1-38.プリンツ・ユーベル

 体がいう事を聞かない。そのくせ、仰向けになった体はビクンビクンと痙攣をおこしている。

 呼吸が上手く出来ず、口をパクパクと開閉させる。


「あ……」


 意識が……遠退いていく……。


「はっ……!?」


 体から痛みが消えていき……息も楽になった。


「大丈夫? ミズキちゃん?!」

「エミナさん……っ!」


 僕は急いで立ち上がり、ライブレイドを唱える。


「雷よ、我が手に纏わり全てを切り裂く刃とならん……ライブレイド!」


 僕の手から稲妻が発せられ、収束し――剣の形にまとまった。


「たあっ!」


 僕はその剣を握り、二つのローブを続けざまに弾いた。


「エミナさん、ありがとう」


 エミナさんが解毒呪文をかけてくれたのだろう。助かった。


「どういたしまして。あの緑のは、やっぱり毒だったね」

「そうみたいだね」


 これが毒……毒薬なんて飲んだ事はないが、多分、こんな感じで苦しいのだろう。


「吸っちゃ、いけないんだな」


 と、口で言ったところで、ユーベルの攻撃を全てかわす事は容易ではない。毒はあの縦横無尽に動くローブの先から出る。四方八方、どこからでも襲ってくるという事だ。

 しかし、息を止めて吸い込まなければ、さほど影響は無いようにも思える。あの時、毒霧を吸い込んだ途端に効果が現れたような気がしたからだ。


「く……!」


 とはいえ、当たらないに越したことはない。ローブの先端が空いたのを見た僕は、距離をとろうと後ろへと走った。

 その時、強い向かい風が吹いたので、僕は走る方向を少し右側に変え、押し戻されないようにした。


「やっぱりだ……エミナさん、風の吹き方、おかしいよ」

「やっぱり、ミズキちゃんもそう思うんだ……」

「やっぱりって事は、エミナさんも風に邪魔されたような事があったんだ!?」

「ええ。強風に何度か足をすくわれたの。妙にタイミングがいいと思ったけど……ミズキちゃんに言われて納得がいったわ。風は意図的に吹かされていたのね」

「うん……でも厄介だなぁ、ますます隙が無くなってく。攻撃は読めないし、ローブは切っても切っても再生するっぽいし」

「魔王自体の動きが無いのも気になるわ」

「ああ、そういえば、そうだね」


 考えてみると、それも不自然だ。ユーベルを守っているのも、触手みたいに空中を自由自在に動き回って襲ってくるのも、毒霧を吐いているのだって、みんなローブがやっている。


「うおっ!」


 また、急に強い風が吹いて、足元をすくわれる。僕は咄嗟に片足を後ろに突っ張らせ、なんとかバランスを保った。

 ローブが関係しているか分からないのは、この風だけだ。魔王と呼ばれているユーベルが、何故この風だけしか吹かせられないのかは分からないが……。


「とにかく、このローブをなんとかすれば、攻勢は弱まるだろうし、魔王を守る物も無くなると思う! 闇を射抜く光の刃、その先に……っ!」


 風に背中を押され、前に押し出される。

 今度は毒霧じゃない。鋭い触手の先端が、僕の鼻先にまで迫っていた。


「くっ!」 


 上半身を強引に左に曲げ、首も思い切り左に曲げた。

 それでも避けきれなかったローブの鋭い先端が、僕の右の肩を貫通した。


「うう……」


 右肩から腰にかけて、ずきんと痛む。ローブは少し下に向かって動いていたので、下方向に向かって深めに刺さってしまったらしい。


「ミズキちゃん、大丈夫!?」

「う……うん……」


 とはいえ、急所を射抜かれた訳ではないので、ノンキャストのトリートですぐ治る。


「グラッピングフィスト!」


 ローブに手をかざして魔法をファストキャストで唱える。

 無数の石の破片が、ローブに吸い付いて大きな塊となる。


「ん……!」


 かざした手を前に突き出し、グラッピングフィストでローブを肩から抜くと同時に、ノンキャストでトリートを使い傷を回復する。

 ――ガキッ!

 エミナさんのドリルブラストが、僕に迫ったローブを弾いた。

「雷よ、我が手に纏わり全てを切り裂く刃とならん……ライブレイド!」

 こうしている間にも、ローブの攻撃は絶えない。急いでライブレイドを装備し直す。


「くう……こう立て続けに攻められると、範囲魔法を打つ隙も……おっと!」


 ――がきっ!

 更に次のローブの攻撃が襲ってくる。僕は最早当然のように、それを払って弾いた。


「どうすれば……あ……」


 後ろからの風を感じ、僕の背筋に寒気が走った。


「しまっ……!」


 案の定、緑の霧が僕の顔に纏わりついた。視界の外から気付かれないように運んできたのだろう。

 僕は急いでその場から飛び退いて、魔法を唱えた。


「身の内の異質なるものに、浄化の光を……アンチドーティング!」


 冷静になって毒が回る前に解毒すれば、取り返しはつく。


「なんとかローブを切らないと……このままじゃ一方的にやられるだけだ」


 しかし、そう簡単に魔法を唱えさせてはくれない。ローブの攻撃は切れ目無く続いている。


「やった!」


 エミナさんの声が耳に入ったので、僕はそっちに視線を移した。


「はぁっ!」


 エミナさんが、触手をドリルブラストで……弾くのではなく、横に体を反らして躱し、ドリルブラストで突いた。

 すると、ローブに穴が開いた。そして、そこからドリルブラストに纏わりついた風によって円状に引き裂かれていき、遂には千切れた。


「効いた!?」


 思わず声を上げた。ドリルなのがいいのだろうか。


「ほう……風の力によって余を切り裂くとは……人間にしてはできるではないか」


 ユーベルも驚いている様子だ。また、同時に怒っているのか、声が震えている。


「エミナさん……よおし、僕も!」


 ドリルブラストやライブレイドなら、自分の手先に意識を集中させればいいだけなので、隙は低位の魔法とそれ程変わらない。

 ローブの攻撃をいなしながら、僕は詠唱した。


「風よ、その身を鋭き螺旋の形に変え、万物を貫く刃となれ……ドリルブラスト!」


 僕の手に風が纏わりつく。その風は徐々に凝縮され、鋭い螺旋状になったところで落ち着いた。

 二刀流は使い慣れていないので取り回しは多少悪くなるし、両手が塞がるので、一旦ライブレイドを解除しようかと思った。しかし、そのままでダブルキャストし、二刀流にすることにした。ライブレイドを掛け直すのにも一瞬の隙を突かなければならないからだ。両手でローブを相手に出来るのだし、必要が無くなった時点で解除すればいいだろう。


「はぁぁぁーっ!」


 僕はドリルブラストでローブを思いきり突いた。

 ――ガキッ!


「あれっ!?」


 鋭いローブには歯が立たないのか、ドリルブラストは弾かれた。

 エルダードラゴンさんの言う通り火に弱いのなら、魔王は風の属性も持っている筈なので、風の魔法は効き辛いと思ったが……やはりそうらしい。実際、いとも簡単に防がれてしまった。

 だったらエミナさんのドリルブラストも効果が薄い筈なのだが……。


「錬度の差かな……」


 ドリルブラストはエミナさんが大の得意にしている魔法だ。年季が違うのだ。


「ええと、という事は……」


 右手のライブレードと左手のドリルブラストで、引っ切り無しに迫ってくるローブを弾きながら考える。

 エミナさんみたいに、得意な呪文で力押しは出来ない。なら、相手の弱点を突くのがいい。僕はドリルブラストを解除し、慎重に様子を伺う。


「……今っ! 我が手に宿すは巨岩をも斬り裂く真紅の牙……バーニングブレード!」


 攻撃の波が比較的小さな時を狙ってバーニングブレードを唱えた。

 ユーベルの弱点、火属性か光属性。そして武器のようにも扱える魔法。その条件で最初に思いついたのはバーニングブレードだった。

 僕は左手にバーニングブレードを持ち、構えた。


「ぐう……!」


 攻撃の波が小さいとはいえ、それは相対的なものだ。強引に魔法を唱えた代償は、ローブによる刺撃だった。

 鋭いローブの先端が、僕の胸を一突きしたのだ。


「がはっ……」


 強烈な痛みが僕の胸を襲い、吐血した血の匂いが鼻を突く。


「ぐうっ……グラッピング……フィスト!」


 グラッピングフィストで、突き刺さったローブを抜く。

 ――ブシュウッ!


「あぐ……がはっ……」


 抜いた所から血しぶきが散り、喉からも血が流れてきた。気も急激に遠くなり、倒れそうだ。


「ト……トリート!


 思ったより傷が深い。僕はノンキャストのトリートでは回復しきれないと思い、ファストキャストでトリートを唱えた。


「はぁ……はぁ……」


 痛みが消え、体は楽になった。どうやら助かったらしい。

「はぁぁっ!」

 向かってくる一本のローブに向かって、僕はバーニングブレードを思い切り振り抜いた。

 ローブは特に何の抵抗も無く、スパっと切れた。


「お、やった!」


 これで僕にもローブへの対抗手段が出来た。


「きゃあああ!」

「!? エミナさん!?」

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