『歴史を取り戻す~先住民ネイティブ・アメリカンの闘い』

安江俊明

第1話

序説 アイデンティティと歴史を取り戻す運動


 一九九二年から三年余り、勤務先のアメリカで暮らす機会があり、以前から関心を持っていたアメリカ先住民を訪ねる旅を重ねた。これはその体験記である。

アメリカ合衆国には、連邦政府が認定した先住民(ネイティブ・アメリカン)五百六十六部族が暮らしている。部族はそれぞれ国家(ネーション)を形成し、独自の法律の下、議会を運営している。中には部族構成員のパスポートを発行する国家もある。合衆国という国の中に約五百の先住民国家が存在するのである。

 一九九四年のアメリカ合衆国人口統計によれば、ネイティブ・アメリカンの人口は、その数約百八十万人。総人口に占める割合はわずかに○・七%である。これに対して白人は全人口二億五千万人の四分の三にあたる一億八千八百万人を占めている。続く黒人の人口は二千九百万人。第三位のヒスパニック系がおよそ二千二百万人である。白人からすれば、ヒスパニック系も黒人も少数派となるが、ネイティブ・アメリカンはそれらと較べても格段の少数派である。

 ところが、ネイティブ・アメリカンの人口は、それより十年前の一九八四年と比べて四十七万人、率にして実に三十五・四%も急増している。

他のエスニック・グループと異なり、外国からの移住による人口増がない彼らの人口が何故急増したのか。

 これは一四九二年のコロンブスによる「新大陸到達」から五百周年を迎えた一九九二年以降、自らのアイデンティティの確立を目指して立ち上がった先住民が、自信を持ってネイティブ・アメリカンを名乗り始めた結果ではないかと見られている。

 さらに、その十八年後の二○一二年アメリカ合衆国人口統計を紐解くと、ネイティブ・アメリカンの人口は、その数約二百五十一万人。但し、この数にはアラスカ州のイヌイットや他の人種との混血も含まれており、総人口に占める割合は、十八年前の統計と殆ど変わらない○・八%である。

これに対して白人は全人口約三億一千四百万人の四分の三にあたる二億三千二百万人を占めている。十八年前の黒人を抜いて第二位となったヒスパニックの人口は四千六百万人。第三位の黒人がおよそ四千二百万人である。


 ネイティブ・アメリカンのルーツは比較人類学的な特徴や、最近のDNA鑑定の成果などにより、太平洋を挟んだ北東アジアに辿ることが出来る。

二○一三年(平成二十五年)十一月二十二日付のインターナショナル・ニューヨーク・タイムズによれば、二万四千年前の氷河期に東シベリア・バイカル湖近くに埋葬された三、四歳の男児のDNAを調べたところ、西ヨーロッパ人種のものと一致し、さらにネイティブ・アメリカンのものとも一致したことが判明したという。モンゴロイド(黄色人種)のネイティブ・アメリンは、北東アジアからアメリカ大陸に移動する前に、シベリアまで到達していたコーカソイド(白人種)と混血していた可能性があることになる。

 北東アジアから北米大陸へのルートは大きく二つある。ひとつは氷河期に凍結したベーリング海峡を越え、アラスカから入るルート。もうひとつは船で太平洋を越え、北米大陸南端から入るルートである。

 北米に定住したネイティブ・アメリカンはそれぞれの自然環境の中で幾世代にもわたり平穏な暮らしを維持して来たと想像される。

 それだけに彼らは自然環境の大切さを人一倍理解し、認識している。

「自然のことなら何でもわれわれに尋ねて下さい」と彼らは呼びかける。いわゆる「文明社会」の中で自然破壊が進行し、地球環境の行方が懸念されている今、彼らから学ぶことは多いのではなかろうか。


 しかし、彼らにとって豊かな自然環境と共に暮らした平和な時代は去っていった。

 一四九二年、コロンブスの「新大陸到達」に始まるヨーロッパ列強の侵入。さらには一八四八年のカリフォルニアでの砂金発見を端緒としたゴールド・ラッシュ。白人移民らが続々と流入し、彼らは長年住み慣れた大地を追われていった。

白人による搾取は眼を覆うばかりであった。大地を奪い、食糧を取り上げ、命を虫けらのように奪う。

 彼らはアメリカ政府により、《リザベーション(居留地)》という辺境の荒れ地に追いやられた。そこには満足な就職や教育の機会もなく、極貧による肉体と精神の破壊が待っていた。彼らは自然と共に生きた大地での生活を根こそぎ失い、人間としての尊厳を奪われたのである。

 彼らが、対峙する白人と一時休戦したのは一九四一年、日本軍のハワイ真珠湾奇襲が発端となった太平洋戦争の時代であった。

戦争の勃発により、先住民の鬱屈したエネルギーは白人との共通の敵日本に向けられた。彼らは初めて合衆国市民とみなされ、志願兵として居留地を離れて戦線に加わり、あるいは軍需工場で働いた。白人が先住民の秀でた生活能力や技能を見出したのは、皮肉なことに戦争という過酷な環境の中であった。 

 しかし、その表面的な蜜月も、戦争終結と共に終わりを告げる。彼らが留守にしていた居留地は軍事演習の場と化し、日系人の収容所に姿を変えていたのである。

「戦勝の名誉」から疎外され、彼らは戦争前に比べ一層荒れ果てた居留地に再び追い込まれていった。

 コロンブスから五百年たった一九九二年に至り、彼らは長年にわたる白人の差別を跳ね除け、自らのアイデンティティを確立しようと立ち上がった。

そして、誤ったインディアンという呼称を拒否し、自らをネイティブ・アメリカンと呼び始めたのである。アメリカ大陸の先住民という意味だ。奴隷制度により「新大陸」で酷使された黒人もこれに倣い、自らをアフロ(あるいはアフリカン)・アメリカンと呼び始めている。

 ネイティブ・アメリカンは白人により抹殺されようとしていた自らの歴史を取り戻すため、活動を始めた。歴史を失えば、部族のアイデンティティが消え去るからである。それは部族の死を意味する。

 さて、ネイティブ・アメリカンの部族を現在の居住地から非常に大まかに分けると、

①中西部に住むチェロキー、スー各部族。

②東部に住むイロコイ連合と呼ばれる諸部族とモヒーガン・ピコート系部族。

③南西部に暮らす最大の部族ナバホ。プエブロ系諸部族。それにアパッチなどに分類できよう。

 これらの部族を中心に、ネイティブ・アメリカンの歴史を振り返り、北米大陸に生きる彼らの軌跡を辿ってみることにしたい。

 

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