1-41.ディバインラスターフラッド
「「……ディバインラスターフラッド!」」
詠唱が終わると、突然現れた眩い光が僕の視界を包んだ。その光は徐々に広がり、巨大になったユーベル全体を包み込む。
「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
エミナさんが猛る。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
僕も自然と叫んでいた。
ユーベルを包み込んだ光は徐々にその輝きを増していき、ユーベルの姿は光の中に消え……。
「ふ……その程度が君たちの力なんだね」
「ユーベル!?」
ユーベルの声が響く。
「安心したよ。君達は僕の脅威とはなりえない」
ユーベルは落ち着いた様子で、そう喋った。
「うあっ!?」
突如、僕の視界から光が消え、代わりに黒い……漆黒の闇が視界を包み込んだ。
「あ……が……あぁ……」
体中に激痛が走っている。目もよく見えない。手足の感覚が無い。動かしているが、動いているかどうか分からない。
「トリ……ート……」
魔法が仕えたかどうか分からない。魔力は残っているのか?
「うぐ……」
視界が少し回復したのだろう。僕の目の前に二本の足が、ぼんやりと見える。
「エ……ミナ……さん?」
その先にあるのは黄色い津波か……いや、あれはユーベルだ。
「諦めない……諦めないんだから……!」
エミナさんの苦しそうな声が聞こえる。
「闇を射抜く光の刃、その先にあるのは希望の道……シャイニングビーム!」
エミナさんは、よろめきながらシャイニングビームを放っている。その姿は、少しの風が吹けば倒れそうなほどで、シャイニングビームの反動で倒れないのが不思議なくらいだ。
「その消耗しきった体で、よくもまあ、ここまで抵抗できるものだ」
エミナさんのシャイニングビームはユーベルに当たったが、ユーベルは何も感じていない様子だ。それどころか、エミナさんを見て楽しんでいるようにも見える。
「父さん、母さん、ロビン、シェールさん……修練所のマスターだってみんな、こんな時のために備えてたの! 間違いは犯したけど……許せないけど……でも、願いは同じ! 貴方を封印した勇者様達だって……そして、ミズキちゃんだって!」
「エミナさん……そ、そうだよ……」
僕は、感覚のない体でどうにか立ち上がろうと、もがいた。魔力も体力も尽きてしまったのだろうけれど、立って……そしてエミナさんの手を握って、安心させることくらいは出来る筈だ。
手を突く。
段々と感覚が蘇ってきた。
思い出したように体中に激痛が走る。
足を地面に突き立て、力を入れる。
体重が支えきれない。僕は再び崩れ落ちた。
「もう、勝てる見込みは無いかもしれない……けど……う……うおおっ!」
もう一度地面に足を突き立て、無理矢理に力を入れる。
体が悲鳴をあげる。
体中の傷、痣が痛む。バトルドレスもすっかりボロボロだ。
こうやって意識を保っている事すら、不思議に思える。
「でも……諦めちゃ、駄目なんだ……っ!」
最後の力を振り絞り、僕は立った。
そして、エミナさんの手を掴み、ぎゅっと握った。
「エミナ……さん!」
「ミ……ミズキちゃん……生きてたんだ!」
エミナさんも息が絶え絶えで、意識を保っているのもやっとのようだが、僕の手をぎゅっと握りしめてくれた。
「うん、なんか……まだ生きてるみたい」
「良かった……でも、もうどうする事も出来ないよ。魔王はあの調子で、どんどん大きくなってるし」
「エミナさん……」
僕はユーベルの方を見た。黄色い触手の津波は僕の前に見える地平を全て埋め尽くし、なおも広がりを見せている。
こちらに来ないのは、ユーベルのさっきの言葉から察するに、絶望するエミナさんを面白がっているからだろう。それに飽きたら、僕たちなんて容易く葬られてしまう。息をするよりも楽に。
でも……それによって、まだ猶予が出来ているのなら……。
「エミナさん、まだ希望は捨てちゃだめだよ」
「うん。ミズキちゃんが一緒なら、まだ……もう一回、二人で!」
「うん……」
「「暗黒に光を、混沌に秩序を、災いに福徳を、呪詛に祝福を、邪悪を払いのけ滅せし力を今こそ我に……ディバインラスターフラッド!」」
僕とエミナさんの前に、眩い光が広がる。
「こ、これ……」
この輝きは、前よりも強い。
「おおぉ……おおぉぉぉぉ……」
ユーベルの叫び声だ。あの巨体から発せられる声が、地響きのように僕の耳へと伝わってきた。
ユーベルの体がディバインラスターフラッドとぶつかり、激しい摩擦が生じている。まるで嵐か巨大な竜巻のようだ。
「ミズキちゃん、これなら……」
「うん、いける……!」
ユーベルの体が縮み、押し返されていく。これを維持すれば……。
「この余を押し返す人間……余をここまで侮辱したからには、容赦はしない!」
ユーベルの言葉が聞こえた直後だ。
体全体がねじ曲がり、激しい痛みを覚えた。まるで体がばらばらに千切れたみたいな今までに感じた事の無い激痛。そして、エミナさんと……僕自身の叫び声も辺りに響いた。
「あぁ……きゃぁぁぁぁぁ!」
「うう……うあぁぁぁぁぁぁ!」
「たかが人間が、余に勝てるわけがなかろう! 余の力を前に、バラバラに砕け散るが良いぞ! あははははははは!」
魔王の高笑いが聞こえる。
「ぐう……がはっ……!」
口の中に広がる血の味、鼻を突く血の匂い。僕はどこかに吹き飛ばされているらしく、状況は全く分からない。
「うわあああぁぁぁぁ! ああっああぁぁぁぁ」
エミナさんの激しい悲鳴が聞こえる。こんな声を出すエミナさんは初めてだ。
ただ事ではないのだろうが……エミナさんの方の状況も、全く分からない。
ただ……一つだけ分かった。僕達は、負けたんだ。
「あ……う……」
朦朧とした意識が徐々に回復してきた。体は地に伏している。痛みは感じない……いや、何も感じない。トリートも唱えたが、魔力はもう空っぽみたいだ。
「あぁ……うわぁぁぁ!」
エミナさんは隣で大声をあげながら悶え苦しんでいる。
「エミナ……さん……?」
「いやぁぁぁ!」
エミナさんは僕の事が目に入っていないのか。痛みに顔を歪ませて悶えるだけだ。
「エミナさん……」
僕は、エミナさんに手を伸ばそうとした。体が自由に動かないので、もう、それくらいしか出来そうにないからだ。
「……あれ?」
手が、無い。
「あ……あぁ……」
僕の右手が吹き飛んでいる。
「ひ……手が……」
心臓が激しく鼓動する。僕は右腕を失った。
「……」
しかし、痛みは感じない。何故だろう。動揺したのは一瞬だけで、今は冷静に周りを見ている。痛過ぎるからとか、そんな感じなのか。
「やっぱり魔王だ。僕が勝てるわけなかった……え……」」
左足の膝から下も無い。脇腹も深くえぐられている。
「そうか……僕はもう、死ぬから……痛みも感じられなくなってるのか……」
エミナさんは、僕よりも傷が浅いから、痛みを感じて悶えているのかもしれない。
「ごめん、エミナさん……」
エミナさんの方を向く。
「あう……あ……があぁ……」
エミナさんが体を痙攣させ始めた。叫びは喘ぎ声に変わっていく。もう意識を繋ぎ止めていられないのだろう。
「エミナさん……エミナさんだけは、どうにか……」
よく見ると、エミナさんの体は僕よりも酷い状態だ。
左肩から右足にかけて、斜めにごっそり抉られて、無くなっていた。
「エミナさん……回復しないと……」
咄嗟に手をかざそうとした。しかし、右手は無い。左手も動かないらしい。それより、僕の魔力はもう空だ。どうする事もできない。
「エミナさん魔法を……このままじゃ死んじゃうよ……」
エミナさんの魔力が残っているのなら、命は繋ぎ止められるかもしれない。
「あがぁ……あぁ……」
エミナさんは喘ぐだけだ。
「エミナさん……」
「う……が……」
エミナさんの目から、精気が無くなっていくのが分かる。
「駄目だよ……エミナさん……!」
「あが……」
痙攣がぴたりと収まった。痙攣だけじゃない。エミナさんの動きが全部止まった。声も、もう聞こえない。
「駄目だ……駄目なんだ……エミナさんは死んじゃ駄目なんだ……生きて……生き延びて……そうすれば……?」
体の……いや、心の中心から、熱い何かが……眩しくて、大きい何かが沸き上がり……気持ちが……昂る。
「こ……これは……」
「――私に続きし者よ……」
「え……」
「――そして、私の辿り着いた、更に先の到達点に至りし者よ」
「貴方は……勇者!?」
「如何にも。時を、そして次元を超越し、私は貴方に語りかけています」
「勇者様なんだ……ごめん、負けちゃった……僕、貴方達の力になれそうにないよ」
「いいえ。確かに、貴方達は死の手前にいます。ですが……貴方達は私を感じられるほど高みに達したという事。ならば、死はずっと遠退く」
「それって……あ……」
感じる。自分の体の……いや、この場合、体とかは関係無い。自分の存在の中に、温かい何かが入り込んでくる。
「この……温もりは……」
「貴方達と話せた事、嬉しく思います。これが最初で最後かもしれないけど……大丈夫。私はいつでも貴方達の中に居ます」
「勇者……、様……」
「さあ……今こそ、その力を顕現させる時!」
「う……」
眩しい光に包まれたような感覚を覚え、僕は目を瞑った。
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