1-16.魔法修練所

「ファイアーボール!」


 お昼を食べ終わった僕とエミナさんは、早速魔法修練所へと足を運んだ。


「ここは魔法の精度を養うフロア。一番基礎的な練習ですじゃ」


 解説しているのは、この修練所のマスターだ。白髪のお婆さんで、来ているローブも年季が入っている。エミナさんが言うには、修練所のマスターには相当の鍛錬を積まないとなれないらしいので、この人もきっと凄い人なのだろう。

 周りは、極薄いカーキ色の壁に囲まれている。その中には訓練する所と、通路兼、訓練の様子を見る所があり、柵で仕切られている。

 僕は柵越しに訓練の様子を見ている。

 この魔法修練所の修士達が、思い思いの魔法を打ちこんでいる。聞こえる詠唱は、殆どがフルキャスト。呪文を全て詠唱する詠唱方式だ。

 放たれた魔法の先にあるのは的だ。人型や、丸い形をしていて、見たところ木で出来ている。にも関わらず、ファイアーボールが当たっても燃えずに、一部が赤くなるだけに留まっているみたいだ。


「ね、何で魔法が木に当たっても、的が壊れないんだろう?」


 エミナさんに聞いてみた。

「練習用の魔法がかけてあるんじゃないかしら。昔、騎士団の演習で見た事があるわ」


 エミナさんの言う事を聞いたマスターは、こくりと頷いた。


「あの木は抗魔剤こうまざいで出来ていていましてな。更に、魔法が命中した箇所が赤くなるように細工されているのですじゃ。色々と種類はあるものの、騎士団の演習に使われているのも、この類のものの筈ですじゃ」

「ふぅん……」


 氷とか、電気っぽい魔法を受けてもびくともしていない。一体、どんな構造をしているのだろうか……いや、魔法なんだし、理論的に考えても意味が無いのかもしれないが。


「ちなみに、この壁や柵も抗魔材で出来ているのですじゃ」

「そっか、そうしないと、魔法で壊れちゃうもんね。そう考えると、結構大掛かりな施設なんだね、ここって」

 エミナさんは、きょろきょろと周りを見渡している。

「左様。これを揃えるのには、なかなかに骨が折れましたじゃ。しかも、国の規格に見合ったものでないと使えない。しかも、ここは町の中。制限はいっそう厳しく……いや、こんな苦労話はお二人には関係無い話ですな。さ、次へ参りましょうじゃ」


 マスターが、行く手を手で示した。


「あ、はい」


 案内されるまま、僕達はマスターについていく。

 行く先はあの通路だろう。そこだけに穴が開いていて、上部はアーチ状になっている。控えめながら、所々には装飾も施してある。

 フロア間を移動するための通路だと考えて間違いないだろう。

 アーチをくぐると、予想通りに次のフロアへ着いた。


「このフロアはアスレチックフロアですじゃ」


 マスターはアスレチックフロアと言った。なるほど、前のフロアに比べると、色々なものが雑多に置いてあって、なんだかごちゃごちゃとしている。

 凹凸も激しく、ちょっとした丘のような所もあれば、塹壕の様な穴もある。

 修練生は、その中を駆け回りながら魔法を打ちあっていた。

 炎が、稲妻が、氷が――柱の影や、穴の中から飛び交っている。


「わ……!」


 僕は感嘆の声を上げ、一瞬、見とれた。

 その光景は、煌びやかで賑やかで……それでいて、現代のアトラクションよりも現実感があって、さり気無い。今までに味わった事の無い感覚だ。


「なんか、複雑な地形で凄いね。こんなところで戦ってるんだね」


 エミナさんも見入っているみたいだが、感じている事は僕とは違うようだ。


「実戦では、様々な地形で戦う事になりますからな。高低差、反射等の影響を考えながら、臨機応変に動きを変える事も必要なのですじゃ」

「でも、これほどの地形って、作るのにも手間とか、相当かかってるんじゃ?」


 エミナさんが聞いた。


「いや、それは最初だけですじゃ。おそらく、貴方が考えているよりは楽ですじゃ。このフロアは、敢えて整地しないで残しておいて、偶に必要に応じて手を加えるくらいなのですじゃ」


 マスターはそう説明するが、僕の感じた現実感は、映画とかでCGで作られているものではないからだろう。本物の魔法を目の前で見せつけられているのだ。衝撃的過ぎて、感覚が悲鳴をあげている。


「凄いなぁ」


 感嘆の溜息を吐きながら、ふと、動き回っている修練生に目をやる。

 一人は柱の上から、一人は岩陰に隠れながら戦っている。


「戦士も魔法使いも変わらない。上を取った方が優勢になり、下からの戦いを強いられた者は防戦せざるを得なくなるのですじゃ」

「柱の上の人は、相手を牽制するみたいに、一定間隔で火球を放ってるから……ああやって動きを制限しておいて、岩陰から出てきたところを狙い撃ちするつもりなのかな」

「ほう……戦況を見極める目はなかなかじゃのう。アレがやりたいのは、その通りの事じゃろう。しかし、それが無条件に通じるほど有利な状態には、まだなってないのじゃが……それはそうと、貴方は戦闘の経験がおありかな? 傭兵とか?」

「い……いえ、なんとなく、試合を良く見ていた記憶があるものだから……」


 ……ゲームの知識でなんとなくなんて、言えない。


「ほう、なるほど。そういう事でしたか。中々の戦況把握ですじゃ。さて、そろそろ優位性が崩れる頃ですぞ……」


 マスターが言った途端、岩陰の修練生が、明後日の方向に魔法を放った。魔法は何かに当たると、急に向きを変え、柱の上の修練生を襲った。


「え、何、今の!?」

「魔法が急に向きを変えたように見えたけど……魔法が軌道を変えるなんて、器用な事が出来るのね」


 エミナさんも驚いている様子だ。


「いや、あれは反射板の効果ですじゃ。あの矢印がそうですじゃ」

 マスターの指差す先には、矢印の形をしたパネルのようなものがあった。

 パネルは矢印の中心を支点にして、ぐるぐるとゆっくり回っている。


「あれに魔法を当てると、矢印の方向に軌道が変わるのですじゃ」

「色んな仕掛けがあるんだなぁ」

「魔法を反射する性質のもの、または、人かもしれないですが、それを利用できる状況は、意外と多いのですじゃ。そんな時、咄嗟に状況を活かせるかどうか。ここではそれを学んでいるのですじゃ」


 マスターは、一通り言うべき事を言い終わったのか、次のアーチを手で示した。

 僕達は、マスターの後に付き、次のフロアへと進む。


「さて、状況を利用して巧みに立ち回る事も大事ですが、一番大事なのは、やっぱり力。対等な条件なら、力の強い方が勝つのは必然。状況が劣勢でも、強引に力でねじ伏せてしまう事もまた、一つの手段ですじゃ」


 マスターは、フロアの中心で戦っている、二人の修練生に目をやると、話しを途切れさせずに続けた。


「ここは障害物の全く無いフロア。己の力のみで戦わなければいけないフロアですじゃ」

「焔焔たる五つの破壊者よ、その力を以て焼き尽くせ……クィンターバースト!」


 赤い服を着た修練生が呪文を唱え終わると、五つの火球が一斉に、白い服を着た修練生に向かっていく。

 火球が勢いよく地面にぶつかり、轟音と共に土がはじけ飛んだ。

 白い修練生は、舞い上がった土を被りながら横っ飛びを繰り返し、火球を避けている。

 五つの球が全て地面に着弾すると、白い修練生は地面を転がりながら右手を赤い修練生の方へと突き出した。


「……を襲え! ライシッソ!」


 詠唱は、クィンターバーストの音のせいで最後の方だけしか聞こえなかったが、白い修練生の右手からは稲妻が放たれ、凄い速さで赤い修練生に向かっていった。

 赤い修練生は、咄嗟に手に持った棒を前にかざした。

 稲妻と棒がぶつかると、眩い光が辺りに広がった。


「うわっ!」


 眩しい。思わず顔をそむけ、目を閉じた。


「魔法を棒で受け止めてる……木の杖に魔力を流し込んでるみたい」


 エミナさんの声に反応して、眩しさを我慢して目を開ける。

 エミナさんは目を細めながら、掌で目を覆っていた。


「そうですじゃ。本来ならば、防御魔法を使いたいところじゃが、稲妻の魔法で素早く切り返されてしまったのじゃな。じゃが、魔力を蓄えられるように作られた武器に魔力を流し込むのは、少し慣れれば無詠唱で出来るが、消費が大きい。一気に不利になったようですじゃ」


 稲妻が収まると、赤い修練生は大きく跳躍し、白い修練生との距離を、思いきり詰めた。

 赤い修練生は、更に跳躍し、距離を縮めながら、呪文を詠唱する。


「我が触れしもの、皆消し炭と化す。我が手に持ちしは炎の力ぞ……アームズブレイザー」


 赤い修練生が言い終わると、杖が燃えた……いや、杖は燃えていない。炎を纏っただけだ。


「エンチャントだわ。かさばって取り回しの悪い棒を持っていたのは、やっぱりこの為だったのね」

「彼は棒術も心得ているからのう。が、武術やエンチャントの使いででなくとも、サブウエポンとして、魔力を通す軽い武器を活用する事は有用ですじゃ。魔力を通さなくても、相手に接近された時に攻撃をいなし、間合いを取る手助けになりますからな」

「ああ、そういう事か……」


 魔法使いは、僕の中では後ろで支援に徹するイメージだったが、違うようだ。魔法を有効に使うためには動き回らないといけないし、場合によっては相手に接近される。


「ちなみに、この戦いは公式ルールに則って行われていますじゃ。無論、戦闘訓練としての意味合いは強いのですが、中には試合を極める為だけに魔法を極める者も居るのですじゃ」

「試合の為に……?」


 意味が飲み込めない僕に、エミナさんが補足する。


「あくまで試合に勝つことに特化させているって意味だよ」

「え……でもさ、それって……」

「本末転倒かもしれないですが、試合で頂点に立つことを一生の目標として、その賞金によって生計をたてている者も、一握りですがおるのですじゃ」


 マスターは、そう言い終わると、歩きだした。僕達もそれに付いていく。


「屋外のフロア案内は、これで終わりですじゃ。あとは室内で、ちょっとした事をやってみましょうですじゃ」


 マスターの行く先には、大きな平屋建ての建物がある。


「何をやるの?」

「何、ちょっとしたテストのような事ですじゃ」

「テスト……」

「詳しい事は、中で落ち着いて話しますじゃ。二人共、ずっと立ちっぱなしでしたからな」


 そう言われてみればそうだ。僕はなんとなく納得し、室内へと案内されるまま、マスターの後を付いていった。

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