俺は金皿

 タイムリミットが、近づいていた。


 それは缶詰ならば二年ほど、牛乳ならば十日ほど、鶏肉ならば四日ほど――そして、冷凍保存のアイスクリームには、何と設けられていないのだという。


 何の話かわかるだろうか? そう、もちろん消費期限の話だ。


 オレたち食品と名のつくものにはすべて法律により、「いつまでに食べられなければならない」という厳しい規則が設けられている。そうしないと、オレたちは栄養として人間の役に立つどころか、消化不良を引き起こす――いや、それどころか食中毒を引き起こし、彼らを死に至らせる危険すらあるのだ。


 無論、そんなことを望む食品はいない。


 一度食べられてしまえば終わり、そんなオレたちにだってプライドがある。オレたちは栄養として吸収されることによって、人間の命を繋いでいるのだ、というプライドが。


 しかし――タイムリミットは近づいていた。


 ベルトコンベアの上を流れる金皿の上で、オレはからからに干からびようとしていた。


 この回転寿司屋の廃棄リミットは一時間。その間に取られなかった寿司は、問答無用で廃棄される。


 現に、オレの前を回っていたイワシ先輩は「まだだ、俺はまだやれる!」という叫び声を残し、消えた。オレにできることといったら、次は我が身だと震えることくらいだった。


 それにしても、オレは金皿だった。誰もが憧れる中トロ寿司だった。店の稼ぎ頭として熱い期待を受け、華々しくコンベアに乗り込んだはずだった。


 それなのに、このざまだ。


 刻々と過ぎる時間に怯え、思わず「……オレはアイスクリームになりたい、なんてな」そうつぶやくと、「ごめんなさい」か細い声が聞こえた。「私のせいで、あなたにまで迷惑をかけて……」


 しまった、オレは失言を後悔した。


 寿司は二貫でひと皿。声の主は、オレの隣のもう一貫の中トロ寿司――彼女だった。


「すまない、君に聞かせるつもりじゃなかったんだ。それに――あれは事故だった」


 それはコンベア二周目のことだった。昼時で混み合っていた皿の縁と縁がぶつかり、「危ない!」その衝撃で彼女は放り出された。中トロがむなしく皿に張り付き、酢飯はばらけて横に倒れた。


 その瞬間、オレたちは二貫の中トロ寿司ではなく、中トロ刺身、酢飯、中トロ寿司という構成となってしまった。誰にも手にとってもらえなかったのはそのせいだった。


「……優しいのね」


 オレの言葉に、彼女は弱々しく微笑んだ。「でも、謝りたかったの。ほら見て、もうすぐチェックポイントよ。私たちの旅も、ここで終わりね」


 彼女の言う通りだった。あと二メートル……いや、一メートルもないだろうか。終わりが迫っている。


 本当に終わりなのだろうか、楽しくも苦しかった一時間の記憶が中トロの中を駆け巡る。オレはごくりと息を呑み――ぎゅっと酢飯に力を入れた。「まだだ」


「え?」


「まだ、終わってない。チェックポイントにたどり着くまでに、まだお客さんはいる。最後まで諦めるな」


「でも」


「諦めちゃだめだ」


 オレは中トロを精一杯輝かせ、堂々と胸を張った。


「廃棄されるそのときまで、オレたちはみんなの憧れ、金皿の中トロなんだ!」


 タイムリミットは迫っている。その最後の瞬間まで、オレはオレの寿司人生を駆け抜けようと、そう誓ったのだった。

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