TRACK 07;立ち向かう者達、其の一

「お金を、返してあげて下さい!」

「何だ?てめえは?」


 越して来た町で、困っている人に出会った。ヤクザに騙され、大金を奪われた老夫婦だ。投資と言う名目の詐欺に遭ったのだ。

 この国はおかしい事だらけだ。一昔なら、ヤクザは看板を公に掲げても捕まらなかった。今は看板を下ろして何処かの企業を名乗っているけど…それでも警察は、誰がヤクザなのか知っている。それなのに取り締まらない。それどころか時として、二人三脚で悪事を働く人もいる。上京してから知った。僕の故郷では、皆仲良く暮らしていた。


「投資の話なんて、全部嘘じゃないですか!?」


 事務所に向かい、お金を返してもらえるよう頼んだ。


「……奥の部屋で、少し話そうか?」

「!ありがとうございます!」


 人は皆、優しいはずなのだ。ヤクザの人達だって、話し合えば分かってくれる。都会は田舎と違って誘惑が多い。お金と欲望が、人をおかしくするのだ。


「警察ですか?突然、不審な人物が現れて…危害も加えられました。助けに来て下さい!」

「!?えっ!?」


 部屋に案内されると、ヤクザの1人が何処かに電話を掛けた。その隣で、若い人の顔を何度も殴る人がいた。数分後に警察が来ると、顔を腫らした若い人は僕を指差し、こう叫んだ。


「こいつです!こいつに突然、殴られました!」

「!?なっ、何をおっしゃるんですか!?」


 そして僕は、警察に連行された。


「僕じゃありません!彼らは芝居を打ったんです!僕はただ、騙し取られたお金を返してもらいに行っただけです!彼らは詐欺を働いたんです!貴方達だって分かってるはずでしょ!?ヤクザなんです!調べてもらえば、直ぐに分かる事なんです!」


 必死に抵抗した。僕の無罪が通れば、きっとお金は戻って来る。そう思った。

 ヤクザが作った偽の会社は、色んな人からお金を騙し取った後に倒産した。計画倒産だ。最初から潰すつもりで建てられたのだ。


「お前を逮捕する。」

「えっ!?」


 僕は、悪い人は誰なのかを知っている。被害に遭った人達も、誰が悪いかを知っている。だけど警察や裁判所は事実から目を背けた。そしてお金と弁護士は、事実を歪曲させて悪い人を被害者に変える事も出来た。お金がない僕は良い弁護士を雇う事が出来ず、身に覚えがない罪を追求された。裁判で有罪を受け、刑務所に入れられた。

 そしてその中で、色々と教えられた。


(これが……世の中ってやつか?)


『大人になったら、社会のルールを守らなければならない。』


 幼い頃からそう教えられてきた。しかし社会のルールとはつまり、他人に迷惑を掛けない事ではない。社会に貢献して、良い世の中を作ろうと努力する事でもなかった。


『金や権力がない者はダンマリを決めろ。例え奪われたって殺されたって、お前達に逆らう権利はない。それが嫌なら金を稼ぐか権力を得るか………悪い人間になれ。』


 それが……社会のルールだった。


 受刑者の中でも、お金持ちや権力者、悪い人達にとってここは天国だった。監視官の中には彼らと繋がる人達もいて、その腹は黒かった。何も持っていない人を蔑み、時として理由もない暴力を振るった。

 …刑務所は、罪を償わせる場所ではない。罪人を善良な人に変える場所でもない。お金も権力も、暴力も持っていない人達に上手な生き方を教える場所だ。それが出来ない者はどうなるかを、見せしめる場所なのだ。僕らはここで、本当の社会のルールを叩き込まれる。長い物には巻かれろ……。この国にはそんな諺もある。

 でも納得出来ない!故郷では誰もが優しく、助け合って生きていた。僕は信じた。人とはそんな存在なのだと。だから、ここで教えられる全てを拒んだ。不当な暴力に立ち向かい、悪さをする人達を通告した。

 そして刑期は延びた。どれだけルールを教えようとしても、それを拒むからだ。




 数年が過ぎ、とある刑事さんが僕を訪ねて来た。


「安本健二と言う、学生を知っておるか?」

「!?健二君を知ってるんですか?彼は元気ですか!?」

「………。それだけが取柄じゃ。」


 名前を藤井と言った。健二君の依頼で、僕を助けに来たと言う。

 僕は真実を打ち明けた。話を聞いた藤井さんは、土下座をして嘆願した。


「済まん!ワシがどれだけ努力しても…社会は変わらん!じゃが!先ずはお前さんが出て来る事が優先じゃ。健二も待っておる!ここは涙を飲んで、今の…間違ったルールに従ってくれんか!?」

「………。」


 藤井さんは、正義を貫く為に警察になった。だけど、刑事になって知った事は僕と同じだった。その時は、刑事を辞めようと思ったらしい。だけど今は踏ん張り、頑張っている。いつか自分が正しい社会を作ると言って、その時こそ警察は法と正義を司る存在になるのだと言って、そう信じて踏ん張っていると言う。


「ワシも、お前さんが早く出られるよう努める。じゃからお前さんは、その時まで我慢してくれ。」

「………。」


 言いたい事は分かった。健二君が、僕を心配してくれている事も知った。嬉しかった。彼に会いたかった。


「………分かりました。努力します。」

「そうか!済まん!よく理解してくれた!」

「………………。」


 でも、やはり僕には無理だ。藤井さんが社会を変えようと努力しているのなら、僕もここの人達を変える努力を止めない。

 藤井さんは嘘を信じて喜んだ。近い内に、健二君と面会に来てくれるらしい。


(健二君……。君が僕を慕ってくれてるなら……僕は、長い物に巻かれる人間でありたくない。君の前に現われる時、僕は…正々堂々とした人間でありたいんだ……。)




「監視さん!同じ部屋の人達が、ドラッグ密売の相談をしてました!事情を探って下さい!」


 藤井さんに出会った日の晩、眠りに就こうと横になった僕の耳に嫌な話が入って来た。次の日、僕はその内容を監視官さんに伝えた。長い刑務所暮らしの中で、唯一信じられる人だ。監視官さんは僕の話を聞き入れてくれた。密談をしていた人達から事情を聴取し、事件になる前に対処すると約束してくれた。


(健二君、藤井さん!僕が信じる世界が、見え始めたよ……!)


 その日の晩は、気持ち良く眠りに就けた。



(……!??)


 でも……眠っている途中に目が覚めた。息が苦しい。口と首が、何かで締め付けられている。

 声を出す事も出来ず、状況も把握出来ない僕の耳元で囁く声が聞こえた。


「どうしてチクッた!?お前のせいで、俺は大金を逃した!」


 その声は、密談を交わしていた人のものだった。


(別房にいるはずなのに…!?)


 全ての人が眠りに就いた後、密談を交わした2人組が部屋に帰って来た。誰かが戻したのだ。ここには、受刑者と繋がっている監視官が多くいる。

 1人が馬乗りになり、僕の両腕の自由を奪っていた。もう1人は僕の口を布で縛った後、もう1枚の布で首を締めつけていた。


(そんな馬鹿な!)


 やっと状況を理解した僕に…首を締めつける人がこう囁いた。


「罰を受けろ!!」

「………。」


(罰…?正しい事をしたはずなのに、僕は……罰を受けなければならないのか?)


 抵抗も出来ず、次第に手足が痙攣を起こし、遂には全身の力が抜けた。


(健二君……ご免。君に会えなかった。でも……間違ったルールを受け入れたまま君と会うくらいなら……僕は、正しい行いをして死ぬ事を望む。……本当に済まない。)

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