1-40.黄色き巨体

「まさか君達が、余の真の姿を引き出そうとはね……光栄に思うがよいぞ、人間共……ぐぐぐぐ……げ……え……」


 ユーベルの口から何かが出た。


「え……なっ……」


 僕は更に後ずさった。黄色い触手のような物が、ユーベルの口から這い出るようにして姿を露にしている。


「ぶはぁ!」


 ユーベルの口は、黄色い何かを凄い勢いで吐き出していて、最早口の幅に収まり切れなくなっている。


「ひ……ひい!」


 しかし、口は裂けず、ローブごと裏返るように顔全体が……首が……そして体全体が裏返るように、黄色い何かに変化していく。

 ユーベルの体が完全に見えなくなっても、黄色い何かは水が湧き出るように増えていく。


「ミズキちゃん!」

「あ……エミナさん……」

「気をしっかり持って!」


 ふと、エミナさんの声で、我に返った。そう、これをどうにかしない事には、僕たちに勝利は無い。


「くっ……!」


 目の前の異様な光景を目の当たりにして湧き出る恐怖で一歩も動けない。


「で……でも……!」


 エミナさんの声は震えていた。エミナさんだって怖いんだ。でも、エミナさんはまだ戦うつもりだ。だったら……。


「僕だって! 紅蓮の大火炎よ、全てを覆い、燃やし尽くせ……エクスプロージョン!」


 心を奮い立たせるように、炎の魔法を打つ。

 エクスプロージョンは黄色の化け物……恐らくユーベルに命中し、大きな爆発が起こった。

 しかし、黄色の化け物はものともせず、爆炎を食らうように増殖を続けている。


「何だ……どうすれば……」

「闇を射抜く光の刃、その先にあるのは希望の道……シャイニングビーム!」


 エミナさんもシャイニングビームを放つ。

 シャイニングビームが命中した所を中心に、黄色い化け物の体は蒸発するように消滅していく。が、そこから離れた所ではなおも増殖を続けている。これでは焼け石に水だ。


「おお……なんと情けない……この程度で余の体が傷付くとは……」

「ユーベル!?」


 ユーベルの声だ。

 僕は辺りを見回してユーベルの姿を見つけようとしたが、どこにも居ない。今の言い方だと、やはりユーベルはあの化け物それ自体だ。


「だが、まあ良い。君達を飲み込み食らい尽くすには、この程度で十分だ。今は君達、そして、あの忌々しき生き残りを食らう事にしよう。力を蓄えるのは、その後にゆっくりとだ」

「生き残りって……エルダードラゴンさんとイミッテの事だよね……」


 僕は言った。


「そんな事、させない!」

「うん。大勢のジャームとこんな化け物を相手にしたらいくらあの二人だって……エミナさん、シャイニングビームを同時に打とう」

「うん……」

「「闇を射抜く光の刃、その先にあるのは希望の道……シャイニングビーム!」」


 僕とエミナさんは同時にシャイニングビームを放った。

 ユーベルに向かう二つのシャイニングビームは一つになり、ユーベルに命中した。

 シャイニングビームはユーベルの体を見る見る浸食していき――ユーベルの体に大きな風穴が空いた。


「おっ! やったやった! 止まったよ!」


 ぽっかりと空いた風穴を埋めるためか、ユーベルの増殖が止まった。


「でも、この調子でやっても……」

「……いずれ、こっちの魔力が尽きちゃうよね」

「消耗戦は不利だよ。なんとかしなきゃ……」

「うん。でもどうすれば……コアみたいなの、無いのかな?」

「コア……ミズキちゃん、来るよ!」

「う……!?」


 ユーベルの体の一部が裂ける。


「今度は黒い霧!?」

「ウインドバリア!」


 エミナさんが飛び退くきながら、ウインドバリアを張る。僕も急いで同じことをする。


「ウインドバリア!」


 僕とエミナさん、それぞれの前に風が渦巻き、壁となった。その壁に黒い霧が降り注ぐ。


「何だ?」


 間近で見ると、霧よりも粒が大きい。霧というよりは、飛散した液体に近く見える。


「きゃああ!」


 エミナさんの悲鳴だ。


「エミナさん!?」


 何かあったのかとエミナさんの方を向くと、同時に体全体に鋭い痛みが走った。さっきの黒い液体がウインドバリアを破壊して、次々に僕の体を切り裂き、身体中を貫いている。


「トリー……ト……!」


 ファストキャストでトリートを唱える。ノンキャストとファストキャストとでは回復力が段違いだが、それでも治癒は間に合っていない。


「ミズキちゃん……!」

「エミナさん!」


 いつの間にか、僕のすぐ隣にエミナさんが居た。


「ウインドバリアを同時に!」

「う……うん!」


 考えている暇は無い。急いでエミナさんの言う通りに詠唱をする。


「荒ぶる風よ、厚き壁となって我が身を包み込め……ウインドバリア!」


 僕とエミナさんの目の前に風が吹き荒れ、それ二重に重なりながら凝固していった。


「今のうちに回復を……うあぁっ!」

「そんな……二人で唱えたウインドバリアが、これだけしか持たないなんて……!」


 ウインドバリアが、一瞬で破壊された。二人で作った二重のウインドバリアがだ。


「そんな……これじゃ。どうにも……ぐああっ!」


 詠唱時間と頑丈さにおいて、これ以上強力な防御は無いだろう。それが目の前で、一瞬で砕け散った。

 黒い液体の勢いは衰えることはなく、僕とエミナさんに降り注いでいる。

 身体中に感じる痛みと傷で、最早、立っていられなくなり……気付いたら、顔は地面に付いていた。


「ぐ……ああ……エ……ミナ……さ……ん……」


 エミナさんに助けを求めたいのか、それともエミナさんを助けたいのか……自分でも分からないが、僕はエミナさんの方へと手を伸ばしていた。


「ううっ……」


 エミナさんも地に付して、傷だらけになった体をでもがいている。

 身に付けているバトルドレスもズタズタに引き裂かれている。僕のもそうだ。

 このバトルドレスはオリハルコンと同じくらい頑丈だという。それが一瞬で貫かれ、容赦無く僕とエミナさんの体を傷付けている。


「だ……駄目なのか……これでも……もう……」


 エミナさんと僕の二重がけのウインドバリアでもまともに防げない。トリートで体を回復し続けているが、段々と傷が深くなっていくのを感じる。トリートで回復しきれずにダメージが蓄積していけば、その先には死が待っている。回復が間に合ったところで、魔力が尽きれば一瞬で殺されてしまうだろう。もう、打つ手がない。


「諦めちゃ……駄目だよ……っ!」


 隣のエミナさんは、両手を突っ張らせて顔を上げ、ユーベルを見据えているが、体はボロボロで、トリートの回復力が追い付いていなさそうだ。そして、体中に降り注ぐ黒い液体は止むことはなく、更に僕とエミナさんの体を蝕んでいく。エミナさんの目は次第に虚ろになり、僕の意識も遠退いていく。


「う……ぐ……」


 最早、気持ちだけではどうにもならない。ここで終わりなのか……。


「諦めちゃ、駄目だよ!」

「エ……エミナさん……」

「ミズキちゃんに、違う世界の事を話してもらうんだもん!」


 エミナさんは、歯を食いしばって必死に立とうとしている。


「エミナさん……そうだよね……諦めちゃいけない! 最後まで抵抗しなくちゃ!」


 僕は両手を前にかざし、魔法を詠唱した。


「紅蓮の大火炎よ、全てを覆い、燃やし尽くせ……エクスプロージョン!」

「ミズキちゃん……!」

「この世界の人達も守るんだ。エミナさんの家族、村の人、この世界の人……エルダードラゴンさん……イミッテ……皆を……皆を守るんだ……伝説の勇者や巫女のやろうとした事だって、ここで負けちゃったら、全部が……」

「そう。無に帰る! 取るに足らぬ人間に、ここまでやられた我が屈辱が晴れる!」

「うわぁぁぁ!」

「ミズキ……ちゃん……」

「ああ……う……あぁぁぁぁっ!」


 体中が熱い。体が裂け、焼けるようだ。体の自由が利かなくなり、気も遠くなっていく。

 エミナさんが、伸ばした僕の手に掌を会わせるように触れた。そして、僕の指の間に、撫でるようにエミナさんの指を入れ、ガッチリと掴んだ。


「エミナさん……」

「二人で……力を合わせれば……!」


 声は掠れているが、エミナさんの思いは、この声と手を通じて伝わってくる。


「うん、諦めないよ、僕も」


 消耗仕切った体を互いに支えるように、僕とエミナさんは地面を這って、少しずつ近付いていく。


「ウインドバリアを……」


 繋いだ手の肘が合わさる。


「うん……」


 二人がそれぞれの肩で支え合うように、僕とエミナさんは互いにもたれ掛かった。


「荒ぶる風よ、厚き壁となって我が身を包み込め……!」


 自然と僕とエミナさんの頬が触れ合った。体の奥底から絞り出されている、エミナさんの魔力を感じる。


「ウインド……バリア!」


 握っていない方の手を前にかざし、ウインドバリアを展開させた。

 ウインドバリアの効果は以前よりも大きく、黒い液体を受け付けていない。が、長くは持たないだろう。効果が持続しているうちに、なんとかしないと。 


「二人でシャイニングビームを……いや……フルキャストでトリートを」


 魔力はまだ枯渇してはいないが、体は限界に近い。魔法を打てるのは、後一回。ウインドバリアのお陰でそれを撃つ隙は出来たが、その一回でエミナさんと一緒にシャイニングビームを打っても、ユーベルは倒せないだろう。ならば、トリートで体を癒し、体制を建て直した方がいい。


「いえ……光属性で最高位の魔法で、なるべく効果範囲の大きな魔法……ディバインラスターフラッドを」

「え……」

「今の大きさなら、まだ、それで全てを包み込める筈。そうするしか、魔王を倒す手段は無いわ」

「でも……ウインドバリアが解けたら……」


 黒い液体での猛攻撃に晒される。そうなれば、待っているのは、恐らくは死だ。


「長引けば長引くほど、こちらの魔力と体力は消耗する。でも、魔王はどんどん大きくなってく」

「うん……」


 ユーベルは強力だ。こっちはユーベルの攻撃を防ぐ事すら満足にできないでいる。

 どうにか攻撃を凌ぎ続けられたとしても、魔力が枯渇して何も出来なくなってしまうか、更に巨大化したユーベルに押し潰されてしまうかのどちらかだろう。


「それしかないか……やろう」

「うん……すぅー……」


 エミナさんは、目を閉じて、息をゆっくりと吐いた。魔力を練っているのだ。

 高位の魔法になると、詠唱の前に魔力を練る時間「練魔時間」が必要になる。


「……ふぅー」


 僕も魔力を練って、詠唱の準備をする。

 その間にウインドバリアが破られて、黒い液体の直撃にさらされてしまったら……。そんな心配が脳裏をよぎる。

 僕はかぶりをふって、それを払拭した。どちらにせよ、勝敗はこのディバインラスターフラッド一発で決まる。余計な事は考えず、集中しなければ。


「いくよ、ミズキちゃん」

「うん、いいよ」


 僕とエミナさん二人の練魔は終わった。


「「暗黒に光を、混沌に秩序を、災いに福徳を、呪詛に祝福を、邪悪を払いのけ滅せし力を今こそ我に……」」


 エミナさんと僕の詠唱は、最後の力を振り絞るような、叫びになった。


「「……ディバインラスターフラッド!」」


 詠唱が終わると、突然現れた眩い光が僕の視界を包んだ。その光は徐々に広がり、巨大になったユーベル全体を包み込む。


「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 エミナさんが猛る。


「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」


 僕も自然と叫んでいた。

 ユーベルを包み込んだ光は徐々にその輝きを増していき、ユーベルの姿は光の中に消た。

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