桐島、部活始めるってよ

 中学一年で四番バッターに抜擢された。いけるか、監督に聞かれ、はい! 気合いを入れて返事した。周りの羨望が心地よかった。そう、それを心地よいと思えるほどの自信が俺にはあった。


 だというのに、試合で俺はしくじった。


 ツーアウト満塁の逆転チャンス。満を持して立ったバッターボックスで、俺は人生初めての三振を経験したのだ。


 俺は部活をやめた。


 いままで自分というものを築き上げてきた自信が一気に崩れ、何もできなくなった。俺は不登校になった。部屋に閉じこもり、テレビも雑誌も読まずに――それどころか毎週欠かさず買っていたジャンプまで読むのをやめた。


 そんな日々が一年続いた。


 世間で何が起こっているのか知らないままの俺は、浦島太郎状態だった。そんなときに、あいつがやってきた。



 みんな待ってるから――小学校でもチームメイトだったあいつは、俺を再び野球部に誘った。あの試合に負け、三年生が引退した後、そこそ強かったチームは弱体化し、いまではどんな試合も一回戦負けという有様らしかった。


『だから、お前が戻ってきてもみんな何とも思わないよ。むしろ有り難いんだ』


 あいつはそう言って、帰っていった。絶対に学校に来いよ、と念を押して。



 あいつが帰ったあと、俺はこの一年を振り返った。部屋にこもるだけの生活。こんなことをしてちゃダメだ。


 俺は学校に行くことにした。


 教室に入ると、みんなは俺を好意的に受け入れてくれた。そして、口々に言った。あれくらいの失敗で野球をやめるなんてもったいない、もう一回頑張れよ、と。ありがとう、泣きそうになりながら俺は言って、放課後、野球部顧問に会いにいった。


 家まで訪ねてきてくれたあいつも、驚くことに野球部の全員が一緒にきてくれて、俺は本当に嬉しかった。そこまでして俺を待っていてくれたなんて。感動しながら、俺は職員室に入った。


「先生」

「桐島か。久しぶりだな」


 先生が振り向く。俺は力を込めて言った。


「俺、もう一度野球部に入りたいんです」

「おう、わかった。じゃあ入部届に――」


 と、先生の言葉が終わる前だった。あいつが叫んだ。


「桐島、部活始めるってよ!」


 その台詞に、どっと周りの奴らも笑った。何のことかわからずに先生を見ると、先生までもが頬をひくひくさせて笑っていた。


 笑い声は学校中に響き、俺は呆然と立ち尽くした。




 ――『桐島、部活やめるってよ』、その年、朝井リョウの小説が大ヒットし、野球部を辞めた同じ苗字の俺が、その格好のネタになっていたことを知ったのは、俺が再び不登校を始めてから何日か後のことだった。

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