第一章 七
天泣は、紅蓮と雫を少し下がったところから見ていた。
この二人をずっと見ていたい。他愛もない会話でも、情けない会話でも、楽しそうにしている姿をずっと見ていたい。
「でね、それから優くんがね、木刀持って向かっていったの。そうしたら、そのお兄さんすぐに倒れちゃって。覚えてろーって叫んで逃げちゃったんだよ」
「ほう」
今日は紅蓮の過去について話しているらしい。紅蓮も話にいくらかの興味を示しているようだ。
(僕が昨日あんなこと言ったからかな)
天泣は内心で笑った。
(元々は興味無かったんだろうけど。記憶に。僕が言ったからかな? それとも、雫ちゃんかな?)
原因が雫であることを願うばかりだ。雫が熱心に、それでいて大切そうに、紅蓮に接しているから、紅蓮が変わった。そうであって欲しい。
霜柱を踏んだのか、さくっと音がして、寒さを思い出す。寒いのを忘れていた。きっとこの二人を見ていたからだろう。二人を見ると温かいから。
(うらやましいよ。紅蓮)
温かい子がそばにいて、うらやましいよ。
雫は本当に紅蓮の知り合いだ。話を聞いている限り、幼なじみか恋人か。勘でしかないけれど、分かる。間違えない。紅蓮は雫の大切な人だ。それに、紅蓮は雫のことを大切に思っていたはずだ。
(だから、大切にしてね。幸せに――)
ちょっとした想像に、思わず微笑む。
紅蓮の記憶は、戻るのだろうか。戻れば、ずっと幸せになれるのに。卍部隊である限り、こんな真夜中の路地でしか会えないけれど、それでも、記憶が戻れば。
「その後、先生が来てね、『何やってるんだお前たち!』って、大騒ぎ。なんだかそのお兄さんたちは怒られないのに、私たちだけ怒られちゃった」
「それは、理不尽だな」
「でしょ。その時は先生ひどいよーって思ったよ」
会話がずいぶんとましになっている。天泣はその事に満足を覚えた。
「雫。すまない、そろそろ」
「あ、本当だ。じゃあ私帰るね」
「ああ」
雫が別れ際に微笑んだ。ふと、紅蓮がその目をのぞき込む。月明かりに照らされて、その様子はまるで。
(お? 今日は逸らさないね)
やがて雫は恥ずかしそうにはにかむと、その場を去った。
「……天泣。ニヤニヤするな」
「あれぇ、僕そんな顔してた?」
自覚はあるが、はぐらかす。紅蓮はむうと黙った。
(紅蓮こそニヤニヤしてていいのに。あ、待ってやっぱり良くない全然良くない。軍服に刀提げた人がニヤニヤしてたら変質者にしか見えないって。特に紅蓮みたいな人)
そう考えていたら、くすりと笑えた。
「どうした?」
「いやあ、べっつにぃ」
紅蓮は首をかしげた。その動作が面白い。普段見せない動作だから、面白い。
「大丈夫だよ、紅蓮の彼女はとらないからさ」
「意味が分からない」
「あ、今焦ったでしょ。焦ったでしょ~」
「絶対に無い」
「はっきり言わないでよ。面白くないなぁ」
「意味が分からない」
「口癖? 『意味が分からない』って」
「知るか」
紅蓮が若干ムキになっている気がする。もっとからかいたくなったけれど、そろそろやめておく。
しばらく何も言わずに歩いた。やがて、他の隊員の姿が遠くに見えた頃、紅蓮が口を開いた。
「雫の目が」
「うん? 目が?」
「きれいだった。澄んでいて」
紅蓮はそれから何事も無かったように前を向いてしまう。
(まさか、こんな言葉が出てくるなんてね。紅蓮もかわいいとこあるなあ)
笑いを堪えるのに必死になった。堪えすぎて、そろそろお腹が痛くなりそうだ。
(いいんだよ、紅蓮。もっと仲良くなりなよ。僕も幸せそうな二人見てるの好きだし)
うらやましいという感情よりもずっと、勝る感情。その正体がこれだ。
天泣は先を歩く紅蓮を見て、そっと目を細めた。
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