冷静な人々 その4――父

 秋、臨月の頃ですね。私の両親が車で会いに来てくれました。ただ単に顔を見にきたとか、そういう理由ではありません。両親が生まれてくる孫のために買ってくれたベビーグッズを届けるためと、産後のお手伝いについての相談をするためです。


 両親は近県に住んでおり、盆と正月はもちろんゴールデンウィークにも毎年帰省していたのですが、その年は別でした。産後の相談もしたいのでゴールデンウィークに帰省すると申し出たところ、断られてしまいまして。いや、「止められた」というのが正しいかな?


 高速道路で三時間以内の距離なので、休憩しながら車で(夫の運転で)ちんたら帰省するつもりだったのですけどね。両親からは「何かあってはいけないからよしなさい」と、強硬に反対されたのです。


 実を言いますと、中の人は両家にとって初孫でして。なおかつ、私は嫁に行った娘で、あちらの家の人間ということになりますからね。内孫・外孫というのを、両親がどのくらい気にしていたのか定かではありませんが、嫁ぎ先への気遣いというのもあったのかもしれません。


 なにしろ結婚三年目にしてできた子どもでしたから。しかも初孫。さらに、妹夫婦のところに子どもは来ないだろうという予想はなんとなくできていましたし。さらにさらに、夫には兄が一人いるのですが独身という……。そういうわけで、いっそう大事にしなければという気負いが両親にもあったのかもしれません。


 そんなこんなで、両親とは半年以上ぶりの再会でした。夫をまじえて4人で食事をしながら話しました。どんな話をしたのかはよく覚えていません(苦笑)ただ、それぞれの近況などを話しつつ、予定日を過ぎたら具体的にどうするかという話を進めたような気がします。


 私の記憶と嗅覚(?)が正しければ、両親に脳内にお花畑はなかったように思います。「お孫ちゃんに会うのが楽しみだわ~」とか「初孫か。俺も祖父ちゃんか」とか、そういう雰囲気は微塵もありませんでしたね。ザ・私の両親……(爆)


だからといって、苦虫を噛み潰したような顔をしていたわけではないですよ。通常通りの平常心といった感じでした。それは私にとって非常に心地よくありがたかったんですよね。こういってはなんですが、盛り上がって下手に期待されたりしていたら、ものすごいプレッシャーだったと思うのです。


 ところが、その翌日に父から電話がかかってきたのです。ちょうどお昼の頃で、父は職場から昼休憩を利用してかけてきているようでした。用件はというと――。


「いや、おまえが昨日あんまり元気がないようだったから……」


どうやら心配をかけてしまっていたようです……(汗)


 父は長年男性ばかりの職場で働いてきました。きっちりとした序列のある縦社会で生きてきた人なんですね。職場のデスクはいつも整理整頓されていて、遅刻なんてあり得ない。ま、家ではけっこうダラなんですけど(笑)。


 職場の父から想像されるのは、昔気質の価値観を持った「親父さん」かもしれません。まさに「女性は結婚して家庭に入って、子どもを産み育ててこそである」みたいな? でもね、そこはそうでもなかったのです。


 こういってはなんですが「諦め」というのも多分にあったと思いますよ(苦笑)あまりにも勝手ばかりする娘たちに「こりゃだめだわ。期待するだけ疲れるわ」と、気持ちを切り替えたのかもしれません……(汗)


 母もそうですが、父もまた娘たちに「孫の顔がみたい」とは一切言ったことがありません。本人たちの生き方を尊重するしかないと観念していたんですかね。私が両親に悟りをひらかせちゃったのかもしれません……(ごめんよ、父と母・苦笑)。


 父からの電話は本当に思いがけないもので驚きました。ただ、父らしいなとも思いました。だって、電話なら帰宅してから家からかけてもいいわけで。そこをあえて、昼休みに職場からするあたりがね。母には聞かれたくなかったんでしょうね(笑)いや、聞かせたくなかったというのが正しいのかな?


 自分の父親ながら、優しくて可愛らしい人だなと思いますよ。そして、人のことをよく見ているなぁと。私の脳内にお花畑が広がっていないこと、まるっとお見通しだったのですね。


 あのときの「大丈夫か?」という父の問いに私はどう答えたのかというと――あれ? なんだっけか?(汗) すんません、正確には思い出せません。ほら、何しろ想定外の電話に驚いて動揺していたから(苦しい言い訳じゃの・苦笑)。


 ただ、わりと正直に答えていたんじゃないかと思いますよ。ウキウキと前向きな感じじゃなくて申し訳ないけど、それでも必要な準備はきちんとしているから大丈夫。冷静に落ち着いてやっていきたいと思ってるから。まどかちゃんもいてくれるから安心して、みたいな。


 なんとなくですが父も納得してくれたような? そして、産後のことは母に頼ればいいと言ってくれました。さらに、母が不在の間のこちらのことは心配するなと。父が私に伝えたのはそれだけで、決して――「頑張れ」とは言わなかったのでした。

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