一時限目
邂逅
誰かと協力し何かを為す。それこそが人間の持つ社会性だ。
人は皆、孤独であるが故、他者とのコミュニケーションを図る。そして、完全な個としては生きていけない社会を形成した。現代の日本では足並みを揃え他人に合わせることが、正しく良き行いとされている。郷に入れば郷に従え。俺は模範的な人間だ。この社会に適応し生活してきた。
目の前にある藁半紙二枚。「高校二年生としての覚悟と抱負」という題名がつけられている。昨日は少し事情があり、家でこの課題に取り組むことができなかった。しかし要領が良い俺は、朝早く学校に行き、クラスメイトに了承を得て参考にしながら、朝のHR前に書き終え一度は提出した。
しかし帰りのHRの後、白紙の紙二枚を手渡され、やり直しを命じられた。学生にとって貴重な放課後を四十分も無駄に浪費した。何故、社会性に基づき行動した者が罰せられねばならぬのか。正しきは我にあり。
夕暮れ迫る教室で、腐れ縁の速水秀にそんな意味の愚痴をこぼす。しかし奴は嘲笑しながら言った。
「君のした事は参考じゃなくて模倣じゃ無いか。情状酌量の余地は無いと思うけどね」
「心外だな。模倣じゃない。あくまで参考にしただけだ」
「森秋先生はそうは捉えてくれていない様だけどね」
速水は笑みを一層深くし続ける。
「力ある者にこそ正義は宿る。教員と生徒という立場上、君が不正行為を働いたと主張する森秋先生が正しい。咎人である旭翔太は、罪を認め、罰を甘んじて受けるべきだよ」
大仰な言い回しが好きなやつだ。この男速水秀。中学二年の頃からの付き合いだ。顔は非常に整っていてどこぞの俳優を彷彿とさせる。舌がたち身長も高く、成績も学年でトップクラス。おまけに生徒会の書記を務めるハイスペック超人。柔和な性格と相まって、男女共に人気が高い。こんな神様から二物も三物も与えられたような、傑物と言い争っても勝ち目は低いだろう。しかしこちらにだって言い分はある。
「どこのクラスにも一人は楽をしている奴はいるだろう。そいつら全員が罰せられているとは思えないな」
「森秋先生は教職員としてのモラルを大事にしているという事さ。良い先生じゃないか」
確かにその通り。不正を見つけてしまった以上、何らかの対処をせねばならない。これが責任ある職につくものの責務だ。俺のせいで先生に迷惑をかけてしまった。今日の経験をもとに、今後は類似点を少なくするなどの工夫をし、一読しただけでは模倣をしたとバレないようにしていきたい。そんなくだらない事を考えていると、速水は教室の時計に目を向けていた。
「一時間足らずで書き終わるのなら、家でやったほうが余計な手間をかけずに済んだんじゃないかな?」
「色々あったんだよ」
そう言って自分の椅子を引いた。今から担任に再提出の課題を提出しに行く訳だが、その間こいつをただ待たせる事になる。ちょっと小言を聞いて解放されるだろうが、ひょっとしたら説教が長引く可能性もある。一応確認しておく。
「先に帰ってるか?すぐ終わるとは思うが」
「今日は生徒会もないしここで待つよ。それとも君の弁護をしに同行したほうがいいかな?」
こいつに気を使うなど愚行の極みだろう。にこやかに笑う速水を一瞥し、文字で埋まった用紙を手に取り席を立つ。
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