行することとなった。


「……………やらなきゃダメ?どうしても?」

「ダメ。とっとと送れ」

「クソ……送信ッ!」


 無駄に渾身の力を込めて、俺はメニュー画面のメール送信ボタンを押した。


***


 テロロロッ♪


「あ、メールっ!」


 マヌケな着信音が、想像以上に一人ぼっちを寂しく感じていた私の耳に届く。

 キーピーが寝てしまい、暇潰しが何も無くなってしまった私に、たまに届くメールには、とても気持ち的に癒しになるものがある。

 気を遣わせないために、メニューいじって暇潰ししてるとか言っちゃったけど……もちろんそんなもの、ものの数分で飽きた。メッセージウインドウの色なんか変えたところで、私たちには意味ないし……。

 だから、私はとてもウキウキしながらメールを開こうとしたのだけど……送り主の名前を見て、少し躊躇した。


「……怜斗…………?」


 思わず顔をしかめた。

 別れてからほとんどメールを寄越してこなかった犬猿の仲の元カレ様が、久し振りにメールを送ってきたのが、ゲームの中でだったのだ。

 ……別に何が悪いとか癪に障るとかではないケド。なんか、妙にモヤつく。ムカつくまでいかないけど、何故か、ちょっと不機嫌なベクトルに感情が進んだ。

 中を見るか見ないか、少し逡巡しそうになるが、そんなちっぽけな意地っ張りは、圧倒的な暇と寂しさに対抗するには弱すぎた。


「開封っと…………」


 絶対返信しないからね、絶対しないもんね。と自分でも意味の分からない決意を固め、私はメールを開封した。


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from怜斗


 っき


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「!?」

 久々に元カレから届いたメールは全くもって意味不明でした。


***


「バカなんですか!?」


 参考までに、夏矢ちゃんに送ったメールを斗月にも転送してみると、何故か馬鹿呼ばわりされてしまった。


「バカって……ええ?なんか変か?」

「変かとか、そういうレベルじゃねーよ!『っき』って何だよ、『っき』って!?」

「『もう少しでつきます』の略だが?」

「それぐらい略すな!つか、要点をひとつも得てねぇだろうが!しかも、なんで『つ』じゃなくて『っ』なんだよ!」

「イマドキの若者には小文字が流行ってるって聞いたぜ。『ズッ友だょ』とか言うんだろ?」

「略語すらまともに扱えねーヤツが何してくれてんの!?ってか、そのドヤ顔やめろ腹立つから!」


 むう。俺としては完璧なイマドキ☆メールを書けたと思ったんだが……。


「今すぐやり直せっ!」

「えー……今のでもけっこう勇気いったんだけどなぁ……ってか、どんな風に打てばいいんだよ?」

「普段話してるみたいにすればいいんだよ!おら、早く打て!」


 俺は慎重に言葉を選びながら、メニュー画面に表示されるパネルをポチポチと押して、二通目のメールを打った。


***


 ……このメール、どうすればいいのよ。

 え、見間違いじゃないわよね?

 『っき』よ?『っき』。何これ?ポン○ッキ?なにそれなつい。

 解読班を呼んで下さい、右京さんでもいいんで。つか亀山くんでもいいんで。最悪ロッ○クさんでもいいんで。ロッカ○さんマジ鑑識。降板とか信じられない。

 テロロロッ♪

 混乱しきった頭をさらにおちょくるように、軽い電子音が鳴る。

 差出人は、また怜斗だった。


「そ、そうだよね。『っき』だもんね。さっきのは打ち間違えでしたー、ってことだよね……」


 一通目と違い、二通目は何の葛藤もなく開けることができた。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from怜斗


 来週辺りコ○トコ行かん?


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「何で今それ聞くの!?」

 輪をかけて意味不明だった。


***


「普段話してるみたいにってそういう意味じゃねーよ!」


 またも斗月からダメ出しを受けてしまった。

 今のメールの何がいけなかったのかが全く理解できないのだが……。十分普通だよな?


「えー、これでも納得頂けませんかー?」

「何で俺が迷惑な客みたいになってるワケ!?そして何様!?」

「○ニスの王子様」

「そこを伏せ字にしたら下ネタ的にヤバイからやめろ!ていうかしょーもな!小学生みたいな返しすんな!!」

「じゃあどうしろっていうのよォ……」

「何でオネエ化してるんだよ……。あのな、普段話してるみたいにって言っても、時と場合があるだろ?」

「コス○コが時代遅れだと言うのか!?」

「そっちじゃねーよ!だからえっと……ほら、今アイツ迷子になって心細いだろーから、心配するようなこと書いて好感度アップをだな」

「それは『普段話してるみたいに』どころか、普段と真逆なんだが」

「だらっしゃーい!口動かさんとメール打たんかい!」

「パートのおばちゃんかお前は」


 メールチャレンジtake3、レッツゴー。


***


 現在、私の脳ミソは受験の時以来のフル回転をしている。

 ……『っき』の次が『今度コ○トコ行かん?』って。

 何の暗号?いや『コストコ行かん?』に関してはそのままで意味が通じてるから暗号とは考えにくいけどでもまさかアナグラムという可能性も否定できなくはなくさらに深いところを考えるならば時間と鏡を合わせた不可解なトリックでも必ず解き明かしてみせるぜじっちゃんの名にかけて

 テロロロッ♪


「うわぉ!?」


 思考が暴走していた中突然鳴った着信音に驚いてしまった。

 ……今度こそはマトモな内容であってほしいわ、頼むわよ怜斗……。

 なんだか疲れてきたので、星に願いごとでもするかのように手を合わせて天を拝み、いざ、メールを開く。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from怜斗


 で、出た〜wwwwwwww迷子奴〜wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「…………きれそう」

 『っき』、『コストコ行かん?』のお次は、ものッすごい腹立たしい徴発だった。


***


「お前ホントはヨリ戻す気ねーだろ!?」


 漫才師よろしくヨーヨーで頭をブッ叩かれました。味方へのダメージがないからってやりすぎじゃないですかね。


「今度はなんだよ!ちゃんと迷子という今の状況を踏まえて書いただろーが」

「迷子という今の状況を踏まえておちょくってんだろーが!」

「それがなにか?普段通りだろ」

「心配するような文章書けって言わなかったっけ俺!?そんなクソみたいな普段通りはいらん!」

「じゃあどうしろって言うのよ!死ぬしかないじゃない!」

「そんな切羽詰まってねーよ!……とにかく。普段通りに、コスト○無しで、心配するような、おちょくり無しの文章だ!」

「注文多っ」

「じゃかしい!」


 いい加減、もう躊躇とか無しで送信できるようになって参りました。そんな四通目の、おメールでございます。


***


 ……めっちゃ腹立つ。

 私だって好きで迷子になったワケじゃないっての!何よ『奴〜wwwww』って!

 …………まあ、その。確かに、調子に乗って敵をバッタバッタ倒しまくってたら、いつの間にか迷ってたってワケだけど……。

 わ、私は悪くないし!アレよ、この世界が悪いのんだわ!おもいどおりにならないせかいとかいらない!

 テロロロッ♪


「あによチクショー!どうせ私は迷子よ!テンションと勢いに身を任せちゃうバカよぉぉぉぉぉー!」


 フラストレーション的なものがたまりにたまっていたので、ただの着信音にまで八つ当たりしてしまった。


「……………むぅ」


 自分でも大人気ないとは思うが、さっきおちょくられたので、怜斗のメールを開くことに対する抵抗が復活した。

 ………………………………。

 しばしの葛藤もあったが、しかし暇と若干の好奇心には逆らえず、私は四通目のメールを開封した。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from怜斗


 遅くなってゴメン。もうちょいで着くから。



\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\


「ふぅ……流石に四通目はマトモみたいね」


 ひとまずおかしい内容は見当たらなかったので、ほっと一安心。

 しかし、たった数瞬の後に、それはぬか喜びであったことに気付かされた。


「……『続きを受信しますか?』ですって?」


 マトモなまま終わらせておけばいいものを、どうやらこのメールには、まだ続きがあるらしかった。

 ………受信。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

from怜斗


 遅くなってゴメン。もうちょいで着くから。


 ―……それがかの伝説の勇者の、最期の台詞となった……―

 勇者の死は、悲しみから欲望へと姿を変え、大陸にじわじわと影を落とした。

 反乱軍、茄色の歯車パープルレジスタンス……混沌なる魔界の王、轆轤の幼子エドリコ……そして、謎の男トズリムが率いる新興侵略軍、神聖カミヌ教大帝国。

 戦乱に入り乱れる大陸に、場違いなほどに妖艶で美麗な、その少女の歌声が響き渡る……!

 これはアドヴァレーン大陸最後の王妃、キルミナ妃を巡る、7年に渡る闘いの物語…………。

 ――見届けろ。神と人間、越えてはならない一線をまたいだ男の末路を――


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「ゲームのPVかっ!」


 しかもなんかハズレ臭がスゴいし!どっかで見たような設定ばっかりだし!

 ていうか茄色って何なのよ茄色って!なんでよりによってナス選んだワケ!?パープル色のものなら他にもいっぱいカッコいいのあったでしょうに!貴様げにマジ大概にせぇよ!

 『轆轤の幼子』に至ってはなんかもう地球四周くらい回ってカッコいいわよ!

 ……あと、これは私の思い込みだと思うんだけど。キルミナ妃って、怜斗がだいぶ前に愛読してた契約異能バトルものラノベのヒロインの名前に似てない?怜斗、昔アレにめちゃくちゃハマってたし……。


「…………」


 ……不意に。

 付き合っていた頃の、怜斗の笑顔を思い返して、少し悲しいような、懐かしいような気持ちになりながら……。

 私は、いつの間にか、次のメールを心待ちにしていたのだった。

 だけど。

 その願いは、しばらくは……少なくとも、今日のうちに叶うことはなかった。



「初めの二行から下で絶望的に台無しだよ!」


 斗月はついに泣き出してしまった。


「もう嫌だコイツ!常に俺の期待の斜め上どころか、二点を通る放物線上を動く点Pを行きやがる!」

「なんだそのお前らしくもなく賢そうな例え」

「なんだじゃねーよ、なんだはこっちの台詞だよ!ふざけ倒せよお前!二行目から下は完全にいらねーから!」

「二行目から下って……おいおい、あれは時候の挨拶みたいなもんだろ?」

「あんな大作RPG(笑)のPVみたいなのは時候の挨拶とは言わん!そもそもまともにメール打てねぇヤツが時候の挨拶とかしてんじゃねー!」

「姫の名前は『影執事○ルク』シリーズをリスペクトしました」

「知らねーよ!」

「ていうかさ、そんなダメ出しするんなら、俺が夏矢ちゃんに送信する前にお前が確認すればよかったんじゃね?」

「…………。…………………」


 どうやらその発想はなかったらしい。


「やれやれだぜ」

「お前が言うな!つか、そもそもお前のメールにはだな…!」

「二人とも!見えてきたよ、メールに書いてた『紫色の扉』!」


 ジェイペグが指差した遥か前方には、浅草の雷門にも匹敵しうる大きさの紫色の扉があった。

 ……って、ここからでもまだかなり遠いぞ…。夏矢ちゃんのヤツ、どんだけ暴走したんだよ……。


「行くぞ斗月、早く夏矢ちゃんと合流しよう」

「あっ、ちょっと待てよ!メールはどうすんだよー!」

「んなもん現実世界でも送れるだろ。ほら、速く走れ!」


 ときたまエンカウントする雑魚をなぎ倒しながら、俺たちは夏矢ちゃんのもとへ急いだ。



「……あっ、怜斗!」

「やっと見つけた……お前突っ走りすぎだろ、現実世界なら10キロは走ったぞ?」

「わ、悪かったわね!どうせ迷子奴〜wwwwよ!」


 羞恥に赤くなった顔を背ける夏矢ちゃんに苦笑してしまう。

 あえて詮索しなかったが……。ちゃんとメールを読みはしてくれていたみたいで、少し安心した。

 斗月の方に目を向けると、疲れた笑いを返してくれた。まぁ結果オーライってことで。

 さて、と仕切り直したところで、キーピーが手を挙げた。


「お主ら、確か学生じゃったな?明日は木曜日で、今は夜の午前2時じゃが…。そろそろ現実に戻って、睡眠をとったらどうじゃ?」

「だな。明日物理の小テストあるし……。ったく、小テストごときで補習なんかさせんなよな、あのオッサン」


 若干グチ気味で斗月が同意する。

 俺はまぁ、小テストに関しては楽勝だ。ていうか、あのイヤミ数学教師に比べれば物理の先生なんて聖人君子そのものだけどな。


「…………」

「ん?どうかしたか?」

「……なんでもない。私も勉強しなきゃなって思っただけよ」


 何故か夏矢ちゃんは一瞬不満げな表情を浮かべてから、ログアウトすることに同意を示した。


「んじゃ、この紫の扉の先を攻略するのは、また次回ってことで」

「そうね。……あー、なんかめちゃくちゃ無駄に疲れた」

「じゃあ、またねー!」

「おう。明日またログインするから」


 獣たちに別れを次げ、俺たちは、今日のところは電脳世界をあとにした。



 時を同じくして――現実世界。


 ある少女は、自室でパソコンのディスプレイを食い入るように見つめていた。

 薄暗いその部屋の数少ない光源であるそのディスプレイに表示されているのは、東西南北や竹、珠などが描かれた牌の数々。

 麻雀牌……。年頃の女子がネットを使って見るものとしては、あまり一般的ではないが、少女はそれの列を熱心に見つめていた。


「麻雀部の部長が、ネット麻雀でもランキングに入られへんなんて言われへんからな。頑張らないと……」


 少女の名は津森論子。今日……と言っても、もう日付は変わってしまったので正確には昨日だが。怜斗を麻雀部に騙し入れ、もとい、招き入れた張本人である。


「……部長やもんな」


 彼女にとって、麻雀部の部長という肩書きは誇りでもあり、コンプレックスでもあった。

 中学時代はただの趣味だった麻雀を、部活に入って、先輩たちと一緒に、遊びじゃなく……本気で打ち込めるモノに高めることができた。

 そして今年。先輩たちは卒業し、論子は晴れて部長となったが……三人だけになった途端、ポン子もチー子も、去年までのやる気をまるで無くしてしまった。

 というより、元々の自分たちの目的が、『麻雀を上手くなる』ことではなく、『楽しく遊ぶ』ことだということに気付いてしまったのだろう。


「……私がしっかりしてないから、やんな」


 ロン。

 無感情なシステムボイスには、彼女の焦燥に対する思いやりは一切なかった。

 点数が読み上げられ、論子の点棒が根こそぎ奪われる。完全にハコだ。


「なっ……!……もぉぉー!なんで勝たれへんのよぉー!」


 論子は現在が夜中の2時であることも忘れて叫び、倒れるように、椅子の背もたれに負荷を与えた。

 ふと壁に視線をやると、ピアノのコンクールで手に入れた賞状とトロフィーが飾られているのが見えた。その横に飾ってある、トロフィーを持った数か月前の自分が作り笑顔を浮かべている写真を見て、論子は顔をしかめる。

 自分がまた不機嫌になっていくのを感じる度に、敗北が頭をよぎって、眼前を『無駄』の文字で埋め尽くす。

 ちなみに現在42戦目、ネット麻雀を始めてから831戦目なのだが…何戦やっても、何日やっても、論子が二位以内に入る確率は3割を超えない。


「……………………」


 こんなに好きなのに。こんなにいっぱい練習したのに。

 対局が終わり、対戦相手の戦歴が公開される。いずれも、始めてまだ500戦を超えていなかった。

 ……『才能』、ないんかな。

 論子の目から、徐々に涙が溢れ出してきた。

 涙が零れないように、天井を仰ぐ。


 そして彼女は……疲れきったように、こう呟いたのだった。


「……ゲームみたいに、『やればやった分だけ成長できる世界』やったらいいのになぁ……」


 パキッ。


「………え?」


 呟きに反応するように、窓ガラスに亀裂が入ったような音が、脳内に響いた。

 同時に、ケチな金づちで叩かれたかのごとく、視界に小さな割れ目が生じる。


「な……何なん、何なんこれっ……!?」


 割れ目は次々と広がってゆき、とうとう、論子は目の前のディスプレイさえ視認できなくなってしまった。


《あなたが望むものを。あなたが望む世界を与えましょう……》


「……!?だ、誰……!」


 何者かの声が聞こえ、論子はその声の主が誰かと、実体のない何かに対して問いかけるが……。


 パリィィィッ…………!!


 亀裂と亀裂が繋がり、視界が砕け散る。

 ブラックアウトしてゆく意識の中、少女が最後に聞いた声は……。


《ようこそ、あなたが望むデジタルの世界へ……》


 恐ろしく低い声で囁く、異世界の呼び声だった。

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