1-20.牢獄
「ん……」
目が覚めた。そうだ、すっかり気が抜けて眠ってしまっていたのだ。
「……」
辺りを見回す。人通りが少ない。という事は、夜だ。
「はぁ……」
夜は人が来ない時間帯だ。殴られる事はない。落ち着いて、昼間起こった事を思い出せる。最初はフラッシュバックが酷かったが、最近では、すっかり無くなった。
さすがにナイフで心臓を刺されて平気という事は無いが、そのくらいでは死なない事は、今までで証明されている。
「相当運が悪くなければか……」
昼間に思った事を、口に出して行ってみる。
こんな日々が延々と続くのなら、相当運が悪い時が、いつかは来るのではないだろうか。
勿論、来ないかもしれないが……何かの拍子に死刑になって死ぬという事も有り得る。
幸運な事に死ななかったとしても、このままじゃ、魔王の手下として一生鬱憤晴らしに使われて終わりだ。
そんなの嫌だ。なんとかして、ここから脱出したい。
「責め苦の時間は終わりかな、人の子よ」
「え……?」
声が聞こえた。
「誰?」
周りを見る。誰も居ない。独房の外も、見える範囲は全て見た。しかし、本当に誰も居ない。
「空耳かな?」
釈然としないが、どうやら気のせいらしい。考え事を再開しよう。
「いや、空耳ではないぞ、人の子よ」
「ええっ!?」
再び辺りを見回した。勿論、誰も居ない。
「私は遠くから話しかけている。いくら探しても、そこには居ないぞ」
「そ、そうなの……?」
理解し難いが、この世界では理詰めで解決出来ない事が山程ある。こういう場合、この世界の常識なのだろうと納得しておいた方がいいに違い無い。
「遠方故、直接的な事は出来ないが……一つ、手助けをしてやろう」
「手助け? 手助けって?」
「私が脱出を手伝ってやろう。そなたの友、エミナ=パステルと共にな」
「ええっ!?」
ここから出る手伝い。それも、エミナさんも一緒にだ。願っても無い事だ。というか、これ以上は無い程に直接的な気がするが……。
「でも、どうして? それに、何で今になって? 僕はずっとここに閉じ込められていたんだし、こうして話すチャンスはいくらでもあったんじゃ? ……ああ、誰かが助けを呼んだんだ!」
「いや、残念だが、このままでは助けは期待出来ないだろう。外には魔族が掴まった事しか伝えられていないからな」
「え……」
僕はともかく、エミナさんだって閉じ込められている。エミナさんの両親は、さぞや心配だろう。それなのに、民衆には嘘の告知をするなんて……。
そこまでするのかと驚いたが、有り得る話だ。こと魔族に関しては、ここの人達は何でもする。
「でも、エミナさんには家族や知り合いが居るんだ」
「行方不明だとでも言っておけば信用するだろうな。或いは、不幸な事故で、死体は見つからない……いや、死体は手に入れられるな。なにせ、彼女本人が……」
「ちょっと待って、それ、どういう意味!?」
「落ち着け落ち着け、彼女はまだ死んではおらんよ」
「そう……良かった」
エミナさんは僕の見えない所に居る。極端な話、僕への抑止力として使うのなら、僕に「どこかにエミナさんが居る」と思わせるだけでいい。
そして、その事が最善の方向に働けば、エミナさんだけ解放される事は十分に有り得る。僕は、その事を願うばかりだった。
それが最悪の方向に働いたらと思うと……その事が頭をよぎる度に、僕は体の震えが止まらなかった。涙を流した事もある。
僕に巻き込まれて、親しい誰かが死ぬ。二度と体験したくない、最悪の気持ちだ。
でも、今、エミナさんがまだ生きている事は分かった。それだけで十分、ホッと出来る。
「落ち着いたようだな。それで、さっきの問いの答えだが……ここは、もうじき魔族に襲われ、火の海になるだろう」
「え……火の海って……」
「実は、私はずっと、お前を見守っていた。こちらから介入する事は避けたかったのだ」
「見守ってって……ああ! じゃあ、この怪我を治してくれたのも?」
「違う。言ったろう、介入は避けていた。それはそなた自身の魔法によるものだ。それはそなたが一番よく分かっている筈。実感としてな」
「それは……魔法の力なの?」
「無論だ。そなたの心配している事は分からんでもない。魔族の中にも強力な自己再生能力を持った者は存在するが……そなたは人間だ。正真正銘のな」
「そう……なんだ……」
イマイチ納得はいかないが、やはり無自覚で魔法を使っていたという事らしい。僕が人間だという事も分かって一安心だ。
……とはいえ、謎はまだまだ大量にあるし、この人がどこまで信用出来るかもわからないが……本当だと信じたいところだ。
「私は今のところ何もしていないし、これからもするつもりはなかった。だが、そうもいっていられなくなった。旧支配者達が、封印を破ろうとしている」
「えっ、な、何? 旧支配者?」
「人が魔王、そして魔族と呼んで恐れているものだ」
「あ……」
「そういう事だ。この都は滅びる運命にあるのだ」
「そんな……」
「このままでは、そなた達もこの都と運命を共にする事になるだろう。そうなる前に、そなたを、そしてエミナ=パステルをムストゥペケテ山脈へ移転させる。なに、この程度の守り、我が龍族の力をもってすれば、破るのなど容易い事」
「ま、待って。その言い方だと、僕とエミナさんだけを助けるみたな良い方だけど……」
「無論、そう言ったつもりだが」
「ええ!? じゃあこの都の人達は……」
「そうだな……運が良ければ五割の人間は逃げる事が出来るだろう」
「なんとか全員を助けられないの? 少しでも多くの人を!」
「私が思うに、これが最善策だな。この方法以上に多くの人間は救えんよ」
「そ、そんな……でも、こんな事が……遠くから話しかけて、人も遠くに飛ばせて、ここの守りも無視できて……そんな力があるんだったら、もっと他の方法を考えれば、きっと……」
「これが最善策だと言ったばかりだが」
「でもさ、まだ時間はあるんでしょ? もうちょっと考えてみて……」
「私は何千、何万という月日を生きてきた。考える時間は山ほどあったぞ」
「でも……」
「そこまで言うのならば、そなたの力で、この都の全ての人間を救う覚悟くらいはあるのだろうな」
「え……む、無理だよ! 僕は普通の人間なんだから!」
「ほうほう……よし、ならば、そなたがこの都を救える力を持っていると仮定しよう。だが、十分な力を持っているのならば、誰でも救おうと思うだろう。そうだな……ほんの一握りの可能性を持っている。もし失敗すれば、この都の人間全ての命が……無論、そなたの命も無くなるだろう。それでも、そなたはその無謀な賭けに乗って、都の人間全員を救おうと思うか?」
「え……それは……そんな思い切った事は、出来ないけど……」
「だろうな。私も同じ事だ。いくら龍族の私とはいえ、不可能な事はある」
「で……でも……!」
「……何だ?」
「自分一人が助かる事なんて出来ないよ。だって、この都の全員の人の命が危ないって、知っちゃったんだから」
「そうか? ここに来てから人間達がしてきた仕打ちを踏まえたうえでか?」
「関係無いよ。全部誤解なんだ。僕自身、まともな頭じゃないっていうのは分かってる。勘違いされるのも、無理はないよ」
僕は元現代の人間、元男。何故かここに飛ばされて、体も女の子になって、魔法適性も、なんだか他の人とは違うみたいで……これだけ特殊な要素が集まれば、勘違いだって起こる。
「そうか……そなたがまともではない事は分かった」
「でしょ?」
ため息をつく。人間以外、龍族にとっても、僕は変わって見えるみたいだ。
「その人の良さは、相当おかしいな」
「ああ……えっ、そっち!?」
久しく聞いていなかったが、なんだか懐かしい。そういえば、現代に居た時は、よく人にそう言われていた。特に、悠さんは口癖のように言っていた。
「親の顔が見てみたいものだ。私はこれ程人の良い人間は久しく見とらんぞ」
龍族は、心底呆れたような口調で言っている。そこまで言われると、なにか自分の性格を全否定されているようで、少し落ち込む。
「……しかし、これでそなたを救わぬわけにもいかなくなった」
「え? どういう事?」
「それは……いや、その話は今するべきではない。今は私は信用してほしい。私にとっても、人間達が魔族に蹂躙されていくのは忍びないのだ。だが、今はこれが最善の手。こうするしかないのだ」
「……」
僕は、暫く沈黙して考えた。だが、自分の力でなんとか出来るとも思えないし、龍族は、僕が何て言っても、この都を見捨ててしまうだろう……。
「……分かった、貴方は僕よりも、何倍も……何百倍もかな。生きてる人なんだし、信用するよ。これが最善の手。一番多くの人を救う手だっていうなら」
「うむ。感謝しよう、人の子よ。今はまだ全ての事を話す時間は無いが、話せる日は近いだろう」
「いや……僕も、疑う様な事を言ってごめん。それで、ムストー……何とかに転移するんだよね……」
「ムストゥペケテだ。ここから遠く離れた山脈の名だ」
「遠くの山脈に転移か……そんな事、本当に出来るの?」
「疑うなら、ひとつ実際に飛ばしてみせよう。ムストゥペケテは人間にとっては何も無い所だろうが、そんな独房よりかはマシだろう」
「待って! 試しに、この牢の端から端へ飛ばしてみて」
「随分と細かい事をさせるのだな……まあ、その程度の距離なら造作もない事だが……そんな面倒な事をせんでも、そなたを外に飛ばして証明しようぞ」
「いや、それだと、ちょっとまずいんだ」
「むぅ……何か考えがあるという事かな?」
「あ……」
いつの間にか、牢屋の逆側の壁際に移動している。
「本当なんだ……よし。じゃあ、僕がいいよって言ったら飛ばして」
「なに? 面倒だが……致し方ない。何をする気か分からんが、大人しく従ってやろう。だが、私は強制的にそなたを転移させる事が出来る。その事は忘れるなよ」
「ありがとう、分かったよ。じゃあ……」
本で見た魔法。ぶっつけ本番だけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます