第3話 T・S・Oにようこそ!

 目が覚めると、そこは平原だった。


 放課後に寄り道してたら鍵が宙に浮かんでたり、鍵が頭の皮膚をすり抜けたり、ネカフェで意識を失ったかと思ったら平原にいたり……、やれやれ、俺は明日にでも宇宙人に拐われるかもしれん。

 ……さて、ここからどうすればいいんだろう?

 とりあえず自分の状態を確認する。


「あー、あー」


 声は出るし、聞こえるな。

 体も何一つ不自由なく動くし、服装もネカフェにいたときからなにも変わっていない、我らが私立倫通学園高等学校の制服だ。なんかラノベを実写映画化したみたいなベージュ色ブレザーという、微妙にダサイ制服。

 その制服のベルト部分に、何やらカッコいいエンブレムの入った鞘がくくりつけられていて、その中には木刀が収まっている。異世界用初期装備ってところか?

 なんにせよ、見渡す限りただただ平原。野原。次に何をやればいいのかサッパリ分からない。ここがゲームの世界であるならば、チュートリアルの1つや2つ、始まってもいいものだが……。


 などと考えていると、その思考に反応したかのようなグッドタイミングで、飛び跳ねているような元気な声が背中にぶつけられた。


「やあ、レイト!ようこそ、トゥエルブスターオンラインの世界へ!」


 後ろを振り返ると、青い虎の赤ちゃんのようなキャラクターが親しげに笑いながら、俺に向かって歩いてきていた。

 ……お次は喋る虎かよ。

 まぁこれに関してはゲームの世界での出来事だし、超常現象ってワケでもないか。それにしても、こんなものを見せられると、自分がゲームの世界にいるんだって実感がにわかに湧いてくるな。


「ここはトゥインクルグランド、輝く星座の大地!その中でもここは『アバウンドの野原』。冒険者はみんな、ここで基本を覚えるんだよ!」


 トゥインクルグランドときたか。輝く星座の大地ときたか。

 んで、そのトゥインクルランドの初めの大地、『アバウンドの野原』。

 たしか『アバウンド』は……満ちている、とかいっぱいいる、っていう意味だったっけ……。ここが始まりの場所、最初の拠点ってワケか。


「……お前は?」

「ボクは双子座専用のサポートキャラだよ。戦闘や冒険で困ったことがあればサポートするよ!」

「へぇ、サポートキャラねぇ。名前は?」

「ボクの名前?うーん……特にないなあ。ボクはレイトのパートナーだから、レイトが名前をつけてくれたらうれしいかな!」


 おお。NPC(ノンプレイヤーキャラクターの略。ドラ○エで言う村人Aとか)のくせに会話がスムーズだな。

 何か特殊な設定が為されているのだろうか、それともここはゲームの世界によく似た異世界とか?そんなわけないか、小説家にな〇うじゃあるまいしな。

 で、とりあえずこのトラ公に名前をつけてやらねばならんのか。

 ふむ…………。


「よし、お前は今日から『ジェイペグ』だ」

「ジェ、ジェイペグ!?なんで!?なんでパソコンの画像データの最後につく『.jpeg』を名前にするの!?」

「おお、ツッコミ対応も出来るのか。最近のAI技術は進歩してるな」

「うわあ、返答が冷めてる……。もっとこう、『ここはどこだ?』とか『なんで俺がゲームの世界に?』とかないの?」

「お前もなかなかメタいな、自分で自分が住む世界のことをゲームって呼ぶとか」

「……まあ、あの『意識の鍵』を使ってこの世界にログインしたレイトたちは特別だからね。ボクたちパートナーも、特別製なんだよ」


 意識の鍵?……俺がここに来る要因になった、あの皮膚をすり抜けるけったいな鍵のことだろうか。それを使ってから、ってことなのか?

 それに……言葉のアヤで揚げ足を取るようだが、『特別製』という単語も気になる。ジェイペグは誰かに作られたAIで、さらにその『誰か』はあの意識の鍵とやらも作った可能性が高い。

 その黒幕的な誰かについて知る必要性は今のところ全くないわけだが。


「さて、ではジェイペグよ」

「あ、もうその名前で決定なんだね……。いいよもう、好きに呼んでよ……」

「ジェイペグよ、そろそろチュートリアルを始めてくれ」

「君はホントに冷めてるね!?ここがゲームの世界だって分かってるとはいえ、仮にもマスコットのボクにチュートリアルやれとか頼む!?」

「うっわ自分のことマスコット呼びとか引くわ…お前とかせいぜいポ○モンで言うビー○ルだから。プレイヤーから『進化前は可愛かったのに』とか言われてすぐボックス1送りにされる存在だから」

「○ーダルのこと悪く言うなよ!普通に可愛いからねビーダ○!ひでんわざ結構覚えるし有能ポケなんだからね!」

「自分のことマスコットって言うならポケモンのマニアックなあるある披露してんじゃねーよ!ゲームのマスコットが別メーカーのゲーム遊ぶなや!」

「やだよ!赤からやってるからね!オメガ○ビーは幼馴染みとのイベントがラブコメ成分多すぎでエロゲエロゲって言われてるけどけっこう楽しいよね!」

「エロゲとか言っちゃったよコイツ!?運営どうなってんだ!カラットさーん!?」


 特別製だからって色々やりすぎじゃないのか!?版権的にアウトじゃない!?

 俺がツッコミ疲れたのを気遣ってかなんでか、ジェイペグはやっとチュートリアルらしき説明を始めてくれた。


「そうだね……。まず、同じフィールドのどこかに飛んだ君の友達二人を見つけるのが、チュートリアルクエストってことにしようか」

「なるほど、よくあるよなそういうチュートリアル」

「途中でエンカウント(モンスターと遭遇すること)したら、その時にバトルの仕方を説明するから。はいこれ武器」


 そう言ってジェイペグがどこからともなく取り出したのは、40ゴールドくらいで買えそうな木刀だった。


「ふぅん…ま、最初の武器っつったらこんなもんか?」

「聖剣○説なら最初から聖剣使えたけどね」

「……お前ホントにマスコットの自覚あるか?」


 妙に他社ゲームの知識が豊富なパートナーを連れて、俺の異世界での初クエストが始まった。



「意識の鍵ってのを作ったのは誰なんだ?俺らを知ってるのか?」

「うーん、それに関しては喋ろうとしても喋れないように設定されてるからね。悪いけど、『禁則事項です』ってやつだよ」

「ナイスバディな未来人の先輩に言われるならまだしも、トラもどきみてーなゆるキャラにそれ言われてもムカつくだけなんですけど」

「ま、ゲーム内で分からないことはちゃんとナビするからさ。メニューを開くと君たちに対応した操作マニュアルが読めるから、それを読んでも分からないことは聞いてよ」

「マニュアルか。メニューはどうやって開くんだ?」

「メニューから読めるよ。普通のプレイヤーはTABキーで開くんだけど、レイトたちは手を叩けば目の前にメニュー画面が出てくるんだ」

「へえ……ソードアー○オンラインみたいでかっこいいな」


 ジェイペグと他愛ない話をしながらアバウンドの野原を進む。

 地平線まで見渡せる草生い茂る平原……とはいっても、空気が澄んでいて綺麗だというワケではない。

 デジタル的にプログラミングされたゲームの世界であるからか、空気や大気はあくまで設定的なものらしく、歩いていても草の臭いなどは感じない。

 その理屈で考えると、この世界の飯はどんなに好物のものを食っても美味く感じないのではないか、モン〇ンのこんがり肉みたいなアイテムも味がしないのではないかと若干絶望しながら、数値的な大自然をてくてくと歩く。


「あ、レイト。あと五歩歩くと戦闘チュートリアル用の敵が出てくるから気をつけてね」

「うわメタっ。特別製って絶対そういうこと言うために設定されたんじゃないと思うんだけど」


 とはいえ、事前に心の準備が出来るのは不安がなくていいことだ。

 ……よし、木刀を使った戦いのイメージもできた。さあ、歩くぞ!


 いっぽ、にほ、さ…………。


「あ、ごめん、やっぱり三歩だったよ」

「ぶっ殺すぞクソAIがああああああああああああああああああ!!」

「プニュリン」


 突然勢いよく草むらから飛び出してきた小さな物体に、驚いてへっぴり腰になりながらも、なんとか木刀を構える。

 実際に敵を眼前に見据えてみれば、なんということはない。スプーンの刺さったプリンにそのまま平面な目がついたような、マスコット的モンスターだ。少なくとも隣のクソパートナーよりは愛嬌がある。


「普通にゲームをプレイするならKキーで通常攻撃なんだけど、レイトはゲームの世界を実際に体験してるからね。フツーに、木刀で殴りつけちゃって」

「説明の意味あんのかそれ!?」

「……ゴプリン、HPは6、攻撃力は2。あとは全部テキトー」

「やる気のないアナライズすんな!」


 特に運動技能に関して不得意だという自覚もないが、こういう通常攻撃って、大体大きく振りかぶりすぎると失敗するイメージがある。

 腰くらいで構えた木刀を、その高さのまま90度の円弧を描くように放つ。マンガとかでよく見る居合い切りのイメージで、スキのない斬撃をゴプリンめがけて繰り出した。


「そぉらっ!」

「プニュゥゥゥゥ……」


 攻撃を受けて数メートル吹っ飛んだゴプリンは、風船が割れるようにパンっと音を立てて消えてしまった。その真下に、ドロップアイテムと思しき『銀メッキのスプーン』と『2シャルロッテ』が落ちる。


「『銀メッキのスプーン』は、いわゆる素材アイテムだね。錬金術師や鍛冶師にお金を払えば、対応する武器を作ってもらえるよ」

「……こんなザコから手に入る素材なんて、どーせクッソ弱いんだろ?」

「そうでもないよ?素材には個体値やレア特性が設定されてて、武器を素材として行う『合成』では、次に錬成する武器にその個体値とかが受け継がれるからね」

「まだポケ〇ンネタ引っ張る気か!」

「シャルロッテっていうのは、この世界でのお金の単位だね。ちなみにこれ以外にも特定クエストクリアや課金で手に入る『ビーツ』っていう金貨があって、そっちじゃないと買えない武器や装備もあるよ」

「シャルロッテとビーツ…………いや、あまり深くは考えまい」


 麻〇先生、次回作も期待してます。

 ……と、そういえば。


「ジェイペグ。お前、戦闘でサポートするとか言ってたのは、敵の解説とかしてくれるだけなの?実際に一緒に戦ってくれたりしないわけ?」

「ム、失礼な。ゴプリン相手には、ボクの『サポートコンボ』を使うまでもなかっただけだよ」

「サポートコンボ……?」

「次の戦闘で説明するよ。じゃ、歩こうか」


 とりあえずジェイペグの指示通り、野原を進む。どれだけ走っても疲れないというのは奇妙でもあるが、けっこう爽快感があって楽しいもんだな。

 風吹く野原を颯爽と走っていると、前方に何やら小規模な塔っぽいものが見えてきた。年季の入った焦げ茶色、ところどころ煉瓦がひび割れている、どことなく大正浪漫を感じさせる風合いだ。


「ストップ!止まって!」

「え?なんでだよ?」

「この距離でに気付かれたら苦戦は必至だよ!」

「アレ?」


 ……ジェイペグの目線の先を追うが、あるのは青空と雲と、ヘンテコな塔だけ。

 なんだよ、何もないじゃないか……?

 何か不可視の敵とか鳥タイプの敵でもいるのだろうかと辺りをキョロキョロ観察し始めた、そのときだった。


 大きな轟音と地震と共に、それが動いたのは。


「な………………………………………!?」


 影が伸びて、俺の身体をすっぽり薄闇に覆い隠す。

 焦げ茶色の壁面が、できそこないのカラクリ仕掛けのようにぎこちなく動く。部分的に分解されて、また少しずつ、今度は違う形に。

 頭を少しずつ上げていく。

 脚、腰、胴、頭………………!


「はぁ…………………………………………………!?」


 フシュコー、フシュコー、と蒸気を吹き出して。

 『からくり仕掛けの巨塔』は、およそチュートリアルにふさわしくない強烈な風貌で、俺の前に立ちはだかった。

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