1-15.都
「結構、混んでるんだ」
都と言うだけあって、人の往来は激しく、僕の記憶の中の、現代的な都会に引けを取らない賑やかさだ。
この本通りの一面には石畳が敷かれ、綺麗に舗装されている。コーチや荷車も通り易そうだ。
僕はきょろきょろしながら、店の、色々な品物を見て回っている。が、それ以上に新鮮に、そして強烈に目に入るのが、行きかう人々だ。
シェールさんの様なエルフの耳を持った人も、ちらほら居る。普通に人間ではありえないサイズの、巨大だったり、小さかったり、ずんぐりむっくりだったり、肌の色が緑だったりと、多種多様な……種族と言えばいいのだろうか? 見かけられる。
エミナさんの方は涼しい顔をして歩いているので、この世界では普通なのだろう。慣れないといけない。
「この世界では……か……」
僕は、徐にスカートのポケットの中に手を入れ、スマートフォンを取り出した。どこにも繋がらないスマートフォンを持っていたところで役に立たないので、宿に置いてきたつもりだったのだが、つい、癖で持って来ていた。
スマートフォンの電源を入れる。当然ながら、電話もネットも繋がらない。僕はすぐに電源を切り、ポケットに戻した。
何かの拍子に繋がる可能性もあるのではないだろうか。そう思って、こうやって試す時以外は電源を切ってある。しかし、このまま充電できなければ、いずれは使えなくなってしまうだろう。
宿を出てから今まで、色々な店を見て回ったが、機械と呼べるほどの物は無さそうだし、電気を使っているような物も見当たらない。
時間になると木彫りの妖精が躍る時計や、ゼンマイを巻くと踊り始める人形はあったので、電気式のものもあるのではないかと少し希望を抱いたのだが……それ以上の物は、まだ見つかっていない。
電気を使っているものが見つかれば、このスマートフォンを充電出来る事も可能かもしれない。そうしたら、元の世界に何らかの形でコンタクトが取れる可能性も上がる。そう思っているのだが……。
「ふぅ……」
感嘆と諦めの溜息が出る。ここは正真正銘の異世界。そして、戻る手立ては無さそうだ。
「わぁ……!」
僕が深刻に悩んでいる横で、エミナさんは筒状の何かを覗いてはしゃいでいる。
そんなに楽しいものかと、僕はエミナさんの横に歩み寄り、同じような筒を手に取って覗いてみた。
「え……?」
僕は万華鏡のようなものを想像していた。恐らく、用途は間違ってないだろう。しかし、これはもっと発達した……。
「ビデオ……?」
この筒の中に、まるでビデオを流しているように、映像が再生されている。この小さな筒を覗いただけでだ。
こんな事は、僕の居た世界だって出来ない。こんなサイズの映像プレイヤーなんて見たことがない。とすれば……。
「光の魔法かな?」
「ううん、精神系の魔法だよ。ウィズグリフを刻む事で、見る者の意識に介入する魔法が仕込まれているんだと思う。音だって聞こえるでしょ?」
「うん……? ああ、本当だ」
映像だけでなく、何やらバチバチと音も聞こえる。本格的にビデオだ。
「凄いな……これだけ見ると、技術的にも、現代に引けを取ってないかもしれない」
現代。僕にとっては、この光景こそ現代。そして、ここが異世界のはずだ。しかし、この世界に住む人にとっては、当然、逆だろう。
今の僕にとっても、逆の筈なのだが……あまり実感が沸いてこない。
「……うん!? こ、これ……電気がある!?」
僕は、筒の中の光景に思考を中断された。筒の中の光景は、僕にとっては有り触れた光景だが、この世界にとっては異質に感じたからだ。
左目を閉じ、筒の中に映っている光景だけに集中する。
「エミナさん! これ、何!? ネオン!?」
僕の右目に映っているのは煌びやかで電気的な光。赤や黄色、緑やオレンジもある。さっきのバチバチという光も、これから発せられている。
「ねおん? ああ、これはね……」
エミナさんが、僕の筒を見て納得したように喋り出した。
「ルミナグラスよ」
「ルミナグラス……?」
「そう。色々な形の硝子の中に、光を吸収する粉とか、魔力に反応して発光する粉とかを入れるの。
「でも、バチバチって……」
「湿気を吸ったりして保存状態が悪いと、ダマになるの。それが魔力によって弾ける音」
「ああ、そうなんだ……」
もしかして、ここと現代は近い。地続きのような関係なのかと思ったが、違うみたいだ。僕は少し肩を落とした。
「がっかりする事無いよ。ここに来てまだ一日目なんだから。気長に探そうよ」
「うん……そうだね。そうだけど……」
ここは、やはり僕の知っている現実世界ではない。それも、簡単には抜け出せないタイプだろう。だったら、ここで生きていくために、どうにかしないといけない。
「……魔法、本格的に習ってみようかな」
魔法。どうやら、僕は魔法が得意らしい。元々なのか、ここに来て女の子の体になってからなのかは分からないが、この際、そういった事は関係無い。
魔法が使えるようになれば、村で起こったような事件に巻き込まれても身を守れそうだし、魔法雑貨をこしらえたり、冒険者ギルドで依頼を受けたりもできるだろう。
「ん……そうだね。ミズキちゃんって魔法の使い方が体に染みついてるみたいだし。魔法を思い出せば、色々解決しそうな気がする。でも、この都の中にも魔法修練所っていくつもあるから……取り敢えず、お昼にしよっか」
恐らく、意図的に周りの建物よりも一回り高く作ってあるのであろう、時計台の時計を見る。
その時計が指す時刻によると、お昼はとうに過ぎている。
「ああ、ほんとだ。もうこんな時間だ」
少しお洒落な感じのレストランが偶々目に入ったので、僕達はそこで昼食をとる事にした。
中には木の机と椅子があり、椅子にはフカフカなクッションが敷いてあった。清潔そうだが、華美な装飾は無さそうだ。大衆食堂のような役割のお店なのかもしれない。
変わった所と言えば、宙に浮いている球だろうか。それが発する光は蛍光灯よりも控えめで、オレンジ色に発光している。性質的には間接照明の様に、落ち着いた空間を演出している。
僕達は、窓際から二列目の席に着いた。エミナさんは、メニューに一通り目を通すと「ビテン豆のスープとアップルサイダーにしようかな」と、聞き慣れない豆の名前を口に出した。
勿論、僕もメニューを見ている。鴨や羊の肉といった、現代にもある食材の名前も見受けられるが、現代には無い名前の食べ物も沢山あって、戸惑う。
エミナさんが言うには、クリプク肉というのは羊と豚の間くらいの味らしい。
折角なので、現代で食べれないであろう、クリプク肉のローストが食べたい。それにクルミパンと、飲み物はエミナさんと同じ、アップルサイダーを注文しようか。
僕とエミナさんは、こんな調子で相談して、最終的には、それに加えてホットケーキを二人で取り分けて食べようと決まった。エミナさんが言うには、ムフルトベリーというのがここの特産で美味しいらしいので、それがトッピングされているホットケーキを二人で食べてみようという事になったのだ。
ウエイターに注文して暫くすると、食事がテーブルに並べられた。内容にしては出来るのが早いと思ったが、この世界には魔法があるのだから、そのせいかもしれない。
僕とエミナさんは声を揃えて「いただきます」と言うと、食事に手を伸ばした。
クリプク肉をナイフで切り分け、フォークで口の中へと運ぶ。
「うん……」
味は美味しい。心配していた臭みも無く、肉特有の旨味も感じられて食べやすい。
ソースも甘すぎず辛すぎず、丁度いい。
エミナさんの方は、豆と野菜のたくさん入ったスープをスプーンですくって食べている。サクサクという音は豆によるものか、それとも野菜によるものなのか……分からないが、美味しそうに食べている。
「ね、魔法修練所の事、考えてみたんだけどさ」
エミナさんは、アップルサイダーを飲みながら言った。
「取り敢えず、いくつか体験入所してみよっか」
「体験……か……」
「うん。ほら、張り紙、沢山あったじゃない」
「え……?」
「宣伝のさ。一日体験してみませんかとか。体験入所者募集中とか」
「ああ、そんなの、あったんだ……」
「今までだけでも三、四種類くらい見たよ」
「そ、そうなんだ……」
確かに、張り紙は沢山あったと思う。しかし、内容までは見ていない。
道行く人々や、周りの風景……目に見えること全部が新鮮だから、張り紙が貼ってあったところで、僕は特に気にせず、他のものばかりを見ていたからかもしれない。
エミナさんは、都に来て少し興奮気味だが、さすがに、この世界の事を全然知らない僕ほど周りが見えていないわけではないだろう。
「……いいかもしれないな。魔法修練所自体、どんな所かも分からないんだし」
僕は、そう言って、アップルサイダーをごくりと一口飲んだ。
リンゴの風味が口の中に広がり、炭酸の刺激が喉に走る。
調味料は使われてなさそうだ。純粋に、リンゴの味だけがする。
「じゃあ、決まり! 食べ終わったら、早速体験入所にってみよ!」
「うん」
この世界に、当然の様にある魔法。この魔法によって、部分的にだが現代以上に便利な文明が築かれている。この都を見て、そう感じた。
僕がどれだけ魔法に適性があるのかは分からないが、習ってみる価値はあるだろう。
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