不名誉なオソロ
何故…何故なんだ。
この日はほんとうに珍しく平和で、もう残り時間が5分だ。そんな中、私は一人頭を悩ませ、心に大きな不安を抱いていた。
一つめの不安は授業が平和すぎるということ。私は一番前の席だから、いつ絡まれてしまうかとヒヤヒヤして授業を過ごしている。今だって、少し視線を動かせば、ばっちり先生と目が合う。ああ、おそろしいおそろしい。慌てて、机の上に立てておいた分厚い資料集の影に隠れる。
そんな私としては、平和なまま残り5分というのは非常にありがたい。
では、もうひとつの不安は何かと言うことだ。
何故、今日の塩田先生はやけに見覚えががあるのだろう。いや、確かに顔は授業で何度も見てるから既視感がないわけないのだが。
うまく言えないが、今日授業で初めて先生を見かけたはずなのが、昨日も見かけたような気がするのだ。今日は週明け最初の月曜日5時間目の授業であるのに。
何も知らない人なら、6時間目以前に見かけたのでは?という疑問が浮かぶことだろう。いいや、ここまで私の話に付き合ってきた方なら、塩田先生が一筋縄でいかないのもおわかりのはず。
勿論、彼は必要以上の行動を嫌うようで、遭遇率は極めて低い。……と聖が嘆いていた。断じて、私調べではない。
私は、改めて資料集の影から視線を上に、先生を観察してみた。
耳とうなじにかかるさらさらな暗い色の髪、彫りの深い顔立ち、どうもこのへんが、聖を刺激するらしい。あ、あと禁欲的な銀の細縁メガネ。
視線を下に動かしていく。紺色の襟付ポロシャツ、襟の縁に白いライン。アイボリーのズボン。
何の変わりもない、いつもの気だるげな世界史教諭だ。
「へい、じゃあ今日はこれ以上進むとキリが悪いので、ここまでで」
反射的に時計を見上げると、残り6分。確かに、新章に行くには時間が少なすぎる。
「残りの時間は資料集で、カッチョいいあの人でもながめててくださぁい」
あの人って誰や。
パタンと、先生が教科書を閉じる音につられ目をやると、彼は壁に寄りかかって目を閉じていた。
お、これは寝るのか……先生は寝たかったから早めに切り上げたのか。先生なら有り得る、と一人納得。
資料集を開けつつも、斜め上を見上げてハァと、うっとりとした表情の聖は嬉しそうだけど、残念ながら私は君みたいな時間の潰し方は選択肢にない。資料集のページをパラパラめくり、‘‘カッチョいいあの人’’を探すとでもするか。
諦めて残り時間を過ごそうとしたその時。
突然、塩田先生がクワッと目を見開いた。
かと思うと、組んでいた腕をほどき、こちらに向かって歩みを進めてくる。
「そういえばさぁ、俺さぁ、‘‘あの人’’と今日オソロなんだいねぇ」
オソロ?
あっ…………ああ!わかった!わかったよ!
クラス中がポカンとした空気の中、私だけが一人で興奮していた。違和感の正体はわかった。
「ほら、いるっしょ。声も体もでかい公民教師が。俺さぁ、あの人と同じ服持っててさぁ」
そう、声も体もでかい公民教師こと、村手先生が1時間目の授業で同じポロシャツを着ていたのだ。
ただし、村手先生の場合は首や胸がピチピチで苦しそうだった。なので私の記憶にあったのだ。
「あの人と被るの嫌だからさぁ、いつも被らないようにしてんの」
私は、左足を小刻みに揺らしながら、一番前の席の男子に顔を近づけ、話しかけるように言った。まあ、確かに性格も風貌も、あと体型も正反対な二人が同じポロシャツを着ていたら。そんな想像、腹が裂けるくらいには面白いからしたくない。
「だけどさぁ、俺、昨日訳あって家帰れなかったから昨日と同じ服装になっちゃったわけでェ、そんなんだからあの人と被っちゃったんさね」
先生は男子から身を引くと、教卓の横に立ち、腕を教卓に乗せた。
「じゃ、授業終わりで。へい号令」
いや、先生!?何、さらっと流して終わりにしようとしているんですか。
『訳あって家帰れなかったから』ってなんですか?
そこスルーですか、クラスメイトの皆さん?
先生が教室の扉を閉めた瞬間、遅れたように教室はざわついた。
「あああ、どういうことだあ!塩田先生が、まさか朝帰りですかああ。そんなの……すぎる」
案の定、聖が駆け寄ってきて、私の机に突っ伏し泣きわめきはじめた。
その横で、礼夏ちゃんがおろおろしながら聖を慰め始める。
「わかんないよ、聖ちゃん。奥さんとケンカして家に帰れなかっただけかもしれないじゃん」
「普通に残業かもよ。わかんないけど。」
「第一、先生が朝帰り宣言したら大問題じゃん!大丈夫だよ…ん?何が大丈夫なんだろう」
あまりにも、うちひしがれた様子であったので、珍しく私もフォローしようと加わった。
「あの、聖?」
ガバッと起き上がり、彼女は満面の笑みで叫んだ。
「どっちにしたって、塩田先生ミステリアスすぎてしんどいいいい!」
・・・・・・・・・・・・・・
久しぶりすぎる更新ですみません。
バタバタしていました。一年前の書きかけのネタの続きを書いたので、繋がりも流れも悪く微妙になってしまいましたがご了承ください…。
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