御子柴先生

 御子柴みこしば先生は45歳。薬化学分野で有名な研究者である。京都大学で教鞭も取る彼の授業はわかりやすいと評判で、論文は世界的な賞を取り、海外の研究者との人脈も非常に広い。


 しかし、そんな御子柴先生には秘密がある。それは――――



「御子柴先生、例の生理活性物質なんですが――あ、先生! ワンちゃんが!」


 研究室に入ってきた大学院生が大声を上げた。御子柴先生が常にそばに置いているペットの豆柴コタロウが、危うく薬品の入ったフラスコを倒すところだったのだ。


「コタロウ、だめだよ。お仕事の邪魔したら」


 院生が諭すと、コタロウはくぅんと甘え声を出してちょこんとお座りした。ペットと飼い主は似るというが、この豆柴はとても頭が良く、人間の言うことを良く理解する。


「ああ、コタロウがすまないな」


 御子柴先生はそう言って、ボリボリと後頭部を掻いた。それから院生の持って来た資料を見て、


「それはそこに置いといてくれ。いま、ちょっと手が離せないんだ」

「はい、わかりました」


 先生の忙しさを知っている院生は、素直に言われたとおりにすると、もう一度コタロウの頭を撫で、ドアから出て行く。その後ろ姿が消えたのを確認して、


「ふうむ。やはりドアに鍵をかけておくべきかもしれんな」

 が言った。


「でもそしたら逆に怪しまれちゃいますよ!」

 が首を振る。


「しかし、フラスコも触れないのでは、一向に研究が進まないではないか。……ああ、この資料、生理活性物質の値が間違っとるじゃないか! おい、コタロウ、あいつをさっさと呼び戻して直させろ!」


 瞳をうるうるとさせた豆柴が怒鳴れば、


「ええ? ボク、何て言えばいいんですか? ちゃんと台詞を紙に書いて下さいよ」

 中年男性がおどおどと首をかしげる。怒った豆柴は、


「いま、それをやっとるじゃないか……ああ! 犬の手というものは、どうしてこんなに書き物に向いてないんだ!」

「せ、先生、落ち着いて下さいよ……」

「これが落ち着いていられるか! あれからもう二年も経つんだぞ!」


 とうとうキレた豆柴が、中年男性のスネに噛みついた――。



 ――そう、御子柴先生は自分が開発した薬で愛犬コタロウと体が入れ替わってしまった、不幸な教授。元に戻る薬を開発するため、体は豆柴、心は人間のまま、今日も研究を続けているのであった。

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