第2話 鍵刺物語 永久メガネ輪舞曲
「……で、こんな胡散臭い鍵のためだけにネカフェに来る俺らって何なの?高二だよ?青春だよ?」
「言うな」
「青春?青い春だから青春だよね?黒い春?黒春?何それ胡椒の仲間?」
「だから言うなって!」
涙目になっているまだ青春を諦めていない斗月と、目が死んでいて青春とかどうでもいいって感じの俺と夏矢ちゃんは、最寄りのネットカフェに来ていた。
完全個室制で、ちょっと暗めの照明。今までネットカフェを利用したことがない俺が思いついた形容は、『カラオケみたいだ』である。
まだ春だと言うのにクーラーが効きすぎている室温は、外との気温差がけっこうキツい。少しの目眩を感じつつ入室すると、中ぐらいのシックなテーブルが2つ、隙間なくくっつけられた状態で部屋の真ん中に置かれていた。
テーブルの上には、これまた貧乏高校生の俺からすれば目眩がするような金額が載ったメニューが立てられている。それを取ってデザートメニューをチラっと見た夏矢ちゃんが、うげぇ、と渋い顔になる。
「ポテト1つで600円とか頭おかしいんじゃないの……?」
「そうか?5時間500円にドリンクバー付きとか、安い方じゃね?」
「斗月、ネカフェとかよく使うのか?」
「いんや。今言ったのはあくまでカラオケ基準」
やはり斗月も、俺と似たような感想を持っているらしい。
フロントで人数分のノートパソコンを受け取って部屋まで持っていき、時間になったら退出してノーパソを返却する、というシステム。カラオケみたいだと思うのは高2男子にとって自然の摂理だと思うが、よく考えたらネカフェで完全個室制って、基本用途はアレなビデオを見……。
やめておこう。そんなところに元カノと一緒に来ているという事実を認めてしまったらこの場で発狂死してしまいかねん。
とりあえず電源スイッチを押して起動させる。さすがネカフェが使っているノートパソコンというべきか、かなり起動が早い。
「えっと、クロームを開いてと……」
「まだそんなとこ?おっそいわね」
「うるさいな……最近あんまり触ってねーんだよ、パソコンの類い」
「そんなんでいつもどうやってポ○ノ動画漁ってるわけ?」
「お前はまず俺の性癖に対する認識を改めようか!そして風評被害バラまくのもやめろ!」
「……『変態に変態と言って何が悪いんでしょうか? 私の通っている高校に思考力ゼロの頭がおかしいロリコンがいます。この歪んだ性欲の持ち主をどうしてやればいいのでしょうか……』」
「ヤ〇ー知恵袋で質問すんな!」
「だから喧嘩すんなっての。えっと、次の手順言うから聞けよ……」
斗月は鍵の取扱説明書をふむふむと読み込み、うーんと唸っている。
試しに、横から代わりに見てやろうとするが、これが誰にも読まれたくないのかってくらい読みにくい。滅茶苦茶小さい字が隙間なくビッシリと羅列されている。これは唸るわけだ。
「テキトーな検索サイトから、『トゥエルブスターオンライン』で検索してみてくれ」
「とぅる……。え、何よそれ?」
「あー、知ってるぞそれ。こないだクラスのヤツが話してた。オンラインゲームだよな?」
「そそ」
『トゥエルブスターオンライン』。株式会社カラットが提供・運営をしていて、基本無料のオンラインRPGとしては国内最大手を誇り、なにやらこの間、全世界5000万ユーザーを突破したと発表していたはずだ。
個性豊かなアイテムやスキル・装備などの組み合わせによって、無限に戦略を練ることができると評判だ。イベントも数多く開催されており、その度に課金アイテムを大盤振る舞いするのも、ユーザーから好評を得た理由だろう。
俺もゲーム好きな方なのでけっこう気にはなっていたのだが、ネットゲームに関しては『終わりが無い』感じがどうしても好きになれなくて、あまり触っていない。家庭用の、ひたすらやり込んでラスボス裏ボス最強最終ボスを倒す、みたいな明確な目的のあるRPGは大好きなんだけどな。
して。そのような大人気オンラインRPGと、このナゾの鍵もどきに何の関係があるというのだろうか。
いやまぁ、何となく『これがよくあるラノベやゲームの筋書きなら、この後にこういうことが起きるんだろうな』みたいなのは、漠然とあるんだけども。
アレだろ?この鍵を使った瞬間、ネットゲームの世界に吸い込まれて帰ってこれない!ゲームの中で死んだら現実でも死ぬだって!?俺は…………キ◯トだ!
……みたいな。
「さすがに命かけるのは勘弁したいわー。自分で戦うのキツイし、デジ◯ンワールド系のやつ希望」
「えー、ゲームの中でまでペットのフンの世話したくないわよ。ポ◯モン世界がいいわ!ポケモンバトルに勝っただけでお金もらえるんだもの!」
「ポケ◯ンが完全ネトゲ化したらゲーム界は終わりだっての。課金しなきゃレベル限界突破できないみたいなクソシステム付くぞ絶対」
「どうせ近い将来そうなるでしょ、あんたポケ〇ンク知らないの?」
「おいやめろそれ以上は……」
「いいからとっととやれよ!」
斗月に台パンで急かされてしまい、仕方なくブックマークからグー◯ル先生を選択、表示されたページで『トゥエルブスターオンライン』を入力&サーチ開始。
さすがネカフェのノーパソというべきか、家のパソコンもそんなに低スペックというわけではないが、検索結果が表示されるのが早い早い。
一番上に出てきた公式ホームページをクリックし、青い線がディスプレイの左から右に走るのを眺めていると、真っ白な画面にフラッシュを使用したコンテンツの数々が次々と表示された。
トゥエルブスターオンラインという名前からも分かる通り、12星座をテーマにしたゲームデザインになっており、双子座や射手座天秤座といった星座の数々がスタイリッシュな背景を彩っている。
「開いたぜー」
キャラメイクやら戦闘システムやら、このゲームのアピールポイントを半ばゲーマーとしての義務的に漁りつつ、斗月に次の操作指示を乞う。
おーしちょっと待てよー、と取説をパラパラめくった斗月は、しばらく一箇所をじっと見つめて、やがて間の抜けた声を出した。
「………………………はぁ?んだよコレ」
「どうした?何て書いてるんだ?」
自分で見てみてくれということか、斗月は開いたページをそのままに取説を手渡してきた。俺がテーブルにそれを置くと、隣に座っている夏矢ちゃんも覗き込んできた。
しっかし本当に見にくい字だな。汚いとかじゃなくて、インデントと行間がてんでバラバラで、目がチカチカするような……。
四苦八苦しながらも、ようやく斗月が首を傾げたその一文を読み取った。
「…………『トゥエルブスターオンライン公式サイトが表示されたディスプレイが目の前にある状態で、この鍵を脳に差し込んでください』。…………………ハァ?」
「……いきなりなんかグロ要素が入ってきたわね……」
ジーザス!この歳にして脳ミソに異物をブッ込むハメになるなんて!
……そんなわけあるか。
じゃあどうすればいいんだ、と考えてみるも何も浮かばない。トンチか何かだとは思うのだが、それにしたってヒントが少ない。夏矢ちゃんや斗月に目線を合わせてみるも、肩をすくめてやれやれポーズ。ハ〇ヒ2期のOPすごい好きでした。
「それ以外には何も書いてないの?」
「説明書はここまでみたいだな。あとはすっげぇポエムとか書いてる」
「中学生のノートかっ!」
うーむ手詰まりだな。
『鍵を脳に差し込む』という文言が言葉通りの意味だとは到底思えないが、実際にやってみる価値もなくはないような…………。
………………………………………。
「……斗月、お前こないだ『俺の脳ミソはメロンパン並みにスッカスカだから!』とか言ってたよな?」
「だから何!?なんで今それ言うわけ!?」
「手術……受けてみたら?」
「難病にかかった息子の背中を優しく押す母親みたいな言い方やめろ!!」
「たしかに、こんな手術設備もドリルもチェーンソーも無い場所では、脳に鍵を刺すことなんてできっこないよな……残念だ」
「手術設備はまだ許すよ!!ドリルとチェーンソーって何!?んな物騒なモンで俺の頭カチ開けて鍵刺そうとしてたの!?」
ギャーギャーやかましい斗月の声を軽く聞き流しつつ、ペン回しのごとく、手のひらの上でくるくると鍵を弄んでみる。当然のように変化はない。
そうだ、何かものを考えるときはコメカミを刺激するといいって言うよな。今は昔すきすきすきすき一休さんの時代から現代まで脈々と受け継がれてきたNIPPONの伝統文化、KOMEKAMIよ!
こういうのは少々痛いくらいが効いたりするのだ。
俺は人差し指と親指で挟んで持った鍵を、ゆっくりとコメカミに押し当て……。
…………………………………………?
なにやら奇妙な感触がコメカミ部分に。
……なんだろう。化粧品のCM風に言うならば、当てた瞬間肌に馴染んで、内側へ溶けていくような感じ。『鍵でコメカミを押している』という今の状況にはおよそ適していない、この不気味すぎるほど心地いい感触は……一体…………?
まさか、と思い、隣の斗月の肩を叩く。
「あぁ?なんだよ、手術は受けねぇからなって…………」
振り向いた斗月の顔がみるみる鮮やかなターコイズブルーに染まっていく。
斗月の不審な様子に気付いた夏矢ちゃんも、斗月の目線の先を追い……俺のコメカミを見て、口をあんぐりと開けて固まる。
「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「ちょ……さ、刺さってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
……マジですか。
ポケットからスマホを取り出して内側カメラを起動、自分の顔を確認してみるとあらあら摩訶不思議、鍵が三分の一くらいコメカミに刺さってる!!てじなーにゃ!!
しばし3人で慌てふためく。
「ど、どどどどうなってんのよソレ!?え、死ぬ!?もうこうなったらいっそ苦しまないうちに死んじゃう!?」
「うあっ、落ち着け!首を絞めようとするな!練炭なんかどっから持ってきた!?」
「怜斗なんだそれかっこいいな!!新型ピアスか!?手術とかしたのか!?」
「こんな時にバーカバーカ!アホ!頭わる
「か、鍵が刺さるなんてどうすれば……お父さんの病院でもできるかどうか……死なないで城〇内!間違えた、死なないで怜斗!!」
「心配してないのバレバレだからなこのクソアマ!いーから、お前らも自分の鍵を頭に刺してみろ!」
で。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ、ホントに刺さってる!!いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「おー!すげぇオニかっこいいぜー!!新型の鍵風ピアスなんてなかなかイケてるじゃん!」
見事というべきかめでたくと言うべきか、他の2人も俺と同様に、鍵の半分がコメカミに刺さった状態になった。
……なんだこの状況。普通にサイコホラーじゃねぇか。
指で触っても何も起こらないのに、コメカミ辺りの皮膚と肉はすり抜けるってどういう仕組みだよ?ていうか半分刺しても効果が見られないってことは、もっと深く刺さないといけないのか?それだいぶヤバイんじゃないか?
ちょっと俺の表情が陰ってきてるのにも気付かず、夏矢ちゃんと斗月はこの鍵の先に待っているであろうゲーム世界について想像を膨らませていた。
「異世界でクエストこなしまくって、いっぱいお金貯めてブランド物いっぱい買うのよ!シャ〇ルとかルイ〇ィトンとかプ〇ダとか!!」
「最近読んでるネット小説で、異世界でハーレム作るみたいなのあったし!俺だって全種族混合のみんな羨むハーレムを作ってやるぜうっへへー!!」
「……き、危機管理能力の欠片もねぇ……!お前らよく考えろよ、アタマに異物ブッ込むんだぞ!?脳なんかちょっと傷ついただけでイッパツで死ねるんだからな!?」
「まぁまぁ、んなこと言ってたら話進まないしさ」
「メタいこと言うな!カクヨム版に移行した途端メタネタ増やしだしたとか思われたらどうしてくれんだ!」
「ほらほら、怜斗も一緒に夏色えがおで異世界にジャンプしましょ?」
「『1、2、ジャンプ!』であの世へジャンプしちゃうかもしれないだろっつってんの!」
チキンだとかヘタレだとか話が進むのを妨げる害悪だとか、色々言われるかもしれないが……。
でも、怖すぎるだろ?鍵がコメカミをすり抜けるだなんて……。
説明書に書いてあった『鍵を脳に差し込む』という文言を何十回も反芻しながら、手元の鍵を見る。俺の血液や肉片などはこびりついていないが、でもたしかにこの鍵は、俺の肌を貫通したソレなのだ。
いつまでも迷ってうんうん唸っている俺の額を、夏矢ちゃんは馬鹿にしたように人差し指でつついた。
「なによ怜斗、中学生の時よく言ってたじゃない?」
「何が」
「アホみたいに、『マンガとかアニメの主人公みたいなことしてみたい』って」
「………………………………………………………………………………」
たしかに、言っていた。
そして、今でも……いや、今はもっとそう思っている。口には絶対に出さないが。
わざわざ俺のとなりまで移動してきて煽ってくる夏矢ちゃんのニヤつき顔を盗み見て、俺は小さく溜息を吐いて笑った。
「……そうだな、考え過ぎかもな。ちょっとやってみるか」
「おっ!そうこなくっちゃな!」
ヘタレになったというよりは、現実主義者になった。現実主義者になったというよりは、ネガティブ思考になった。
周りがつまらなくなったのではなく、俺自身が新しいことに挑戦しなくなった。俺自身が新しいことに挑戦しなくなったのではなく、未知に対して臆病になった。
軽率な判断だって、たまには楽しいかもしれない。
「じゃ、いっせーのーででコメカミに刺すわよ!」
「その掛け声いっつもタイミング合わねーじゃん……」
「なんでもいいよ、『マー〇ーオ』でもいいし」
「ああ、ニノとアイバくんがやってたCM懐かしいわね」
「いいからとっとと刺すぞ!いっせーのーで!!」
掛け声に合わせて、ひと思いに鍵をコメカミに差し入れる。
「がぁっ………………!?」
視界が真っ赤に染まって、揺らめく。
赤一面に染まった景色に、ハンマーでやたらめったらガラスをブッ叩いたかのようにパリンパリンとひび割れが入っていく。ひび割れとひび割れが繋がって赤い景色が剥がれ落ち、意識の欠片がどこか彼方へ飛んでいく。
何が起きているのか分からない。
痛みは感じない。叫ぶ叫ぶも、自分の声すら届かなくて、本当に自分は叫んでいるのか疑わしい。
ち、畜生!やっぱりヤバイやつだったんじゃねーかよ!!こんなことなら安易に奴らの話に乗るんじゃなかった!
何が『軽率な判断だって、たまには楽しいかもしれない』だよ!明らかに展開がムリヤリだっただろうが!完全に、このままじゃ話進まないからってゴリ押したのがバレバレじゃねーかよ!!
これじゃあちっとも読みやすくなんかなってないしな〇うから移行してきた意味がな―――
カチャリ。
赤の視界が完全に砕けて、俺の意識も、消え去った。
何かの鍵を開けたような音だけが、消えゆく意識に強烈な残響を残した。
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