いただきます
@comecomecat
第1話
とある田舎の海辺でのお話でございます。
1組の夫婦がおりました。
名は、正志と陽子と言いました。
初めて契りを交わしたその日から、数えて1462日。4年の月日が経ちましたが、なかなか子を授からず、孫を孫をと急かしておりました両家の両親も、その話題を口にすることが彼らの不穏の要因になるという事にそろそろ気づいてきた頃のお話でございます。
6月の中頃でしたでしょうか。
この時期のこの地方にしては珍しく、寒い雨が大胆な大粒で降っておりました。
大きな水たまりのできた水はけの悪い庭で、その大粒たちはびちゃびちゃと不協で下品な音を立てておりました。
「正志くん。」
陽子は食器を洗う手を突然止めて、声をかけました。
テレビで野球中継を見ていた正志は、無声のまま陽子に振り返りました。
「ごめんなさい。洗剤が足りなくなっちゃった。」
テレビからは、20歳のルーキーが160km/hを超える投球をしたと興奮した声が聞こえてきております。正志はふーんと聞き流すと、またテレビへと視線を戻しました。
「ちょっとCマートに買いに行ってくるね。」
エプロンを外しながら、陽子はいそいそと出て行きました。
かちゃんと玄関のドアが閉まる音と同時にテレビはCMに切り替わりました。正志はソファの背もたれを使って大きく伸びをして、窓越しに庭を見ました。
雨は少し小降りになったようです。
薄暗くなった雨の庭は、とても愛着のある我が家とは思えない面持ちでそこに居座っております。
そろそろカーテン閉めようか、
正志が立ち上がろうとしたその時、テレビの画面が球場へと切り替わりましたので、その行為はあっさりと却下されてしまいました。
「ただいま。」
雨はすっかり止んでいました。
野球中継は9回表の場面になっており、これといったドラマチックな展開もなく淡々と画面に映し出されています。陽子はまっすぐキッチンへ向かい、ざぶざぶと洗い物をした後、ビニール袋から買ってきたものを取り出し、キッチンの流しへ置きました。
「まだ、カーテン閉めてなかったの・・・?」
丁寧に手を拭きながら、独り言のようにつぶやき、すっかり黒く湿った庭をカーテンで覆いました。
エアコンで適温に調節され、温かい照明で照らされたリビングは、その行為によって、まるで下界から隔離された天国のようにも感じられました。
いただきます @comecomecat
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