出産・育児
脱出クエストⅠ ――はじまりの病室
さて、予定日になってもいっこうに生まれる気配がありません(汗)まあ、予定はあくまでも予定ですから。前後するのはよくあることだと聞いていましたし、それほど驚きはしませんでした。
ただ、そわそわはしていましたよね。いや、びくびくと言ったほうが正しいでしょうか。これじゃあまるで肝試しみたいですが、その感覚はあながち遠くはないと思いますよ。「いつ来るか、いつ来るか」というあの感じですからね(苦笑)。
それでもある程度落ち着いていられたのは、まどかちゃん(妹)がそばにいてくれたからでした。私って自分で言うのもあれですが、本当についている人だと思うんです。その頃、まどかちゃんはフリーランスに働いていたんですけどね。ちょうど仕事の調整が可能な時期で、私の出産にべったり付き合ってくれたのです。
本当に心強かったですよ。家に一人でいるときに何かあったら? 動けないような状況に陥って電話もかけられなかったら? 急な出血とか? 思いがけない破水とか? 考え出すと不安ばかりが広がって……。
人間って「わからないもの」を怖いと思うわけで。なにしろ出産なんてまさに未知なるものですからねぇ。ぜんぜんわかんないけど漠然と不安! とにかくなんか不安! なんでも不安! なんつうかもう、不安の一点張りってやつですな(苦笑)初産の妊婦さんは誰もがおそらく同じだと思いますが、神経質になっていたのは確かでしょう。
でも、まどかちゃんがいてくれたから。彼女は出産経験者ではないけれど、頼りになる心強い味方でした。何かあったとしても冷静に助けを呼んでもらえる。家族に連絡してもらえる。たとえ搬送されて急な入院をすることになっても、タンスの中からパンツを持ってきてもらえる(爆)。そう思うだけで不安は軽減したのでした。
さてさて、出産予定日だった日の翌日です。病院に電話をして事情を伝えますと、とりあえず予約を入れるから外来に来てとのこと。診察の結果は「羊水過少気味?」と。決して一刻を争うような危機的状況ではないけれど「すぐに入院しましょう」という運びになりました。
羊水過少というのは、読んで字の如く「羊水が少なくなりすぎちゃうこと」です。羊水が減るということは胎児を守るクッションが薄くなってしまうということですから。胎児の安全が危ぶまれてしまうわけですね。幸い、中の人に問題はなく、私の体にも特に不調はなかったのですが。
それにしてもです。まさかまさか、外来を受診してそのまま入院になるとは……(汗)母親学級などでは「あまり早くに病院に行くと自宅に帰される場合もあります。陣痛の間隔をきちんと計って様子をみてから受診するように」という指導があったんですよね。だから、私の場合もてっきり一旦帰されるのかとばかり思っていて……いやはや。
一度自宅に戻って荷物を取ってこようかとも思ったのですが、移動が少々億劫で……。お腹の張りや腹痛があったわけではありませんが、少し疲れやすい感じはありまして。病院には夫とまどかちゃんと三人で来ていたので、荷物のことは二人に頼んで、私はその場で入院の手続きをとることにしました。
羊水過少は想定外でしたが、あらかじめ入院をしてから陣痛を待つという流れは、精神的には少し落ち着けた気がします。何があろうとそこは病院で「もうやるしかない」といいますか……。いくら往生際の悪い私でも、入院してしまえば「まな板の上の鯉」ですよ(苦笑)
まどかちゃんがいてくれたので本当に助かりました。夫は私の入院を見届けたあと安心して仕事へ行けましたし。私は入院に必要な物をてきぱきと揃えてもらうことができました。こういうときは、やっぱり女性が頼りになります。
入院に必要なものは整えていたつもりでした。それでも後から「これもあったほうが……」という物がぽろぽろ出てくるのですよね。そういうとき、女性同士だと話がとーっても通じやすい。例えば「シャワーを浴びに行くときに使えるようなバッグをクローゼットから適当に持ってきてもらってもいい?」とか(笑)
病室に案内されてから、書いてきたバースプランをまどかちゃんと一緒に見直しました。すると、まどかちゃんが味気ない文字ばかりのA4用紙に可愛いカンガルーの家族を描いてくれたのです。何を隠そう、まどかちゃんは絵が上手いのですから!用紙を受け取った助産師さんに「可愛い~♪」と褒められて、自分の手柄のように妹自慢をした私ですよ(笑)
ところで、私が入院したのは廊下を挟んで真向いがLDR(陣痛室と分娩室の両方の機能を兼ね備えた病室)というお部屋でして……。今まさに分娩中という産婦さんの声が聞こえてくるのですよ(汗)苦しそうな叫び声にビビリまくる私です……。そんな私を見て、まどかちゃんが朗らかに笑います。
「ちさとちゃんも、我慢しないで叫んでいいということですよ」
「そ、そうだね……」
ふふふと笑うまどかちゃんと、思わず苦笑いする私です。
語らう姉妹の様子を、中の人はどんなふうに思っていたのでしょう。このときにはもう、妖精さんとの脳内対話はしていませんでした。無理にやめたわけでもなければ、私が語りかけても返事がなくなった(!?)というわけでもありません。なんとなく、自然に終息していったのでした。
この日に中の人へ宛てて書いたメッセージが母子手帳に残っているんですけどね。
****
予定日に出て来ませんでしたね(笑)ここまで本当によく頑張ってきましたね。あと少しですよ? みんなついていますし、みんな待っています。気負わずに安心して出てきてくださいね。
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「みんな」というところに、いかにも私らしい逃げの姿勢が見え隠れしているのは気のせいです(気のせいじゃないですな……苦笑)。
こんなふうに――中の人の「脱出クエスト」は本格的に始まったのでした。
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