1-4 異世界

「やだなあ父さん、このくらい出来るよ。本当に最小限の火の球じゃない」

「いやいや、苦手な属性の魔法をノンキャストで使えるなんて、中々出来るもんじゃないぞ」


 僕はぽかんと口を開けた。魔法をどうのこうのと、目の前でナチュラルに話している。

 手品でも使ったのかと思ったが、この感じだと、そうは見えない。という事は、魔法は本当に存在するのか……。


 それとも、皆で僕をからかっているだけだろうか……この人達が手品を魔法だと思い込んでいるという線も有り得なくはないけど……。


「あ、そういえば、ミズキちゃんは、魔法、使えるの?」

「え……」

「おお、そうだな。使えるか使えないか、使えるとしたらどんな魔法が使えるかが分かれば、どこから来たのかの手掛かりになる」

「ええ……魔法って……ええと……まず、そもそも、魔法って存在するものなんですか?」

「うん? 存在する?」

「どういう意味?」

「どういう意味って……」


 僕は困ってしまった。どういう意味もなにも、そのままの意味なのだけど。


「……いや、なんでもない。ちょっと記憶が混乱してるみたいで」


 今の反応を見れば分かる。この人達は、本当に魔法を信じている。


「そうか、それも分からないのか……そうだ、鏡は見たのかい?」

「え?」

「自分の顔、見れば何か思い出すかもしれない」

「ああ、確かにそうですね」


 僕が相槌を打つと、エミナさんは懐から手鏡を取り出して、僕に手渡した。


「はい、これ」


「ああ、ありがとう」

 僕はそれを受け取り、自分の顔を見てみた。


「あっ……!」


 見た途端、僕は思わず赤面した。


(か、かわいい……)


「……どうしたの?」


 怪訝な顔でこちらを見ているエミナに、僕はぶるぶると激しく首を振った。


「い、いや、何でもないよ」


 これが僕なのだろうか。大きい目はクリッとしていて、エミナさんより少し幼く見える。

 そして、今まで気付かなかったが、なんと髪はピンク色をしている。この人達は、こんな色の髪の毛を見て何とも思わないのだろうか。


「髪はピンクですね」

「そうねぇ、可愛いピンク色ねぇ」

「薄いピンク色……かわいいね」


 リィンさんとエミナさんがニコニコと笑っている。特に何も思っていないらしい。


「自分がピンク髪なのも、初めて知ったみたいだな……ううん……魔法の事も忘れてるとなると……これはもう、記憶の混乱どころじゃないかもしれん」

「え……」


 ショーさんの言葉に僕は少したじろいだ。


「つまり……記憶喪失かもしれない」

「ええー!?」


 僕、エミナさん、リィンさんは、三人同時に叫び声をあげた。。


「頭にショックを受けた人がなるらしい。ショックで記憶がごちゃごちゃになって……下の記憶は無くなるんだ」

「いや、そんな事は……一応、記憶はありますし……」

「いや、それでも分からないぞ。魔法を知らない人なんて、この辺りじゃ効かないし、聞いた事ない単語を何回も口にしている」

「いや、でもそれは……そうなのかな……うーん……そうかもしれないなぁ……」

「ま、それも、じきに記憶が整理されれば分かる事さ。それより食事を楽しもうじゃないか」

「ああ、そうだわ。秋刀魚焼きがそろそろ焼き上がった頃かしら」

「ああ! 秋刀魚!」


 僕は思わず叫んでしまった。知っている単語がやっと出てきた安心感で、緊張が少し解けたのだ。

 皆、驚いたように僕の方を見て、沈黙している。


「ああ、いや……秋刀魚は知ってたから……焼き魚でしょ?」

「ふむ……確かに焼いた魚だ……ああ、母さんは料理、取ってきていいよ」

「そうするわ。馴染みのある料理なら、きっと口に合うはずだから、待っててね」


 リィンさんは、一度止めた足を再び動かし、流し台の方へと改めてく向かった。


「お魚を知ってるって事は、海沿いの村の人かもしれないね」


 エミナが言った。


「ああ。ようやく手掛かりが見えて来たな」

「海沿いね……うーん……海沿いと言えば海沿いだけど……」


 東京都は海に沿っているが、漁業が盛んとは思えない。この人達と僕の物事のとらえ方は、やっぱりどこか違う。


「はい、秋刀魚焼きよ」


 ミトンをつけたリィンさんが、秋刀魚が四尾乗っている大きなお皿をテーブルに置いた。


「本当に秋刀魚だ……」


 僕は更にほっとした。少なくとも、ここは異世界ではないか。魔法が本当なら、ここが映画なんかでよくある異世界なのは否定できなくなるが……秋刀魚があるから違うだろう。


「はい、ミズキちゃん」

「あ、ありがとうございます」


 僕はリィンさんがお皿にとってくれた秋刀魚をまじまじと見た。


「さ、遠慮せずに食べていいのよ」

「あ、はい」

(箸が無いなぁ……)


 僕はそんな事を思いながら、フォークとナイフを手にした。


「うーんと……」


 取り敢えず、フォークで魚の身を抑え、ナイフで骨の辺りを切ってみた。

 魚を開いて、骨の無い上の身と、まだ骨が付いている下の身に分けた。

 そして、下の身に付いた骨は、手でつまんで、骨と身を剥がすように取り除いた。

 ナイフとフォークでも、案外綺麗に取り除けるものだ。


「あらぁ!」


 リィンさんの歓声が部屋内響く。


「上手いもんだな」

「漁村の人って、みんなこんな風に魚を裁けるのかな?」


 ショーさんとエミナさんも、まじまじと僕の皿に乗った秋刀魚を見ている。


「そ、そうかな……」

「ここは海から遠いから、中々お魚が手に入らないの。でも、こんなに上手く魚を食べられるなら、きっとミズキちゃんは漁村の人よ」

「私もエミナと同意見だな。記憶が落ち着いたら漁村に行くといいかもしれない。何か思い出すと思うよ」

「そうですか……そうかもしれないです」


 日本は島国だから、当たらずとも遠からずといったところかもしれない。

 そういえば、ここが日本だか外国だかも良く分からなくなってきた。外国だとしても、異世界よりかはマシだが……。


「ただ、私は漁村へ行った事があるけど、そんな服は見た事が無いんだよなぁ……」

「え?」

「服装自体はシャツとハーフパンツなんだがね」

「ハーフパンツ……? ああ、ちょっと大きいからかな」


 女性の体になったせいかは分からないが以前より服が緩い。人から見ると、ダボダボに見えて、男の時とは違う格好に見えてしまうかもしれない。


「確かに、ちょっと、ダボダボかもしれないです」

「いや、そうじゃなくて、その柄とか、下のズボンとかがね」

「柄?」

「そう。古代文字みたいな柄をしてる」

「そういえば見た事無いわ、私も」


 エミナさんがTシャツの柄をじっと見始めた。


「そうなの? まあ……僕も英語は苦手だけど……」

「そのズボンも気になる。シルクに似てるけど、少し違う気がするんだ」

「えと……」


 僕は体をくねらせて、お尻の辺りに付いている、半ズボンのタグを見た。


「ポリエステルです。ポリエステル百パーセント」

「ポリエステル……聞いた事無いな……母さん、知ってるかい?」

「うーん……私も聞いた事無いわねぇ……」

「エミナは?」

「知らないわ」

「そうか。もしかしたら、ミズキちゃんは私が想像しているよりも、もっと遠くから来た人なのかもしれないな……ところで、ミズキちゃんはこれからどうするつもりだい?」

「え……そう……ですね……どうしよう……」

「分からないよな、無理も無い。起きてからまだ少ししか時間が経ってないからな。という事は、記憶喪失を起こしてからも、そう時間が経ってないって事で……色々と戸惑っているだろう? よければ、暫くうちに居るといい」

「え……でも……」


 早く帰りたい。でも、電話が繋がらないし、ここがどこだかも分からない。この調子だと、電車やバスがあるかも怪しい。とはいえ……そんな状況も、何も分からない。


「すいません……お世話になります」


 僕は、ひとまずここに留まる事にした。でも、なるべく早く、電車やバス、場合によっては飛行機を見つけるか、電話かネットの電波が入る所を探して、家に帰るつもりだ。


「遠慮しないでいいよ。同年代の子と話す時間も出来て、エミナも嬉しそうだ」

「うん! よろしくね、ミズキちゃん!」

「うふふ……歓迎するわ」


 エミナとその両親に温かく迎えられながら、僕は食事を終えた。

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