免許合宿紀行 0日目 「深夜特急」

旅立ちの日。

午前中は、荷物の確認に追われた。


最低でも16日間の長旅ということもあって、荷物はそれなりの量になっていた。


備えあれば、憂いなしの方針で、あれやこれやと詰め込んだが、振り返ってみれば、全く使わなかった物も多くあった。次の旅がいつになるかは解らないが、「過ぎたるは及ばざるが如し」を教訓として胸に刻んでおきたい。


荷物は大別して、4つ。

バックパック、スーツケース、三脚、ロードバイク(輪行バッグに収納)。


スーツケースには、自動車学校に宅急便で送ることを前提に、移動中に必要にならないであろう、衣類、生活用品、ノートパソコンを詰め込んだ。


スーツケースは、大きくもなく小さくもなく、長期旅行に使うには、少し物足りないサイズだったことは事実であるが、それでも、衣類だけで、スーツケースが一杯になってしまった。誤算である。


洗濯は面倒以外のなにものでもない。できるだけ洗濯の回数を減らすことで時間と手間を節約したいという思惑があった。一週間分を最低限と考え、シャツ、パンツ、下着、靴下など、衣類を選別した。


それに加えて、いざという時のためにと、夏場であるのに、ロングのアウター、ロングのインナー、さらに手袋まで詰め込んだのは、正に余計だった。


一枚一枚は軽く薄くても、数が増えれば、それなりに嵩張ってくる。とりあえず入れておくではなく、もう少し慎重に取捨選択をすべきだったと反省している。


とにかく、衣類の隙間に髭剃り、歯ブラシなどの生活用品を捩じ込み、バスタオルに包んだノートパソコンを蓋の裏に縛り付けて、スーツケースの鍵をかけた。


その後、宅配便業者に集荷を頼み、往復宅急便で自動車学校宛に荷物を送った。往復宅急便は、同じ荷物を往復で発送することを確約することで、送料が少し安くなるというサービスである。


塵も積もれば、山となる。お金のない私にとって、節約は豊かに生きるための術である。


バックパックは、登山用の大型バックパックを使うことにした。容量は約60リットルあり、スーツケースに詰め込む予定だった、電化製品の各種電源アダプターをどっさりと入れても、かなりの余裕があった。


だが、容量が多いということは、長所であり、短所である。ホテルに到着するまではいいが、自動車学校での生活、滞在中の観光に使うには、どう考えても場違いな大きさなのだ。


考えあぐね、至ったのは、大型のバックパックの中に、小型のバックパックを入れて持っていくという案だった。バックパックの中に、バックパックを入れ、その中にビデオカメラを入れたウェストバッグを入れた。バッグのマトリョーシカである。


バックパックのサイドストラップに三脚バッグを縛りつけ、手荷物と呼ぶには大きすぎる手荷物の支度は終わった。


ロードバイクをどうするか?


それがこの旅で最初に問題になった問題である。


乗車予定の高速バスに載せていく予定だったのだが、前日に電話で問い合わせたところ載せられないとの回答があった。以前は輪行バッグに入れてあれば載せられたようだが、運行方針の転換があったようだ。或いは、繁忙期であるからかもしれない。


置いていくか、宅配業者に頼むか、選択を迫られることになった。


前輪後輪を外しバッグに入れた状態であっても自転車は自転車、それなりのサイズがあるため通常の宅急便では発送ができない。また自動車学校がある島根県までは距離があるため、それなりの運賃を覚悟しなければならなかった。


往復でざっと一万円である。


こうなると、とりあえず、持っていくという話ではなくなる。


あれば便利であることは言うまでもないことだが、運賃に見合うだけ活用できるか、

この時点では、答えを出すことはできなかった。


自動車学校周辺の交通事情。宿泊するホテルの場所。教習の予定。何も解らないのだから、どうしようもない。答えは出せない。私は、判断を保留し、向こうに着いた後、必要性があれば家族に発送を頼むことにした。


荷物の確認を午前中に終わらせ、午後は穏やかな時間を過ごした。自動車学校がある島根県松江市に向かう高速バスの発車時刻は21時30分。


良くも悪くも時間には余裕があった。期待と不安が綯い交ぜになった悶々とした時間を過ごした。とは言え、やはり期待が強かったからか、不快な時間ではなかった。


20時に自宅を出て、最寄りの駅へと向かい。

21時前には、高速バスの発着場があるJR横浜駅のホームを降りた。


横浜駅の前では、ストリートミュージシャンが演奏を行っていた。離れた場所で立ち止まり耳を傾ける。


路上ライブも、夜の街の雑多な空気も嫌いではない。ただ気になることがあった。


ストリートミュージシャンの正面に座って、聴いている人の殆どが煙草を吸っていた。煙草は苦手だ。


立ち止まってから間もなく、ストリートミュージシャンたちは演奏をやめ、その場を離れ始めた。


まだ夜ははじまったばかりなのにと、首を傾げていると、演奏を聞いていた老人がストリートミュージシャンに話しかけ、その疑問の答えを求めてくれた。


話によると、横浜駅の周辺では21時以降は、路上ライブができないそうだ。


横浜市もつまらないことをする。そう感じる一方で、周囲に転がる煙草の吸殻をみると、ストリートミュージシャンを一方的に応援する気持ちは褪せてしまう。


全てが彼らの責任ではない。だが、それでも彼らにはできることがあるような気がした。


気づけば時間が迫っていた。バックパックを背負い直し、高速バスの発着場へと小走りで向かった。


バスは既に止まっていた。同じ会社の高速バスを利用したことがあったので、一目でそれだと解った。乗務員に話しかけ名前を告げると、席の番号を伝えられた。


貴重品とビデオカメラが入った小型のバックパックを抜き出し、少し軽くなった大型のバックパックをトランクに置いた。荷物の番号札を受け取り、バスに乗り込むと、既に満席に近い状態だった。


淀んだ空気から、だるさが伝わってくるように感じられた。


席に座り、ポケットに入っていた財布や携帯電話をバックパックに放り込んでいると、間もなく隣席の客が現れた。


席の間違いを指摘され、謝罪し、慌てて窓側の席に移った。前後に窮屈だった席は、左右にも窮屈になった。


早く寝てしまおうと考え、バックパックの中を探るが、ない。そこで、車内泊のために、あらかじめ購入しておいた空気首枕を忘れたことに気づき、ため息をついた。


幸先は良くない。


窮屈なシート。淀んだ車内の空気。立ち寄ったサービスエリアへ降り立った時の開放感。夜の空気の清涼さ。


高速バスに乗らなければ経験できない感覚を噛み締めながら、まどろみながら、到着の時を待った。


■本日の支出■


宅急便送料(スーツケース、神奈川から島根まで、往復宅急便)

2,960円


高速バス料金

5,500円(チケット屋で事前購入)


合計

8,460円

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