TRACK 08;立ち向かう者達、其の二

「マジかよ!?鈴木さんに会えるのかよ!?」


 面会の数日後、ワシは健二を連れて鈴木に会いに行く事にした。



「俺、カッコ良く見えるかな?」

「見違えたもんじゃ。いつもそうしておれば良いものを……。」


 当日、健二の姿がいつもと違った。制服のボタンを全て留めて顔つきも凛々しく…ワシが見た事もない、礼儀正しい格好じゃった。それは捻くれてしまう前の、昔の姿じゃったのじゃろう。健二は本当に、心から鈴木を慕っておったのじゃ。




「鈴木と言う男と、面会がしたいんじゃが……。」


 刑務所に到着すると、健二は緊張で硬くなりおった。ワシはその腕を引っ張って門を潜り、廊下で待つよう伝えた後、鈴木を呼び出した。


「鈴木なら……」

「!!?」


 そこでワシは、鈴木に起きた不幸を聞かされた。最初の面会に訪れた次の日の晩に、同じ房におる男達に殺されたらしい。男達は独房に入れられ、事情聴取を待っておった。


「……健二。」

「!鈴木さん……来るのか!?」


 直立不動で廊下に立っていた健二に、何と言葉を掛ければ良いか迷った。


「……鈴木は今日、体調が悪いそうじゃ。面会は、次の機会にしよう。」

「??何だよ、それ?鈴木さん、風邪でも引いたのか?」

「具合の事は知らんが、今日は諦めんといかん。日を改めよう。」

「…分かったよ。それより鈴木さんは、やっぱり悪い事してねぇんだろ?あんた刑事なんだから、絶対に助けてくれよな?」

「………………。」


 …本当の事を、伝える事が出来んかった。




 しかしワシの嘘は、晩の内に健二にばれた。


「藤井!昨日、ニュースで見たぞ!?鈴木さんが……鈴木さんが……!」


 健二が、腰を落として泣く姿を初めて見た。後にも先にも、あれだけ弱さを曝け出したのは1回だけじゃ。


「健二………。」


 近寄り、震える肩に手を伸ばした。しかし健二はそれを払い除け、ワシの胸ぐらを掴んで叫んだ。


「!どうして嘘をついた!?どうして鈴木さんが殺された!?犯人は何処にいる!!?」

「落ち着け!犯人は、取調べを受ける為に独房に入っておる。必ず罰が下る!」

「……鈴木さん…。やっと会えると思ったのに……。」

「………。」



 しかしその数週間後……そう、たった数週間の間に男達の刑は決まった。裁判所が下した判決は、健二にもワシにも理解出来んもんじゃった。主犯格の男は前科も多く、凶悪犯としても有名じゃった。しかしそれに比べて課せられた罪は…余りにも軽かった。背景に、ヤクザが潜んでおった。そやつらがお上に大金を握らせたのじゃ。


「人を殺したんだぞ!?なのにどうして、あいつらは死刑にならねえ!?」

「1人は、脅されて犯行に及んだそうじゃ。後悔もしておるようじゃし、他に前科もない。主犯の男にしたって…死刑判決は滅多に下りん事じゃ。法を、復讐に利用するでない。」

「復讐とかじゃねえだろ!?人が1人殺されたんだぞ!なのにどうして死刑にならねえ!?犯人の命は尊重されて、鈴木さんの命は無視されるのか!?」

「………。しかし……それが法律と言うものじゃ。」

「……!!そっ、それにしたって刑が軽過ぎるだろ!?あいつ、生きてる内に出て来るぞ?警察はあんな男を、もう1度世間に送り帰すつもりかよ!?」

「………。」


 主犯には、無期懲役すら与えられんかった。


「そんな事はワシが許さん!努力する!ワシを信じろ!必ずあの男に、相当の罪を与える!」

「!!!どうしてお前の努力が必要なんだ!?法が平等なら、法が正しい裁きを下してんなら、誰の努力も必要ねえだろうが!?鈴木さんを殺した男に、相当の罰が下るはずだろうが!?当たり前の罰を与える為に、どうして誰かが努力しなきゃならねえんだよ!!」

「!……健二。」


 死刑はともかく、下った判決に納得がいかん。じゃから正しい判決を取り直させようと、ワシは努力する事を誓った。しかし…健二の言葉は核心を突いておる。当たり前の判決を与える為に誰かが努力すると言う事は、その時点で法は平等ではない。

 それでもワシは鈴木の親と会い、上訴をするよう勧めた。親が納得したのでワシはその中心に座り、不当な判決に反抗した。しかし…罰則を司る者達の反応は悪かった。次の裁判を引き伸ばし、やっと開かれた裁判は、たった数分で閉廷された。

 覆らない判決を知り、また、ワシを無力だと判断した鈴木の両親は戦いを諦めた。何度も説得したが、これ以上辛い思いをするのも嫌だと、それを理由に諦めおった。


「これが……社会のルールなんだろ?」


 健二は塞ぎ込んだ。高校を卒業したとは言え、街中で喧嘩をする姿も見なくなり…連絡も途絶えた。


(間違っているのは法ではなく、その裁きじゃ!それを利用する権力者達が、それを司る者達が法を馬鹿にしておる!ここで諦めたら社会は、2度と正しい方向に進まん!)


 その時はもう、健二の姿も目に入らんかった。鈴木の弔いも二の次じゃった。ただただ社会が正しい方向に進む事を願い、それに尽力した。


(………。)


 ワシには、傭兵時代に培った力がある。それを以って正義を貫きたかった。じゃが、正義は貫けても法には敵わん事を知った。じゃからワシは刑事になって法の下で正義を貫き、弱い者達を助けてやりたかった。


(なのに何故じゃ!何故こんなにも、警察は息苦しい!?…変える!間違ったルールに立ち向かい、正しい法と正義を貫いてみせる!少なくともワシの前で、弱者が弱者のまま終わる事は許さん!)


 …それでも、ワシ1人の努力は誰の目にも留まらんかった。社会は…何一つとして変わらんかったのじゃ。




「親父……。」


 とある日、健二が連絡を寄越してきた。その時からワシを親父と呼んでくれるようになった。


「弘之から色々と聞いた。親父は親父で、努力してるんだってな?」

「………。」

「俺は…今でも警察が嫌いだ。だけど…あんたの努力は認める。」

「……健二……。」

「そして…俺も諦めない。」


 健二は誓った。警察の力を借りずとも、間違った社会に立ち向かい続ける事を…。


 その数年後…健二は、弘之達と探偵事務所を立ち上げた。

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