何でも屋いしざき「夕焼けの向こう側」
雨飴えも
第1話
最近、うちの近所の長屋に「なんでも屋いしざき」という店ができた。
その長屋は、1年ちょっと前まで陽気なおじいちゃんが、小さいけれど、すごくおいしいせんべい屋をやっていた。薄汚れた今時珍しい木造の店で、売れてるのかよくわかんないけれど、おじいちゃんは毎日幸せそうにせんべいを焼いていた。
おばあちゃんが死んじゃってからは、老人ホーム入り。しかも息子夫婦は、さらっとあの思い出の長屋を売りに出してしまった。
だけど、あんなボロボロの長屋、誰も買いっこなかった。確かにここは都心じゃないし、高いビルが軒を連ねてるわけでもないけど、ちょっと寂れてるとはいえ、田舎と呼ぶには発展しすぎた郊外の住宅街だった。
だからその元せんべい屋はずっと空き家で、子供たちの格好の遊び場になっていたんだ。
そんなあの長屋に、1週間くらい前だろうか、突然「なんでも屋」ができた。というかいつできたのかまったくわからない。駅とは反対側にあるその店を、ふいにいつもとは違う本屋に行こうとして、自転車で前を通ったとき、気が付いた。
「こんな店あったっけ?」
それが第一印象だった。ずっと閉められていた長屋の引き戸が全開になっていて、まるで駄菓子屋のように所狭しと商品が置かれている。
しかもその商品がなんだか変わっていた。一見、ただ古臭いものというだけなのに、下にある不似合いに新しいプラスチックのプレートに書かれた商品名が、とても変わっていた。
たとえば
「過去と話せるテレホンカード」
「空腹を抑える胃薬(錠剤)」
「明日の天気を予測できる下駄」
「絶対に勝てるべいごま」
まるでドラえもんのひみつ道具のような商品名に、ぼくは一瞬あっけに取られた。リアリティはないけれど、どんな商品なのかは気になる。
でもその日は漫画の続きが気になって、そのまま自転車を本屋へと走らせてしまった。
その日の夜。あのときの後悔は意外にもはやく訪れた。
お母さんがとんかつを揚げながら、テレビを見ているぼくに言った一言は、くだらないバラエティ番組より何倍もぼくの興味を呼び寄せた。
「そういえば、佐々木さんちのおじいちゃんのお店のところ、新しいお店できたわねぇ」
あの店だ。「なんでも屋 いしざき」。あれは一体なんなんだろう?てか、いしざきって誰だよ。男かな?女かな?意外と若いのかも。最近昭和ブームだし。それにあんな奇想天外なもの売ってるわけだから発想的に……。それか子供に夢を持たせたいおじいさんとか?そんなことを一人で考えていると母さんが言った。
「でもさぁ、あのお店、看板はあるのにいつも閉まってるねぇ。なんなんだろ?」
……は?
「え、今日前通ったらめっちゃ開いてたよ……」
「ほんと?お母さんもさっき夕方見に行ったのよ~。スーパー行くときさぁ。変な店だなぁって思って覗いてみたら、扉は閉まってるし、中も何も無かったのよ~。何なのかしらねぇ?」
もう閉店時間だったのかしら?5時なんて早いわねぇ。とか、母さんはぶつぶつ言っていたけれど、そんなはずはなかった。ぼくが本屋に行ったのは5時前だし、帰ってきたのは長居しすぎて6時を回っていた。でも確かにあの店は行きも帰りも開いていたし、看板にも営業中と札がぶら下がっていた。商品だって、行きも帰りも同じようにぎっしりと並べられていたんだ。もちろん相変わらずあのおかしな商品名で。
その日の夜、ぼくは無性に「なんでも屋いしざき」が気になって、結局一睡もできなかった。
次の日、学校の授業が始まっても、寝不足のまま頭はぼーっとしていて、どこかふわふわとあの店のことを考えたままだった。
今日、帰りに寄ってみようか。最近特に面白くもない毎日を送っていたぼくは、そんな「なんでも屋いしざき」に夢中だった。まるで外国語みたいな古典を勉強するより、役に立つかわからない数式を解くより、妙な匂いを発する化学の実験をするより、触れない過去の世界事情を学ぶより、ずっとずっとぼくの中であの店の不思議さが重要だった。あの店のことがわかったら何となく空いてるものがすっきり埋まるような気がした。
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