君を永遠から殺す方法
カツン、カツン……鉄が剥き出しの階段に、足音が響く。錆びた手すりには水滴が滴り、この廃墟が朽ちる時間を早めている。
東京、新宿。
やつらが地球を侵略し、人類が滅亡寸前に追い込まれてから、既に十年の月日が経つ。生き残った俺たちのような少数の人間はシェルターと呼ばれる地下基地に閉じこもり、やつらの影に怯えながら暮らしている。
なぜなら、やつらは人間を食う。シェルターの人間が対抗する手段は、唯一このミサイル銃だけだ。数の限られたその銃を手に、俺たちは交代で辺りを見張り、やつらを殺す。数の多い相手には焼け石に水だが、そうでもしなければ人間の未来はないのだ。しかし、やつらを殺すのはそう簡単ではない――。
階段を下りきったホールの片隅に、俺はその姿を見つけて息を止めた。やつらだ。いや、一体だから、やつと言うべきか。グニャグニャとしたスライム状のそいつは、俺の気配を感知するなり、まるで魔法のようにその形を変えた。
「マコトさん……」
そこに現れたのは、彼女だった。有川美沙。やつらが攻めてこなかったら結婚していた、俺の愛しい人だ。
「美沙……」
その正体を知りながら、俺はつぶやいた。そうせずにはいられなかった。俺の記憶にある、一番美しい彼女がそこにいるのだ。無理もないだろう。
「会いたかった」
彼女は言った。
「ずっと会いたかった」
「……俺もだ」
口を開くと、胸の奥が疼いた。彼女のことを愛していた。一生大切にすると誓っていた。だというのに、俺は彼女を守れなかった。
「ねえ、銃なんて置いて、こっちへ来て」
俺の感情が溢れるのを感知したのだろう、彼女が言う。
そう、これがやつらのやり方。人間の記憶の中から最も大切な人を探り当て、その形に変化し、油断を誘う。その生態を知っていれば、油断はしないものの、ミサイル銃の狙いは鈍る。
当たり前だ。いくら中身がやつらだとわかっていても、大切な人の胸を撃ち抜く勇気がある人間は早々いない。もちろん、そんな甘いことを言っていては、銃を奪われ、その命も奪われる結果が待っているだけなのだが。
しかし、それを知りながら、俺は銃を置くと、彼女のほうに一歩足を踏み出した。彼女が嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ありがとう、嬉しいわ」
それはやつらの本心なのだろうか、そんなことを言う。
「でも、もっと早く決意してくれたらよかったのに」
「……そうだな」
俺は答えた。こいつは俺が仲間をたくさん殺したことを知っているのだろう。俺が何度も彼女の胸に弾を撃ち込み、そのたびに絶望に囚われたことを。
しかし、それも今日で終わりだ。俺は笑った。
「どうして笑うの?」
待ちきれず、足の先が溶けた彼女が聞く。ピンク色のくちびるから、鋭い牙が覗いている。
「もう私を殺したくないから?」
「いいや」
問いに、俺は首を振った。そして彼女の目を真っ直ぐに見た。
「美沙はこの世界にふさわしくない。彼女が廃墟の世界に佇むのを、俺はもう見たくないんだ」
すると、今度は彼女が笑った。
「自分が死ねば、彼女の姿を見なくて済むから? 人間らしい、バカみたいな理由ね」
「いいや」
しかし、もう一度俺は首を振った。
「俺が死ねば、美沙の記憶を持つ人間はこの世界からいなくなる。つまり、お前らは二度と彼女に化けることはできなくなる。彼女は俺が死ぬことによって初めて解放されるんだ」
彼女に化けたやつは、一瞬考えるような顔をした。けれど、やはりどちらでも変わらないと思ったのか、次の瞬間、鋭い牙で俺に襲いかかった。
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タイトル「君を永遠から殺す方法」は読者の方からリクエストいただきました。
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