ワカサギ釣り

「そういえば、こないだ家族でワカサギ釣り行ったんだ」


 中学校の昼休み、ユキちゃんが思い出したように言った。


「へえ、楽しかった?」

「うん、意外と。超釣れるからさあ」

「え、どれくらい?」

「うーんと、あたしだけで50匹くらい?」

「マジで、すごいね!」

「おいしかった? 天ぷらだよね、ワカサギっていったら」

「そうそう、天ぷらおいしかったー」

「えー、いいなあ、そういうの」


「……エサは何をつけるの?」


 そのとき、嫌そうな顔をした芽衣子が訊いた。


「あたしも釣りに連れてかれたことあるんだけどさ。釣りって気持ち悪いエサ使うでしょう? ミミズとか、ウジ虫とか。あれが嫌なんだよねえ……」


「あ、それは大丈夫」


 すると、ユキちゃんはあっけらかんと笑った。


「なんかね、ワカサギ釣りって『カラバリ』っていって、何もつけない針で釣れるんだ」

「え? エサつけないの?」

「うん。たくさん針のついた糸をそのまま垂らすの」

「じゃ、エサはそこら辺にまくとか?」

「ううん。何にもしないよ。ホントに糸垂らすだけ」

「うそ、じゃあなんでワカサギは針に食いつくの?」

「ワカサギ、超自殺願望もってんじゃん」

「どういうことなの、ヤバすぎるよ、それ」


「……実は、そのワカサギの前世は釣り人なんだよ」


 すると、今度は永尾ちゃんがぼそりと言った。

 霊感が強いという彼女の一言に、場は一瞬静まったが、「どういうこと?」、気の強い紗英が顔をしかめて訊く。

 永尾ちゃんは教科書の「織田信長」に落書きをしながら、


「だから、ワカサギの前世は釣り人なの。で、もう一度人間に戻りたくて、何回もカラバリに引っかかって自殺するんだけど、全然人間に生まれ変われないの。生まれてみたら、またワカサギなの。

 というのも、前世、彼らは釣り人だったときにワカサギを釣りまくったのね。だから、そうやって自分が釣ったワカサギの数、自分も人間に釣られないと、人間には転生できないの」


 釣り人の業ってやつだよね、永尾ちゃんはつぶやく。


「え……じゃああたし……50回ワカサギに生まれ変わって釣られないとだめなの……?」


 素直なユキちゃんの顔がみるみる青ざめる。


「そ、そんなわけないでしょ!」

「嘘だよ、永尾の嘘!」

「そうだよ、ユキは大丈夫だよ!」

「みんな……」


 ユキちゃんは涙ぐみながら、お弁当を開き、「これあげる」、とワカサギの天ぷらを分けてくれた。


「あ、ありがとう……」


 わたしたちはそれを多少躊躇しながらも口に入れ、永尾ちゃんをうかがった。

 彼女は何も言わなかったが、その口元には謎めいた笑みが浮かんでいた。

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