雨女

「いよいよ、明日だね……」

 私のつぶやきに、

「ええ、明日ね……」

 お母さんは重々しくうなずいた。そして、心を落ち着かせるように大きな深呼吸をする。



 明日、10月23日(日)は、この家の一人っ子である、私の結婚式。人生一度の晴れ舞台。一年も前から予約した式場に、選びに選び抜いたドレス。一枚一枚手書きのメッセージをつけた席次に、最高ランクのコース料理、そして有名な菓子店の引き出物。


 やれるだけのことはやった。すべての準備は整った。あとは、自分ではどうにもならないこと――そう、当日のお天気がいいことを願うだけである。


 しかし、私たちにはどうしても気がかりなことがあった。それは――


「詩織ちゃん、やっぱり来るのよね……」

「いや、だって招待状出したもん。ちゃんと出席って返信もあったし」

「そうよね……」


 問題は、お母さんの妹の娘さん――つまり、私の従姉妹である詩織ちゃんのことだった。


 彼女は稀代の雨女。


 運動会から文化祭、コンサートに旅行にお葬式に法事に……とにかく、参加するすべての行事で雨を降らせてきた強者なのだ。その彼女が、結婚式というイベントで雨を降らせないわけがない。それを私たちは恐れているのである。


「呼ばないわけにはいかないしねえ」

「そりゃそうだよ。それに詩織ちゃんは悪くないんだし……」

「そうなのよねえ……」


 まるで自分のせいだとでもいうように落ち込むお母さん。そのお母さんを励ますように、私は、


「でもほら! 向こうには早苗ちゃんがいるから! ね?」


 早苗ちゃんとは、私の結婚相手の隼人くん――その父方の従姉妹である。


 何と、この早苗ちゃんは稀代の晴れ女。


 運動会はもちろん文化祭、コンサートに旅行にお葬式に法事に……とにかく、参加するすべての行事を晴天にしてきた強者だという。


「そうかもしれないけど……でも、詩織ちゃんの力に勝てるかどうか。だってあの子、センター試験でも雨を降らせたのよ? あの時期、普通降っても雪でしょう? それを雨にしたのよ? あの子にはそれほどの力があるのよ?」


「で、でも、早苗ちゃんはその逆で、旅行先の台風を逸らした経験があるらしいから! それも、二度! だから、きっと詩織ちゃんの力に勝てないまでも、相殺して……」


 私は言いながら、ため息をついた。お母さんも同時に息をつく。


 どうか明日、晴れますように――なんて大それたことは言わない。


 だから、どうか曇りくらいの天気でありますように――雨女でも晴れ女でもない私たち親子は、そう願うことしかできないのだった。

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