28
あれから二年が過ぎた。
その男の言葉通り、早坂順弥はアリゾナの赤茶けた荒野に立ち、沈みゆく巨大な夕陽を見つめていた。
ついにやってきた――
そういう想いがある。
この二年間は、彼にとって短いものであったが、少年から青年へと成長させるには十分な年月であった。
もう少年とはいえないような精悍な雰囲気がある。身長は一八〇センチ近くあるだろうか。がっしりとした身体を、無駄な贅肉のない筋肉が覆っている。
だが、彼は、間違いなく早坂順弥であった。その眼に光る輝きは、いまだ失われていない。いや、なお一層強くなったというべきか。
順弥は、背負っていたリュックをおろし、深呼吸を一つした。
そして、この二年間を思い起こしてみる。
目の前で光子炉が爆発し、ガルムという機械化兵士の意識が自分の心の中を走り抜け、そして、彼は生き延びた。
街一つを完全に消滅させる光の爆発から逃れた順弥は、しかし、その直後、心が落ち着かないのを感じていた。その原因を突き止めるべく、心のざわめきが教えるままに、早坂京子の待つマンションへと足を向けたのである。
津田由紀が、早坂京子のクローンを創り、人知れず過ごしていたマンション。だが、結局は組織の知るところとなり、津田由紀は惨殺された。
そして、彼女はいま、順弥の身体の中に、本物の早坂京子とともにいる。その二人の意識が、順弥の心に警告を発し、衝き動かしているのか。
果たして、マンションの地下にあるシェルターに戻った順弥を待っていたのは、待つ者のいない空間だけであった。
呼びかけるまでもなかった。
早坂京子は連れ去られたのだ。
奴等に。
「何だ、コレは……」
地下室は特に破壊されることもなく、そして、シェルターも分厚い扉は閉められたままだった。
だが、外部からでもシェルターの中の様子が見て取れた。
何故か。
シェルターの外壁が、地表ごと消失していたのだ。
そこに球形の何かが突然出現し、空間を削り取っていたのだ。
これまでの『ノウド』の攻撃ではないように思えた。
順弥は、まるで鋭利な刃物に切り取られたケーキのように、きれいな断面を見せるシェルターに、地表から降り立った。
何か痕跡はないか。
そう思って眼を光らせる順弥は、やがてそれに気づいた。
羽根だ。
見れば、あちらこちらにも同じような羽根が落ちている。
「なんだ?」
白鳥のそれのごとき、白く美しい、大きな羽根。
そのうちの一枚に手を伸ばし、つまみ上げた途端、順弥の脳裡で光が弾けた。
「――!?」
その光の中、順弥の探す女の姿が映っていた。
不安そうな瞳で、シェルターの床に座っている京子。その哀しみと不安に満ちた瞳が、驚愕に大きく見開かれたとき、
「な……?」
順弥の視界がまばゆい光に覆い尽くされた。
思わず目の前に手をかざす。だが、意識の中を埋め尽くす光を防げる筈もなく、順弥は視覚を光に焼かれてしまった。
しかし、徐々に光になれてきた順弥の眼に、一つの影が浮かび上がってきた。
シェルターに穴が開いていた。丸く、円く、削り取られて消失していた。その中央――空中に立つその影の背に、一対の大きな翼のようなものを見た。
「ああ……」
そのとき、京子の感極まったような声が聞こえた。見れば、祈るような姿で、京子が涙を流している。
「神さま……」
京子の漏らした言葉ほど、順弥を驚愕させたものはなかった。
神だと!
いま、この光に包まれて存在するものが、神だというのか!?
順弥は意識の中の光に眼を凝らすが、やはりはっきり見えない。
だが、そのとき、影が微かに動いたように順弥には思えた。
瞬間、光は消えた。
同時に風が巻き起こった。
「――!?」
その光と風の中、順弥はいくつかの声を聞いた気がした。
眼を開ける。
順弥は、羽根を持ったままシェルターに立ち尽くしている自分に気づいた。
今のは幻覚だったのか。
いや、違う。
この羽根の見せた『記憶』だったのだ。順弥は、光に包まれた何者かの残した羽根の残留思念というべきものを読み取ったのである。それは、サイコメトリーともいえるものであったのかもしれぬ。
とにかく、早坂京子は連れ去られた。ついていったのではない。そう確信できるものを、この羽根は残していってくれている。
早坂京子は、「神」と思しき存在に拉致されたのだ。今でも、耳の中に声が谺している。
早坂京子の声。
そして、挑戦状。
「アリゾナに来い。いつまでも待っているよ」
嗤っていた。
奴が、だ。
ならば、敵は「神」なのか。
「神」が、『ノウド』という悪魔の組織を操り、人類を破滅へと導こうとしているというのか。
そして、早坂京子は、順弥を更なる地獄へと誘うための餌として、連れて行かれてしまったのだ。
運命に翻弄されて、京子は無事に生きているのだろうか。
だが、行ってやる。
本当の敵が何者なのか関係ない。
本当に「神」なのか、化物なのか。そんなことはどうでもいい。俺の敵だということに変わりはないのだ。
その敵が、俺の大事な人を連れ去っていった。
許される筈がない。
やってやる。
必ず海を渡り、貴様等の喉笛に啖いついてやる。
順弥は、自分の握り拳がぶるぶると怒りに震えていることに気づいてはいなかった。
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