世界史のメシア様

癸(みずのと)

メシアだなんて嘘です編

世界史のメシア様

何故か目の前では、小菅くんが隣の席の木崎さんに頭を下げていた。

「どうかおねがいします!」

勢いよく言うと小菅くんは、チラッと先生の反応を確かめるように、目だけを横に動かす。しかし先生は、そんな小菅くんの視線は気にせずに話を続けた。

「で、ここに救世主メシア木崎がいるわけだ。小菅、お前生き残りたいだろ?だったら、なあ木崎 救世主メシアにもっとお願いしないと。」


そう、ポイントは「メシア」である。

古代オリエントの一民族である、ヘブライ人はユダヤ教を作り上げ、この世の全ては終わりを迎える、という考え方を確立させた。世界の終末、すなわち人類滅亡。しかし、世界が終わりを迎えるとき、救世主メシアがあらわれるそうだ。そして、メシアをずっと信じたヘブライ人は救われる。

大体そんな感じの概要を説明された。ここまではいい、ここまではいいのだが……。


まあ、それで、何をしているかというと。

「木崎メシア様、どうか私をお助けください。」

小菅くんが深々と頭を下げ、クラスの皆はケラケラと腹を抱えて笑っていた。もちろん、私もその一人である。

「木崎、お前、小菅のこと助けてあげても良いって思ったか?」

「え、あ、まあ……はい。」

やはり、この混沌とした状況に困惑しているようだ。先生は、木崎さんの言葉を聞くと、白板に『選民思想』と書いた。

「このように、メシアが救う人を選ぶという考えを選民思想というんだ。」

……なるほど、つまり先生は、生徒をヘブライ人とメシアに見立てて説明しようとしているわけだ。

先生は、こちらに向き直り、小菅くんにこんな要求をした。

「おい、小菅。自分の命がかかっているのに、そんな頼み方で良いのか?お前死にたくねえだろ」

先生には有無を言わせないような、謎の威圧感があったので。

「……え?土下座?土下座すればいいわけ?」

小菅はボソッと笑いを含んだ声で椅子から下り、膝を折り曲げた。そして、両手を膝の前につくと、ゆっくりと腰を折って一言。「どうか私をお助けください」

木崎さんの真後ろの席の私は、何だか笑えず、その光景に思わず息を飲んだ。

先生の顔をみると、相変わらず無気力そうな目、半開きの口―全開で話しているのは誰も見たことがない―で、どんな気持ちなのかは全くわからなかった。ので、この先生はいくら小菅くんが真剣にユダヤ教徒ごっこをしても反応が薄いわけであって、「そういうわけで、当時の人は小菅みたいに必死で神へ祈ったわけだ。」と一言でまとめられてしまった。

ここで、先生はまた白板に文字をつけたけたした。

「木崎、小菅を助けてやってもいいかなって思ったか?」

「はい、まあ助けてあげても……いいかなって思います」

さすがに木崎さんもこの不思議な状況を飲み込み、口の端を軽くあげて遠慮気味に答えた。

「……だそうだ。よかったな。」

「はい」

「ただし小菅」

「はい」

「お前は木崎に救われることは絶対にありえない」


「えっ」

一瞬の間をおいて、数人が声を漏らした。

どういうこと?これは仮想の設定だからとか言うわけ?一同は黙って、先生の口からでる次の言葉をじっと待った。





「何故なら、お前はヘブライ人じゃないだろ、小菅。」


……恐らく、これで誰もユダヤ教の問題は間違えないに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る