「海」を感じる、ショートショート

長谷川賢人

フナムシタウン

ある日、漁夫が港を歩いていると、心地良い香りを感じた。見回してみるも何もなく、足元には数匹のフナムシがいるだけだった。その香りを確かめてみようと、漁夫は幾度か鼻をすすったが、正体はみえない。じっと感覚を集中させてみると、どうやら足元から立ち上っているらしい。


「フナムシからいい匂いがしているのか……」


漁夫はフナムシをつかまえて、手のひらに包んで鼻を近づけると、石けんのような、ミルクのような、やさしい甘さを感じた。数匹のフナムシをつかまえて持ち帰り、育てることにした。


どこかから魚の臭いがただよっていた漁夫の家は、日々、好ましい香りに包まれるようになり、妻は大いに喜んだ。増えたフナムシを友人に分け与え、やがては売り出すと、港町から魚やエサのすえた臭いは潜むようになった。


評判に気を良くした漁夫たちは、あたらしいフナムシを探しだした。「森の香り」や「レモンの香り」も売られるようになり、路地裏も、料理屋も、漁具置き場も、目を閉じて歩けば「どこ」と言い当てられないほどだった。


ただ、いつからかその港に寄港する船の数が減っていき、町からは活発な声が聞こえなくなっていった。


「あの街は海の香りがしなくて、どうも港っぽくないんだよなぁ」とは、立ち寄った乗組員の言葉。

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「海」を感じる、ショートショート 長谷川賢人 @hasex

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