1-22.シェイプイリュージョナー
スマートフォンは危険を冒して返してもらうほど大事なものじゃない。でも、スマートフォンは、僕と現代を結ぶ鍵になるかもしれない。
……いや、悠さんと入れ替わりに僕の手に渡った、このスマートフォンが、なんとなく手放せないだけなのか……なんとなく、かけがえのないもののように感じるからかもしれない。
「ここ、保管部屋なんだって。僕とエミナさんの荷物も、ここにあるかも」
「探すのね」
「うん。えっと、鍵は……」
僕は鍵束を探り始めたが、エミナさんの声で手を止めた。
「さっき使ったライブレイドで扉を壊しましょう」
「ライブレイドで? でも、そんな事したら扉が壊れてるって丸分かりになっちゃう」
「大丈夫。ミズキちゃんが脱走したってばれたらきっと大騒ぎになる。兵士も大量に眠らされてるしね。だから、どちらにせよ扉が閉まってるかなんて関係無しに、蹴破ってでも入ってくる筈。扉に鍵をかけたくらいじゃ、時間稼ぎにはならないと思うよ」
「そっか……でも……鉄格子なら切れたけど、僕の剣捌きで切れるかな?」
「取っ手の部分を突いて壊すの。そうすれば鍵が壊れるから、後は少し衝撃を加えれば開く筈。その方が早いし音も静かだと思う」
「なるほど……ライブレイド!」
僕はライブレイドで取っ手の近くを何箇所か付いた。
「開いたよ、下がって!」
エミナさんが扉をひと蹴りすると、扉は奥へと開いた。
「入ろ!」
エミナさんは僕の顔を見てにっこりとすると、さっさと先に入っていった。もうすっかり元気になっているらしい。
やっぱりエミナさんは頼りになる。一人で心細かった気持ちがどこかへ吹き飛んでしまった。
「わぁ……ごちゃごちゃしてるなぁ」
僕も続いて中に入った。中には木の棚がいくつも並んでいて、色々なものが、その上に置かれていたり、立て掛けられている。
僕達の荷物は、その中のどれかの筈だ。
「暗いね、探しにくそうだわ」
エミナさんの言う通り、保管庫の中は、地下牢の中ほどではないが、薄暗い。
「これだけ雑多だと、手分けして探した方が良さそうね」
「そうだね。それぞれ両端から探し始めようか。僕はこっちから」
僕は左を指差した。
「じゃあ私はこっちからね。落ち合うのは……かち合った所でいいかしら。中心くらいで会う事になるかな」
「だね。近くに来たら、合流しよう」
「うん。それじゃあ、気付かれないようにそっとやろうね」
エミナさんはそう言って、部屋の右端の棚から探し始めた。
「うん」
僕も早速、エミナさんとは逆の左端の棚に行き、手をかける。
「ナイフ……小袋と……瓶か……」
瓶には紫色の液体が入っている。何に使うのだろうか。
「次は……」
隣には、少し小さめのバッグが置いてある。ざっと見る限り、バッグに入っている物品の数は多い。
「ええと……うわ……」
バッグを開いたら、中には色とりどりの小さな石が入っていた。恐らく宝石だろう。それと、粉……こっちは恐らく灰だろう。それの入った小袋があった。他には目立ったものは見当たらない。
「無いな……次」
隣の、やや大ぶりなバッグの中を弄ってみる。
なにやら、ゴツゴツして硬いものが入っているようだ。上の方は滑らかで、下に行くにつれて凹凸が目立つ。
「ん……」
やや重いが、持ち上げてみよう。この大きなのがバッグの大部分を占拠していて、他に入っているものが分からない。
「……ひゃっ!」
持ち上げたものがバッグから出て、姿が露になる。
「が……骸骨……」
頭蓋骨が出てきた。大きさから考えて、人間の頭蓋骨でも不思議ではない。
「うぅ……」
気味が悪いが、中を見てみよう。僕は頭蓋骨をそおっと棚の空きすぺーずに置き、バッグの中を覗いた。
……何も入っていないみたいだ。バッグの方も、特に目立ったものは入っていない。これも僕達のじゃない。
「次、いこ……」
もう一回我慢して髑髏を持ち上げ、そっとバッグの中に戻す。
――僕は、そんな調子で次へ、次へと物品を見ていった。しかし……。
「無いなぁ……」
動物の耳や舌らしきもの、これといって特徴の無い、ただの石ころ、封筒、シェールさんの店に合ったような火と氷の珠、綺麗な花束、ロングソード……ピンからキリまで様々なものが雑多に置いてあるのだが……目当てのものは見つからない。
あのスマートフォンを失うのか。脳裏にそんな思いが過ぎる。
現代に戻る手掛かりで、僕が現代に居た証……いや、それらもあるが、僕にとってはもっと大事な存在。
あのスマートフォンは、悠さんと入れ替わりに僕の手に渡った。それを無くすのは、また悠さんを失う事な気がして……。
「エミナさん、居るー!?」
ふと、不安になった。エミナさんがどこかへ消えていそうな気がした。
「居るよー!」
返事が返ってきた。ほっと胸を撫で下ろす。
離れたくない。もう、誰かを失うなんて、懲り懲りだ。
「逸れないようにしようねー!」
エミナさんの声が、再び聞こえる。
「うん、気を付けようねー!」
返事をした。少し、不安が取り除かれた気がする。
その後も誰かの写真、魔法雑貨、本……なんとなく、持ち主の人となりが分かるものから、どんな用途にどうやって使うのか分からないものまで片っ端から探った。
「あったよー!」
先に見つけたのはエミナさんだった。
「えっ、ほんと? すぐ行く!」
僕は声の方へと小走りで向かった。
「ほら、これ」
エミナさんが手で指し示す所に、見慣れたバッグが確かにあった。
「本当だ」
大きな旅用のバッグの中を探る……どうやら、確かに僕達のらしい。
もしもの時用の非常食や着替えもそのままだ。普段は身に付けていて、捕まった時は机の上に置いてあっただろう、金銭の入った小袋もある。
「ええと……」
勿論、金銭も大事だ。ここでは日本円なんて役に立たない。ここでのお金を失ったら、行動が一気に制限してしまうだろう。
しかし、もう一つ。僕にとって、金銭と同じくらい大事なもの、スマートフォンを探しているのだが……見つからない。
「お、おかしいな……」
よりによって、あれだけ無い。
「何か無いの?」
「うん……」
バッグの下まで探してみたが、どこにも無い。
「見つからないや……仕方がないから、今あるものを持っていこう」
「大事な物なら、もう少し探してみようか?」
「いや……もう時間が無いよ。これ以上探していたら、さすがにタイミングが悪くなっちゃう。今あるものだけでいい」
「そう? でも……分かったわ……」
僕とエミナさんが荷物をまとめ始めた。
それから程無くして、外から誰かの怒号が聞こえてきた。
「傲慢な魔族よ! そこに居るのは分かっているぞ!」
「見つかったみたい」
「うん」
「どうする? ミズキちゃんだったら魔法が使えるから、どこか壁を壊せば逃げられると思うけど……」
「いや……実は、逃げるのには、もっと簡単な方法があるんだけど……少しやる事があるんだ」
僕は、入り口付近の壁に貼り付き、少し顔を出して外を覗き込んだ。
「うわあ、いっぱい居る……」
外に居るのは、この部屋を包囲した大勢の兵士達だ。戦闘準備は万端といわんばかりに殺気立っている。装備から察するに、魔法を使う人も多そうだ。
「いっぱい居るな……嘘をつくのは、苦手なんだけど……」
握ったドアノブに力が入る。
違う世界から来た事を記憶喪失だと誤魔化す程度の嘘なら、ここに来てから多くなったと思う。それだけだって、うんざりだ。
でも、今からやる事は、それとはわけが違う。僕は、演じきれるのか……。
大きく、一回深呼吸をする……うん、少し気持ちが落ち着いた気がする。
「よおし……造りしは千変万化なり……その姿は森羅万象なり……その実体は虚無なり……シェイプイリュージョナー!」
作るのは僕の影武者……いや、僕自身だ。出来るだけ精巧に、出来るだけ繊細に……自分自身の姿をイメージする……。
「出来た……!」
僕の分身が現れたその瞬間、魔法と矢が容赦なく放たれ、入り口から部屋に飛んできた。
兵士の狙いは僕の分身だろう。僕の分身が壁の脇から大きく体を覗かせたので、一斉に攻撃を始めたのだろう。
僕本人とエミナさんは壁の陰に完全に身を隠しているので、兵士達の攻撃は僕の分身の体をすり抜けるだけだ。
「魔法が来た……!」
兵士たちが魔法を使ったということは、エミナさんも、もう魔法が使えるということだろうか。
……どちらにせよ、もう考えを練り直す時間は無いが。
「どうだ、やったかぁ?」
誰かが言った。多分、兵士の一人だ。それと同時に魔法と矢の嵐が収まる。
僕の分身はまだ消えていない。魔法の爆炎に紛れて見にくくなっているのは好都合だ。相手にとっては、この方が僕の分身だとバレにくいと思う。
「大人しくしろ! お前達はすでに囲まれている! 逃げ場は無いぞ!」
兵士の一人が猛る。
「凄い……まるでミズキちゃんが本当に二人居るみたい……完成度の高い魔法だわ……」
「エミナさん、僕に考えがあるんだ。でも、エミナさんにとってはいい気はしないと思う。だけど……見ててほしい」
僕は、軽く深呼吸すると、腹を決めて大きく息を吸い込んだ。
「我は魔王の直属の部下だ! この娘は魔王様への手土産として、さらっていく!」
思いきり叫んだ。女の子の甲高い声だけど、それでも威厳を出来るだけ出すようにした。
「え……ミ、ミズキちゃん?」
「ごめん、でも、こうする他に、考えつかなくて……」
兵士の方には聞こえないように、ぼそりとエミナさんに言う。
「ミズキちゃん……分かった。信用してるから」
「ありがとう、エミナさん」
僕は兵士の方へと視線を戻し、再び大きく息を吸った。
「我はこの国を破滅に導く者なり! 破滅させるべく、あるものを置いておいた。お前達には黒い板にしか見えないだろうが……」
「その黒い板にはどんな力があるというのか! 本当に我が王国の脅威となるものなのだろうな!」
一人の兵士が僕の声を遮って言った。その兵士は、勇敢にも他の兵士を掻き分けて、僕の前へ出た。
「勇敢な人間よ、答えよ。人間に、爆弾を作れる知恵はあるか? 無いだろう! 我ら魔族にとっては造作も無い事なのだ!」
この世界に爆弾があるのか分からないので、探りを入れてみる。
「なに……? ば、爆弾の一つや二つ、我々に作れぬわけがないだろう! 見くびるな!」
兵士は焦ったような雰囲気で、数歩後ずさった。この反応は……。
この兵士は、それ程勇敢ではないのかもしれない。多分、自分の身を守るために声を上げたのだと思う。
そうだとすれば、僕の意図通りに事が運んでいる。
「無論だ。文字通りの破滅。全てを破壊し、滅亡をもたらすもの。あの爆弾なら、こんなちっぽけな王国、全て焦土と化すであろう!」
「ひぃっ!」
前に出た兵士が懐から何かを取り出すと、こちらに投げた。
「よ……っ!」
魔法が飛んでくるのが怖かったが、思い切って手を伸ばしてスマートフォンをキャッチした。
「よ、良かった……!」
急いで再び壁の影に隠れる。
スマートフォン。僕にとって、悠さんの形見ともいえる存在が、手元に戻ってきた。
「やることは、これで全てかな、人の子よ」
この状況を察したのだろう。龍族の人が聞いてきた。
「うん、いいよ、飛ばして」
「よいか、ムストゥペケテ山脈へ着いたら、更に高い所……頂上を目指せ。私はそこに居る」
「分かったよ……人間どもよ! 今回は見逃してやるが、次はこんなものではないぞ! 次に我が現れた時には、この都は我が軍勢によって、瞬く間に蹂躙されるだろう!」
「やれやれ、教えたところで、無駄に足掻くだけだろうが……」
「分からないよ。準備する時間があれば、少しは有利になれるでしょ?」
「どうだかな。そう簡単にいけば、苦労はしないが……」
「それより早く、早く。分身消しちゃったから」
「ふむ、そうだがな……まあよい。では、飛ばすぞ」
「う……」
突然、眩い光に全身が包まれ、僕は目を瞑った。
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