お地蔵さんの正体③ 本地垂迹とは?

 てんと言う存在が誕生した背景には、他の宗教の信者を仏教に取り込む狙いがあったと言います。後に日本固有の宗教である神道しんとうの神々も、神仏習合しんぶつしゅうごうと言う形で仏教に取り入れられました。この動きは八世紀頃から、明治政府が神仏分離しんぶつぶんりの政策を施工しこうするまで続いたそうです。


 神仏習合しんぶつしゅうごうは「仏教のほとけ神道しんとうの神々は同一の存在である」と言う思想を基盤にしています。何でも神々の本来の姿は如来にょらい菩薩ぼさつで、人々を導くために仮の姿を取っているそうです。

 歴史の授業で習った方も多いと思いますが、この思想を本地垂迹ほんじすいじゃくと言います。本地ほんじとは真の姿や本性を意味し、神々の正体(と言う設定)である如来にょらい菩薩ぼさつを指します。対して「垂迹すいじゃく」とは仏教のほとけが人々を導くために、仮の姿で降臨することを意味するそうです。


 先に紹介した大日だいにち如来にょらい天照大神あまてらすおおみかみと同一視されるのも、本地垂迹ほんじすいじゃくの思想があってのことです。他にも本編で解説した通り素戔嗚尊すさのおのみこと牛頭天王ごずてんのう八幡神はちまんじん阿弥陀如来あみだにょらいなどが同じ存在であると言われています。


 仏教のほとけが姿を変えた神さまには、権現ごんげんと呼ばれるものがいます。「ごん」と言う字には「仮」と言う意味があり、「権現ごんげん」とは「かり」の姿で「現」れたことを指すそうです。


 権現ごんげんの代表各としては、えんの小角おづのが呼び出したとされる蔵王ざおう権現ごんげん金比羅こんぴら様こと金比羅こんぴら権現ごんげんなどがげられます。

 江戸幕府を開いた徳川とくがわ家康いえやすも、死後、東照とうしょう大権現だいごんげんとして神格化されています。その家康いえやすまつるために建てられたのが、誰もが一度は訪れたことがある日光にっこう東照宮とうしょうぐうです。


 さてお地蔵さんの素性に迫った今回の箸休め、お楽しみいただけたでしょうか? 二度と使わないであろう漢字と睨み合った甲斐があったなら、作者としても幸いです。

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